今でも病理学で教えていると思うが、少しマニアックなのが Tingible body macrophage(TBM)だ。リンパ濾胞の中に存在する大きなマクロファージで、特に細胞内に死細胞断片が取り込まれたことによる特徴的形態をしている。おそらく断片化した核酸が染まるので tingible と呼ぶのだと思うが、B細胞濾胞で免疫反応が始まり胚中心が形成される過程で現れるため、B細胞の増殖と細胞死が起こる胚中心で、細胞を急速に処理し、異常な反応を抑えることがその役目だと考えられている。実際、TBM に細胞が食われなくすると、胚中心が大きくなり、自己抗体を伴う自己免疫が発症する。
今日紹介するオーストラリア・ガーヴァン医学研究所からの論文は、様々な組織学的技術を駆使して TBM の由来と成り立ちを明らかにした研究で、3月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Apoptotic cell fragments locally activate tingible body macrophages in the germinal center(アポトーシスによる断片が局所的に胚中心の tingible body macrophage を活性化する)」だ。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、現代アフリカ人のゲノムを解析することで、ゲノムに残った民族交流の歴史や、地域への適応について調べることで、アフリカの民族形成を理解しようとした研究で3月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Whole-genome sequencing reveals a complex African population demographic history and signatures of local adaptation(全ゲノム解析はアフリカ民族の形成史の複雑性と、各地域への適応した遺伝的特徴を明らかにする)」だ。
この研究では12部族から15人ずつ、全ゲノムを30カバレージで解読して、アフリカ人特有、また各民族特有のゲノムの特徴を調べている。私たちはアフリカ民族というと、マサイ族、ズールー族、ピグミー族などを思い浮かべるが、より専門的な分類(Amhara Fulani Dizi Chabu Hadza Mursi Sandawe Tikari Herero RHG !Xoo Ju|’hoansi)が使われている。Google で調べると、実に多様な民族で、それぞれの言語は大きく4種類の系統に分かれている。
想像通り、その後のアフリカ民族の形成史は極めて複雑で、単純な系統樹を書くことが難しい。これは、複雑な交雑の歴史と、移動の歴史が重なるためで、この研究ではアフリカを離れた集団に近い Fulani と最も遠い Ju|’hoansi までの系統樹と、各民族で交雑が起こった歴史についての最も可能性の高いモデルが示されている。ちなみに Fulani は西アフリカの最も北に位置しており、納得できる。
驚くことに、これまでの膨大なゲノム研究でも記載されなかった SNP(遺伝子の塩基レベルの多型)が530万種類も発見され、そのうちの78%はアフリカ人特有であることがわかった。また、3万近くははっきりとアミノ酸変異を伴っており、今後の研究が容易な SNP といえる。
これまでのゲノム解析で、頻度は多くない病気に直結する SNP として分類されていたものが150も存在するが、アフリカ民族では頻度が5%以上の SNP が44も存在し、病理的と分類するのは問題であることがわかった(例えば立ちくらみと相関する DBH遺伝子 SNP はアフリカでは普通に見られる)。
このように強い人為的圧力と、アフリカ特有の大きな環境の多様性の結果、それぞれの民族特有の SNP の中に、その土地への適応の後がはっきり見られる遺伝子群が特定できる。例えばアフリカ人のメラニンは真っ黒から茶色まで変化があるが、Sandawe族では、明るい皮膚に関わる様々な SNP を持っており、機構に適応したと考えられる。詳しくは述べないが、IL6 の反応性に関わる多くの遺伝子が Fulani では高まっており、これがマラリアへの抵抗性獲得に貢献している。あるいはタンザニアの Mursi や Dizi では、それぞれ異なる腎臓発生に関わる SNP が選択されており、砂漠地帯へ追いやられた結果の適応と考えられる。
以上が私が面白いと思った結果だが、適応についてはピグミーで見られる骨格に関わる多くの SNP は、極めて重要な発見だと思う。今後、アフリカで古代人のゲノムが解析できる様になると、暗黒大陸という言葉は死語になると思う。
今日紹介するチュービンゲン大学と、マックスプランク人類進化研究所を中心とする様々なヨーロッパの研究機関からの論文は、4万年以降のグラベット文化からマッダレナ文化とそれに続くヨーロッパ狩猟採取民形成までの歴史を、356体のゲノムから解析した研究で、3月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers(後期旧石器時代から新石器時代までのヨーロッパ狩猟採取民の古代ゲノム研究)」だ。
いつ読んでも新鮮で面白い論文を発表し続けることから、新しい論文が出るのを心待ちにしている研究グループが何人かいるが、脳分野のダントツは Karl Deisseroth だ。すでに YouTube でも何回か紹介しているが、いつも新しい課題にチャレンジするための手法を使いこなして、見事に解決する。わかりやすく言うと、同じような課題を論文ごとに少しづつ前進させるのではなく、毎回思いがけない課題に取り組み、一つの論文で課題を終結させるといった感じだ。
今日紹介する Deisseroth 研からの論文は、ドキドキすると不安になるか?という誰もが気にしている、しかし解決が難しい課題を、新しい高感受性の光反応性チャンネルを心臓に発現させて見事に解決して見せた研究で、3月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cardiogenic control of affective behavioural state(心臓による感情行動状態の調節)」だ。
歯周病が慢性炎症としてさまざまな全身疾患にかかわることは疑う人がいないが、それぞれのメカニズムについてはまだまだ研究が必要だ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、口腔粘膜の破れから侵入した口内細菌が炎症を誘発してリウマチを悪化させるだけでなく、シトルリン化された細菌性分子で免疫を刺激することで、リウマチ特異的な自己抗体を誘導するという研究で、2月22日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Oral mucosal breaks trigger anti-citrullinated bacterial and human protein antibody responses in rheumatoid arthritis(口腔粘膜の破れが、リウマチ性関節炎でシトルリン化された細菌性および内因性タンパク質に対する抗体反応を誘導する)」だ。
ファスティングはカロリー制限だけでなく、内分泌系のバランスなどに影響することで、特に体の代謝を変化させ、健康維持に貢献することは広く知られるようになってきた。しかし、今日紹介するマウントサイナイ・アイカーン医科大学からの論文は、24時間ファスティングでの白血球の動態を調べ、ファステイングに潜む意外なリスクを示した研究で、2月23日 Immunity にオンライン掲載された。タイトルは「Monocytes re-enter the bone marrow during fasting and alter the host response to infection(単核球はファステイング時に骨髄に戻り感染に対する反応を変化させる)」だ。
今日紹介するマウントサイナイ・アイカーン医科大学からの論文は現象論だが、自己抗体を作る B細胞に焦点を当てた解析を行った研究で、2月22日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「Autoimmunity in Down’s syndrome via cytokines, CD4 T cells and CD11c + B cells(ダウン症候群の自己免疫は、サイトカイン、CD4T細胞とCD11cB細胞により起こっている)」だ。
今日紹介するコペンハーゲン大学と、エジンバラ大学からの論文は、様々な培養法、正常の膵臓発生過程を比較しながら、膵臓特異的遺伝子発現ネットワークが形成される過程を網羅的に調べ、幹細胞培養だけでなく、膵臓発生過程のエピジェネティックに迫った研究で、3月号 Nature Cell Biology に掲載予定。タイトルは「Expansion of ventral foregut is linked to changes in the enhancer landscape for organ-specific differentiation(復側前腸の拡大が臓器特異的分化でのエンハンサーネットワークに必要)」だ。
乳酸菌の効能をうたうコマーシャルは日本中に溢れているが、利用されている乳酸菌の系統の効能を訴求するため簡単な臨床試験などが行われていると思うが、トップジャーナルに掲載されて多くの科学者の目にとまるケースはほとんどない。本当は食品でもその訴求に見合うだけの徹底的な解析ができるはずで、例えばガン免疫を高める細菌、あるいは神経系を通して社会性に働きかける細菌など、メカニズムを解明する地道な研究が続けられており、この HP でも紹介してきた。
今日紹介するチェコ科学アカデミーとフランスリヨンのエコールノルマーレからの論文は、2016年に彼らが便中から分離した低栄養でも子供の成長を支えることが出来る乳酸菌の作用メカニズムを、マウスで解析した研究で、2月24日号 Science に掲載された。タイトルは「Microbe-mediated intestinal NOD2 stimulation improves linear growth of undernourished infant mice(細菌叢に媒介されたNOD2刺激は幼児期のマウスの低栄養による低成長を改善する)」だ。
このグループは2016年やはり Science に乳酸菌の一種 Lactobacillus plantarum が低栄養(低脂肪低蛋白質)による発達期の体重、身長の成長遅延を大きく改善できることを明らかにしていた。この時から8年、そのメカニズムを明らかにしたのがこの研究だ。