7月9日 Single cell 5’ sequencing をエンハンサー解析に利用する(7月5日 Science 掲載論文)
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7月9日 Single cell 5’ sequencing をエンハンサー解析に利用する(7月5日 Science 掲載論文)

2024年7月9日
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Single cell RNA sequencing などの大規模ゲノムデータは、極めてパワフルだがデータが多すぎて、自分の視点がないと、ほとんどの情報を見落として終わる。それでも、今やこの方法なしに論文が書けないほど普及し、おそらくほとんどは一般的に提供される解析方法を用いて論文が書かれていると思う。

今日紹介する横浜理研の統合医学センターからの論文は、10xGenomics が提供する single cell 5’ RNA sequencing データに含まれているにもかかわらずほとんどの研究者が無視しているエンハンサー部位で起こる転写RNA に注目し、これにより CD4T細胞の分化や反応を、これまでの single cell テクノロジーより遙かに詳しく解析できることを示した研究で、どうしても沈滞がちに見えていた我が国の機能ゲノミックス研究も捨てたものではないと実感できる素晴らしい研究で、7月5日号 Science に掲載された。タイトルは「An atlas of transcribed enhancers across helper T cell diversity for decoding human diseases(転写されるエンハンサーを多様なヘルパーT細胞で調べたアトラスは人間の病気の解読に役立つ)」だ。

この論文を見たとき、なんとなく日本の機能ゲノム研究の一種の集大成だと感じた。というのも、村川さんという若いオーガナイザーの下に、私と同世代の林崎さん、山本さん、Carninci (ちょっと若いが)さんが集まって研究を仕上げており、しかも林崎さんや Carninci さんは、CAGE法と呼ばれる 5’端から読む RNAライブラリー作成法を開発し、FANTOM と呼ばれる独自の優れたオープンデータベースを作成し、特にプロモーターやエンハンサーについての研究では重要なリソースになっていた。私のような老兵にこの研究は、この single cell 5’RNA sequencing(s5’seq) を FANTOM とつないでいるという点で、ジンとくるものがある。

これまで数え切れないぐらいの研究で s5’seq が使われているが、この情報の中に CAGEライブラリー研究で明らかになった、転写されたエンハンサー領域(tE)が含まれることは全く無視しされていた。理由の一つは、転写物の量が少ないためだが、この研究では多くの細胞を解析することで、tE を検出し、他の転写データから特定される細胞の亜集団について、tE の発現、特に双方向に転写が見られる部位(btE) に着目して解析している。

どの細胞で研究しても良かったのだが、CD4T細胞を選んだ点もセンスが良く、この研究を成功に導く要因になった。この結果、これまでの方法で14種類の亜集団に分けることができる CD4T細胞のそれぞれの亜集団で検出できる btE を6万カ所特定することに成功している。これらはもちろん ATAC-seq で検出できるオープンクロマチン領域に存在するが、さらに特異的な転写状態を反映できる可能性を示している。この点については、Micro-C と呼ばれるゲノム領域間の相互作用を調べる方法を用いて、btE が実際のエンハンサーとプロモーターの関係性をより強く反映していることを確認し、さらに加えて、BRD4 や H3K27ac で調べられる実際のエンハンサー活性とも btE が相関することも確認している。このように single cell 5’ sequencing データの中から btE 部位を調べることの重要性を念には念を入れて、確認している。

そして、こうして特定した btE や tE と、ゲノム解析により特定された疾患と相関する多型とを比べ、btEで特定できるエンハンサーがより強く疾患の多型とリンクし、例えば多発性硬化症と、慢性腸炎を区別することもできることを明らかにしている。面白いのは、免疫疾患と関係する CD4T細胞で働いていると特定された606の btE の多くが抑制性T細胞に関わる点で、今後 Treg 専門家による深掘りが進むと面白い。

最後に文字通り機能ゲノミックスを進めるため、このグループは CRISPR を用いて btE を活性化する方法も開発しており、こうして特定されたエンハンサー領域の転写が、下流の遺伝子転写の量を決めていることが示されている。

膨大なデータで全部紹介しきれないが、CAGE法開発から始まる研究の一つの重要な節目に到達した気がする。この研究は始まりに過ぎなく、ATAC-seq と RNA転写のみで研究されてきた機能ゲノミックスが大きく変わる可能性を秘めている。発生学から様々な病気、特にガンやガン免疫のメカニズム理解に大きく寄与すると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ