10月3日 慢性骨髄性白血病のスーパーエンハンサー治療(9月22日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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10月3日 慢性骨髄性白血病のスーパーエンハンサー治療(9月22日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月3日
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私の現役時代は、慢性骨髄性白血病(CML)に対しては骨髄移植以外の有効な治療法はなかった。しかし、白血病細胞のドライバーとして機能している転座による融合遺伝子Bcr-Ablの機能を抑制するimatinib(グリベック)が開発されてからは、病気の進行をほぼコントロールできるようになり、ガン標的薬の成功例として期待を抱かせるきっかけになった。もちろん、治療中にBcr-Abl分子の突然変異でimatinibの効果が落ちても、新しい世代のキナーゼ阻害剤が開発され、病気のコントロールは可能になっている。この結果、imatinib開発後もしばらくは、積極的に推奨された骨髄移植治療は、急性転化が起こるまで待つのが普通になっている。

とはいえ、グリベックでは白血病細胞が完全に消えるわけではない。ガンの幹細胞が残存し、薬剤をやめるとまた再発する。従って、Bcr-Ablを持つ全てのガン細胞を根こそぎ除去する方法の開発が現在も続いている。

今日紹介する中国済南大学からの論文は、ガンのスーパーエンハンサーに注目しCMLの根治を目指した研究で、結果は期待ほどではなかったが、着眼点は面白いと思った。タイトルは「Super-enhancer landscape reveals leukemia stem cell reliance on X-box binding protein 1 as a therapeutic vulnerability(スーパーエンハンサーの解析は白血病幹細胞の治療標的としてXBP1を明らかにした)」で、9月22日号のScience Translational Medicineに掲載された。

多くの転写因子が一つの遺伝子のプロモーターに集められるスーパーエンハンサー(SE)は、Richard Youngにより紹介されてから、多くのガンで重要な働きがあることが知られるようになり、またこれに関わるERG, CDK7、そしてBRD2/3などに対する阻害剤をガンの治療に利用する可能性が追求されている。

CMLはほぼ治療が可能なためだろうか、不思議なことにSEの解析が行われていなかったようだ。この研究では常法に基づいてCML細胞、あるいはそのCD34分画細胞をH3K27acヒストンコードに対する抗体で沈降し、高いシグナルが得られるSEを特定している。詳細は省くが、4例ともETV6やRunxなど、なかなか面白い顔ぶれで、再度CMLでこれらの分子の機能を調べるのは面白そうだ。

ただ、この研究では個々の遺伝子支配にこだわらず、まずSEを壊す影響について調べている。しかしこの実験も、通常よく使われるBRDを標的にしたBET阻害剤ではなく、CDK7阻害剤THZ1を用いている。詳細を省くが、結果はTHZ1を低い濃度で投与すると、グリベックと共同して白血病細胞の増殖がさらに低下し、またTHZ1処理、あるいはCDK7  ノックダウン細胞では、ガンの幹細胞機能が低下する。そして、期待通り多くの遺伝子の転写が抑制されるが、その多くはSE支配下にあると特定された遺伝子だった。

SEについての解析はここまでで、後はSE支配として見つかっていたXBP1遺伝子に着目し、この経路のCMLでの機能を調べている。ただ、XBP1は小胞体ストレスに対する中心分子で、小胞体膜上のIRE1によりmRNAがスプライスされることで、機能タンパク質が合成され多くのシャペロンを合成し、細胞をストレスから守る。従って、ガンでこの経路が発達していることは十分考えられ、XBP1やIREのノックダウンがCMLの増殖を抑え、またXBP1を過剰発現させるとTHZの効果がなくなるという結果をみても驚きはない。ただ、XBP1もガンではSEの支配下にあるのかと、納得はした。

おそらくXBP1ではなく、他のSE支配転写因子に白血病幹細胞を決める分子が潜んでいると思うが、それをSE解析で探ろうとした着眼点は面白いと思う。久しぶりにCMLの論文を読んだ気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ