リポプロテインは今や悪玉、善玉コレステロールなどの言葉で一般にも広く知られるようになった。悪玉LDL、善玉HDLをはじめ数種類が知られているが、基本的には構成するアポプロテインの違いにより決まり、体内での脂肪輸送の特異性を決めている。
このリポプロテインの中に含めないようだが、最近明らかになったのが lipoprotein(a) (Lp(a)) と呼ばれる、機能が完全にはわかっていないリポプロテインで、この血中濃度と動脈硬化のリスクが相関することから注目されている。ただ、他のリポプロテインと異なり、濃度はほぼ遺伝的に決まっており、また濃度を下げる薬剤は存在しない。
今日紹介する米国 Lilly 社研究所からの論文は Lp(a) の構成成分である apo(a) に結合する小分子化合物を開発し、Lp(a) の濃度を低下させることができる薬剤の開発研究で、5月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery of potent small-molecule inhibitors of lipoprotein(a) formation(リポプロテイン(a) の生成を阻害する効果の高い低分子化合物の発見)」だ。
Lp(a )は LDL を形成している apoB-100 に apo(a) が結合することで形成され、これにはクリングルドメインと呼ばれる領域が関わることが知られている。この研究では apo(a) のクリングル IV ドメイン(KIV)に結合してアポBとの結合を阻害する化合物をスクリーニングし、まず LSN3358371 と名付けたリード化合物を特定し、これを経口可能な化合物へと至適化する中で、経口可能でリード化合物より2オーダーアフィニティーが高い LSN3441732の 合成に成功している。
この化合物をヒト apo(a) トランスジェニックマウスに投与すると、期待通り Lp(a) 合成が強く抑えることができる。また、この化合物が2つの KIV ドメインに結合することで強い活性を示していることを発見する。この結果から、さらに3つのKIVドメインと結合可能な LY3473329 を合成すると、さらに強い活性を示すことがわかったので、これを経口可能な薬剤としてMuvalaplinと命名し治験に進んでいる。
第一相の治験については昨年の9月にJAMA に発表されており、114人の参加者で特に急性の副作用がないこと、そして Lip(a) を65%程度減少させることに成功している。すなわち、今回の論文は治験結果と平行して、Muvalaplin の開発の基礎的過程を明らかにするための論文になる。
Lp(a) を低下させる薬剤の開発自体は当然評価していいが、論文の中で面白かったのは、apo(a) がプラスミノーゲン遺伝子の重複により進化してきたことに関わる現象だ。具体的には、Lp(a) はサル以上でしか存在しないので、前臨床試験はヒトLip(a)遺伝子を導入したトランスジェニックマウスで行うが、投与実験でラットのプラスミン活性が低下し、プラスミノーゲン濃度も低下するという問題を発見した。これが人間で起これば問題になるが、最終的にラットのプラスミノーゲンのみ、ヒトapo(a) と相同の領域を持つ KIV が存在するため、Muvalaplin がラットのプラスミノーゲンを分解しやすく変化させることを発見している。そして同じことはヒトプラスミノーゲンで起こらないので、プラスミン活性の低下はヒトでは起こらないと結論している。このような Lp(a) とプラスミノーゲンの進化過程にはなにか環境側の背景があるはずで、Lp(a)を損傷治癒に関わるという人もいるぐらいなので、面白い話が隠れているように思う。いずれにせよ、薬剤開発が難しいとされてきた過程に新しい薬剤が提供されそうだ。