5月21日 女性ホルモンが乳ガン遺伝子の増幅までの過程のスイッチを入れる(5月17日 Nature オンライン掲載論文)
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5月21日 女性ホルモンが乳ガン遺伝子の増幅までの過程のスイッチを入れる(5月17日 Nature オンライン掲載論文)

2023年5月21日
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乳ガンでは、BRCA1のように遺伝子変異の関与ももちろんあるが、分子標的薬の対象になっている遺伝子の多くは、変異というより発現が高まっている場合が多い。この発現上昇の一つの要因が、遺伝子増幅、すなわち特定の遺伝子が染色体から離れて独立して増殖しコピー数が増加することによる場合が多い。しかも、いくつかの遺伝子がセットで増幅することで、乳ガンの増殖を支える。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、乳ガンでこのような遺伝子セットの増幅が起こる大もとの原因はエストロジェン受容体がゲノムに結合して転写を誘導するときに起こるDNA切断、それに続く染色体転座が誘引となっていることを示した研究で、5月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「ERα-associated translocations underlie oncogene amplifications in breast cancer(エストロジェン受容体αに関わる染色体転座が乳ガンのガン遺伝子増幅の背景にある)」だ。

この研究では800近い乳ガンの全ゲノム解析を行い、遺伝子増幅の数、サイズ、場所を詳しく調べ、典型的乳ガン遺伝子のHER2やサイクリンD1をはじめ、Mycを含む様々な転写に関わる遺伝子の増幅を確認している。すなわち、乳ガン増殖に関わる遺伝子が比較的特異的に、しかもセットで増幅している事がわかる。

次に、この増幅を誘導するメカニズムを、増幅遺伝子の前後の配列から調べると、まず染色体転座が先にあり、この転座により中心体が2箇所できた異常染色体が形成され、分裂時に姉妹染色体が正確に分離せずに股裂き状態になり、切れた染色体から独立したゲノム断片が形成され、これが染色体外遺伝子として増幅することを突き止めた。この結果、例えば17番と11番染色体の転座の場合、乳ガン標的としてお馴染みのHER2とサイクリンD1遺伝子がセットで増幅してしまうことになる。

しかし、分裂時の転座はどこでも起こりうるのに、乳ガンを調べると、都合よく乳ガンの増殖に関わる遺伝子間で転座が起こり、増幅が起こっている。このように転座が集中する部位は、エストロジェン受容体により遺伝子発現調節を受けているところなので、エストロジェン受容体が転写を誘導する時、ゲノムが切断されやすくなるのではと考え、様々な実験を行っている。

その結果、確かに転座が集中する部位にエストロジェン受容体が結合しており、またエストロジェン受容体結合部位に切断が入りやすくなることを実験的に確認している。

最後に、エストロジェン受容体による切断、転座がいつ発生するのか、中心体を持たない染色体の発生を指標に時期を特定している(染色体が股裂きになる原因は点在により中心体を二つ持つ染色体が発生するためだが、この結果中心体を持たない染色体が同時に発生するので、こちらが存在するかどうかを調べて染色体分断が起こったかを調べている)、結果だが、ガン発生より前、閉経までの生理サイクルでエストロジェンが上昇するときは常に、切断、転座、染色体分断、増幅の危険性が存在することを突き止めている。

以上、この研究は、乳ガンの遺伝子増幅が、閉経まで継続する月経周期で起こるエストロジェン上昇により、繰り返し繰り返し誘導されていることを示している。少なくとも私にとっては全く新しい視点で、DNA修復異常をしめすBRCA変異などでは、最終段階まで進む確率が高くなる理由もよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ