7月15日 腸内の特定の細菌だけを遺伝子操作する(7月10日 Nature オンライン掲載論文)
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7月15日 腸内の特定の細菌だけを遺伝子操作する(7月10日 Nature オンライン掲載論文)

2024年7月15日
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昨日紹介した論文はブラストシスティスという珍しい原虫の研究ということで、現象論的な研究にとどまっていても Cell に掲載されているが、最近の細菌叢研究メカニスティックなデータがないとトップジャーナルには掲載されなくなってきている。そして、今後のメカニスティックな研究を支えると思われるのが、細菌叢の遺伝子操作で特定の細菌を変化させる技術の開発だ。この領域については2022年に単純に病原菌をファージで溶解する方法の開発を一度紹介しているが(https://aasj.jp/news/watch/20285)、最近はより複雑な遺伝子編集を目指した研究へと進化してきている。

今日紹介するフランス パッスール研究所からの論文は、大腸菌やクレブシエラ菌に特異的に感染するファージを開発して、マウス腸内細菌の遺伝子操作の可能性にチャレンジした研究で、7月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「In situ targeted base editing of bacteria in the mouse gut(マウス腸内の細菌の塩基編集)」だ。

この研究のゴールは腸内の特定の細菌に比較的大きな遺伝子を送り込み、遺伝子編集することなので、このためにはどのような開発が必要かがよくわかる。

まず、細菌に効率よく遺伝子を送り込むためにファージを使っているが、目的の細菌だけにとりつくファージを作成する必要がある。標的に大腸菌を使っているので、普通のλファージデいいのではと思うのは我々の感覚で、大腸菌でも腸内でファージ結合に必要な分子発現が低くなっているという事実に基づいて、尾部に存在する2種類の分子を様々なファージ由来の分子とキメラを作成し、その中から効率よくしかも特異的に遺伝子を供給するファージを作成している。

次はこのファージカプシドの中に詰め込む遺伝子だが、CRISPR-Cas をベースにした、一塩基だけを変化させる編集システムを用いている。これにより、組み替えを促進する遺伝子切断を避けて編集が可能になるが、これまでの研究ではファージなど遺伝子を運ぶ効率が低いため成功していなかった。

この研究では、大腸菌に導入するプラスミドを細菌の中で増殖できないように変化させて、編集可能かも調べている。実際には、複製オリジンの活性を調節できるようにして、プラスミドが増殖できる場合と、増殖できない場合で遺伝子編集効率を調べ、両者に変わりがないことを示している。これは、編集システムが他の細菌に広がることを避けるという意味では重要なポイントになる。

こうして作成した編集システムを詰めたファージを使って、いよいよマウスに移植した大腸菌の遺伝子編集にかかっている。ストレプトマイシン耐性遺伝子を編集したあと、腸内細菌を取り出しストレプトマイシン存在下で培養すると、なんと93%ものバクテリアが編集されており、増殖できなかった。また、期待通り導入したプラスミドは便中に全く検出できず、プラスミドの他の細菌への感染が起こっていないことを確認している。

さらに、いくつか用意したファージベクターのうち一つを用いると、クレブシエラ菌への遺伝子導入も可能なことを示し、病原菌を標的にした編集が可能であることを示している。

確かにこれまでの研究と比べてかなりの効率で病原菌を編集できることが示されたが、この方法だけでは編集できないバクテリアが残ることはあきらかで、細菌感染症などを標的にする場合はすぐに編集できなかった細菌が増殖して、治療効果は高くないと考えられる。

そこで病原性を調節する代わりにシヌクレインの沈殿を誘導したり、あるいは自己免疫疾患を誘導する細菌のアミロイド分子CsgA の編集を最後に試み、連続投与を行うことで CsgA産生バクテリアの数を1/4まで減らせることを示している。

結果は以上で、大腸菌という研究の進んだ標的ではあっても、これだけ様々な検討が必要で、また完全に編集することは不可能であることがよくわかる。しかし、特定の細菌の量の変化による細菌叢の変化と言ったメカニスティックな研究に一歩踏み込んだことは明らかだ。とはいえ、腸内細菌のほとんどは、遺伝子導入の方法すら確立していない暗黒の世界だ。細菌叢操作という大きなゴールにはまだまだ基礎的研究が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ