10月20日 ライム病に対する新しい抗生物質の開発(10月14日号  Cell 掲載論文)
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10月20日 ライム病に対する新しい抗生物質の開発(10月14日号 Cell 掲載論文)

2021年10月20日
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現在科学界の興味と優先性の高いCovid-19に関する論文がトップジャーナルにあふれているが、Covid-19にとどまらず様々な感染症についての論文の掲載数も上昇している様に思う。もちろん感染症に対する注目度が上がったこともあるが、もう一つ重要な要因として、分子生物学やゲノム科学の成果を生かしやすい領域であることも大きい。その結果、例えば結核に対する新しい抗生物質の開発の様に、これまでの薬剤とは異なる標的を阻害する薬剤の開発が進んできている。

今日紹介するボストンのNortheastern大学からの論文は、このような流れを代表する研究で、最終的に見つかったのは新しい薬剤ではなかったが、抗生物質開発研究がどう行われるのかが覗える面白い研究だ。タイトルは「A selective antibiotic for Lyme disease(ライム病に選択的に効く抗生物質)」だ。

ライム病はスピロヘータが原因菌の代表的な感染症で、野生動物に寄生するマダニによりボレリアに感染することで起こる。我が国での報告は多くないが、例えば米国では50万人/年の報告がある様で、重要な感染症となっている。基本的には広域抗生物質で治療できるが、慢性化するとやっかいだ。また、Covid-19後遺症と良く似た感染後の後遺症が2割の人で見られる。

この研究では、耐性菌を発生させやすい広域抗生物質しか有効薬がなく、その結果体内の菌叢が破壊され、耐性常在菌が出現する。この問題を解決するため、ボレリア特異的薬剤を土壌菌の中から探索するという、オーソドックスなスクリーニングを行っている。

具体的には452種類の土壌菌の抽出液をボレリアと緑膿菌に加えて、ボレリア特異的に増殖を抑制する抽出液を特定し、その中の有効成分を生化学的に解析した結果、1953年にEli Lillyによって開発されていたハイグロマイシンAが、ボレリアを中心にスピロヘータに広く効果を持つが、他の細菌には効果がないことを突き止める。

ハイグロマイシンというと、現役の頃はプラスミド選択に使ったものだが、これはハイグロマイシンBのことで、ハイグロマイシンA(HA)はおそらくほとんど使われていないと思う。

すでに発見されていたにせよ、スピロヘータ特異的な抗生物質が特定できた。次は、なぜスピロヘータ特異的な効果が見られるのかについての解析が行われ、HAが23Sリボゾームに結合して翻訳開始を抑制し、タンパク質が全く作れなくなることを確認している。

ただ、このメカニズムだと、スピロヘータに高い特異性を示すのが説明できない。そこで、HAを細胞内に取り込む能力の差が、スピロヘータと他の細菌との差ではないかと、まずHAの取り込みを調べると、ボレリアでは1分もあればすぐに取り込まれることがわかる。すなわちトランスポーターの違いが、この差を決めていることが明らかになった。

次に、このトランスポータを特定するため、HAに耐性ボレリアを分離し、突然変異や遺伝子発現を調べた結果、最終的にbmpDと呼ばれるトランスポーターの存在が、ボレリアの感受性を決めていること、またbmpDを大腸菌に導入すると、今度はHAに対する感受性が高まることが明らかになった。bmpDはオリゴペプチドを細胞外で補足し、チャンネルに受け渡す役割をしている。

最後に、HAが治療に利用できるかを様々な角度から調べ、

  1. 耐性が出にくいこと、
  2. 腸内細菌叢など、他のバクテリアに作用して耐性菌を誘導する可能性が低いこと、
  3. トランスポーターがない動物細胞には毒性がない、
  4. マウスのライム病モデルで、1日2回、経口投与で完全にスピロヘータを除去できる。
  5. 梅毒の原因スピロヘータにも有効。

などを明らかにしている。

後は臨床治験が待っているだけだが、年間50万人の患者さんが発生する米国なら迅速に進むだろう。もちろん発生数は少ないとは言え、北海道を中心に我が国でも発生は続いているので、結果を期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ