不確帯(zona incertia)という脳領域は不思議な名前だ。文字通り読むと不確実な領域ということになる。調べてみると、境界がはっきりしない薄い領域であることからこんな名前がついたようだ。しかし、機能は多彩で、例えばパーキンソン病では深部刺激の標的に使われることもあるし、また不安や恐怖の調節に関わることも知られている重要な領域だ。
今日紹介するイエール大学からの論文は、大人では不安や恐怖に関わる不確帯が、母親との絆を形成するための重要な領域であることを明らかにした研究で、7月26日号 Science に掲載された。タイトルは「Neurons for infant social behaviors in the mouse zona incerta(マウス不確帯に存在する幼児の社会行動に関わる神経細胞)」だ。
これまでの研究で、不確帯が幼児の場合、母親からの様々なシグナルを統合する領域として働いていることが明らかになっていた。この研究では、離乳前のマウスが母親と一緒にいるとき、あるいは離されたときの不確帯の興奮神経、抑制性神経興奮を、光遺伝学的手法で調べ、最終的に母親との社会行動を決めているのが不確帯にあるソマトスタチンを発現した介在神経であることを確認している。この結果に基づいて、あとは不確帯SST神経(SSTN)を標的とした様々な操作を用いて、母親との絆にどのように関わるかを調べている。
光遺伝学を用いた神経操作実験としては極めてオーソドックスな研究だが、離乳前のマウスにファイバーを挿入したりするのは技術的にもレベルが高いと思う。実際よくできたなというのが感想だが、これを用いて母親から一定期間隔離したあと、母親あるいは、それ以外のメス、あるいはオス、あるいは人形と再開させるという実験を行い、
- SSTNは母親特異的に反応し、他のメスには反応が弱くなること。
- この母親特異的な反応は、触覚や嗅覚を個別に抑制しても維持されるが、両方が抑制されるとSSTN興奮がなくなる。すなわち、様々な感覚神経を統合している。
ことを明らかにしている。
次に、SSTNを選択的に刺激する実験で、母親から話したときのアラーム鳴き声がSSTN刺激により抑制され、さらには隔離したときに見られるステロイドホルモン上昇も抑えられ、ストレスを抑える働きがあることがわかる。
逆にSSTNを抑制すると、母親のケージに戻してもアラームコールが続く。面白いことにステロイドホルモンで見るストレスは軽減される。
最後に、自分の母親を感覚的に学習する過程に、SSTNの興奮が必要であることを、抑制実験、刺激実験から確かめている。
- 母親から2時間半隔離したあと、SSTN神経を抑制、その時麻酔した母親と人形とともに過ごす体験をさせる。この体験により、子供は人形に対しても母親と同じと学習するが、SSTN阻害ではこの学習が成立せず、母親以外の人形に対して親和性を示さない。
- 逆にSSTNを刺激して同じ実験を行うと、今度は人形に対しても強く親和性を示すようになる。
最後に、SSTNが投射する神経領域、またSSTNに投射する領域を示し、母親への親和性の神経回路を示しているが説明は割愛する。
以上が結果で、離乳前のマウスの操作を可能にしたことが全てで、今後自閉症など社会性獲得の研究が広がると思う。