5月31日 フォスフォグリセリン酸デハイドロゲネースはガン転移を抑える(5月18日 Nature オンライン掲載論文)
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5月31日 フォスフォグリセリン酸デハイドロゲネースはガン転移を抑える(5月18日 Nature オンライン掲載論文)

2022年5月31日
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昨日はガンの悪性転換の epigenetics について論文を紹介したが、epigenetics とともにガンの悪性化について注目されているのが、ガンの代謝だ。この分野は、食事などを通してある程度介入が可能なので、研究領域としてかなり拡大している印象がある。私も、ガンの代謝についてはできるだけ読むようにしているが、今日紹介するベルギーガンセンターからの論文のように、代謝かと思って読むと大きく期待を裏切られる論文もあるので、そんな例として是非紹介したいと思った。タイトルは「PHGDH heterogeneity potentiates cancer cell dissemination and metastasis( PHGDH の発現多様性がガンの伝搬と転移を高める)」で、4月18日 Nature オンライン掲載された。

タイトルにある PHGDH とは、フォスフォグリセリン酸ハイドロゲネースのことで、NAD を補酵素としてフォスフォグリセリン酸をフォスフォノオキシピルビン酸に変える一種の還元酵素で、この酵素がないとセリン合成が傷害されることから、欠損すると代謝病を誘発する。

このようにれっきとした酵素なので、タイトルを読むと、「ナニナニ!こんな代謝酵素がガンの転移に働いているのか?」と興味を持つのが普通だ。読み進むと、確かに PHGDH の発現が低い細胞が、血中を流れるガン細胞や転移巣では多く見られることを示しており、ガンの伝搬や転移をこの酵素が抑えていることが示される。また、遺伝子をサイレンシングする実験から、人為的に PHGDH の発現を低下させると、ガンが転移しやすくなることを実験的に示している。

そして、この PHGDH の低下により、インテグリンの一つ avβ3 インテグリンのシアリル酸化が高まり、これがガンの転移を誘導していることを示している。シアリル化でインテグリンが活性化されて、ガンの転移能が上昇すること自体は、何ら驚くことではないが、問題はなぜフォスフォグリセリン酸でハイドロゲナーゼがこの過程に関わっているのかを調べることだ。

詳細を省いてこの研究の結論を述べると、PHGDH が低下すると、フルクトース6リン酸をフルクトース2リン酸へ転換する PFKB の活性が低下し、結果的にフルクトース6リン酸がシアル酸合成の方にリクルートされることを発見する。結局グルコース、フルクトースの経路にこの転移でも問題が集約された。

最後の問題は、どうして PHGDH の低下がこの過程を媒介しているのかだが、ここでドンデン返しが待ち受けている。即ち、PHGDH の低下の効果は、この酵素の活性とは全く無関係で、酵素タンパク質自体が PFKB と直接結合することで、フルクトース6リン酸を、シアル酸化経路にリクルートしていることを示している。実際、PHGDH の酵素活性を阻害する化合物では、同じような転移を誘導することは出来ないし、また遺伝子操作の実験から酵素活性を欠如させた PHGDH 分子でも、ガンの転移を抑制することが出来ることを示している。

このどんでん返しは大きい。すなわちこの過程に PHGDH が酵素として働いておれば、酵素活性を高めたり落としたり出来る化合物が開発できるかもしれないが、PHGDH と PFKB の直接結合だとすると、改めてタンパク質同士の相互作用を阻害する分子を探すしかない。

論文は以上で、このどんでん返しでよく論文が掲載されたなと思うが、結局この研究でもグルコース代謝経路のバランスの重要性が認識された。

カテゴリ:論文ウォッチ