5月21日 なじみの顔を見分けるメカニズム(5月15日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 2024年 > 5月 > 21日

5月21日 なじみの顔を見分けるメカニズム(5月15日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月21日
SNSシェア

年齢とともに記憶力は衰えるが、それを感じるのは人の名前を思い出そうとするときだ。この現象は一般的なので、若い人が我々年寄りと話しているとき、いつも相手は名前を思い出せていないのではと疑ってかかった方がいい。「申し訳ない、名前が思い出せない」と率直に言うのは失礼に当たると思って、話を合わすことがしばしばある。とはいえ、名前は出てこなくとも、見覚えのある顔かどうかについては比較的記憶は保たれている。そのため、出会ったときに知人であることははっきりわかるのに、名前が出てこないで焦ることになる。

このなじみの顔を覚えているメカニズムは重要な脳研究分野になっており、素人でも比較的わかりやすい分野だったが、多くの電極からのデータを処理して神経回路上の反応をベクトル空間上の表象として調べるのが普通になってからは、理解が難しくなった。特に論文を直感に基づいて説明するのが難しくなった。しかし、最も興味ある分野なので、表面的な理解でもなんとかアップデートしようと、論文に目を通している。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、顔認識を3次元空間の平面として表象したとき、なじみの顔となじみのない顔の表象(これを Axis code とこのグループは定義している)の違いを調べた研究で、5月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Temporal multiplexing of perception and memory codes in IT cortex (一時的な感覚と記憶の複合が下部側頭皮質をコードする)」だ。

この論文のやっかいなのは、このグループ特有の情報処理方法を使っており、読者には優しくない。しかも、顔認識の脳表象が、ベクトル空間上の平面として現れており直感的にわかりにくい。しかし課題は面白く、人間の写真をサルに見せたとき下部側頭皮質の神経活動を記録することで、極めて多様な顔を、200の神経の反応パターンで区別できること、またそのときのパターンを、3次元ベクトル空間内のフラットな平面として表現できることを、2017年 Cell に発表している。といっても何のことかわかりにくいと思うが、要するに顔を見たときの脳反応を表現する方法を開発し、結果200神経だけでも無限の顔を区別できることが示された。

このときは顔の認識だが、今回の研究はそれに記憶を複合させて、なじみのある顔と、なじみのない顔で、顔認識表象平面がどのように変化するのかを調べている。

他のグループの研究で、なじみの顔となじみのない顔の違いは、対応する神経興奮の強さだとされてきたが、提示するなじみの顔写真と、なじみのない顔写真の数の比を変える実験で、興奮の強さの違いのように見えたのは、単純に実験に使ったなじみの顔となじみのない顔の比率によるアーチファクトであることを示し、この違いは顔が表象された表象表面の違いにあると考え実験を行っている。

実験自体は、下部側頭皮質の3領域にクラスター電極を設置し、顔写真を見たときの各神経興奮を経時的に記録し、そこから顔の表象に対応する表象平面を割り出し、その傾きを Axis code として数値化している。

この表象平面をなじみのある顔となじみのない顔で比較すると、記憶の影響を受けるなじみの顔の表象表面は、それが形成されると側座に記憶からのシグナルがインプットされ、反応後期に最終的に形成される表象平面の傾きが変化させられることを示している。

すなわち、顔に反応する一個一個の神経の反応が記憶で再現されるのではなく、顔を見たとき形成される表象表面の傾きが一次元的に変化させられるだけで、なじみのある顔だと判断されることがわかる。

といっても、本当にわかった実感がないのが情報処理に依存する研究だ。しかし考えてみると、なじみの顔と、誰の顔であるとアイデンティティーを認識することは全く違った過程だ。個人的感想だが、アイデンティティーは全くことなるメカニズムで行われる可能性すらある。次は是非顔の個性の特定メカニズムを明らかにしてほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ