5月12日 頭の良くなるシナプス活性(5月号 Brain 掲載予定論文)
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5月12日 頭の良くなるシナプス活性(5月号 Brain 掲載予定論文)

2022年5月12日
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シナプスでのニューロトランスミッター遊離による神経伝達は、極めて複雑に調節されているが、多くの研究によりその細胞生物学的メカニズムはかなり理解できるようになってきた。しかし、個々のシナプスでの小さな違いが、脳全体の高次機能へどう展開するのか研究することは簡単でない。というのも、このような目的で利用される遺伝子変異のほとんどは、機能欠損型で、ポジティブな側面を調べることは出来ない。

今日紹介するドイツビュルツブルグ大学からの論文は CORD7 変異と呼ばれる、一部の高次機能を高める変異について、その分子細胞メカニズムをショウジョウバエを用いて調べた研究で、5月号の Brain に掲載予定だ。タイトルは「The human cognition-enhancing CORD7 mutation increases active zone number and synaptic release(人間の認知機能を促進する CORD7 変異はシナプスのアクティブゾーンを増やし、シナプス遊離を高める)」だ。

この論文を読むまで、言語能力や作業記憶を高める遺伝子変異があるとは知らなかった。これはシナプスベシクル遊離を調節する分子の一つ RIMS1/RIM1 の変異で、実際には頭が良いから見つかるのではなく、Cone-rod dystrophy 症候群として知られる、視細胞が変性する進行性の視覚障害で発見される。

ところが、2007年、この患者さん達の認知機能を調べた英国国立神経病院からの論文が発表され、様々な認知機能とともに作業記憶が著しく上昇していることが示された。すなわち、シナプス変化により脳の高次機能が高められる可能性を示した結果だが、そのメカニズムについては明らかになっていなかった。

この研究では、ショウジョウバエの RIMS 遺伝子に、人間で見られる変異を導入して、シナプス電位や、シナプスの形状を調べ、認知機能が高まるメカニズムを探っている。

まず、ショウジョウバエの RIMS がラットの分子と、構造的にほとんど同じで、変異の効果もほぼ同じと想定できることを、分子構造学的に確認した後、この変異を持つショウジョウバエ系統を作成し、神経筋接合部位でのシナプスを調べている。

すると、期待通りシナプス電流の振幅が上昇し、上昇と下降のスピードが高まることが明らかになった。すなわち、シナプスのシグナルが高まっている。

組織学的に調べると、シナプスでの伝達が行われているアクテゥブゾーンの数が増加しており、またシナプス小胞の数が増え、利用できるシグナルプールに余裕があることがわかる。これらによりシナプスシグナルの効率化に関わっている。

さらに、電位依存性カルシウムチャンネルの活動も変異によって変化する。面白いことに目のリボンシナプスを調節する L 型シナプスの機能は低下する一方、一般神経デハツゲンスル P/Q 型カルシウムチャンネルの機能を高める。この結果、目では視細胞の変性が起こる一方で、脳では認知機能が高まるという矛盾する結果が起こっていることになる。

以上、一つの変異で様々な変化が生じる結果、認知機能が高まることがわかる。印象としては、始まったばかりの研究で、視細胞が変性する理由も含め、さらに研究が必要だが、要するにシナプス伝達の効率の上昇だけでここまで認知機能が高まることが示された面白い論文だ。今後患者さんでのより詳しい研究が進むことで、認知機能低下を防ぐ方法の開発も可能かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ