このブログでも何度も紹介したがガン細胞上の抗原に対する抗体をT細胞受容体と合体させたキメラ抗原受容体T細胞治療の効果は目を見張るもので、半数近くが長期間完全寛解をはたす。そして白血病細胞だけでなく、同じCD19抗原を発現しているB細胞も完全に除去されるのをみると、免疫システムの威力を改めて感じさせる。
ただ、抗原刺激によるサイトカインストームは最初の段階から副作用として指摘されており、CD19を標的とするCAR-Tの場合、全身にB細胞も存在することから、神経への障害も含めてほとんどの副作用はサイトカインストームによるとされてきた。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はCD19を標的とするCAR-T治療に起因する神経障害がなんと脳血管の周囲細胞がCD19を発現していたために障害された可能性を示す、臨床的には重要な論文で10月1日号Cellに掲載された。タイトルは「Single-Cell Analyses Identify Brain Mural Cells Expressing CD19 as Potential Off-Tumor Targets for CAR-T Immunotherapies(脳のsingle cell解析により血管周囲細胞がCD19を発現してCAR-T免疫治療のオフターゲット標的になることが明らかになった)」だ。
CAR-Tによる神経障害がB細胞以外の細胞がCD19を発現しているのではないかと睨んだ著者らは2500人近くの脳のsingle cell RNA発現解析データを解析し、脳全体では0.2%程度の細胞が血管周囲細胞遺伝子とともにCD19を発現していることを発見する。極めて少ない集団なので、本当かどうか慎重に確かめる実験を行い、平滑筋も含む多くの周囲細胞が脳ではCD19を発現していると結論し、人間の脳の免疫染色でもこれを確認している。発現量だが、幼児期に高く年齢とともに低下する。また、ほぼ脳の周囲細胞だけで発現が認められる。
以上の結果をもとに、マウスモデルでCD19に対するCAR-Tを注射して脳の変化を調べている。人間と比べてマウスの周囲細胞はCD19の発現が高くはないが、周囲細胞が脱落し脳血管関門の機能が低下し、アルブミンが浸出することを発見している。
以上が結果で、臨床的には重要な指摘だと思う。もちろん、生存期間など患者さんへのベネフィットは大きく、副作用の可能性としてあらかじめ理解していただくしかないが、脳以外の組織では発現がないことから、脳血管周囲細胞の発現する他の抗原を用いて、CAR-Tの作用を抑えるといった治療法も考えられる。ただ、費用の面から現実的かどうかはよくわからない。
読んでいて、脳血管周囲細胞の障害性をモニターする目的で、脳血管の窓口とも言える網膜血管を調べるのも面白いのではと思った。現在クリニックを開業している植村君は、網膜周囲細胞のsingle cell 解析を行なっていた様に記憶しているので、脳と同じ様に発現がみられるなら、障害性を早期発見するために役立つかもしれない。