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3月5日 AI自動実験システムによる脂質ナノ粒子の開発(2月24日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月5日
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2024年のノーベル化学賞からもわかるように、生成AIの生物学分野への進出はすさまじい。考えれば当然のことで、アルゴリズムを自然現象の説明に最初に導入したのはダーウィン進化論だし、DNAはその進化アルゴリズムによって膨大なコンテクストを取り込んだ独自の情報空間を形成している。さらに、DNA進化から生まれた新しい情報システム=ニューラルネットが現在のAIの基盤になっていることも、生成AIと生物学の関係の深さを示している。

生命科学領域の生成AI分野は深くて広いが、新しい分野としてAIを頭脳として自動で動く Self-driving laboratory 開発がある。この分野で優れた研究を発表している研究機関のランキングをGPTに聞くと、MIT、トロント大学、グラスゴー大学、カリフォルニア大学バークレイ校と答えが返ってくる。トロント大や、グラスゴー大など、ちょっと意外な研究機関がリストされるのは素人には驚きだが(ハルシネーションかどうかは確かめていない)、この分野が従来のヒエラルキーにとらわれずに発展していることを物語っているように感じる。その意味で、人さえ育てれば我が国にもチャンスはあるのだろう。

今日紹介するのはそのトロント大学が2月24日 Cell に発表した論文で、LLMを頭脳として用いた self-driving laboratory (SDL) モデル、LUMIの開発で、この分野の重要なベンチマークになるような気がする。タイトルは「LUMI-lab: A foundation model-driven autonomous platform enabling discovery of ionizable lipid designs for mRNA delivery(LUMI-lab:基盤モデルにより駆動される自立プラットフォームはmRNAデリバリーのためのイオン化脂質発見を可能にする)」だ。

AIを頭脳に据えて自動化実験室を構築するとき、最も重要なのは明確なゴールを決めることで、この研究はmRNAを細胞に導入するときに必要な Lipid nano-particle (LNP) の設計に絞ったところがすばらしい。というのも、LNPはCovid-19ワクチンであらゆる人に知られている技術だが、モデルナにしてもビオンテックにしてもそれぞれの経験に基づいてLNPを構築している。ここに機械学習を導入してより効率の高いLNPを開発する目的は十分納得できる。しかも、構築に関わる脂質とそれに挿入される分子の構造ライブラリーは整理されており、この研究ではそれぞれ1300万、1500万の分子の構造ライブラリーをトランスフォーマーに事前学習させるところから始めている。

このモデルから生まれるLNPを実際に作成し、リアルワールドで確かめ、結果をさらに学習する、いわゆる連続学習モデルが構築されており、そのために単純にトランスフォーマーだけを使うのではなく、対照学習も組み入れたモデルになっている。最終目的は明確で、現存のLNPより遺伝子導入効率の良いLNPを合成することだ。

事前学習させたAIを頭脳とする実験系のスウィッチが入ると、まずLNP構成がデザインとして生成され、導入効率が高いと予測される順に、合成器から実際のLNPが合成され、このLNPに蛍光GFP-mRNAを加えて細胞に導入、96穴プレートで細胞の蛍光を測定して、その結果をモデルにフィードバックしている。フィードバックの度に、モデル内に形成される化合物の多次元ベクター空間は変化して、次のサイクルではより高い効率のLNPが合成されると期待できる。面白いのは、このフィードバックを成功例だけでファインチューニングするのではなく、モデルが効率が低い組み合わせと判断したLNPも実際に合成して実験し、モデル内のコンテクストとリアルのコンテクストの違いを両面から学習できるように工夫してある。なるほどと勉強になる。

この実験による学習を10回繰り返すと、最初は遺伝子導入効率が低かったLNPもどんどん効率が上がり、10回目には使い物になるLNPの数が5割近くに上昇する。重要なのは成功した組み合わせについて、モデル内に形成された多次元空間を分析することで、実際の実験で成功した理由についても後から見直すことができる点で、このおかげで、従来のLNPには使われてこなかったBr分子が結合したイオン化脂質を混ぜ合わせることで、LNPの遺伝子導入効率が高くなるという新しい発見が可能になっている。即ち、これまでのように経験だけではわからなかったコンテクストが、生成AIを用いることで抽出できていることがわかる。Br化がLNP機能を高める効果を持つことは、リアルな実験を行う前の事前学習段階からコンテクストとして存在していることも面白い。

この研究の最大の売りは、こうして設計したLUMI6を用いてマウス気管細胞の遺伝子編集をCRISPRで行い、なんと20%以上の細胞の編集に成功したことで、Self-driving laboratoryの将来性を実感させてくれる。これまでAI実験室の論文は見てきたが、目的実現を最終的に動物実験で確かめたのはこの論文が最初ではないだろうか。さすがにGPTがトロント大学をこの分野のトップ5に選ぶのも肯ける。

学生に講義するとき、LLMは目的も機能も存在しない知識の確率空間を形成することだが、これに理性を与えるのが強化学習だと教えている。その意味でAI実験室はLLMと強化学習を統合して、より脳に近いAIを設計することなので、是非我が国からも優れた研究者が生まれてほしいと願っている。

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