過去記事一覧
AASJホームページ > 2023年

3月7日 Tingible body macrophageとは何か?(3月2日 Cell オンライン掲載論文)

2023年3月7日
SNSシェア

形態以外に分類方法がなかった我々の学生時代、組織や細胞の特徴を表す言葉を覚えることが、病理学の勉強だった。このおかげで、言葉というシンボルだけで、複雑な形態を思い浮かべることが出来る様になった。病気で多くの人にも知られている例は、パーキンソン病のレビー小体だろう。

今でも病理学で教えていると思うが、少しマニアックなのが Tingible body macrophage(TBM)だ。リンパ濾胞の中に存在する大きなマクロファージで、特に細胞内に死細胞断片が取り込まれたことによる特徴的形態をしている。おそらく断片化した核酸が染まるので tingible と呼ぶのだと思うが、B細胞濾胞で免疫反応が始まり胚中心が形成される過程で現れるため、B細胞の増殖と細胞死が起こる胚中心で、細胞を急速に処理し、異常な反応を抑えることがその役目だと考えられている。実際、TBM に細胞が食われなくすると、胚中心が大きくなり、自己抗体を伴う自己免疫が発症する。

今日紹介するオーストラリア・ガーヴァン医学研究所からの論文は、様々な組織学的技術を駆使して TBM の由来と成り立ちを明らかにした研究で、3月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Apoptotic cell fragments locally activate tingible body macrophages in the germinal center(アポトーシスによる断片が局所的に胚中心の tingible body macrophage を活性化する)」だ。

まずマクロファージ系列を標識したマウスに免疫して胚中心を作らせ、TBM を他の場所のマクロファージと比較し、同じマクロファージでも、リンパ節辺縁やT細胞領域のマクロファージとは異なる性質を獲得していることを明らかにしている。

次に、生きたままリンパ節組織を観察する方法を用いて、TBM が濾胞内でほとんど動かず、しかし長い突起を伸ばして死細胞の断片を貪食していることを明らかにする。生体を観察する方法で、突起に補足された細胞断片が取り込まれる様子が見れるというのは驚きだ。

次に、発現している蛍光分子をブリーチしてターンオーバーを調べる方法で、通常はあまりターンオーバーのない、いわゆる組織常在マクロファージで、免疫反応前から B細胞濾胞に散在しており、免疫により胚中心が形成されると、細胞断片を取り込みはっきりと目立つ様になることを示している。また CSF1受容体をブロックしてもほとんど数に変化がないことからも常在細胞であることがわかる。

最後に、典型的な TBM 形態をとる様になるスイッチが、死細胞を取り込むことに依るのではと着想し、濾胞内の B細胞を人為的に殺す方法を用いて、免疫による胚中心形成が起こらなくても、B細胞のアポトーシスが起こり始め、その断片を TMB が取り込み始めると、典型的形態を誘導できることを明らかにしている。

以上が結果で、病理で TBM を知ってから50年ぶりに、TBM に目がとまり、一つの形態にも様々なメカニズムが背景にあることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月6日 長く忘れ去られていた目の筋肉に目をつけたプロの目(3月1日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年3月6日
SNSシェア

大事な発見もあまり専門的な雑誌に発表されていると、ほとんど目にとまらず、忘れ去られることは珍しいことではない。時によっては、その現象が再発見されても、最初の発見者が忘れ去られたままになることもある。

今日紹介するパリ・クレティユ大学からの論文は、この忘れ去られていた大事な発見に目をとめ、プロの目で、ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーの治療可能性を明らかにした論文で、3月1日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Thyroid-stimulating hormone receptor signaling restores skeletal muscle stem cell regeneration in rats with muscular dystrophy(甲状腺刺激ホルモン受容体シグナルによってラット筋ジストロフィーの筋肉幹細胞による再生が可能になる)」だ。

まず忘れ去られていた論文から紹介しよう。2015年ワシントン大学からDevelopmental Biologyに報告された論文で、

外眼筋と呼ばれる動眼のための筋肉は、ジストロフィンが欠損しても幹細胞の自己再生と筋肉の再生が維持されているという発見だ。すなわち、ジストロフィン欠損でも再生を維持できるメカニズムが外眼筋には備わっているという結果だ。このような驚くべき結果が8年間も忘れられていたというのに驚くが、筋肉幹細胞研究のプロの一人 Frederic Relaix の目にとまった様だ。

ラット筋ジストロフィーモデルで、骨格筋、外眼筋について Single cell RNA sequencing を行い、またその結果を組織学的に検証することで、

  1. ジストロフィンが欠損した骨格筋は、p16 や p21 が高発現し、老化が進み、その結果再生能力が失われている。しかし、この老化は外眼筋では見られず、筋肉再生が維持できる。
  2. 正常ラットで、骨格筋と外眼筋の転写を比較すると、甲状腺刺激ホルモン受容体の発現が後者でのみ見られる。
  3. ジストロフィン欠損外眼筋筋肉幹細胞は、試験管内で増殖を続けることが出来るが、甲状腺刺激ホルモン受容体の機能を阻害する薬剤で、骨格筋と同じように増殖が低下する。すなわち、甲状腺刺激ホルモン受容体シグナルの有無で、外眼筋と骨格筋の差を説明できる。
  4. 阻害剤の効果は、シグナル下流の cAMP を上昇させるフォルスコリンで元に戻せる。

を明らかにした。

以上の結果を、ヒト骨格筋、及び外眼筋で確認した後、最後にジストロフィン欠損マウスにフォルスコリンを週2回注射するプロトコルで、筋肉の喪失を抑えられるか調べ、4ヶ月目で、機能的にも組織的にも、病気の進行をある程度抑えられることを示している。

結果は以上で、フォルスコリンの注射を長期的に続けられるかどうかは難しい問題だが、ジストロフィン喪失の影響を幹細胞の増殖と老化に収束させて、病気の進行を抑えるための標的を明らかにしたことは極めて重要だ。

さらに、幹細胞の一般的な老化についても抑える方法へと発展するかも知れない。さすがプロの目だと感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月5日 アフリカ民族形成史(3月2日 Cell オンライン掲載論文)

2023年3月5日
SNSシェア

アフリカには1000を超す言語が存在し、ピグミーと呼ばれる rain forest huntergatherer からマサイ族まで、身長だけで見ても多様な人種が存在することはよく知られた事実だ。また、地球上に現存するホモサピエンスは全てアフリカ由来であり、アフリカの民族形成史は人類を理解するためにも重要な課題と言える。ただ、ヨーロッパ人の侵入後を除くと、各民族間の交流を記した記録が乏しく、理解が進んでいない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、現代アフリカ人のゲノムを解析することで、ゲノムに残った民族交流の歴史や、地域への適応について調べることで、アフリカの民族形成を理解しようとした研究で3月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Whole-genome sequencing reveals a complex African population demographic history and signatures of local adaptation(全ゲノム解析はアフリカ民族の形成史の複雑性と、各地域への適応した遺伝的特徴を明らかにする)」だ。

この研究では12部族から15人ずつ、全ゲノムを30カバレージで解読して、アフリカ人特有、また各民族特有のゲノムの特徴を調べている。私たちはアフリカ民族というと、マサイ族、ズールー族、ピグミー族などを思い浮かべるが、より専門的な分類(Amhara Fulani Dizi Chabu Hadza Mursi Sandawe Tikari Herero RHG !Xoo  Ju|’hoansi)が使われている。Google で調べると、実に多様な民族で、それぞれの言語は大きく4種類の系統に分かれている。

勿論これまでもアフリカ人ゲノムは解析されてきたが、ここまで系統的に調べられたことはなかった様だ。以下に面白いと思った結果を一存でピックアップした。

  1. アフリカ人民族のルーツを29−15万年、すなわちホモサピエンスの出現に近いところまで遡ることが出来る。当然ネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムは流入していないので、ホモサピエンスの多様化と選択をストレートに研究できる。
  2. 想像通り、その後のアフリカ民族の形成史は極めて複雑で、単純な系統樹を書くことが難しい。これは、複雑な交雑の歴史と、移動の歴史が重なるためで、この研究ではアフリカを離れた集団に近い Fulani と最も遠い Ju|’hoansi までの系統樹と、各民族で交雑が起こった歴史についての最も可能性の高いモデルが示されている。ちなみに Fulani は西アフリカの最も北に位置しており、納得できる。
  3. 驚くことに、これまでの膨大なゲノム研究でも記載されなかった SNP(遺伝子の塩基レベルの多型)が530万種類も発見され、そのうちの78%はアフリカ人特有であることがわかった。また、3万近くははっきりとアミノ酸変異を伴っており、今後の研究が容易な SNP といえる。
  4. これまでのゲノム解析で、頻度は多くない病気に直結する SNP として分類されていたものが150も存在するが、アフリカ民族では頻度が5%以上の SNP が44も存在し、病理的と分類するのは問題であることがわかった(例えば立ちくらみと相関する DBH遺伝子 SNP はアフリカでは普通に見られる)。
  5. 10万年間の人口変遷についても計算しており、東アフリカの Hadza や Chabu のように急速に人口が減っている民族の存在から、厳しい競争の歴史および勝ち組、負け組の存在も見ることが出来る。
  6. このように強い人為的圧力と、アフリカ特有の大きな環境の多様性の結果、それぞれの民族特有の SNP の中に、その土地への適応の後がはっきり見られる遺伝子群が特定できる。例えばアフリカ人のメラニンは真っ黒から茶色まで変化があるが、Sandawe族では、明るい皮膚に関わる様々な SNP を持っており、機構に適応したと考えられる。詳しくは述べないが、IL6 の反応性に関わる多くの遺伝子が Fulani では高まっており、これがマラリアへの抵抗性獲得に貢献している。あるいはタンザニアの Mursi や Dizi では、それぞれ異なる腎臓発生に関わる SNP が選択されており、砂漠地帯へ追いやられた結果の適応と考えられる。

以上が私が面白いと思った結果だが、適応についてはピグミーで見られる骨格に関わる多くの SNP は、極めて重要な発見だと思う。今後、アフリカで古代人のゲノムが解析できる様になると、暗黒大陸という言葉は死語になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月4日 ヨーロッパホモサピエンス民族形成史(3月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月4日
SNSシェア

ヨーロッパにホモサピエンスが定住する様になったのは4万5千年ほど前になるが、これまでの石器など出土物の特徴研究でオーリニャック文化、グラベット文化、マッダレナ文化といった具合に分類されてきた。そして、古代ゲノム研究が可能になり、今は様々な場所から出土するゲノム研究から、これまで知られている文化と、ゲノムに基づく民族交流の歴史を対応させる作業が行われている。特に、オーリニャック文化からマッダレナ文化までには、最後の氷河期が存在しており、これをどうホモサピエンスが生き延びたのかも重要なテーマになる。

今日紹介するチュービンゲン大学と、マックスプランク人類進化研究所を中心とする様々なヨーロッパの研究機関からの論文は、4万年以降のグラベット文化からマッダレナ文化とそれに続くヨーロッパ狩猟採取民形成までの歴史を、356体のゲノムから解析した研究で、3月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers(後期旧石器時代から新石器時代までのヨーロッパ狩猟採取民の古代ゲノム研究)」だ。

おそらく、オーリニャック文化と言われてもほとんどご存じないと思うが、論文では文化だけでなく、多くの固有名詞が出てくるので、フォローするのが実際には大変だ。そこを徹底的にはしょって結論や面白いと思った点を箇条書きにする。

  1. 実は、4万年以上前のホモサピエンスゲノムはネアンデルタール人との交雑はなく、またネアンデルタール人と同じで、4万年以前に滅んでしまった様で、それ以降のゲノムとほとんど関連が認められない。従って、その後のグラベット文化を担った人類がどこから来たのかが問題になる。
  2. この研究では新しく解析したゲノムも含めてグラベット文化のゲノムを解析、新しく分類した Fournolクラスターが、オーリニャック文化の人々と最も近いこと、また文化的にはグラベットと分類できても、ゲノム的には極めて多様であること、そして東から西へと民族が移動していったことがわかる。
  3. 最後の氷河期の間に生息していた民族は Fournolクラスターの人々で、それ以外のグラベット文化人は絶滅したと考えられる。
  4. 氷河期が終わり、暖かい気候が始まると、後グラベット文化が始まるが、おそらくこの人達は、氷河期を生き延び北東イタリーの人々に起因しており、グラベット期と比べるとゲノムの多様性が著しく低く、限られた人口からヨーロッパや南イタリアへと拡がったと考えられる。
  5. この結果マッダレナ文化がヨーロッパ全土に拡がる。従って、この文化は、基本的には Fournolクラスターの限られた人達由来と考えられる。
  6. 現ヨーロッパ人のゲノムは、アナトリアやヤムナと言った東からの民族ゲノムに対し、西狩猟採取民、東狩猟採取民のゲノムが合わさっていることは何度も紹介しているが、この過程は Oberkasselクラスターと Sidelkinoクラスターの交雑により形成されること、そしてこの時の民族移動は、西から東に行われた。
  7. この Oberkasselクラスターは目は青いが、色が黒く、Sidelkinoクラスターは色は白いが目は黒いのが特徴だと知ると、青い目と白い肌が分離していて面白い。

このようにゲノムが文化と重ねられ、歴史が明らかになるのは面白い。

我が国にホモサピエンスが上陸したのが、3万2千年前の山下遺跡とされているが、おそらくヨーロッパと同じような氷河期を乗り越える歴史があったはずだ。その後マッダレーナ文化と同じ時代に縄文が始まることを考えると、我が国ホモサピエンス史での氷河期の影響についても是非知りたい気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月3日 ドキドキすると不安になる理由(3月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月3日
SNSシェア

いつ読んでも新鮮で面白い論文を発表し続けることから、新しい論文が出るのを心待ちにしている研究グループが何人かいるが、脳分野のダントツは Karl Deisseroth だ。すでに YouTube でも何回か紹介しているが、いつも新しい課題にチャレンジするための手法を使いこなして、見事に解決する。わかりやすく言うと、同じような課題を論文ごとに少しづつ前進させるのではなく、毎回思いがけない課題に取り組み、一つの論文で課題を終結させるといった感じだ。

今日紹介する Deisseroth 研からの論文は、ドキドキすると不安になるか?という誰もが気にしている、しかし解決が難しい課題を、新しい高感受性の光反応性チャンネルを心臓に発現させて見事に解決して見せた研究で、3月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cardiogenic control of affective behavioural state(心臓による感情行動状態の調節)」だ。

誰もが経験する、不安になるとドキドキするという現象は、基本的には交感神経亢進による症状で、解析は進んでいるが、逆に例えば洞性頻脈などで、先に心臓がドキドキしたとき、不安を感じるメカニズムについてはよくわかっていない。

ちょっと考えると、心臓の鼓動を変化させることはそう難しくない様に思うが、現在利用されているペースメーカーを考えると、非侵襲的に心臓の拍動だけを変化させるのは簡単なことではない。

Deisseroth たちは2019年、頭蓋の外から神経活動をコントロールするための、高感度で赤い波長に反応する ChRmine とよばれるチャンネルロドプシンを開発していた。これを心臓の鼓動を人為的に変化させるのに使えるのではと着想したのが今回の研究だ。驚くなかれ、全く侵襲的な処置をせず、静脈に ChRmine遺伝子を導入したアデノベクターを注射し、光パルスを局所的に発生するジャケットを着せるだけで、一部の心筋がこの遺伝子を発現し、身体の外側から頻脈を誘導できる。

これは心室性の頻脈で、洞性頻脈ではないが、頻脈を誘導するだけで不安症で起こる行動異常、例えば新しい場所に行かないなどをはっきりと示す。このことから、心臓の拍動が変化すること自体が不安を誘発することがわかる。

次に、この拍動変化がどのように処理され不安が誘導されるのか、拍動を変化させたときに興奮する神経をトラップする方法を用いて調べると、人間の不整脈の研究でも指摘されていた島皮質の興奮が検出された。また、電極を用いた実験から、島皮質各神経の興奮、皮質全体の興奮がともに上昇することを確認している。

この結果に基づき、島皮質神経を光遺伝学的に抑制する実験を行い、島皮質神経の興奮を抑えると、不安行動の発生が消失することを明らかにしている。

以上の結果は、

  1. 心臓の拍動を非侵襲的に変化させられること、
  2. 心臓原性の不安が確かに存在すること、

を明らかにした。一般的にドキドキするのは不安やストレスからと思いがちだが、逆も存在することは、不安症の原因として心臓は真っ先に考える必要があることを示している。今回も脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月2日 歯周病がリウマチの引き金になる可能性(2月22日号 Science Translational Medicine掲載論文)

2023年3月2日
SNSシェア

歯周病が慢性炎症としてさまざまな全身疾患にかかわることは疑う人がいないが、それぞれのメカニズムについてはまだまだ研究が必要だ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、口腔粘膜の破れから侵入した口内細菌が炎症を誘発してリウマチを悪化させるだけでなく、シトルリン化された細菌性分子で免疫を刺激することで、リウマチ特異的な自己抗体を誘導するという研究で、2月22日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Oral mucosal breaks trigger anti-citrullinated bacterial and human protein antibody responses in rheumatoid arthritis(口腔粘膜の破れが、リウマチ性関節炎でシトルリン化された細菌性および内因性タンパク質に対する抗体反応を誘導する)」だ。

このグループはリウマチ性関節炎に特徴的なシトルリン化されたタンパク質に対する自己抗体の産生機構を研究する中で、歯周炎の患者さんでリウマチが悪化することに着目し、口内細菌とリウマチとの関係を探り始めている。

まず、末梢血中の RNA の中に、口内細菌由来の RNA を発見するためのデータ解析システムを開発し、健常人ではほとんど存在しない口内細菌由来 RNA が、歯周炎を併発しているリウマチ患者さんで検出できることを確認している。すなわち、口内細菌は粘膜の破れを通ってホスト血中に侵入、免疫反応を起こしている。

次にリウマチの症状との相関を調べ、歯周炎を持つ患者さんのみに見られる症状悪化に関わる遺伝子を特定するのに成功している。歯周病関連として特に目立つのが顆粒球が感染に反応する遺伝子群で、ホストに侵入したバクテリア自身が、全身及びリウマチ病変の強い炎症反応を誘導していることを明らかにしている。

このように、歯周炎により口内細菌が免疫系を刺激するとすれば、当然抗原特異的免疫反応を誘導し、またこの反応がホスト抗原とも交叉すると、自己抗体を誘導してリウマチ自体の原因になり得る。すなわち、このグループが研究してきたシトルリン化分子に対する自己抗体も、口内細菌に対する反応で誘導される可能性がある。

そこで、リウマチ患者さんの自己抗体で、特に繰り返す刺激により突然変異を重ねた自己抗体と、バクテリアとの反応を調べると、シトルリン化された自己抗体に反応する抗体の多くが、シトルリン化されたバクテリア分子とも広く反応することを明らかにしている。

では、口内細菌のシトルリン化はどのように行われるのか。まず、シトルリン化酵素を持つ口内細菌が存在し、例えば歯周病菌として最も有名な P.gingivalis がそれに当たる。ただ、シトルリン化酵素を持たない細菌でもその分子がシトルリン化されていることも明らかになった。これは、歯周炎に集まる、最もシトルリン化作用の強い顆粒球から遊離した酵素によると考えられる。

以上の結果、口内細菌は自然免疫誘導だけでなく、特にシトルリン化自己抗原に対する反応を誘導することで、リウマチの悪化に関わることが明らかになった。

最後に、患者さん由来シトルリン化抗原に対するモノクローナル抗体の、自己抗原及びバクテリア抗原に対する親和性を比べ、一部の抗体は間違いなくまずシトルリン化されたバクテリアに対して誘導され、それが自己抗原と反応する、すなわちリウマチの引き金になっている可能性も示している。

以上が結果で、要するに歯周炎にならない様に毎日歯磨きに励めという結果だが、歯周病ではなく、リウマチを研究しているグループからこの結論が生まれたことが重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日 ファスティングの意外なリスク(2月23日 Immunity オンライン掲載論文)

2023年3月1日
SNSシェア

ファスティングはカロリー制限だけでなく、内分泌系のバランスなどに影響することで、特に体の代謝を変化させ、健康維持に貢献することは広く知られるようになってきた。しかし、今日紹介するマウントサイナイ・アイカーン医科大学からの論文は、24時間ファスティングでの白血球の動態を調べ、ファステイングに潜む意外なリスクを示した研究で、2月23日 Immunity にオンライン掲載された。タイトルは「Monocytes re-enter the bone marrow during fasting and alter the host response to infection(単核球はファステイング時に骨髄に戻り感染に対する反応を変化させる)」だ。

この研究では24時間ファスティングを行ったとき、各組織に存在する血球が変化するかどうかを、末梢血を含む16組織について調べている。この実験を着想したことがこの研究のハイライトで、この結果 Ly-6 の発現が高い単核球だけが、ファスティング後4時間で、末梢血から骨髄へと移行することが最も目立った変化であることがわかる。

ファスティングにより単球に起こる変化を調べると血球の移動を調節する CXCR4 が上昇しており、またこの上昇はファスティングによるストレスでステロイドホルモン分泌される結果であることをさまざまなノックアウトマウスを用いて明らかにしている。

以上の結果は、ファスティングという異常事態に備えて、単球を骨髄にしまっておくといったイメージになるが、24時間後に食事にありつくと新しく作られた単球と共に末梢血へ遊離されることを明らかにしている。

異なる時間に増殖していた単球を標識することで、造られたばかりの単球と、老化した単球を区別する実験を行うと、末梢の単球を骨髄に待機させているファスティング中には増殖が低下する結果、食物にありついた後末梢血に遊離される単球は老化した単球の割合が上昇することが分かった。

最後に、24時間ファスティングによりおこった末梢血中の単球の変化の影響を、炎症と感染について調べ、老化した単球が増えることで組織中の炎症が起こりやすくなること、また逆に緑膿菌に対する抵抗性が低下することを明らかにしている。

以上が結果で、「ファスティングは、ストレス反応を介してフレッシュな単球増殖を抑え、古い単球を使い回すメカニズムを発動させるため、感染への抵抗性を低下させるリスクがある」というのが結論になる。

この結果を認めた上で、代謝改善のためのファスティングにとって重要な今後の研究は、ファスティングによるストレスの原因を明らかにし、これを防止しながらファスティングを行う方法の開発だろう。もし血中グルコース低下だけがストレス反応の引き金なら、リスクを回避するのは難しそうだ。しかし、食べれないという精神的なものが大きいなら、対策は可能だ。ファスティングに効果があるなら、ぜひファスティングによるストレスを抑える方法も開発してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月28日 ダウン症に見られる免疫異常の解析(2月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月28日
SNSシェア

Covid-19パンデミックでも問題になったが、ダウン症 (DS) の方はウイルス感染が重症化しやすい。その一方で、自己抗体産生を伴う様々な自己免疫現象が DS で高い割合で見られることも知られており、この免疫異常の解析が続けられてきた。

今日紹介するマウントサイナイ・アイカーン医科大学からの論文は現象論だが、自己抗体を作る B細胞に焦点を当てた解析を行った研究で、2月22日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「Autoimmunity in Down’s syndrome via cytokines, CD4 T cells and CD11c + B cells(ダウン症候群の自己免疫は、サイトカイン、CD4T細胞とCD11cB細胞により起こっている)」だ。

最初、21番目のトリソミーから自己抗体まで、メカニズム解析が示されるのかと思ったが、残念ながら DS の血清や細胞の解析の現象論で終わっている。結局、現象の整理としては免疫異常を、なんとか3本の柱にまとめることが出来た点が評価されたのだと思う。

最初の柱はサイトカイン異常だ。29種類のサイトカインを測定すると、1/3の DS はほぼ全てのサイトカインが著しく上昇している。また、1/3では一部のサイトカインが上昇しており、自己免疫臨床症状はサイトカインレベルと比例している。また、異常は早くから発生し、安定する。ただ、Covid-19 やウイルスに感染しても、サイトカインレベルがさらに高まることはない。わかりやすく言うと、Covid-19 感染で誘導される一種のサイトカインストームが DS では最初から存在する。

次の柱は T細胞だが、これは遺伝的と言うより、サイトカイン、特に IL6 が高まることで Jak、STAT3依存的に、T細胞がナイーブな状態から、記憶T細胞状態に変化している。

そして、最後の柱が B細胞で、IL6、インターフェロン I&γ と、活性化された記憶型T細胞が存在するだけで B細胞が活性化され、自己免疫病で見られる CD11陽性の B細胞へと分化し、このタイプの B細胞が増殖することで、親和性は低いが、様々な自己抗原に反応出来る自己抗体が作られる。

以上が結果で、よく見ると結局元は Covid-19 感染で見られた様なサイトカインストームが DS で発生することがベースになっていることがわかるが、トリソミーによる発現量の異常との関わりが明らかでないため、メカニズム解析としてはフラストレーションが残る。しかし、サイトカインの中でも IL6 が重要な位置を占めていることも明らかにされており、今後岸本先生が開発したアクテムラなどを用いて治療する可能性が生まれたことは重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月27日 発生での増殖は将来の分化決定の準備期間(3月号 Nature Cell Biology 掲載論文)

2023年2月27日
SNSシェア

ES細胞や iPS細胞から膵臓β細胞を誘導して、β細胞が免疫系により傷害されインシュリンが出来なくなる1型糖尿病の細胞治療を実現することが、1997年 Thomson らのヒトES細胞樹立に始まる、ヒト多能性幹細胞研究の一つのゴールだったと思う。そしてこの HP でも紹介した様に、多能性幹細胞から β細胞を誘導するいくつかの方法が開発され、実際の治療にも試験的利用が始まるところまで来ている。

このように臨床に使える純度のβ細胞が誘導できることは間違いないのだが、正常でも異なる経路を通って形成される膵臓と

β細胞の発生経路を少しでもかじったことがある者にとっては、β細胞という結果オーライではなく、正しい経路で β細胞が誘導されたのか、あるいは人為的な経路を強制されたのではないか、などが気になる。

今日紹介するコペンハーゲン大学と、エジンバラ大学からの論文は、様々な培養法、正常の膵臓発生過程を比較しながら、膵臓特異的遺伝子発現ネットワークが形成される過程を網羅的に調べ、幹細胞培養だけでなく、膵臓発生過程のエピジェネティックに迫った研究で、3月号 Nature Cell Biology に掲載予定。タイトルは「Expansion of ventral foregut is linked to changes in the enhancer landscape for organ-specific differentiation(復側前腸の拡大が臓器特異的分化でのエンハンサーネットワークに必要)」だ。

この研究は神戸CDB設立以来、研究所レベルの付き合いをしてきたエジンバラ大学幹細胞研究所の主要メンバーで、現在はコペンハーゲン大学に移っている Joshua Brickman 研究室からの論文で、エジンバラ時代、主にカエルを用いて内胚葉発生を研究していた Joshua が、この20年でヒト内胚葉研究へと進出し、ここまで発展させたのかという感慨を覚える論文だ。

極めて膨大な研究なので、まず結論を先に紹介すると、膵臓への分化過程で復側前腸が増殖するのは単純に細胞数を増やすためだけではなく、時間をかけて膵臓細胞の遺伝子ネットワークを確立するためで、この過程をスキップすると、完全な転写ネットワークが形成できないという結論だ。

Question自体はカエルの正常発生を見てきた Joshua らしい発想だが、これを人間の発生過程で証明するため、主にクロマチンの構造やヒストン修飾など、エピジェネティック過程の網羅的解析手法を用いて、様々な培養方法の比較、培養過程で生成する細胞の比較、そしてそれをヒト膵臓発生過程のエピジェネティックデータと比較し、実際に膵臓の復側前腸で起こっている過程の実態に迫ろうとしている。

勿論 single cell RNA 解析を含む遺伝子発現解析も合わせて行って膨大なデータを扱っていることから、結論へとうまく処理データをまとめたなと言うのが正直な印象で、素人にもわかる様にデータがまとめられ、以下の結論が生まれている。

  1. 正常発生のデータベース、他の培養方法のデータベースなどと比較して、2012年にフィラデルフィア小児病院で開発された内胚葉前駆細胞3次元培養が正常の復側前腸の発生過程を最も忠実に再現している。
  2. 復側前腸(VFG)細胞の増殖が膵臓細胞への分化のエピジェネティックネットワークを正確に確立するために必須で、内胚葉前駆細胞特異的ネットワークを閉じ、膵臓特異的ネットワークを開く過程が、増殖している VFG で見ることが出来る。
  3. この時、増殖に特異的なエピジェネティック過程が、クロマチンに働きかけることで、将来のクロマチン構造形成の用意を行う。
  4. これまでパイオニア因子と呼ばれてきた FoxA は、HHEX と協調して増殖期のクロマチンに働きかけることで、最終的に必要となるエンハンサーなどが閉じてしまわないよう維持し、分化後のエピジェネティックネットワークが間違いなく確立できる様にしている。

以上が結論で、血液幹細胞や中胚葉分化を調べてきた私にとっても、分化決定過程の増殖の意義を改めて理解することが出来た。また、パイオニア因子の機能についても、イメージが湧き、目的の細胞が出来れば良いという結果オーライの研究ではなく、実際の分化過程を網羅的に調べ尽くすことの重要性を改めて認識できる大事な研究だと思う。

個人的なことだが、この研究の筆頭著者は、私の研究室でエピジェネティックな情報処理を行ってくれた Fung 君で、Joshua のおかげで、私が現役の頃には想像も出来なかった複雑な情報処理の必要な課題を見事にこなしているのを見て、その成長に喜んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月26日 低栄養を克服できる乳酸菌(2月24日 Science 掲載論文)

2023年2月26日
SNSシェア

乳酸菌の効能をうたうコマーシャルは日本中に溢れているが、利用されている乳酸菌の系統の効能を訴求するため簡単な臨床試験などが行われていると思うが、トップジャーナルに掲載されて多くの科学者の目にとまるケースはほとんどない。本当は食品でもその訴求に見合うだけの徹底的な解析ができるはずで、例えばガン免疫を高める細菌、あるいは神経系を通して社会性に働きかける細菌など、メカニズムを解明する地道な研究が続けられており、この HP でも紹介してきた。

今日紹介するチェコ科学アカデミーとフランスリヨンのエコールノルマーレからの論文は、2016年に彼らが便中から分離した低栄養でも子供の成長を支えることが出来る乳酸菌の作用メカニズムを、マウスで解析した研究で、2月24日号 Science に掲載された。タイトルは「Microbe-mediated intestinal NOD2 stimulation improves linear growth of undernourished infant mice(細菌叢に媒介されたNOD2刺激は幼児期のマウスの低栄養による低成長を改善する)」だ。

このグループは2016年やはり Science に乳酸菌の一種 Lactobacillus plantarum が低栄養(低脂肪低蛋白質)による発達期の体重、身長の成長遅延を大きく改善できることを明らかにしていた。この時から8年、そのメカニズムを明らかにしたのがこの研究だ。

しかし、飢餓に近い低栄養を、この乳酸菌(Lp)を摂取させるだけでほぼ正常まで、体重、身長ともに戻せることに驚く。すなわち、少ない栄養を無駄なく完全に同化できるよう代謝が調整されていることになる。

この原因を探ると、血中の IGF-1 とインシュリンレベルがいずれも高まっており、これが細胞内の Akt を活性化して代謝だけでなく、骨や筋肉の増殖成長をなんとか支えていることがわかる。

ではなぜ Lp 特異的に IGF やインシュリンの分泌を促す効果があるのか。これを調べるために、生きたLpではなく、様々な成分に分けて効果があるか調べたところ、細胞壁だけで同じ効果があることを発見する。すなわち、細胞壁に反応する仕組みが、この効果を支えていることが示された。

細菌の細胞壁は、自然免疫を刺激できることが知られている。そこで、バクテリアセンサー分子をノックアウトしたマウスで、Lp の効果を調べると、若年性サルコイドーシスやクローン病に関わる分子 NOD2 が欠損したマウスではこの効果が全く見られないことを発見する。

そして、組織特異的に NOD を欠損させたマウスを用いて、小腸での NOD2 が Lp の効果に重要で、肝臓で NOD2 を欠損させても効果は見られないことを明らかにしている。そして、NOD 刺激からインターフェロン分泌が起こることで、この効果が発揮されることも示している。

結果は以上だが、様々な新しい想像を生む研究だ。例えば、細胞壁の代わりに、NOD2 も刺激できるムラニルディペプチドを投与する実験を行い、IGF1の分泌は刺激できるが、インシュリンの分泌を刺激できないことを示しているのは面白い。この研究は当然低栄養の子供達に朗報となるが、同じ効果を高齢者で調べることも面白い気がする。

また NOD2 の機能を理解するためにも重要だ。NOD2 は炎症を刺激するため活性型変異は若年性サルコイドーシスにつながる。ところが、逆に NOD2 機能不全はクローン病につながるという2面性を持つ。1型インターフェロンがこの効果を媒介しているという結果は、炎症がある条件では、ストレスに対して身体を正常化させる役割を持つことを示しており、炎症を新しい目で見るきっかけになるようにも思う。以上、特定の細菌の効果についてはせめてここまで調べて宣伝して欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930