睡眠中に脳波を調べると、深い眠りを意味するノンレム睡眠中に波数が1Hz以下のslow waveを検出できる。このような同期メカニズムについての論文も紹介したいと思うが、この同期により感覚インプットが遮断され、安定した眠りを保障するメカニズムと考えられている。
最近このslow waveを、位相を合わせたpink noise聴覚刺激(closed loop acoustic stimulation:CLAS)によって高め、記憶の固定化を促進できるという研究が発表され、既にclosed loop acoustic stimulationを標榜する製品まで売られている。また記憶の固定化に加えて、slow wave睡眠が脳の老廃物を流してくれる脳脊髄液流を促進することがわかり、脳の変性疾患予防にclosed loop stimulationが使えるのではと期待されている。ただ、本当に睡眠中にpink noiseを聞かせてCLAS刺激を行って脳脊髄液流が促進することを直接示した研究はない。
教職回するMITからの論文は、脳波計で脳波を、fMRIで脳脊髄液流をモニターしながら,
CLAS刺激を行い、うまく位相が合うと確かに脳脊髄瘤が促進されることを人間で示した研究で、9月9日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Closed-loop auditory stimulation in phase with slow waves during sleep enhances cerebrospinal fluid flow in humans(睡眠中にslow waveと相を合わせた閉鎖聴覚刺激を入れると脳脊髄液流が人間で促進する)」だ。
目的はシンプルだが、大変な実験だ。まず、脳波計で睡眠中のslow waveを拾って、それに同期させて聴覚刺激を行う必要がある。そして、その効果をまずslow waveの強さ(amplitude)の上昇として検出する必要がある。さらにこの研究ではfMRI画像で第4脳室の水の変化として捉えている。私のような素人には、fMRIと脳波計を同時に使いながら、しかもfMRIのような大音響の中で被検者が寝られるという実験自体が驚きだが、プロの世界ではなんとかなる様だ。
さらに難しいのは、脳波に同期させるプロセスで、脳波自体がそれほど安定なものではないし、また感覚刺激から脳の活動までは時間があるし、これら要因をクリアして位相を合わせるのは至難の業ではない。この研究では、数は少ないが脳波記録を学習したリカレント・ニューラルネットを用いて位相を合わせた刺激を入れている。
このような様々な工夫の結果、完全ではないがslow waveの様々な位相で聴覚刺激を入れることが出来、そのときにslow waveの強さ、脳脊髄液の流量、そして脳の様々な領域での血流を計測することに成功している。
結果は、slow waveの上がりはじめから、ピークのすぐ後に刺激を入れると、slow waveの強さが上昇し、特にピーク直後に合わせたときに最も高くなる。そして脳脊髄流も、同じように上昇し、やはりピーク直後に刺激を受けた時に最も強い。一方、脳のほとんどの領域で、ピーク後の刺激は血流量の減少を誘導している。
以上が結果で、刺激後20秒間ほどの間に見られる急性反応の結果だが、初めてslow waveのamplitudeを高めて脳脊髄液量を高める感覚刺激が可能であることをはっきりと示した点で重要な研究だと思う。
ニューラルネットの学習などまだまだCLASの方法を改良することは可能で、今後は記憶だけでなく、神経変性疾患を本当に予防できる器機の開発が加速する気がする。
