7月16日 5万年前のマンモスのエピジェネティックスを解読した画期的論文(7月11日号 Cell 掲載論文)
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7月16日 5万年前のマンモスのエピジェネティックスを解読した画期的論文(7月11日号 Cell 掲載論文)

2024年7月16日
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同じ遺伝子を持っている細胞でも、例えばリンパ球や皮膚細胞のように、機能や形態が異なるのは、遺伝子の使い方が異なるからで、このメカニズムをエピジェネティックスと総称している。すなわち、細胞の分化を調べるためには様々な方法で遺伝子の on/off を調べる必要があるが、ほとんどの方法はクロマチンを形成するヒストンをはじめとするタンパク質に依存しているため、DNA が分断され、タンパク質の多くが分解、拡散してしまっている古代生物の解析には使えない。すなわち、古代生物のエピジェネティックスを研究することは不可能と考えられていた。

ところが今日紹介する米国ベーラー医科大学、スペイン国立遺伝学研究所、デンマークコペンハーゲン大学を中心とする国際チームからの研究は、5万年前のマンモスでも保存状態がいいと染色体の核内での3次元構造を調べることが可能で、この構造からエピジェネティックな情報を引き出せる可能性を示した画期的な研究で、7月11日号 Cell に掲載された。タイトルは「Three-dimensional genome architecture persists in a 52,000-year-old woolly mammoth skin sample(52000年前のマンモス皮膚サンプルに残っていた3次元ゲノム構造)」だ。

シベリアの永久凍土から発掘されたマンモスの皮膚を組織学的に調べると、細胞構造や核が保存されていることはこれまでも報告があった。とすると、核内にゲノムが収納されるときに折りたたまれたパターン、3Dゲノム構造も保存されているのではないかと考え、これまで何度も紹介してきた Hi-C と呼ばれるゲノム領域同士の接触を測定する方法を適用して調べると、驚くなかれ比較的鮮明な結合パターンを抽出することに成功している。このパターンから、活性化された部位と非活性部位の境界を特定できることは、これまで何度も紹介してきた。

最初にこのマンモスで 3D構造が保持された理由について種明かしをしてしまうと、マンモスが永久凍土の閉じ込められる際に、フリーズ・ドライ状態が形成され、水を含む分子の一種のガラス化が発生・保持されることで、分断されたDNAが拡散せずにその場に残る可能性が発生したと結論している。要するに、分子の水中での拡散が抑えられることで、3D構造が維持される。これを確かめるため、肉を4日間そのまま室温に置くと、完全に Hi-C パターンは得られないが、水分を急速に飛ばして一種の干物にすると、1年後も 3D構造を検出することができることを発見している。すなわち、水がなくなって分子の拡散が抑えられると、5万年前の 3D構造もある程度維持できる。これは将来、干物になった動物やミイラの解析に朗報になる様に思う。

とはいえ、フレッシュな核を調べるのとは全く異なり、DNAは断片化しているし、5万年という時間で拡散もおこって構造は失われていく。しかし、全ては確率論的で、実験を繰り返せばゲノム同士の接触箇所を特定することができ、最終的にゲノム間接触場所の40億回の読み出しデータを得ている。

古代ゲノムの場合、DNAが分断しているのでゲノムを統合することは難しい。そこで、ゲノムがわかっている現存の象のゲノムをレファレンスとしてこの40億の接触ペアを調べ直すと、その2.5%、一億ペアが実際のゲノム接触部位を反映しており、そのうち500万近くは20k以上離れたゲノム部位の接触を反映することを明らかにしている。幸い、マンモスと現存の象のゲノム構造はかなりよく似ているので、信用できる Hi-C マップが可能になった。

もちろん離れた場所の接触箇所500万というと多いように思うが、フレッシュな細胞での実験を考えると、何百倍も少ない。それでも、構造を読み出せたことが重要で、3D構造が活性化部位と非活性か部位の境界を示すことでエピジェネティックスと相関することを考えると、古代ゲノムのエピジェネティックスが初めて可能になったと宣言できる。

そして500万カ所について活性型、非活性型を決める境界を探索すると、例えばX染色体の不活化状態をマンモスでも検出することができ、人間と同じで CTCF 結合部位が繰り返すスーパードメインにより調節されていることもわかる。ただ、現存の哺乳類と同じと言うだけでなく、マンモスはX染色体不活化のさらに複雑な様式をとっており、接触部位の解析から現存の CTCF結合スーパードメインだけでなく、他の2種類の接触場所を決める新しいドメインが特定できる。

一番面白かったのは、皮膚や毛根の維持に関わるゲノム部位が、マンモスと現存の象では異なる活性状態にあることを示したデータで、毛の発生に関わる EDAR や EGFR 部位の活性化状態が、寒冷地の適したように変化しているという結果には感銘を受けた。

最後に、やはり組織構造がよく残っている39000年前のマンモスについても同じ解析を行い、ほぼ同じ 3Dゲノム構造が存在することを示している。

以上が結果で、染色体沈降法や、ATAC-seq などが使えなくても、構造が残っているだけで、活動している場所と活動していない場所の境界を特定して、一定のエピジェネティック情報が得られることは理解できていても、実際にそれが可能であることが示されたことで、古代エピゲノム解析への道を開く大きな一歩だと思う。こんな日が来るとは、生きていて良かったと感慨深い。

カテゴリ:論文ウォッチ