12月30日 エイズウイルスを体内から排除できるか(9月10日号 Nature掲載論文:Science誌 が選んだ今年のトップニュースより)
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12月30日 エイズウイルスを体内から排除できるか(9月10日号 Nature掲載論文:Science誌 が選んだ今年のトップニュースより)

2020年12月30日
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確認したわけではないが、原因不明(のちにCovid-19)の肺炎の集団発生についてのレポートが昨年の12月31日に発表されたとされているので、この一年はウイルスに明け、ウイルスに暮れた一年だったと思う。現時点で今年の10大科学ニュースをはっきりと特集しているのはScience誌だけだが、当然このニュースのトップはCovid-19に対するワクチン開発を選んでいる。ここで選ばれたニュースをまず紹介しよう・

  1. Covid-19に対するワクチン開発が、予想を超えるスピードで行われたこと。
  2. 様々な分野の科学がCovid-19を知り、コントロールするため、このウイルスに立ち向かう一方、情報の拡散や政治的喧騒とも向き合わなければならなかった。
  3. これまでとは異なるレベルの正確さでタンパク質の折り畳み構造を予想できるAI、AlphaFoldが実現した。
  4. クリスパーを用いた最初の治療がタラセミア、及び鎌状赤血球症の患者さんで成功した。
  5. 地球温暖化の予測が正確に行える様になった。
  6. 謎の天体Radio Burstの手がかりが得られた。
  7. 世界最古の(44000年前)の狩りの壁画がインドネシアで発見された。
  8. HIVウイルスの完全除去の難しさの理由が明らかになった。
  9. 常温での超電導が実現した。
  10. 鳥類が予想外に賢い理由が理解できた。

個人的印象を述べると、Covid-19のインパクトのために、生命科学から選ばれたニュースは、AlphaFoldを除くと例年よりは小粒に感じる。そのせいか、今回選ばれた論文のほとんどは論文ウォッチから漏れてしまった。

これら論文の解説は、ウェッブ会議元年となった今日夜7時から行うジャーナルクラブで、忘年会をかねてZoomで行う予定にしており(Zoom忘年会に参加したい人はこのHPの連絡先にメールしてください)、またその模様はYouTube配信する(https://www.youtube.com/watch?v=FK0TuO7Bd6A)ので是非ご覧いただきた。

選ばれたほとんどの論文を論文ウォッチで紹介しそびれたとはいえ、論文自体はほぼ読んでいた。ところが、エイズウイルスについての論文は、紹介どころか読んでもいなかったので、大慌てで読んでみたので、今日のジャーナルクラブ+忘年会のために最後に簡単に紹介しておく。

論文はMITとハーバード大学から8月26日号のNatureに発表されたもので、タイトルは「Distinct viral reservoirs in individuals with spontaneous control of HIV-1(HIV-1を自然にコントロールできる様になった人たちに見られる特殊なウイルス供給箇所)」だ。

よくウイルス疾患は薬がないとメディアが語っているのを耳にするが、エイズをはじめ、肝炎ウイルス、ヘルペスウイルスなど、薬剤でコントロールが可能になったウイルス疾患も多い。エイズはその典型で、満屋さんが開発したAZTに始まり、現在ではいくつか作用の異なる薬を組み合わせてウイルス増殖を抑え込むことができる。しかし、治癒できたのかと問われると、答えはNoで、薬を止めると再発してしまう。

これはエイズウイルスが私たちの血液細胞のゲノムに組み込まれているため、抑制が外れると、そこから新しいウイルスを作るからで、身体中からこの供給基地を除いてしまわないと治癒は難しい。

この研究では、大体0.5%ぐらいの確率で存在している、薬をやめても全く再発しない患者さんを選んで、なぜ普通の患者さんとの違いが生まれるのかを調べるため、ウイルスの供給基地になっているウイルスのゲノム上の挿入箇所を詳しく検討している。

と言っても、実際にはウイルスは次から次に新しい細胞に感染し、そのゲノムに組み込まれるので、解析や解釈は難しい。実際、100万個の末梢血中に、ウイルスの供給基地となる完全なプロウイルスは一般患者さんで1個、治癒例で0.1個しかない。要するに多くの細胞を解析し、できるだけ多くの完全なプロウイルスを特定する地道な努力の結果だと言える。その結果、

  1. 治癒例では完全なプロウイルスの頻度は低く、また変異を起こした様なウイルスも少ない。すなわち、ウイルスが挿入された後、プロウイルスとしての活動は少ない。
  2. 治癒例では、ウイルスがセントロメアや、19番染色体のクロマチン構造が極めて特殊な部位など、基本的に遺伝子発現が強く抑制されたヘテロクロマチン領域に挿入されている。

以上の結果から、たまたまウイルスがエピジェネティックに遺伝子発現が抑制された場所に挿入されると、何かのきっかけで病気が発症はしても、作られるウイルス量が低いため、おそらく免疫系が先に働いて、感染が拡大するのを防いでいる。そのため、病気が一過性で終わることを示している。

事実、調べられた2例では、プロウイルス自体が膨大な数の白血球を調べても検出できないか、ようやく一個見つかるだけという状態で、ある意味で完全治癒が達成できていると言える。

言わずと知れた、エイズは免疫不全を引き起こす病気だ。ただ、初期のウイルス産生量が低いと免疫不全になる前に、ウイルス感染細胞を除去できるチャンスが得られるという可能性を示している。したがって、研究自体は一般患者さんの完全治癒の難しさを物語るが、免疫系さえうまく働かせれば、感染細胞を除去できる可能性も示している。

いずれにせよ、ウイルス感染症の複雑さを物語る研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ