深部静脈血栓症はエコノミークラス症候群として知られており、要するに水分をあまり取らずにじっと座っていることで、これが肺血栓塞栓症へと発展すると命にかかわる。
今日紹介するミュンヘン大学を中心とする研究施設が発表した論文を読むまで全く気づかなかったが、エコノミー症候群と同じ問題が、冬眠状態ではどうして起こらないのか確かに不思議だ。動物の多様性と済ませることもできるが、同じ様に車椅子に拘束されざるを得ない脊髄損傷の患者さんではなぜエコノミー症候群が起こりにくいのか?確かに不思議だ。
この疑問を冬眠中の熊の血液を調べて解明し、これが脊髄損傷患者さんでも同じメカニズムで血栓を防いでいることを示したのがこの研究で、4月15日号 Science に掲載された。タイトルは「Immobility-associated thromboprotection is conserved across mammalian species from bear to human(じっとしていることによる血栓を防ぐメカニズムは人間からクマまで広く哺乳動物に保持されている)」だ。
このグループが提起した問題については既に紹介した。事実、冬眠中に死んだスウェーデンのヒグマを調べた研究では、血栓を認めることは0.4%にしかすぎない。
この差を調べるために、夏活動中のクマと冬眠中のクマの血液を採取、ヘリコプターやスノーモービルまで用いた輸送作戦で実験室に運び、血栓形成に関わる凝固機能、血小板機能を徹底的に比較し、
- 冬眠中のクマ血液は血栓が起こりにくい。
- この原因は凝固系の変化ではなく、血小板自体の変化にあること。
をまず明らかにする。
次に、冬眠中と活動中の血小板で発現するタンパク質を比較し、血小板活性化に関わるさまざまなタンパク質の発現が低下しており、確かに冬眠中のクマでは血栓を起こしにくくなっていることを確認するとともに、特にセリンプロテアーゼ阻害剤HSP47の発現は50分の1に低下していることを発見する。
この結果はHSP47を低下させることで血栓形成が防がれる可能性を示唆する。そこで、遺伝子操作でHSP47が血小板で欠損させた骨髄細胞を移植し、運動を抑制すると血栓の形成を強く抑制することができる。HSP47には阻害剤も存在するので、トロンピンによる血小板凝集反応を調べると、阻害剤により強く抑制できることもわかった。
HSP47は線維芽細胞内でコラーゲンの折りたたみを助ける分子だが、血小板膜状でコラーゲンを安定化させインテグリンを介する血小板の活性化に関わることも知られている(メカニズムは読み飛ばしてほしい)。そこで、HSP47の機能について検討し、HSP47はトロンビンの血小板表面への結合を支持する働きがあり、血小板凝集を高めることを明らかにした。これに加えて、血小板由来のHSP47は白血球の自然炎症反応を高めて、血栓内での炎症を増強することもわかった。
最後に、同じメカニズムが脊髄損傷で下肢の運動が阻害された患者さんで言えるかを調べ、脊損患者さんでも血小板の凝集による血栓が起きにくくなっており、HSP47レベルも強く抑えられていることを臨床例で明らかにしている。
以上が結果で、熊の冬眠から始まり、脊髄損傷患者さんまで、深部静脈血栓が起こりにくくなるメカニズムが示されたこと、さらにHSP47という標的が見つかったことで、エコノミー症候群に限らず深部静脈血栓の予防法の開発につながると思う。
しかし、慢性の運動抑制がどうしてHSP47の発現低下を誘導するのかについては明らかになっていないのが残念だ。ここがわかれば、さらにエコノミー症候群の対策が可能になる様な気がする。