12月13日 タスマニアデビルは絶滅から救えるか?(12月11日号 Science 掲載論文)
AASJホームページ > 2020年 > 12月 > 13日

12月13日 タスマニアデビルは絶滅から救えるか?(12月11日号 Science 掲載論文)

2020年12月13日
SNSシェア

新型コロナ感染についての議論を見ていると、我が国の科学レベルの低下もさることながら、政治家や役人へ正確な知識を伝えていくパイプが極端に細くなっていることがわかる。例えば感染状況は、一年たった今もPCR陽性数だけで議論されているし、社会的インパクトは結局医療レベルの逼迫で判断している。しかし、これらは決して科学的な指標にはなり得ない。その典型がGoToトラベルの影響についての判断に現れる。

ウイルスが増殖するには必ず宿主が必要で、増殖とともに変異が起こる。従って、現在流行中のウイルスのゲノムを調べることで、ウイルスの世代数、広がり、伝播経路など推察できるはずだ。例えば、東京で流行中のウイルスと、他の県でのウイルスを、今のインフォーマティックス技術で比べれば、GoToの影響を正確に評価できる。このためには、リアルタイムでウイルスゲノム解析を高いカバレージで行う必要があるが、科学を政策に生かすためにオランダで行われた3週間に200近いゲノムを解析する試みが(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13568)、我が国でもできないはずがない。事実リアルタイム解析でなければ、我が国からもウイルスゲノムの論文は出ている。しかし、政策に活かすにはリアルタイムで行う必要がある。オランダで使われたナノポアシークエンサーの精度を問う人もいると思うが、60カバレージで十分正確に調べられることを示した論文も発表されている(NATURE COMMUNICATIONS | (2020)11:6272 | https://doi.org/10.1038/s41467-020-20075-6 )。すなわち、実行再生産数や再生産レートも、ウイルスの系統動態(phylodynamics)と合わせて議論しないと、ただの現象に過ぎない。もし我が国でこのような努力が全く行われていないとしたら、科学と政治にとって由々しき事態だが、結果がわかっているのに発表しないとしたらもっと大変だ。

実効再生産数とphylodynamicを合わせて議論する重要性は、ウイルスに止まらないことを「感染するがん細胞」で絶滅の危機にあるタスマニアデビルで調べたのが今日紹介する米国ワシントン大学からの論文で、12月11日号のScienceに掲載された。タイトルは「A transmissible cancer shifts from emergence to endemism in Tasmanian devils (タスマニアデビルの伝染するガンは感染拡大段階からエンデミック段階にシフトした)」だ。

これまで感染する口腔癌細胞が1970年ごろにタスマニアデビルに発生し、瞬く間に全島に広がって種絶滅の危険が迫っていることについては2015年(https://aasj.jp/news/watch/4641)以降、3回論文で取り上げている。一時絶滅直近と心配されたが、2000年を境に実効再生産数が下がり始め、現在では1を切っており、感染個体数も2005年以降は横ばいになっていることが疫学調査よりわかっている。このような疫学解析は、新型コロナウイルス感染の話を聞いているほとんどの人にとっては、馴染みの話だと思う。

ただこの研究では、疫学だけでなく、2003年から2018年という長期間に集められた51種類の腫瘍のゲノムを解析して、phylodynamicsを調べるために適した28遺伝子を選び出し、この領域(全部で450Kb:コロナゲノムの15倍)の突然変異解析からウイルスの系統樹を作成し、疫学データと合わせている。この結果、

  1. これまで大きく3種類の感染クラスターが存在すること、
  2. 3つのクラスターに地域性はなく、タスマニアデビルの移動とともに全国に広がっていること、
  3. それぞれのクラスターは拡大時期が異なっており、現在多いのはクラスター3であること、
  4. クラスターのスイッチには、ガンの増殖と免疫から逃れるために必要な遺伝子群が関わること(STAT3、シュワン細胞分化遺伝子、Wnt)、

が明らかになっている。以上の結果から、たしかに、実効再生産数は低下しているが、これはガン細胞の悪性度が低下したわけではなく、おそらく致死率100%という感染ガンの結果、個体数が減少して、3密が避けられたからだと結論している。そして、感染していない個体を隔離して、人工飼育することで絶滅から守ることの重要性をアドバイスしている。ウイルスだけでなく、これほど複雑な感染するガンでも、疫学とphylodynamicsをセットで考えることの重要性がわかっていただけたのではと思う。

ウイルス感染に疫学とphylodynamicを組み合わせるのは常識で、これがどこまでできているかはその国の科学レベルを示していると思う。我が国も、政策にphylodynamicsが取り入れられるよう、科学者にも努力してほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ