不眠がアルツハイマー病(AD)を悪化させることは現象的によく知られている。逆に5月3日オンライン掲載されたオープンアクセスのBMC Medicineの論文では、アミロイドが溜まり始めた患者さんでは、睡眠時の除波睡眠量が多い人ほど認知機能が高い、すなわちAD進行が遅れることを示している(以下の図B)
ただ、なぜ睡眠不足がAD進行に関係するかのメカニズムについては不明の点が多い。広く認められているメカニズムの一つは、睡眠が髄液の循環を促し、アミロイドが洗い流されるという考えだが、今日紹介するワシントン大学からの論文は、このメカニズムに加えて睡眠障害により脳の炎症がミクログリアの機能を変化させ、アミロイドの処理機能が低下しAD進行を促進することを示した研究で4月26日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Sleep deprivation exacerbates microglial reactivity and Aβ deposition in a TREM2-dependent manner in mice(睡眠障害によりTREM2依存的にミクログリアのアミロイドβに対する反応性が亢進する)」だ。
この論文では、最初から睡眠障害を炎症とミクログリアに関連させ実験を行っている。ミクログリアの活性化を調節するTREM2の機能を変化させた遺伝子に変えたヒト化マウスを、アミロイドの蓄積が亢進しているトランスジェニックマウスと掛け合わせ、慢性的に睡眠を障害する実験を行い、まずアミロイドプラークの形成度合いを調べている。結果は期待通りで、TREM2の活性が低いと、アミロイド沈着が少ない。もちろん睡眠を妨げないと、6週間程度では沈着は起こらないので、睡眠障害はTREM2シグナルを介してアミロイド沈着を誘導することになる。
また、分子マーカーや機能的検討から、この異常の細胞学的背景に、ミクログリアの機能異常、すなわちアミロイド処理能力低下がある事も明らかにしている。組織学的に調べると、ミクログリアがアミロイドを貪食するのだが、リソゾームでの処理が停滞している像がみられる。また、リソゾー無活性に必要な分子の発現もTREM2の活性が高いと低下している。これらの変化は、TREM2が完全欠損したマウスや、活性の低い遺伝子に置き換えたマウスではみられないことから、TREM2による刺激の結果と結論できる。
もちろんミクログリアはアミロイドでも活性化される可能性があり、リソゾームの異常はアミロイドの蓄積が亢進しているトランスジェニックマウスでミクログリア機能異常はさらに増強されるが、アミロイドなしでも睡眠障害のみでTREM2を介して異常が誘導できることも示している。
以上の結果は、睡眠障害が、髄液の流れに影響するだけでなく、TREM2を介してミクログリアのリソゾーム機能低下を通してADの進行させることを明らかにし、睡眠が様々な経路でわれわれの脳を守っている事がよくわかる。
この論文はTREM2をADという観点から見て悪者にしたが、TREM2は正常ミクログリアで働いている。従って、何らかの生理的機能があるはずで、睡眠とリンクするシグナルとして睡眠不足を脳に教えてくれるのが正常のミクログリアのTREM2機能と言えるかも知れない。