肝臓は再生能力が高い臓器で、例えば生体肝移植のドナーが 2/3 の肝臓を提供しても、機能を取り戻すことができる。ただ、肝臓障害性の毒物の摂取や、劇症肝炎など急速な損傷が起きると、肝臓細胞の増殖が追いつかないのと、肝臓組織の美しい構築を再生することができず、死に至ることがある。
今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、アセトアミノフェン摂取による肝臓障害後の肝臓再生過程を、組織学的、細胞学的に詳細に調べ、損傷部位に集まる特別な肝臓細胞が損傷部位をまず閉じることから肝臓再生が始まるという、新しい概念を示した研究で、5月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multimodal decoding of human liver regeneration(様々な方法を併せて人間の肝臓再生過程を解読する)」だ。
アセトアミノフェンによる肝障害で移植を受けた患者さんの肝臓を、この HP でも紹介し YouTube で説明した最新の網羅的組織ゲノミックステクノロジー(https://www.youtube.com/watch?v=KtjY4JEEjaA)を用いて解析し、肝臓再生の空間時間的過程を解析している。その結果、これまでほとんど指摘されてこなかったアネキシン(細胞移動に関与すると考えられている分子)を発現する集団が再生中の肝臓に現れることを発見する。
組織学的ゲノミックスを用いて調べると、この細胞は中心静脈から広がる壊死部分と正常組織の境界に現れ、遺伝子発現から肝臓細胞由来で、境界部に堤防のように上皮ライニングを形成していることが明らかになった。また、アセトアミノフェン障害だけでなく、肝炎による再生でも現れることが確認された。
次に、このアネキシン2陽性細胞をさらに詳しく調べるため、マウス肝再生モデル実験系を同じように調べると、マウスでも再生誘導後にアネキシン2陽性細胞が壊死細胞と正常組織の境界に現れるのが確認できる。そこでラベル実験を行い、この細胞が肝細胞由来であること、そして壊死細胞との境界に移動してくるが、その間48時間ほどで、細胞の増殖は必要ないことを明らかにする。すなわち、アネキシン2陽性細胞は傷口を塞ぐために現れ、壊死細胞の境界で極性を持った上皮構造を形成して、肝臓実質を外部から守る役割を持つことがわかる。
これらのことを確認するために、生きたマウスの肝実質での細胞動態を観察するシステムを完成させ、アセトアミノフェンによる障害で細胞の移動が誘導されることを観察している。これまで様々な組織のリアルタイムイメージングは見てきたが、肝実質でこれが可能になるとは驚きだ。見て新しいことがわかるかというと難しいと言わざるを得ないが、ともかくシステムを構築し、細胞が分散してくるのを見たことが重要だ。
さらに、肝細胞増殖による再生過程との関係を調べると、まず壊死細胞との境界を定め、それから細胞の増殖が誘導されるという順序が存在することが明らかになった。
最後に、マウス肝再生が進むときにアネキシン2をノックアウトすると、壊死層との境が閉じないことから、アネキシン2陽性細胞が壊死部と正常部の境を形成して、壊死部を閉じる過程にアネキシンが必須であることを示している。
結果は以上で、肝臓のような実質臓器で、皮膚損傷治癒と同じような傷口修復、その後の再生という過程が順序よく進んでいくことを知り、実にうまくできていると感心した。