12月31日 万能の抗ガン剤は可能か?(1月21日号 Cell 掲載予定論文)
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12月31日 万能の抗ガン剤は可能か?(1月21日号 Cell 掲載予定論文)

2020年12月31日
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高々30Kbのウイルスに全人類の活動が抑制された暗い1年だったと思う。しかし明けない夜はない。「有効で安全なワクチン開発には通常何年もかかる」と無知のマスメディアがお題目を繰り返しているうちに、ウイルス遺伝子配列が報告されてから3日で設計を終え、次の日にはGMP生産が行われ、なんと7月までに前臨床、1/2相を終了して、第3相開始、12月にはワクチンの臨床接種開始という超高速で、有効性の高いワクチンの供給が始まった。ワクチンを接種するかどうかは個人の自由だが、現在の科学の実力を再認識する1年でもあった。

そこで今年の終わりは、もう一つの医学の課題、ガンの制圧に向けた新しい希望になるかもしれないと個人的に期待しているSanford Burnham Prebys Medical Discovery Instituteからの論文を紹介することにした。タイトルは「FOXO44 promotes DNA replication-coupled repetitive element silencing in cancer cells(FOXO44は複製とリンクした反復配列の抑制を癌特異的に促進する)」だ。

最近、様々なエピジェネティック/クロマチン維持に関わる分子を標的にしたガン治療が行われる様になったが、なぜ正常細胞にも必須の機構の抑制がガン特異的に効果を示すメカニズムはわからないことが多い。

この研究では、我々のゲノムの半分以上を占める反復配列の発現を抑えるエピジェネティックなメカニズムが、増殖の早いガン細胞でどの様に維持されているのかに焦点を当てて研究を始めている。というのも、この反復配列の発現抑制はクロマチン構造が一旦解消する分裂時に綻びが出る可能性がある。特に増殖が激しいガン細胞はその危険が高い。そして、反復配列が発現することでウイルス感染と同じ様なRNAやDNAが細胞内に蓄積し、自然免疫を誘導して、最終的には細胞死に至る。したがって、ガン特異的に反復配列の抑制過程を狂わせると、ガンの増殖をおさえ、さらに自然免疫からガン免疫まで誘導する可能性が生まれる。

研究ではまず、反復配列に関わるヒストンコードHeK9me3のレベルを下げる分子の探索を行い、最終的にFBXO44を特定する。あとは、この分子の機能を明らかにし、ガン増殖抑制、そしてガン免疫増強する可能性を、この分子の機能を解析しながら検討している。膨大な実験なので結論だけを述べると以下の様になる。

  1. FBXO44は、反復配列のクロマチンに選択的に結合するが、複製が進む複製フォークと呼ばれる場所でH3K9me3コードを持ったヌクレオソームに結合し、分裂が終わった反復配列に速やかに様々な分子をリクルートして、転写が始まるのを抑えている。エピジェネティックコード形成時に重要なのが、ヒストンリジンメチル化酵素SUV39H1の結合で、FBXO44とSUV39H1の結合が分裂後速やかに反復配列を抑える過程のトリガーになることがわかる。
  2. FBXO44をガン細胞でノックダウンすると、DNAの切断断片が上昇することから、DNA複製時のストレスが高まることがわかる。
  3. これに次いで、細胞質内のDNA断片が上昇し、結果インターフェロン産生に至る自然免疫経路が活性化され、細胞死も誘導する。この効果は、ほぼ全てのガンで見られ、全てを自然免疫と、ストレスで説明できるわけではないが、増殖に関わる様々な分子の発現も抑制される。また、自然免疫経路が活性化することで、ガン抗原の発現も上昇する。
  4. FBXO44をノックダウンしたガンを移植すると、増殖抑制だけでなく転移も抑制されるが、これはガンの増殖が抑制されるだけでなく、キラー細胞の局所への深順から分かる様に、ガンに対する免疫が成立しやすくなったことに起因している。また、FBXO44をノックダウンしたガン細胞では、PD1抗体によるチェックポイント治療によく反応する。
  5. ガンデータベースからFBXO44の発現と予後との相関を調べると、高発現の患者さんほど予後が悪い。
  6. これらの効果はほとんどガン特異的に見られる。また、FBXO44ノックダウンの代わりに、SUV39H1の阻害剤も利用できる。

以上が結果のまとめだが、ほとんどのガンが持つエピジェネティック過程の脆弱性を特定し、全く新しい、しかも増殖抑制から免疫増強まで、すべていいとこ尽くめのエピジェネティック治療が可能になることを示した力作だと思う。新しいガンのエピジェネティック治療元年になることを期待し、本年の論文ウォッチをおわる。

カテゴリ:論文ウォッチ