2023年1月16日
興奮神経細胞が何らかの理由で過興奮するのがてんかんで、様々な治療法が開発され、薬剤治療も広く行われているが、今の医学では全く対応できない多くのてんかん患者さんが存在する。これは、結局多くの場合で私たちが興奮と抑制のバランスが壊れる原因を理解できていないためだが、このバランス異常を元に戻す一つの方法が、抑制性介在神経の数を細胞移植により増やす方法だ。事実、動物モデルでGABA作動性介在神経細胞を移植する実験が行われ、一定の効果があることが報告され始めている。
今日紹介するニューヨーク医科大学からの論文は、ヒトES細胞から介在神経細胞を誘導し、これを側頭葉転換モデルマウスに移植すると、ほとんど副作用なしに、しかも介在神経そのものの機能を介しててんかん発作を抑えてくれることを示した、これまでの研究の総まとめのような研究で、1月9日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Human cortical interneurons optimized for grafting specifically integrate, abort seizures, and display prolonged efficacy without over-inhibition(移植に最適化したヒト皮質介在神経は、発作を抑え、過剰抑制なしに長期効果を発揮する)」だ。
このグループはこれまで、ヒトES細胞やiPS細胞を、様々な化合物を用いて介在神経ぜんく細胞を高率にに誘導する方法を開発していた。この細胞を、最後にCDK4/6阻害剤で処理することで、増殖を止め、ピロカルピン注射による側頭葉てんかんモデル(pTLE)あるいは海馬にカイニン酸を投与するてんかんモデル(kTLE)に対する長期効果、さらには効果のメカニズムを探っている。
ヒトの介在神経を免疫不全マウスに移植して、9ヶ月間様子を見ているが、異常増殖は全く見られないということで、これは他の多能性幹細胞由来神経細胞移植の結果と同じだ。一方、ヒトとマウスの差があるにも関わらず、海馬に移植した介在神経は移植部位から海馬、さらには皮質にまで移動し、2種類のGABA作動性神経へと分化することを示している。
組織学的な結果を先にまとめておくと、移植された細胞は少なくとも9か月マウス脳内で、興奮神経とシナプス結合を形成する。てんかんモデルマウスの海馬では、抑制性シナプス形成の密度が低下するが、細胞移植により密度は高められる。すなわち、移植した介在神経は完全にホストの脳ネットワークに組み込まれている。
この組織学的変化に呼応して、介在神経前駆細胞を移植したマウスでは、9か月にわたって発作の発生を1/4以下に抑えることに成功している。この実験では、介在神経前駆細胞を移植しただけの結果で、特に移植細胞の活性を操作しているわけではない。それでも、発作を大きく抑えることが出来るのは、介在神経がホストの神経ネットワークに組み込まれ、自発的に神経興奮を抑制していることを示唆している。事実、半数の移植介在神経が自発的興奮を示し、全体の興奮性を抑えていることがわかる。
さらに、移植介在神経に、あらかじめ光に反応して興奮したり、逆に興奮が抑えられる分子を組み込んでおいて、介在神経興奮をさらに人為的に誘導すると、介在神経興奮誘導で発作を完全に抑制でき、反対に興奮が抑制されると発作回数が上昇することを明らかにしている。この結果も、てんかん発作の抑制が、神経回路を介して行われていることを示し、将来遺伝子操作した介在神経移植までてんかん治療の視野に入る可能性を示している。
さらに重要なのは、てんかん発作だけでなく、不安神経症や、認知障害も正常化することで、てんかんと同時に様々な行動異常を伴う様々な神経疾患を考えると、この点は重要だ。そして何より、一般的てんかん治療薬に見られる強い鎮静作用などの、副作用が見られないことが重要だと思う。
結果は以上で、まだコントロールできていないてんかんが数多く存在することを考えると、介在神経移植は魅力的だ。
2023年1月15日
どんな病気も詳しく調べてみれば、腸内細菌叢によって何らかの修飾を受けることが示されてきたが、アルツハイマー病も例外ではない。ただ、メカニズムについては、腸での変化が神経炎症を高めるといったレベル以上に明らかではなかった。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、Tau による神経変性が促進される突然変異が起こったヒトTau遺伝子と、アルツハイマー病(AD)のリスクを高める APOE4遺伝子を導入したマウスを用いて、腸内細菌叢が明らかにTau異常を促進することを示した研究で、1月13日号 Science に掲載された。タイトルは「ApoE isoform– and microbiota-dependent progression of neurodegeneration in a mouse model of tauopathy(ApoEアイソフォームと細菌叢により Tau異常症モデルマウスの神経変性が進む)」だ。
この研究のハイライトは、変異型 Tau+ApoE4 という最強の組み合わせを持ったマウスの神経変性でも、無菌マウスでは完全ではないにしても、進行が遅れ、さらにこれと対応して、異常Tau の指標であるリン酸化Tau の量が低下することを示したことだ。さらに、無菌マウスでの神経変性改善効果は、マウスの細菌叢移植により元に戻る。以上の結果から、一般的なマウス細菌叢が Tau異常症を促進していることが明らかになった。実際、写真で示された海馬萎縮を抑える効果は絶大と言えるほどの効果だ。
次に、この効果が神経炎症促進の結果かどうかを調べ、アストロサイトやミクログリアの活性化が無菌化によりつよく抑えられることを示している。異常のことから、APOE4 は、例えば脳血管異常等を介して Tau異常症を促進するが、これに腸で細菌叢により変化した免疫システムが、脳内神経炎症を悪化させる原因として働く可能性を示している。ただ、腸内での免疫系の解析は詳しく行われていない。
無菌的に生きるというのは臨床的に難しいので、次に成長期に短期間抗生物質を投与し、腸内細菌叢を変化させたときに AD 進行を遅らせられないか調べている。結論的には無菌マウスと同じ効果はない。ただ、なぜカオスマウスでTau異常症を少し抑える効果は認められる。
とすると、より詳しく細菌叢を操作して、AD を抑える腸内細菌叢が実現できればいいことになる。その結果、腸内細菌叢の中で短鎖脂肪酸を合成する系統を抑えることで、AD の進行が抑えられることがわかった。これを確かめるために、3種類の短鎖脂肪酸をマウスに摂取させると、グリア増殖とリン酸化 Tau の増加による海馬の萎縮が進むことがわかった。
以上が結果で、腸内細菌叢が神経炎症を高めて Tau 異常症、AD を進行させるという話は、特に驚きはない。しかし、一般的に代謝の改善にいいとされ、多くの食品メーカーが良い菌叢の指標として宣伝している短鎖脂肪酸が、AD の進行を促進することになると、これは大変だ。もしこの結論が正しいとすると、短鎖脂肪酸の元になる食物繊維は危険という話になってしまう。
このように、細菌叢の研究は複雑で難しいことを知ると、間違っても「善玉菌」とか「悪玉菌」のような言葉を使うことを戒めていく必要があることを痛感する。
2023年1月14日
今日紹介するドレスデンにあるマックスプランク研究所の論文は、ハチドリだけがホバリング能力を獲得するようになった秘密にチャレンジした面白い研究で、1月13日号 Science に掲載された。タイトルは「Loss of a gluconeogenic muscle enzyme contributed to adaptive metabolic traits in hummingbirds(グルコース新生に関わる酵素欠損がハチドリの代謝適応力に寄与している)」だ。
まず自慢話と写真(SNSの定番)から始める。エクアドルはガラパゴス諸島だけでなく、本土も海抜0から4000mを越す山脈まで、実に多様な動物を見ることが出来る。中でも印象に残っているのがハチドリの仲間で、同じ場所で実に多様なハチドリを観察することが出来た。なかなかうまく写真が撮れないのだが、うまく撮れたほうのエメラルドハチドリとムラサキフタオハチドリの写真をまずお見せしたい。
さて、自慢はこれぐらいにして、本題に戻ろう。ミツスイを代表に、枝にとまって花の蜜を吸う鳥は数多く存在するのに、わざわざホバリングが進化したのは、ニッチの問題だと思うが、これには大きな筋肉能力の進化が必要になる。
この秘密を探るため、長い遺伝子配列を解読できる PacBio を用いてユミハシハチドリのゲノム配列を決定、既に解読されているハチドリのゲノムと合わせてハチドリ特異的ゲノム変化を探索する中で、まさにエネルギー代謝にドンピシャの遺伝子fructose bisphosphatase :FBP2)が全てのハチドリで欠損していることを発見する。
おそらく高校の生物で習うのではと思うが、ブドウ糖代謝を復習すると、グルコースをエネルギーとして使うときはブドウ糖をリン酸化し、その後果糖に代えて F6P を合成、それをいくつかのステップを経てピルビン酸に代え、ミトコンドリアの TCAサイクルに供給する。最初の入り口は、リン酸化を外す酵素も存在して、ブドウ糖を新たに合成出来るようになっているが、ブドウ糖新生に関わる酵素が一つかけたのがハチドリの特徴になる。この結果、当然ブドウ糖分解の方向に経路は傾いて、ブドウ糖をエネルギーとして消費するよう変化している。
この発見がこの研究のハイライトで、あとはウズラの筋肉細胞から FBP2 を欠損させると、ブドウ糖分解が亢進し、さらにはピルビン酸利用が高まるため、ミトコンドリアの数が増加することを明らかにしている。これに対応して、ミトコンドリア機能に関わる遺伝子発現が大きく再プログラムされていることも確認している。
これだけ多くの変化が起こるためには、FBP2欠損だけでは説明がつかないので、ハチドリへの進化過程で自然選択が起こったと考えられる遺伝子をリストしていくと、驚くなかれ、ブドウ糖分解に関わる4種類の遺伝子で、新しい変異が形成され、個々の変異の機能を調べると、他の鳥と比べて大きく活性が上がっていることを確認している。
以上が結果で、面白く楽しい研究だ。以前この研究所を訪問したとき、PacBio を買ったばかりで、これでモデル動物以外の進化を明らかにするのだという話を聞いたが、そのとおり実現していることにも感心した。
2023年1月13日
今年期待される臨床治験でエーザイのアルツハイマー薬がランクインしていたことを1月6日に紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/21299 )、まさにその日にレカネマブを FDA が承認したというニュースが飛び込んできて、世間も学会も騒がしいが、ほぼ同じ日、もう一つ注目の治験論文が The New England Journal of Medicine に報告された。これまで何度も紹介してきた G12C 型変異 K-ras の機能阻害薬 sotorasib を全身に転移があるステージIVの膵臓ガンをもつ38人の患者さんに投与した1/2相治験だ。
個人的な印象だが期待を裏切る結果で、1/2相なので効果判定は二の次とはいえ、38例中8人が、Partial response で、短期間でも complete response は見られていない。幸い、確実に薬剤のせいでおこった副作用は42%に程度で、今後より早いステージでの評価が必要だが、単独ではゲームチェンジャーにはならないようだ。Partial response 自体は効果を証明しているのだが、期待が大きい分落胆してしまった。
さて、関係ない話が続いたが今日紹介したいワシントン大学からの論文は、病院を悩ませているアシネトバクター感染症が、細胞内寄生菌再活性化の結果である可能性を示した研究で、1月11日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Catheterization of mice triggers resurgent urinary tract infection seeded by a bladder reservoir of Acinetobacter baumannii(マウスのカテーテル挿入により活性化される尿路感染症はアシネトバクターの膀胱内のリザバーに由来する)」だ。
アシネトバクター感染症は、導尿や人工呼吸器を留置した患者さんに多発する一種の院内感染症で、健康人の場合は身体が対応できるが、免疫機能の低下した患者さんでは命に関わる。
この研究では、これまで発表されたアシネトバクター感染についての論文を再検討し、健常人の2%でアシネトバクターが尿中に発見されるというレポートに注目し、遷延感染を起こしたアシネトバクターが、カテーテルや気管チューブによる炎症刺激で再活性化されるのではないかと着想し、マウス実験モデルを作成して可能性を探っている。
まず、正常マウス膀胱にアシネトバクターを感染させてもほとんどの場合免疫系で処理され急性で終わるが、TLR4 が欠損したマウスでは急性感染は抑えられても、その後長期にわたって細菌が尿中に検出できることを確認する。
こうして出来たモデルマウスにカテーテルを挿入すると、期待通りアシネトバクターによる尿路感染症が半数のマウスで誘発できること、また急性感染症が治癒した正常マウスでも9%のマウスで尿路感染症が発生することを明らかにしている。すなわち、TLR4 がないと遷延感染が起こりやすいが、正常マウスでも検出できないレベルで感染が維持されている可能性がある。
最後に、尿路上皮内にアシネトバクターが発見できるか調べると、TLR4 欠損マウスでは、急性感染症が治った後2ヶ月目でも細胞内のバクテリアを発見することが出来た。一方、正常マウスでも急性期に細菌の上皮への侵入が見られたものの、24時間後にはほとんど細胞内細菌を認めることは出来なかった。
以上が結果で、一つ一つの実験が少し中途半端な気がするが、細胞内感染をカテーテルや気管チューブ挿入が再活性化するというシナリオは、納得できた。しかし、ではどうしたら防げるのかということが明確でない。おそらく導尿や挿管による機械刺激を防いで再活性化を抑える方法についての研究がセットになって、この研究は完成するのだろう。
2023年1月12日
この HP を立ち上げてからも、解剖学的な新しい構造についての発見を紹介してきたが、中でも重要なのがリンパ管様の構造が脳に存在し、脳脊髄液の循環に関わるという発見だろう(https://aasj.jp/news/watch/608)(https://aasj.jp/news/watch/3542 )。このおかげで、眠りの重要な機能が理解できるようになった。
今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、脳のくも膜と軟膜の間に、中皮に似た新しい膜構造が存在することを発見した研究で、様々な病気を考える新しい視点を与える重要な研究になる。タイトルは「A mesothelium divides the subarachnoid space into functional compartments(中皮がくも膜下の空間を2つの機能的コンパートメントに分離する)」だ。
おそらくこのグループも脳のリンパシステムについて研究していたのだと思う。リンパ管のマーカーとして使われる Prospero 分子を標識したマウスの脳を詳しく調べる内に、硬膜、くも膜、そして軟膜と考えられてきた構造に、もう一つProspero 陽性約 1µm の厚さの膜構造 (SLYM) がくも膜と軟膜の間に存在することを発見した。すなわち、これまでくも膜下と呼んできた空間が、SLYM を挟んで外と内に分かれることがわかった。細胞学的には、リンパ管と同じ Prospero や Lyve1 を発現してはいるが、内臓を覆う中皮に似ていることがわかった。
解剖学が明らかになると、次はその機能を調べることになる。まず、様々な大きさの分子を硬膜下に注射してバリア機能について調べると、3kDa 以上の分子は内にも外にも通さないバリアになっていることがわかった。以上のことから、脳脊髄液循環も新しい目で見る必要がある。特に脳の内側から発生する蛋白質沈殿などのゴミの循環は SLYM の存在を基盤に考え直す必要がある。また脳障害後の修復過程も調べる必要がある。
もう一つ重要なのは、SLYM内に、多くの血液細胞が集積していることで、脳内に白血球が入る一種の前線基地になっている点だ。ここには、多核球だけでなくマクロファージや樹状細胞も存在する。また、LPS刺激でその数が増大する。
これは大きな分子が SLYM で脳側に入るのがブロックされていることを考えると極めて重要で、外来の抗原による免疫反応をこのスペースに限局することが出来る。一方、脳側から出来る分子が免疫を誘導することを防ぐ意味でも重要だと思う。多発性硬化症や脳老化も含めたさらなる研究が必要になる。
他にもくも膜にある静脈との関係など詳しい検討が行われており、脳内でのリンパ管の発見に匹敵する大きな発見で、新しい分野が開けたと思う。しかし、解剖学のインパクトは大きい。
2023年1月11日
我が国でも、iPS 由来の様々な細胞の移植治療が行われているが、細胞移植による治療もそろそろ普及してきた印象がある。今年早々 Nature Medicine に、あまり想定していなかった細胞移植治療に関する治験論文が、2報同時に出ていたので簡単に紹介することにした。治験登録番号はそれぞれ( NCT03289071 と NCT03132922 )
最初の論文はイタリアミラノにある San Raffaele 科学研究所を中心にした研究で、進行性の多発性硬化症にヒト胎児から樹立した神経幹細胞を髄膜注射する治療法で、主に安全性を見る第一相治験だ。タイトルは「Neural stem cell transplantation in patients with progressive multiple sclerosis: an open-label, phase 1 study(進行性多発硬化症に対する胎児神経幹細胞移植:第一相オープン試験)」だ。
様々な量の細胞(最高で体重1kgあたり570万個)を投与後、2年間追跡を行い、症状、MRI、そして髄液中のサイトカインやプロテオームを行い、安全性と、効果について見ている。
細胞移植を行う理由は、幹細胞から分化したグリア細胞が神経保護作用を発揮してくれることを示す前臨床研究が基礎になっている。
結果だが、腫瘍や病気の悪化などは2年間いずれの患者さんでも認められなかった。
症状については、細胞投与量と症状スコアとの明確な相関は見られないが、MRI で最も多くの細胞を移植されたグループで脳や灰白質の萎縮が明確に抑えられている。さらに、髄液中の GDNF、VEGF-C、SCF などグリアなどの増殖促進分子とともに、炎症を抑える IL10 などが上昇していることも観察しており、これらの結果から効果が期待できるとして、次のフェーズに進むと思う。
もう一つはテキサス大学を中心としたチームからの論文で、決まったペプチド抗原と決まった MHC を認識する T細胞受容体を遺伝子導入した T細胞を用いて固形ガン治療を試みた治験だ。タイトルは「Autologous T cell therapy for MAGE-A4 + solid cancers in HLA-A*02 + patients: a phase 1 trial(HLA-A*02型のMAGE-A4陽性固形ガン患者さんでの自己 T細胞治療:第一相治験)」だ。
抗体の抗原結合部位を T細胞受容体と置き換えた CAR-T の最大の問題は固形ガンに効果が見られない点だ。この問題は少しづつ解明されつつあるが、キメラ受容体ではなく、ガン抗原を認識する T細胞受容体自体を導入した T細胞なら固形ガンにも対応できるのではと期待して、ガン抗原として MAGE-A4 内のペプチド、そしてそれと結合できる HLA を持つ患者さん限定で、特異的 T細胞受容体を遺伝子導入した自己 T細胞を作成、移植するのがこの治験だ。
条件に合う患者さんが最終的に38人が、様々な量のガン特異的 T細胞の移植を受け、安全性と、効果が調べられている。
CAR-T と同じで、サイトカインストームなど様々な副作用がほぼ100%で見られ、一部に神経細胞に対する反応を起こしたと考えられる症状も見られている。ただ、副作用で治療を中断した患者さんは3例にとどまっている。
効果だが、滑膜肉腫以外のガンでは効果は低いことから、固形ガンの問題を完全に克服できていないことがわかった。以上の結果から、今後まず肉腫を中心に次のフェーズが行われるように思う。
以上、細胞治療もしっかり根付いてきた。
2023年1月10日
多細胞動物の細胞は、実に多様な死に方のメカニズムを持っている。これは、個体の維持にとって、個々の細胞の生き死にをうまく調節することの重要性を物語り、アポトーシスの語源、落葉の意味を考えるとよくわかる。
ただ、このような細胞死は細菌には存在しないと思っていたが、2020年、カリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文が、なんと感染後に生じるトリヌクレオチドによって、細菌内の全ての核酸が分解され、細菌が死ぬという現象が存在することが明らかにされ(Structure and Mechanism of a Cyclic Trinucleotide-Activated Bacterial Endonuclease Mediating Bacteriophage Immunity、Molecular Cell,77:723,2020)、細胞死が種の保存のためのメカニズムとなっていることを示した。
これに相当するのが、これまでもテクノロジーとして紹介してきた Cas12 や Cas13 のように、活性化後は特異性なしに、RNA や DNA を分解する酵素活性を持つ CRISPR/Cas システムで、当然自分の持つメカニズムも犠牲にすることになる。今日紹介するドイツ・ビュルツブルグにあるヘルムホルツ感染病研究センターとユタ大学からの論文は、自己犠牲にするという意味ではこれまで以上の酵素活性を持つタイプVと分類されるCas12a2の機能についての研究で、1月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cas12a2 elicits abortive infection through RNA-triggered destruction of dsDNA(Cas12a2はRNAによりトリガーされる二重鎖RNA破壊を通して不念感染を誘導する)」だ。
この研究は新しく発見された Cas12a2 の機能を、親戚の Cas12 と比較して明らかにすることだが、同じ時に RNA によりこの分子の酵素活性が誘導される構造基盤を明らかにしているテキサス大学からの研究も掲載されており、それも参考になる。
詳細を省いて結果をまとめると、次のようになる。
Cas12a は一本鎖 RNA や DNA を標的にしているが、2本鎖 DNA(dsDNA) は分解できないが、Cas12a2 はほぼ同じ効率でdsDNAを切断できる。その結果、クリスパーアレー中のガイドと結合できる RNA を感知すると、同時に存在するプラスミドも含めて、核酸を分解することが出来る。
Cas12a2 の外来 RNA の感知システムは、Cas12a とほぼ同じだが、感知する外来 RNA の2カ所のミスマッチまでは許容できるフレキシビリティーを持っている。その結果、特異性が低下してしまう危険はあるが、逆にファージウイルスのように変異率が高い外敵に対しても対応できる。
これまでの Cas と最も違う点は、dsDNA として、ホストゲノムも含まれることで、冒頭に紹介した CBASS のように完全に DNA が分解されることはないが、ホストのゲノムが切断されることで、ホストの増殖が完全に抑制される。
以上、細菌も種を様々な外敵から守るためには、自分を犠牲にすることもいとわないメカニズムを身につけていることがよくわかる論文だ。
2023年1月9日
今日のお昼、Bain 症候群という極めて希な病気の子供を持つお母さんと、この病気について勉強会をする予定だ。リアル配信はやめて、録画をYouTube にアップロードする予定だ。2016年にようやく原因遺伝子が特定されたが、メカニズムを理解するのがとても難しい病気だ。というのも、ほとんど全ての細胞に発現しており、RNAスプライシングという、私もほとんど理解できていない過程に関わっている分子だからだ。なぜ RNAスプライシングがこれほど複雑な調節を受けているのか、詳細を知るたびに途方に暮れる。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はその典型で、なんとブドウ糖に結合してRNAスプライシングに関わり、皮膚細胞の分化を調節しているという分子の話で、1月5日号 Cell に掲載された。タイトルは「Glucose dissociates DDX21 dimers to regulate mRNA splicing and tissue differentiation(ブドウ糖が DDX21二量体を解離させて mRNA スプライシング調節を介して組織文化を誘導する)」
タイトルでこの論文の内容がわかった人はよほどの専門家だと思うが、素人はまずブドウ糖が蛋白質の分子変化を誘導するという点に驚く。勿論ブドウ糖に特異的に結合する分子は数多く存在するが、ほとんどエネルギー代謝やブドウ糖の輸送に関わると考えていた。しかし、それ以外の役割をブドウ糖は果たしていたようだ。
この研究ではまず、ブドウ糖が結合したレジンを利用して、ブドウ糖に結合する蛋白質を探索すると、91種類もの蛋白質が特定され、しかもその多くが RNAのプロセッシングに関わる RNA結合タンパク質であることがわかった。今後それぞれの分子について研究が行われるのだろうが、この研究ではその中のトップランクに位置する DDX21 に焦点を当てて調べている。というのも、この分子は元々核小体で、ATP依存的にリボゾームRNA と結合し、一本鎖へとほどく役割を演じていることが知られていた。
この研究では、ブドウ糖が DDX21 の ATP結合部に結合して、2量体を解離させることで核小体局在活性を阻害、代わりに核全体に拡がって、転写されたばかりの mRNA の特にイントロンだった部分に結合し、そこでスプライシング複合体を形成する分子をリクルートすることを明らかにしている。
というと簡単なのだが、実際には実験の詳細はほとんど割愛している。昨日紹介した Pourquier の論文もそうだが、細胞レベルで代謝物を研究するための様々な技術が存在し、それらがうまく利用されていることがわかる実験で、現役の研究者には絶対役に立つので一読を勧める。
DDX21 が結合できた mRNA(結合モチーフも特定されている)の多くは、そのエクソンがスキップされるが、皮膚細胞で見るとその多くが皮膚細胞の分化に関わる分子で、実際これらの働きによる細胞分化に細胞質内での一定レベル以上のブドウ糖が必要なことを明らかにしている。
結果の要約は以上だが、皮膚細胞は分化が始まると、転写全体が低下し、エネルギー代謝も低下する。この過程で、元々転写に必要な DDX21 がブドウ糖の働きにより核小体から離れ、今度は必要なくなったブドウ糖を利用して分化に関わるとは、本当にうまく出来ているし、それをスプライシングを介して行っているのを知ると、この分野の複雑性を改めて認識する。
2023年1月8日
先日、試験管内での体節形成に関する京大からの論文を紹介したとき、同じ時にハーバード大学のこの分野の大御所Pourquieグループが同じ内容の論文を発表していることを言及した。その大御所の研究室から、続けて体節形成で発生する周期性の時間差について徹底的に検討し、その背景にある代謝システムの変化を突き止めた研究が1月4日 Nature にオンライン掲載された。さすがの着眼点と思える仕事で、タイトルは「Metabolic regulation of species-specific developmental rates(発生速度の種の違いは代謝が調節している)」だ。
多能性幹細胞が培養できるようになって、試験管内でも細胞分化のスピードがヒトの細胞では極めて遅いこともよくわかってきた。発生に、マウスは20日、人間は300日発生にかかるから当然だろうと済ましてきたのだと思うが、体節形成のように直接時間が関わる現象を観察していたPourquieにとってそのまま済ますわけにはいかなかったのだろう。
この前紹介したように、体節形成の波に見られる時間周期性は、presomitic mesoderm(PSM)細胞レベルで独立に存在している。すなわち、周期性は細胞の中で発生している。その周期をヒトとマウスで比べると、マウスの方が周期が半分になっている。
この周期の違いが、それぞれの細胞のもつ代謝特性を反映していると仮定し、周期を調節する過程を徹底的に探ったのがこの研究になる。おそらくこの分野の専門家の意見を元に、様々な可能性が検討されている。まずPSM細胞内の物質量で調整した代謝レートがマウスで高く、さらにミトコンドリアの数もマウスが高いことを確認した後、ミトコンドリア電子伝達系の阻害剤などを用いた実験から、最初想定されたATPではなく、重要な電子伝達系NAD/NADH比が体節形成周期に強く関わり、細胞内でのNAD量を高めると、周期を早めることが出来ることを示している。
最後に、このNAD産生の差がどこから来るのかを調べ、蛋白質合成の差が、NAD合成活性の差につながる可能性が高いことを示している。実際、細胞内質量あたりの転写量を調べるとヒト細胞はマウスの6割程度に抑えられている。
以上が結果で、実際には圧巻の代謝実験についてはすっ飛ばしたが、周期の時間差を説明するのに成功している。おそらく、同じことは他の細胞系列の発生でも言えるのではと思う。今後、様々な分化系を比較する実験が行われ、試験管内での発生を早める培地なども開発されるだろう。
しかし、NAD/NADHのバランスは、ガン細胞の増殖、さらには老化でも鍵になることが知られている。とすると、必要に応じて、生物の時間がこのようにコントロールされていることになり、新しい分野が広がる気がする。
2023年1月7日
この年になってくると、どこか関節が痛くなってくる。元気に歩けているので足の方は大丈夫だが、夫婦とも曲げるのが痛いか、もう曲がらない指がある。これらのほとんどは変形性関節症(osteoarthritis:OA)による症状で、70歳を超えるとまず半分以上はどこかに OA を抱えている。しかも現在なお、OA に対する薬物治療は開発できていない。
この課題にチャレンジしたオックスフォード大学からの論文は臨床研究のお手本のような研究で、12月21日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Variants in ALDH1A2 reveal an anti-inflammatory role for retinoic acid and a new class of disease-modifying drugs in osteoarthritis(ALDH1A2の多型がレチノイン酸の抗炎症効果を明らかにし、新しいタイプの変形性関節症治療薬の可能性を明らかにした)」だ。
この研究は、これまで指摘されていたレチノイン酸合成に関わる ALDH1A2遺伝子領域の多型が OA に相関することを確認した後、2種類の多型が ALDH1A2 の発現にどう影響しているのか、OA の痛みを軽減するために行われる指の手術 Trapeziectomy で得られた大菱形骨軟骨での遺伝子発現を調べ、OA のリスク多型は全て ALDH1A2 の低下を誘導することを確認する。
次に、ALDH1A2 が低下する影響を遺伝子発現を比べて探索すると、基本的には ALDH1A2 の発現が低い軟骨では炎症が高まっていることを確認する。
ALDH1A2 はレチノイン酸合成の鍵になる酵素なので、レチノイン酸濃度に変化があるか調べているが、テクニカルな問題で実現していない。ただ、ブタの関節損傷によりレチノイン酸の濃度が高まること、またその下流の分子の発現が高まることを確認できたので、ALDH1A2 低下はレチノイン酸の低下につながり、これにより炎症が長引くと結論している。
この考えをさらに確かめるため、レチノイン酸の分解を抑える talarozole を皮下に投与して関節損傷を誘導すると、炎症が抑えられること、またレチノイン酸の効果が PPARγ を介して作用していることを確認している。おそらく、レチノイン酸受容体と PPARγ の複合分子による転写が、炎症を抑えることを発見している。
最後に、talarozole 皮下投与で関節の機械的損傷後の炎症を抑えることが出来ること、また損傷後の OA の発症も抑えられることから、今後 OA の治療に talarozole が使える可能性を示している。
以上が結果で、レチノイン酸を投与するのと違い、talarozole 自体は分解を阻害するので、影響を局所にとどめられること、また既に薬剤として使われていることから、今後 OA治療に向けた治験が行われると期待できる。当たり前の病気ほど治療が難しい状況を変えられるか、期待したい。