5月3日 炎症を抑える脳回路(5月1日 Nature オンライン掲載論文)
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5月3日 炎症を抑える脳回路(5月1日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月3日
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迷走神経は私たちの体と心をつなぐ重要な神経系として、様々な臓器のホメオスターシスを維持しているのは、つい先日食べ物を見るとインシュリン分泌を誘導して、肝臓のミトコンドリアの変化を誘導するという論文で見たばかりだ(https://aasj.jp/news/watch/24397)。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、特定の臓器だけでなく、体全身の炎症を脳幹の孤束核の細胞が関知し、さらにサイトカインを調節して炎症を抑える役割があることを示した研究で、5月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A body–brain circuit that regulates body inflammatory responses(全身の炎症反応を調節する身体 – 脳回路)」だ。

この研究ではまず LPS を腹腔投与したときの血中サイトカインの動態と、炎症によって刺激される脳幹の細胞を調べている。LPS を投与すると、分単位で IL-6、IL-1、TNFα のような炎症誘導サイトカインとともに、炎症を抑える IL-10 も誘導される。そしてこのとき、孤束核の神経細胞が興奮すること、そしてこれら神経興奮が迷走神経除去で消失することを発見する。

すなわち LPS による炎症反応は迷走神経を通って、脳孤束核の興奮を誘導する。このとき興奮する神経細胞を、興奮により誘導される Fos 遺伝子を遺伝学的にラベルする方法で、特異的に興奮あるいは抑制できるマウスを作成し調べると、抑制すると炎症性のサイトカインの上昇を抑えることができず IL-6 や IL-1 の血中濃度は数倍に上昇する。一方、炎症を抑える IL-10 は発現が抑制される。

逆にこの神経を興奮させると、炎症性サイトカインが抑制され、抗炎症性サイトカインの発現が何倍にも上昇する。実にうまくできている調節系だ。

この反応に関わる細胞を Fos でラベルした後、single cell RNA sequencing を用いて調べると、原則的に興奮神経でドーパミンを合成する DBH 分子を発現する細胞であることを確認する。これに基づいて、DHH を発現する細胞だけを興奮させると、炎症が抑制できることを示している。

次に、迷走神経を刺激する因子について探索し、なんと炎症で誘導される IL-10 に反応する TRPA1 陽性迷走神経システムと、IL-6 などの炎症性サイトカインに反応する CALCA 陽性システムに分かれることを明らかにしている。これも本当かと思うほどうまくできている。

最後にこの炎症を調節する孤束核システムを刺激できるマウスを用いて、致死量の LPS を投与する実験を行い、この経路を独立に刺激することですべてのマウスのサイトカインストームを押さえ、生存ができることを示している。

以上が結果で、孤束核の神経興奮が最終的に炎症調節をおこなうエフェクターメカニズムは不明のままだが、間違いなく脳回路により炎症を抑制することで、我々は炎症が持続しないようバランスをとっていることがわかる、面白い論文だ。もちろんこれらの回路は脳回路だが、意識されることはない。

カテゴリ:論文ウォッチ