最近気になった疫学調査論文を感想とともに3編短く紹介する。
現在米国は大統領選挙戦まっただ中だが、中絶や胚の利用に関する法律では、米国は確実に保守化して来ている。当然今回も妊娠中絶は大事な争点になっており、JAMA Pediatricsでも2024年大統領選挙に関連する論文セクションをもうけて、ジョンズホプキンス大学から発表された論文を紹介している。タイトルは「Infant Deaths After Texas’ 2021 Ban on Abortion in Early Pregnancy(テキサスで初期妊娠中絶が禁止されて以降の新生児死)」だ。
中絶禁止により医療へのアクセスが限られている国では、妊婦さんの死亡率、新生児死亡率とも上昇することが知られており、この状況を見るに見かねたイランの最高指導者ホメイニが中絶を認めるイスラム教のファトアをだし、イランで中絶が可能になったことはよく知られた事実だ。ただ、先進国でも、新生児の死亡率が上昇することが指摘されていた。
この研究では2021年に中絶を完全禁止したテキサスを対象として、中絶禁止が幼児死亡率、新生児死亡率上昇につながるかを、他の地域と比べている。もちろん統計学的な様々な検討を加えた上で、結論は明確で、テキサスだけで、法律制定後幼児期死亡率がなんと12.9%、新生児死亡率で10%上昇し、他の地域では全く上昇は見られていない。また、テキサスでも、法律制定前は新生児死亡率は低下の傾向を示していた。
以上が結果で、妊娠への介入を完全に禁止することで、発達障害児の出生率が高まった結果と考えられるが、この善し悪しは別として、社会構成への医療の介入が極めて大きくなっていることに驚いた。
次は、新生児から高齢者に話を移し、スタチンを高齢者に処方することの影響を調べた香港大学の論文を紹介する。タイトルは「Benefits and Risks Associated With Statin Therapy for Primary Prevention in Old and Very Old Adults(高齢者、超高齢者に対するスタチン治療のリスクとベネフィット)」で、Annals of Internal Medicine 6月号に掲載された。
動脈硬化などの診断を受けて、スタチンを処方したグループと、処方しなかったグループを、50-74歳、75-84歳、そして85歳以上に分けて、トータル死亡率、心血管障害による死亡率、などに分けて比べ、高齢者でもスタチン投与のベネフィットがあるか調べている。
結果はなんと85歳以上からスタチンを始めても死亡率低下に寄与するという結果で、これまで蓄積されてきた夢の薬スタチンを改めて示した結果だと思う。例えば血圧で言うと、高齢者では必ずしも収縮期圧120前後といった高い目標を掲げない方がいいという研究結果が増えてきている。その意味で、このスタチンに関する研究は貴重だと思う。
最後が米国ガン研究所からの論文で、米国では広く普及しているマルチビタミン服用のベネフィットについての研究で、6月26日 JAMA Network Open に掲載された。タイトルは「Multivitamin Use and Mortality Risk in 3 Prospective US Cohorts(3種類の前向きコホート研究からわかるマルチビタミン服用の死亡率へのリスク)」だ。
サプリ大国米国でもマルチビタミンの効果を疑う論文が数多く発表され、服用率は落ちてきているらしいが、それでも1/3の人が何らかのマルチビタミンを服用している。この研究では、3種類の独立した前向きコホート研究での調査からマルチビタミン服用者を割り出し、追跡期間での死亡率を割り出している。
例えばビタミンを服用する人は健康を気にする人で、喫煙率が低いといった条件を補正する必要があるので、統計学的には難しい研究だが、ほぼ40万人近い参加者のデータから、マルチビタミン服用は全くベネフィットはなく、心臓や脳血管障害による死亡率では、有意差ではないがオッズ比が高いという結果が出ている。
我が国も、特定保険食品として、医学的に見てもかなりずさんな基準で効果を標榜させることで、医療以外の食品へ消費者の目を向け、税金の必要な医療費を抑えようとしているが、効果についてはかなり厳しい基準を導入した方が良いと思う。