5月31日 ウェッブ検索アルゴリズムの政党支持への影響(5月24日 Nature オンライン掲載論文)
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5月31日 ウェッブ検索アルゴリズムの政党支持への影響(5月24日 Nature オンライン掲載論文)

2023年5月31日
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今、街を歩くと、子供から老人までスマートフォンが広く普及していることを実感する。もちろん使い方に差はあると思うが、ハードレベルではもはやデジタルギャップは解消している様に思う。それだけ我々はスマートフォンからくる情報に依存していることになる。実際、仕事だけでなく毎日の生活で、自分が何回検索をかけているか考えてみると、これが今の自分を作っているのだと思い知る。

そして検索を考えると、便利さで完全にgoogle 支配を受けている。たとえば、バードウォッチングで撮影した鳥の名前はすぐにgoogle で検索できる。また外国の美術館に行っても、原語の説明に困ることはない。google カメラで説明を撮影して、それを翻訳機能で再生(私の場合は補聴器に送って)しながら、展示品を見ることで、展示品に集中できる。仕事から趣味まで、まさに自分がgoogle manになっているのがわかる。

程度は異なっても、世界中の人間が同じ便利さを共有しているとすると、googleの検索アルゴリズム、すなわちどのURLを優先的に提示するかを決めるアルゴリズムが、人間の判断に大きな影響を与える心配がある。

今日紹介するスタンフォード大学のインターネット観測所(こんな施設があることを知って大学の見識に驚く)からの論文は、2018年トランプ政権での中間選挙、そして2020年の大統領選挙の機会を利用して、検索アルゴリズムが検索している人間の好みに偏っていないか調べた研究で、5月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Users choose to engage with more partisan news than they are exposed to on Google Search(Google検索での党派的なニュースの偏りは検索エンジンの偏りではなくユーザーの選択の問題)」だ。

トランプ前大統領が絡んだ選挙は、米国が2分され、党派性が前面に出た選挙として有名だが、2018年中間選挙と、2020年大統領選挙時に、参加者の政治的な立場を7段階(熱狂的共和or民主、普通の共和or民主、共和寄りor民主寄り、中立)に自己申告で表明してもらい、また選挙中のgoogle検索について、政治に関する検索のみ分析させてもらっている。

どのURLが最初に提示され、どのURLを閲覧したかなど詳しく調べる必要があるため、規模としては300人規模の調査になっている。この研究の特徴は、表示されたURLに政治的偏りがないかを検討したことで、好みに合わせて検索結果を変える場合は、調査前の検索行動から、最初から好みに合わせた結果になる可能性がある。

結果だが、

  • 最初の検索で提示されるURLに関して、google検索では偏りはなく、熱狂的共和or民主ともに同じ様な検索結果が提示される。すなわち、個人の好みが増幅される様には設計されていない。
  • ところが、どのURLを閲覧したかを見ると、それぞれの政治的立場に合わせた選択が行われる。
  • この研究では、ニュース提供URLを公的な発表データに基づき、信頼性が高い、あるいは低いURLに分類している。そして信頼性の低いと分類されたニュースURLを見る傾向を探ると、共和党支持者ほど、信頼性の低いURLを閲覧している。
  • 自分の好みのURLを閲覧する人ほど、信頼性のないURLを選びがち。

などが明らかになった。

議会襲撃などからも想像できるが、同じ様な研究をぜひ日本でもやってほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月30日 超音波照射で冬眠を誘導する。(5月25日 Nature Metabolism オンライン掲載論)

2023年5月30日
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長い時間の飛行を要する宇宙探査を最小限の資源で可能にするため乗組員を冬眠させるという話は、私が子供の頃からSFの定番だった。この可能性が現実味を帯びてきたのは、理研の砂川さんと筑波大学の桜井さんたちによる、刺激により安全な冬眠を誘導できる視床下部の神経サーキットの発見だろう。

ただこの研究も含め、このサーキットを刺激するためには、遺伝子改変などが必要で、簡単に冬眠を誘導するというわけには行かなかった。ところが今日紹介するワシントン大学からの論文は、頭蓋の外から超音波を下垂体に照射するだけで冬眠を誘導できることを示した研究で、5月25日 Nature Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Induction of a torpor-like hypothermic and hypometabolic state in rodents by ultrasound(齧歯類に超音波を照射して低体温と低代謝の冬眠様状態を誘導する)」だ。

超音波に反応するメカノチャンネルの存在が知られており、発現している神経細胞を超音波パルスで刺激することができる。この研究では、これまで冬眠誘導で知られている神経を超音波で刺激できるかやってみたところ、照射後1時間をピークとする深部体温の低下、酸素消費量の低下、呼吸数の低下、そして熱を発散させるための尾部への血管の拡張を観察している。

さらに、超音波照射を深部体温のセンサーと連結して、必要に応じて短い超音波パルスを与えることで、完全に24時間続く冬眠を誘導し、また冬眠からの覚醒も正常に起こることを明らかにしている。すなわち、外部からの超音波照射で自由に冬眠状態を誘導し、また覚醒させることに成功した。

次は、これまで冬眠誘導ができるとして特定されていた神経細胞が刺激されているのか、またどのチャンネルが超音波に反応するのかを調べている。超音波照射は、神経細胞の興奮を誘導していることをFos遺伝子の発現で確認した後、single cell RNA sequencing を用いて、興奮細胞が冬眠神経の特徴として示されてきたいくつかの分子をセットで発現していることを明らかにし、確かに超音波により冬眠神経回路が活性化されることを明らかにしている。

そして、これらの細胞はTRP2を中心に幾つかのメカノセンサー分子を発現しており、たとえばTRP2の発現をノックダウンすると、超音波による興奮が起こらないことを確認している。実際にはTRP2ノックダウンでは完全に興奮を抑えられないので、幾つかの分子が同時に反応して冬眠回路を刺激していると結論している。

次に、この回路の投射領域や、代謝への直接効果を検討し、一つは褐色脂肪組織の熱発生を抑え、また尾部血管の拡張による熱発散を起こすことで、体温や代謝を下げることを明らかにしている。

最後に、元々冬眠誘導性を備えているマウスではなく、その様な傾向がないラットでも同じ様に超音波による冬眠誘導が可能であることを示し、将来人間にも使えるのではという可能性を匂わせて終わっている。

たまたまメカノセンサーを発現していたのは偶然だろうが、可能性を調べてみようと考えたことがこの研究のハイライトと言える。宇宙旅行での冬眠にどれぐらい近づいたのか?おもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月29日 T細胞は標的細胞との結合部位を切り出して標的から離れる(5月26日号 Science 掲載論文)

2023年5月29日
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キラーT細胞は標的とT細胞受容体(TcR)コンプレックスを用いて結合し、細胞傷害因子を標的に注入すると、速やかに標的を離れ、次の標的へと移行する。この時、一旦形成されたTcRと標的側のMHC/抗原ペプチドとの結合(免疫シナプスと呼んでいる)は、次の標的へ移動するためには完全に解消する必要がある。この過程はこれまでTcRごと細胞内へ取り込まれるエンドゾーム形成で行われると考えられてきた。事実、多くの受容体はシグナルを受けた後、インターナライゼーションとして知られるエンドゾームへの取り込みが確認されている。

ところが今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、電子顕微鏡や高解像度顕微鏡を用いて免疫シナプスを観察、免疫シナプスは内部に取り込まれるのではなく、外部に切り出して標的側に残す、エクトサイトーシスによることを明らかにした研究で、5月26日号 Science に掲載された。タイトルは「Ectocytosis renders T cell receptor signaling self-limiting at the immune synapse(エクトサイトーシスが免疫シナプスでのT細胞受容体のシグナルの自己調節にかかわる)」だ。

免疫シナプスを可視化するため、TcRζにペルオキシダーゼを結合させ、標的とT細胞の相互作用を継時的に観察し、それを3D化するという地道な作業を800枚の電顕像を用いて行い、

  • T細胞は細胞外に飛び出した仮足上のTcRを用いて標的に結合すると、1時間ほどで免疫シナプスは1/5に減る。
  • この時、免疫シナプスは細胞外へ吐き出された小胞エクトゾームとして標的側に残る。
  • これまで考えられてきたエンドゾームへの免疫シナプスの移行は全く起こらない。

ことを明らかにしている。

あとは、エクトゾームにはシグナルが活性化されたTcR複合体が存在しているが、グランザイムのような細胞傷害性分子は存在せず、純粋に免疫シナプスを解消する目的でエクトサイトーシスが起こること、またエクトサイトーシス形成過程に、細胞膜に切れ目を入れるディアシルグリセロール形成が関わっていることを確認している。

結果は以上で、これまでの常識が、正確な観察の結果改められたことになる。免疫シナプスという言葉ができて久しいが、ようやく今になってシナプス解消機構が明らかになるとは、科学が常に事実の断片と想像でできていることを示している。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月28日 細胞が死ぬための複雑なメカニズム(5月17日 Nature オンライン掲載論文)

2023年5月28日
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マクロファージはバクテリアなどを貪食して処理する必要があるが、その時カスパーゼ1活性化を中心とする強い炎症反応が起こり、自ら感染細胞が死ぬが、この様式がピロトーシスと呼ばれている。この時、ガスデルミンと呼ばれる分子が細胞膜直下で重合し細胞膜にチャンネルが形成されることで、周りに炎症性サイトカインを分泌し、防御に役立てるようにできている。ただ、ガスデルミン孔は大きな分子を通さない。これに変わって、NINJ1という膜蛋白が、炎症反応で活性化され、細胞膜に大き孔を開けることで、細胞がダメージを受けた警告としてはたらく 様々な大きな分子を周囲に分泌するのを助けている。

もちろん、これはピロトーシスの話で、アポトーシス、ネクローシス、ネクロプトーシス、フェロプトーシスと異なる様式の細胞死が存在している。ことほど左様に細胞が死ぬ時の様式は複雑で、解析が難しいが、これを理解することは炎症やガンなど、個々の細胞と組織や臓器といった社会的構造との関係を理解するために必須になる。

今日紹介するローザンヌ大学からの論文は、何故たかだか16KDという小さなNINJ1分子が、大きな孔を開けることができるのかについて、構造学的、細胞学的に検討した研究で、5月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Structural basis of NINJ1-mediated plasma membrane rupture in cell death(NINJ1による細胞膜の破壊による細胞死の構造学的基礎)」だ。

この研究ではまず、NINJ1の重合化がガスデルミンの活性化により引き金が引かれることを明らかにしている。すなわち、ガスデルミンが存在しない細胞ではNINJ1による孔もできない。メカニズムについてははっきりしていないが、まずガスデルミンによる孔が形成されることで、細胞のフォスファチジルセリンが幕の表に出ることでNINJ1が活性化されるのではと考えている。

この活性化が起こると、細胞外に突き出したα1、α2ドメインが膜内に突き刺さり、α1ドメインが細胞内のドメインと結合することで、分子が数珠繋ぎになり細胞膜状でフィラメントを形成する。以上のことが、高解像度顕微鏡やクライオ電顕を駆使して確認されている。

その結果、フィラメントだけでも幕に裂け目が形成されるし、またフィラメントが膜状でつながると、ジッパーのような構造、あるいは大きな孔が形成され、細胞膜が破綻することを見事に示している。

以上が結果で、構造学の研究はまとめてしまうと簡単だが、しかし多くの重要な情報が、構造の細部に隠されており、今後に生かされると思う。面白かったのは、このような膜状のフィラメント構造も、ほぼ完全にchatGPTと同じトランスフォーマーを用いているαフォールドで解読できる点で、専門家には当たり前かもしれないが、個人的には感心した。

これほど繊細な死ぬための仕組みを持つ必要性は、個と社会の関係を考える上でも面白いテーマだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月27日 TNFの特徴をガン組織特異的後退で引き出す(5月24日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年5月27日
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Tumor necrosis factorは文字通り腫瘍壊死を誘導する因子として特定されてきたが、臨床応用では、炎症のメディエーターとして位置付けた研究が多く、主要壊死を目指した研究にはあまりお目にかかったことがない。

ところが今日紹介するチューリッヒ大学とバイオベンチャー・フィロゲンとの共同論文は、ガン組織に多く発現しているフィブロネクチンのスプライス型に対する抗体をTNFと結合させることで、典型的治療困難腫瘍グリオブラストーマを場合によっては根治まで持っていける可能性を示した研究で、5月24日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Targeted delivery of tumor necrosis factor in combination with CCNU induces a T cell–dependent regression of glioblastoma(腫瘍壊死因子の腫瘍組織特異的供給に抗ガン剤CCNUを併用することでグリオブラストーマのT細胞依存的萎縮を誘導できる)」だ。

このグループはガンに多いフィブロネクチンのスプライス型に対する抗体(L19)を様々なサイトカインに結合させ、グリオブラストーマへの効果を調べ、L19/TNFが高い腫瘍抑制効果を示すことを突き止めていた。

ただ単独投与では効果が完全ではないので、PD-1抗体、グリオブラストーマに最もよく使用される抗ガン剤CCNU、そして血管新生を抑える抗体B20をそれぞれL19/TNFと組み合わせてL19/TNFの効果が最大限になる組み合わせを探索している。

この治療はT細胞が関わると考えられるが、PD-1に対する後退はあまり効果がなく、実際にはCCNUと併用した時、最も高い効果が得られた。実際のデータでは、5匹中4匹で腫瘍の完全消失が観察されている。

そこでこの組み合わせの効果を組織学的に調べると、腫瘍の壊死とともに、免疫抑制的樹状細胞の低下及びT細胞の浸潤が見られる。すなわち、腫瘍が直接傷害されると同時に、炎症や免疫反応が誘導されることがわかった。

さらに、遺伝子発現を調べると、血管内皮の接着因子発現が上昇し、免疫抑制的なサイトカインやケモカインの発現が抑えられ、最終的に血管透過性が上昇、炎症性細胞が浸潤、免疫促進的環境が誘導されることがわかった。

以上の結果をもとに、L19/TNF+CCNU治療を6人のグリオブラストーマ患者さんに実験的に投与している。このうち5例はNGMTと呼ばれる最も悪性のグリオブラストーまで、再発例では腫瘍増大を止めることが望めない患者さんを選んでいる。

結果は上々で、治療を行えた5例前例で病気の進行を一定期間抑えることができ、1人の患者さんでは2年間全く再発なしに経過している。それ以外の患者さんも、ガンが再び増大しているが、平均生存期間が抗ガン剤だけの平均の4倍長く生存が可能になっている。

以上が結果で、名前の通り、TNFを腫瘍組織に濃縮することで腫瘍壊死、血管内皮活性化、炎症誘導、そしてガン免疫誘導を通して、総合的にガンを抑えてくれることが示された。まだ6例だが、期待できそうだ。

名前から考えるとガン治療の大本命になってもいいのに忘れていたTNFの復活なるか、注視していきたいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月26日 細胞を必要としない再生(5月24日 Nature オンライン掲載論文)

2023年5月26日
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再生医療というと細胞移植が必要と思ってしまうが、残っている組織の機能を再建する方法も重要だ。例えば脊髄損傷では、脳との結合が切断されてしまった脊髄硬膜外に多数の電極を設置し、これをコントロールして脚を動かすという治療法がスイス・ローザンヌで開発され、現在臨床治験が進んでいる(これまで三回にわたって紹介している。1. https://aasj.jp/news/watch/8993 ;2. https://aasj.jp/news/watch/9166 ;3. https://aasj.jp/news/navigator/14111)。ただ、これまでの研究では脊髄を刺激して脚を動かすことにフォーカスしており、脳との結合がない、すなわち自覚のない運動で終わっていた。ただ、同じグループは着々と研究を進め、今度はこの脊髄刺激系を脳と結合させるデバイスを開発して、完全に自覚された運動回復へ向け着実に研究を進めていることを5月24日 Nature にオンライン掲載した。初め紹介しようと思ったが、このような大きなトピックスは、様々なメディアで紹介されているので(例 https://www.tokyo-np.co.jp/article/252215)、「着実に研究が進んでいる」と言及するだけにする。

代わりに紹介したい論文は、同じNatureにオンライン掲載されたUniversity College Londonからの論文で、様々なシグナルのハブとなっているPI3Kα分子を特異的に活性化できる小分子化合物の開発研究で、タイトルは「A small-molecule PI3Kα activator for cardioprotection and neuroregeneration(心臓保護及び神経再生に利用できるPI3Kα活性小分子化合物)」だ。

PI3Kはインシュリン受容体をはじめ、様々なシグナルにより活性化されるハブ分子で、活性化されると細胞膜のフォスファチジルイノシトールをリン酸化(PIP2からPIP3へ)、この結果、下流のAKTを活性化し、細胞の代謝や増殖に必須の因子だ。多くのガンでこの分子の変異が認められており、これまでPI3K阻害剤については研究が進んでいたが、活性化する分子についてはPDGFRの細胞内ドメインに対応するリン酸化ペプチド以外は報告がない。

この研究はアストラゼネカ社との共同になっており、45万種類の化合物を、膜状に再現したPIP2のリン酸化を指標にスクリーニングし、1938と呼ぶ化合物が、PI3Kα特異的に活性化することを発見する。

構造学的に作用機序を調べ、様々な試行錯誤の結果(論文を読むとこの過程が最も難しかったように見える。例えば分子を結晶化しても1938が結合していないなど)PI3Kの2つの分子の結合を阻害する分子構造変化を誘導することでp110を活性化状態に誘導することを示している。このため、正常PI3Kαのみならず、ガン変異が起こった分子もさらに活性化することができる。

この分子を細胞に加えると、多くの分子がリン酸化などの変化を受け、細胞の代謝が上昇し、増殖が誘導できる。そこで、この化合物の特徴を生かすため、心筋梗塞の後、血流が再開した後に、活性酸素などの作用で起こる細胞障害からの保護と、神経損傷後の再生に使えないか、動物モデルで検討している。

結果は期待通りで、再還流後の心筋梗塞部位の進展が1938投与群では半分程度に抑えることがでる。また、坐骨神経を挫滅させた後の神経再生を、2倍以上回復させることができる。このように、細胞の保護だけでなく、細胞を活性化して再生を誘導することができることが示された。

以上、機械的機能再建や、化合物を用いた残存細胞の活性化など、着実に研究が進んでいることは、心強い。

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5月25日 活性酸素の制御機構を探る(5月15日 Cell オンライン掲載論文)

2023年5月25日
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モリエールの戯曲「病は気から」は、シャルパンティエによりオペラにもなっている。この戯曲に詰め込まれた不勉強な医師に対する風刺をオペラで表現できるのか聞いてみたいと思うが、まず上演機会はなさそうだ。モリエールの医師に対する風刺の極め付けが、口頭試問で「なぜアヘンは睡眠を誘導するのか」と聞かれた学生が「睡眠物質を含んでいるからです」と答えて一同納得するシーンだろう。考えてみると、現代に生きる私たちも、適当な言葉に置き換えてわかった気になっていることが多い。

その例が活性酸素だろう。活性酸素や酸化ストレスというと、細胞障害性の要因として一般の方にもよく認知されている。私自身も活性酸素と聞くと、核酸からタンパク質まで様々な変化が起こると想像し、この結果鉄依存性フェロプトーシスに至るなと考えるが、よく考えると内容より名前に置き換えて理解しているだけだと反省する。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、活性酸素によりタンパク質が受ける変化を網羅的に調べ、その中から活性酸素の量を検出して生産を調節する仕組みを明らかにした研究で、名前に置き換えて理解してきた私はこの論文を読んでモリエールの戯曲を思い出し反省した。タイトルは「Systematic identification of anticancer drug targets reveals a nucleus-to-mitochondria ROS-sensing pathway(抗ガン剤の標的の網羅的特定により、核からミトコンドリアへとつながる活性酸素検出経路が明らかになった)」だ。

この研究では活性酸素が上昇することが知られている抗ガン剤によりおこるタンパク質の変化を、活性酸素により活性化されるアミノ酸システインの変化に注目して調べることで、活性酸素により変化する可能性があるタンパク質のリストを作成している。

もちろんシステインの変化だけでは、様々な要因で起こるので、還元剤処理により戻る変化、またタンパク質を直接過酸化水素に曝した時の起こる変化などをあわせて、最終的に微小管安定化に関わる抗ガン剤auranofinによる核内タンパク質の変化が、同じタンパク質を直接過酸化水素水に曝した時の変化とほぼ一致すること、を明らかにする。すなわち、auranofinは核内の活性酸素を上昇させ、それ自身が抗ガン作用の一翼を担っていることを明らかにする。

次に、auranofin処理によりシステインが変化する分子の中から、DNA損傷に反応するキナーゼCHK1分子が、過酸化水素によって活性化されることに注目し、この分子に絞って研究を進めている。

すなわち、活性酸素による活性化されるということは、活性酸素の核内センサーとして働いている可能性がある。しかも、DNA損傷に反応する細胞周期チェックポイント分子であることから、この分子により細胞内活性酸素のレベルが調節されている可能性がある。実際、CHK1活性を阻害すると、細胞内の活性酸素は上昇を続けることから、この分子がセンサー及び調節因子として働いている可能性が裏付けられた。

そこで、CHK1の標的分子を、CRISPRで網羅的に特定したauranofin抵抗性を付与する分子の中から探すと、ミトコンドリアの翻訳に関わる分子SSBP1が特定された。

長い話を短くして結論だけ紹介すると、活性酸素レベルで活性化されるCHK1はSSBP1のセリン67をリン酸化し、これによりSSBP1のミトコンドリアへの移動と、翻訳への関与が阻害され、その結果ミトコンドリアの呼吸チェーン分子の翻訳が低下することで、活性酸素のレベルを低下させることを明らかにしている。

以上が結果で、同じようなサーキットが、活性酸素により変化した多くのタンパク質でも個別に存在することを示唆している。もちろん重要度では、直接活性酸素生産のフィードバックループを形成できるCHK1/SSBP1が高いが、活性酸素という名前で隠された詳細の解明がいかに重要か、モリエールを思い出しながら反省した。

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5月24日 Tau異常症の効果を抑える突然変異(5月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年5月24日
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アルツハイマー病(AD)がβアミロイド(Aβ)の蓄積により引き金が引かれることについては、AβやAβの切断に関わる遺伝的変異による家族性ADの存在から明らかだが、アミロイド蓄積だけでは神経変性にまで至らないことが、Aβ切断に関わるPresenilin遺伝子変異を持ち、Aβが脳内に蓄積していても、APOE3の特別な変異が加わるとTau異常症が抑えられている患者さんの発見でわかっている。

このAPOE3変異がなぜAβ蓄積からTau異常症を防ぐかについては以前紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/11677)変異によりAPOEとプロテオグリカンとの結合が低下、その結果APOE受容体のシグナルに何らかの変化が起こる結果ではないかと考えられていた。

今日紹介するハンブルグ大学とハーバード大学が共同で発表した論文は、Aβの変異を持ち、さらにTau異常症が進んでいるにもかかわらず、神経変性が抑えられる突然変異とその機能にいて調べた研究で、5月15日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Resilience to autosomal dominant Alzheimer’s disease in a Reelin-COLBOS heterozygous man(Reelin遺伝子のヘテロ変異を持つ男性は遺伝的アルツハイマー病に対する抵抗性を持つ)」だ。

タイトルにあるReelinと呼ばれる分子は、大脳の神経移動により、美しい層構造が形成されるために必須の分子で、この分子のシグナルにAPOE受容体やLDL受容体が関わることがわかっている。

この研究では、家族性ADの原因になるPresenilin遺伝子変異を有しているにもかかわらず、ADの発症が遅れている男性の患者さんのゲノムを調べた結果、Reelin遺伝子の変異を特定したことに始まる。

AβとTau異常症の関係が切断されるAPOE3変異の患者さんと異なり、この患者さんではAβ変異だけでなく、Tau異常症が進んでいるにもかかわらず、神経変性が抑えられている。

この患者さんが亡くなられてから行われた解剖での脳所見を、APOE3変異を持つ患者さんの解剖所見と比べると、リン酸化Tauの発現が脳の広い範囲で進んでいることも確認している。

ReelinもAPOEもAPOE受容体と結合するので、同じシグナルに収束するかと一見思えるが、異なる病理変化が起こっていることは、極めて面白い。そこでこのReelin変異を生化学的に検討するとともに、同じ遺伝子変異を導入したマウスを作成し、このマウスとTau異常症マウスを掛け合わせ、変異Reelin遺伝子の効果を調べている。

まず生化学的には、変異Reelinは細胞膜のglycosaminoglucan(GAG)との結合が高まっており、その結果Reelinと結合するAPOE受容体とLDL受容体の下流で働くDAB1のリン酸化が高まっている。おそらく、細胞膜にReelinが結合しやすくなることで、Reelinのシグナルが高まる変異であることがわかる。

この変異を導入すると、マウスは正常に生まれてくるが、オスでは神経細胞のDAB1リン酸化が上昇しており、小脳の神経細胞数が上昇している。

次に、この変異をTau異常症変異と掛け合わせると、患者さんでははっきりしなかったTauリン酸化の抑制も見られることが明らかになった。また、Tau異常症による症状も改善することがわかった。

結果は以上で、患者さんではTau異常症の進行も見られてはいるが、変異Reelinは受容体のシグナルを高める結果、Tauリン酸化と共に神経死を抑制できるという結果が示された。とするとAPOE3変異も同じ土俵で説明できる可能性がある。

このように1人の患者さんの結果から、ADに対する全く新しい治療標的の可能性が示された重要な研究だ。

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5月23日 うつ病とγリズムと匂い(5月9日 Neuron オンライン掲載論文)

2023年5月23日
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これまでの研究で匂いとうつ病の関係が指摘されている。うつ病になると嗅覚が低下するし、うつ病の人では嗅球の大きさが減少している。また、嗅覚がなくなった人の3割はうつ病を発症する。事実、Covid-19の後遺症で嗅覚が低下した結果、急速にうつ病が増加したことも指摘されている。逆に、嗅覚を訓練するとうつ病が改善することも知られている。

これらの原因は、嗅球が発生源の早い周期のγ波が、梨状葉皮質や、扁桃体などの辺縁系に伝わって、感情や意志を調節するからではないかと考えられている。今日紹介するハンガリーのセゲド大学からの論文は、嗅球から梨状葉皮質へ伝えられるγ波を調節することで、うつ病症状が変化するかどうか調べた研究で、5月7日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Reinstating olfactory bulb-derived limbic gamma oscillations alleviates depression-like behavioral deficits in rodents(嗅球から辺縁系へ伝播するγ波が齧歯類のうつ病葉症状を改善する)」だ。

これまでも、鼻腔を蓋したり、嗅球を傷害したりしてうつ症状を誘導する実験は行われていた。この研究では、まず嗅球から梨状葉へのシナプス結合を結断すると、γ波が辺縁系に伝わらず、例えば甘い水を飲んでも喜ばない無快感症に陥ることを確認する。

その上で、発生するγ波のみを、逆相のγ波で梨状葉を刺激することでキャンセルし、γ波が関わる脳機能を調べている。このためには、嗅球のγ波を検出し、これを逆相にして梨状葉へインプットする閉鎖回路が設計され使われている。

これにより、神経細胞全体ではなく、γ波のみの機能が明らかになるが、結果は明瞭で、無界干渉及び不安神経症が誘導される。

この条件で、ケタミン治療を行うと、γ波が抑えられていてもうつ症状が改善することから、ケタミンがγ波の下流で調節されるイベントに効果があることがわかる。

逆に、他の方法でうつ状態を誘導したとき、今度は逆相ではなく、同じ相のγ波の強度を強めると、うつ症状が抑えられることが明らかになった。

以上が結果で、電気的にγ波のみを特異的に変化させる方法でうつ状態とγ波の関係を調べたことがこの研究のハイライトになる。この結果、これまで現象論的に示されてきた、匂いとγ波の関係が明らかにされ、今後直接嗅球に働きかける治療も可能になる予感がする。単純だが面白い研究だ。

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5月22日 セラミド合成を抑えて筋肉老化を防止する(5月17日 Science Translational Medicine掲載論文)

2023年5月22日
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一般の人はセラミドというと皮膚の保湿といった良いイメージが多いと思うが、代謝について少しでも勉強すると、セラミドは危険な脂質というイメージを持つ様になると思う。実際、セラミドがインシュリン抵抗性、脂質異常、そして真血管障害に関わることは臨床的にもよく知られている。

今日紹介するスイス・ローザンヌにある工科大学からの論文は、セラミドが筋肉のタンパク質の貯留を促進し、ミトコンドリアのエネルギー代謝異常を誘導することで、老化によるサルコペニアの原因になっていることを示した研究で、5月17日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Inhibiting de novo ceramide synthesis restores mitochondrial and protein homeostasis in muscle aging(新たなセラミド合成を抑えることで筋肉でのミトコンドリアとタンパク質の恒常性を回復できる)」だ。

老化が進むと、筋肉ではタンパク質の沈殿が見られる様になり、それに伴いミトコンドリアの酸化的リン酸化が抑制される。この研究では、最初からこの変化を誘導する原因が、筋肉内にセラミドが蓄積するからではないかと考えた。

老化を含むさまざまな筋肉障害の筋肉での遺伝子発現を調べると、全てでセラミド合成経路に関わる分子が上昇していることをまず確認している。そして、この上昇は筋肉内のタンパク質の貯留と、ミトコンドリアの酸素消費が低下することを明らかにしている。

次に、この相関に因果性があるか調べる目的で、セラミド合成経路を阻害すると、ミトコンドリアの酸素消費量やタンパク質停留が正常化する。

次に筋肉老化を止めることができるか、モデル動物として線虫にセラミド合成阻害剤を添加すると、さまざまな代謝が改善し、筋肉の老化を止めるだけでなく、寿命も少し伸ばすことができる。

そこで、老化マウスを用いてセラミド合成阻害剤投与、あるいは筋肉得意的に合成酵素をノックダウンすると、老化に伴う酸化的リン酸化の低下が正常化し、またタンパク質の凝集も抑えることができる。これは、セラミド合成を阻害することで、さまざまなシャペロンの合成が上昇し、タンパク質の折りたたみが正常に進むためで、ほとんどのシャペロンの合成は上昇する。

最後に、実際の臨床に使えそうなセラミド合成阻害化合物を探索し、3種類のリード化合物を特定して研究を終わっている。

以上が結果で、要するに老化によりセラミド合成が上昇することが、サルコペニアの最も重要な原因であることを示した点は重要だ。セラミド合成阻害剤を長期的に内服していいのかどうか、臨床的にはわからないが、サルコペニアが防げるとすると、私たち高齢者には朗報だ。

カテゴリ:論文ウォッチ