10月29日 多発性硬化症発症に必要条件(11月25日号 Cell 掲載予定論文)
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10月29日 多発性硬化症発症に必要条件(11月25日号 Cell 掲載予定論文)

2020年10月29日
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臨床データを集めて疾患のメカニズムを探る優れた論文は、断片的な証拠から犯人を導き出す探偵小説の様な面白さがある。特に、複数の犯人が絡む場合、それらの共通性を把握した時に、シナリオが見えてくる。

今日紹介するチューリッヒ大学からの論文はまさにその好例で、多発性硬化症という複雑な病態について新しい視点を示してくれた。タイトルは「HLA-DR15 Molecules Jointly Shape an Autoreactive T Cell Repertoire in Multiple Sclerosis(HLA-DR15分子は協調して多発性硬化症の自己反応性T細胞レパートリーを形成する)」で、11月25日号のCellに掲載予定だ。

自己免疫病の中でも多発性硬化症は、動物モデルも存在し、遺伝的背景、自己抗原、疾患の引き金を引く自己抗原と交差性を持つウイルスや病原菌の特定など、多くの断片が集まってきている。おそらく、ウイルスや細菌の感染が引き金になり、ミエリンをアタックするT細胞が誘導され、それが何らかのきっかけで中枢神経系に進入して病気になるというシナリオはできていたが、発症から病気の維持に至るまでの長い経過を説明するための手がかりが必要といった段階にあったと思う。

この研究では、白人の多発性硬化症のほとんどがDR2aとDR2bクラスII組織適合性抗原を持つことに着目し、DR2a/bが発症までの全ての段階共通の基盤となっていると考え、DR2/bと結合しているペプチドを探索して、特にB細胞ではDR2a/b自身に由来するペプチドが結合していることを発見する。すなわち、DR2自身が抗原ペプチドでもあり、それを提示するMHCでもあるという不思議な関係ができている。

この結果から、著者らは多発性硬化症患者さんの自己反応性T細胞は、このDR2由来ペプチドにも反応し、長期間維持されているのではと着想する。そして、期待通り、多発性硬化症の患者さんのCD4T細胞がDR2由来ペプチドに弱いが反応することを発見する。すなわち、感染により誘導される自己ミエリン反応性のT細胞は、このDR2由来ペプチドとも交差反応を起こして、病気の維持に関わるのではないかと着想し、この可能性を追求する。

結果は予想通りで、ミエリン由来ペプチドに反応するCD4T細胞は、反応は弱いもののDR2由来ペプチドにも反応する。また、おなじCD4T細胞は、EBウイルスやAkkemansia菌由来のペプチドにも反応する。

すなわち、これまで多発性硬化症の責任細胞として特定されていたCD4T細胞は、ミエリン由来ペプチドだけではなく、EBウイルスやAkkemansia菌にも強い反応性を示すとともに、自己DR2由来ペプチドにも弱いがはっきりした反応性を示すことが明らかになった。

これらの結果は、全てのペプチドが同じT細胞と反応するとも考えられるが、著者らは反応性の違いから、自己DR2由来のペプチドがDR2自体と結合することで、病原体由来のペプチドやミエリン由来のペプチドの反応性の閾値を下げているのではと考えているが、これについてはさらにクライオ電顕などを用いた検討が必要だろう。

この論文のおかげで、多発性硬化症という極めて長い経過について、自分なりに頭の整理ができた。面白かった。

カテゴリ:論文ウォッチ