2月5日:I型糖尿病早期診断(2月3日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)
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2月5日:I型糖尿病早期診断(2月3日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)

2015年2月5日

I型糖尿病は一種の自己免疫病で、インシュリンを分泌する膵β細胞が細胞障害性の免疫反応で殺されることにより発症する。従って、病気の根本的治療は免疫反応を抑え、細胞障害を防ぐことになる。しかし、ほとんどのI型糖尿病患者さんでこの免疫過程は症状なく進み、気がついたらβ細胞が失われてしまって重度の糖尿病になっていたというのが現状だ。現在のところ、失われたβ細胞を再生する方法がないので、発症すると治療としてインシュリン補充療法か、β細胞移植しか残されていないことになる。もし免疫反応を早期に感知して、早期に免疫反応を抑えることができればI型糖尿病の多くの問題が解決する。このために必要なのは、1)リスク予測、2)自己免疫反応早期検出、3)β細胞機能モニタリングだ。リスク予測についてはゲノム研究が進んでおり、一部のタイプでは予測が可能になっている。ただ、複数の遺伝子が複雑に絡むため、まだまだ正確性に欠ける。免疫反応については、幾つかの抗原に対する自己抗体検査が行われるようになっている。特にインシュリン自己抗体は発症のかなり前から検出できることが知られている。β細胞機能については、インシュリン分泌能を直接測れるようになり、グルコース負荷後のインシュリン分泌などが早期診断に役に立つことがわかってきた。しかし、肝心のβ細胞が死んでいるかどうかを診断することは、組織を取らない限り不可能で、細胞障害を直接検出する方法の開発が急がれていた。今日紹介するエール大学からの論文は、β細胞死に直接関わる指標についての研究でJournal of Clinical Investigation2月号に掲載された。タイトルは「β cell death and dysfunction during type 1 diabetes development in at-risk individuals(ハイリスク患者さんのI型糖尿病進展に伴うβ細胞死と機能不全)」だ。このグループは1型糖尿病の早期診断に集中して研究を続けてきたようで、最近血液を流れるインシュリン遺伝子のメチル化されたものとされていないもの(非メチル化)の比がβ細胞死と相関することを実験系で見出していた。この研究では、この発見を実際の患者さんで検証するため、親戚に1型糖尿病患者さんの存在、自己抗体の存在などから、糖尿病発症の危険が高い人達を選んで、5年経過観察を行い、メチル化されていないインシュリン遺伝子を調べた研究だ。リスクが高いとして選ばれた20人のうち、10人は経過観察中に糖尿病を発症している。ただ、最初の診断では空腹時血糖、グルコース負荷試験では異常ない人達が選ばれている。詳細は省くが、結果は有望で、糖尿病を発症した人の中の3割ぐらいで非メチル化インシュリン遺伝子の量が上昇する。また、初期の機能検査であるインシュリン分泌能と、血中の非メチル化インシュリン遺伝子とは明らかに相関している。ではなぜ最終的に発症した全ての患者さんでこの指標は上がらないのか?これについて、細胞死が常に起こっているわけではないこと、また非メチル化遺伝子の寿命が短いのではないかと仮説を立て、膵島移植を受けた患者さんでの非メチル化インシュリン遺伝子測定から、この遺伝子の血中寿命が3時間程度しかないことも突き止めている(移植された膵島の多くは定着せずに死ぬため細胞死のモデルとして利用できる)。他にも様々な検査を行っているが、重要な結果はこれだけで、まとめると非メチル化インシュリン遺伝子が血中に多いと、β細胞がまさに殺されている時点であることの指標になるというのが結論だ。もちろんこの検査をマススクリーニングに使うのは難しい。しかし、リスクの高い患者さんを選び、幾つかの検査を組み合わせて早期診断し、自己免疫反応を標的とした治療を行うことがこの病気の重要なゴールであることを考えると、さらに大きな規模の地道な検証が行われることを望む。しかし、出口の治療から、入り口の診断まで1型糖尿病に関しては着実に根治に向けて進んでいる。期待していい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月4日:岡崎フラグメントと遺伝子変異(Natureオンライン版掲載論文)

2015年2月4日

DNAを複製するには、まず2本鎖DNAをヘリカーゼと呼ばれる酵素で一本鎖へとほどいた後、それぞれの一本鎖を鋳型にしてDNAポリメラーゼで複製する。一見簡単なように思えるが、本当は結構難しい。なぜなら、DNAポリメラーゼは5’から3’方向にしか動かないので、片方はほどきながら連続的に複製できるのに、もう片方の鋳型は向きが逆さまなので、ほどく方向とは逆に複製することが必要で、このため逆向きに、断片的に複製して、それをリガーゼでつないでいる。このメカニズム気づいたのが白血病で亡くなられた名古屋大学の岡崎博士で、このリガーゼでつないで一本になる前の複製断片を、岡崎フラグメントと呼んでいる。この各DNA鎖の複製モードの違いに対応し、純向きの(リーディング鎖と呼ぶ)スムースな複製はポリメラーゼε、逆向き(ラギング鎖と呼ぶ)の複製はプライマーゼとも呼ばれるRNAプライマーを作って少しだけ複製するポリメラーゼαとプライマーを使って岡崎フラグメントを生成するポリメラーゼδが行っていることが知られている。最近この岡崎フラグメントを全ゲノムにわたって決めることが行われ、だいたい200塩基ぐらいの長さだが、含む配列により大きなバリエーションがあることがわかってきた。前置きが長くなったが、今日紹介するエジンバラ大学からの研究は、岡崎フラグメント形成が遺伝子変異生成と深くかかわることを示す研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Lagging-strand replication shapes the mutational landscape of the genome(ラギング鎖側の複製がゲノムの突然変異の生成を決めている)」だ。よく読むと、この論文の主眼は、後で紹介するそれぞれのポリメラーゼがDNAのどの部分を複製したかを決める方法の開発のようだ。ただ、更にいい論文にするために、正確に複製するための安全機構が何重にも存在するのに、分裂とともに変異がDNAに一定の確率で入るメカニズムの解明を選んで、新しい方法を使っている。この研究では酵母を使って、まずDNAの変異が岡崎フラグメントがリガーゼでつなぎ合わされる結合部に集中していることを示して、この犯人が最初にラギング鎖の複製にかかわる、複製の正確性に欠けるポリメラーゼαと狙いを定める。もちろん普通、こんな危なっかしいポリメラーゼαで複製された部分は後からきたポリメラーゼδにより除かれるので心配はないのだが、もし他のタンパクがポリメラーゼαにより複製されたばかりのDNA鎖に結合すると、ポリメラーゼαによって複製された部分がDNAに残って変異の主原因になると考えると、岡崎フラグメント結合部に変異が集中することを説明できるという仮説を立てた。これを証明するため、実際にポリメラーゼαによって複製された部分がゲノムにどの程度残るのかを調べるために、新しく開発したEmbRiboSeqと呼んでいる方法を使っている。原理は、ポリメラーゼαが複製するときだけDNAの代わりにRNAを使うポリメラーゼの突然変異を使って複製させると、ゲノムの中でポリメラーゼαにより複製された部分だけRNAに置き換わる状態が生じる。普通はこのようなRNAはすぐ除去されるが、酵母でこのRNA除去酵素が欠損した系統を使うとRNAがそのままゲノムに残る。複製されたDNAを生成した後、今度はRNA除去のための酵素で処理すると、RNAに置き換わった部分だけに切れ目が入り、そこに塩基配列を決定するためのプライマーを結合させることで、RNAに置き換わった部分だけ配列を決めることができる。すなわち、ポリメラーゼαによって複製された部分をゲノム全体にわたってマップすることができる。結果は、酵母ゲノムの約2%位はポリメラーゼαによって複製された断片が残っており、特にこの断片に転写因子などが結合する配列があると変異の確率が上がるということがわかった。まとめると、ポリメラーゼαが短い断片を形成した時、転写因子などが新しくできた部位に結合すると、ポリメラーゼδの侵入を阻んでしまって、不正確なポリメラーゼαで複製された部分がゲノムに残ることで変異が導入されるという説だ。長くなったが、この結果は複製も転写も、ともに遺伝子変異を高めるメカニズムを明確に示したもので、進化やガンを考えるためにも重要な結果だと思った。しかし、久しぶりに岡崎フラグメントに直接関わる論文を読んだ。私の世代の友人の中には岡崎さんから直接薫陶を受けた人たちがいるが、素晴らしい人だったことはいつも聞かされている。お会いできなかったのが残念だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月3日:ヨーロッパ・アジアへの現代人類の旅立ち(Nature オンライン版掲載論文)

2015年2月3日

ヨーロッパとアジアに住む現代人のゲノムにネアンデルタール人の遺伝子断片が存在することが明らかになってから、現代人類とネアンデルタールの交雑が、いつどこで起こったのかは人類史の重要な課題になっている。私たち現代人類がヨーロッパやアジアに分布し始めたのは5−6万年前と考えられているが、当時ネアンデルタール人はヨーロッパ、アジアに広く君臨していた。このことから、おそらく交雑は現代人類が西アジアから東欧に移る途中で起こったのではと考えられてきた。ところが昨年11月このホームページで紹介したが、シベリアで発見された45000年前の現代人類の化石のゲノムにすでにネアンデルタール人の遺伝子が存在しており、ネアンデルタール遺伝子の量から考えて、交雑は5−6万年前には起こっていたことがわかった。とすると、現代人類が中東からユーラシアに出て行こうとする時期と一致し、イスラエルや中東自体も現代人類とネアンデルタールの交雑場所として浮上してくる。今日紹介するイスラエル・テルアビブ大学からの論文はこの可能性を強く示唆する考古学研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Levantine cranium from Manot Cave (Israel) foreshadows the first European modern humans(イスラエルManot洞窟から出土したレバント人の頭蓋骨は現代ヨーロッパ人の先祖)」だ。この研究は純粋の考古学研究で、2010年から続いている、北イスラエルカルメル山のManot洞窟の発掘から発見された頭蓋の一部と、鎖骨の分析だ。まずこの洞窟は全長100mに渡る大きな洞窟で、出土する石器から旧石器時代から洞窟が潰れる1.5−3万年前まで、異なる人類により利用されてきた歴史を持っている。この論文で調べられたのは、ちょうど洞窟中央部から出土した骨だ。骨の正確な年代測定から、約5,5万年前のものであることがわかる。まさに現代人類がユーラシアへの旅を始めていた時期と一致する。そして最も重要な結論は、この頭蓋がヨーロッパやアフリカで出土する後期旧石器時代の現代人類の頭蓋と類似している点だ。もともとイスラエルは出アフリカの通り道にあたるため、様々な時代の人類化石が出土する。中でも、ネアンデルタールから別れたばかりの最も古い現代人類の骨も出土し、ネアンデルタール人との形態上の共通性が見られる。このため、イスラエルには後期石器時代の新しい現代人類は存在していなかったのではと考えられていた。しかし、このManot洞窟人は形態的にも、年代測定からも現在ヨーロッパやアフリカに分布する現代人類の先祖であることがわかり、まさに現代人類の出アフリカ時期に対応することが明らかになった。その上で、形態的にネアンデルタールの影響も存在するという。とすると、ネアンデルタールと現代人類の交雑は現代人類が出アフリカのため、イスラエルを移動している間に起こったと考えられる。考古学とゲノム研究が完全に一致した瞬間だと思った。日本語でarcheologyは考古学と訳されているが、この言葉は考えるだけというニュアンスが強く、エビデンスに基づく科学であるという響きがない。異なる言葉、例えば古代学にそろそろ変えたらどうかと思う。

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2月2日:シマウマの縞は何のため2話(1月31日号Royal Society Open Science掲載論文)

2015年2月2日

昨年4月3日シマウマの縞が、大量に血液を吸うアブやツェツェ蝿を寄せ付けないようにするための防御システムであるとするNature Communicationsの論文を紹介した。意外な結論に私も驚いた。しかし、進化の研究は再現実験が難しい。相関性だけでは、必ず反論が出る。案の定、1月31日号のRoyal Society Open Science誌にUCLAから反論が出た。公平を期す意味でも紹介することにした。タイトルは「How the zebra got its stripes: a problem with too many solution (シマウマの縞はどうできたのか:方法が多すぎることの問題)」だ。で、今回の結論は?答えはズバリ、「シマウマの縞は暑さ対策のために生まれた」だ。4月に紹介した論文では、縞があるかどうかと、肉食獣の存在や、アブやツェツェ蝿、温度などとの相関を調べていた。今回は、縞の数や太さ濃さを総合した指標を、周りの環境要因と相関させている。結果、足や胴体のシマの強さの指標と温度が最も相関している。アフリカの赤道付近から南アフリカまで、それぞれの地域に生息するシマウマの写真を並べられると、確かに暑いところのシマウマでは縞も太く、数も多い。特に足の縞は差が顕著だ。ではどうして縞が暑さ対策になるのか?特に生理学的研究は行っていないが、なんと1900年に英国の研究者によって提案された可能性を引用している。即ち、黒い部分と、白い部分では熱吸収が異なり、温度の上昇に差が出る。この温度差が、空気の流れを生んで、換気を促進し、結果、体が冷えるという説だ。聞くだけでなるほどと説得されてしまう。とはいえ、前の論文では縞の有無、今回は縞の強さが指標になっており、同じ実験で議論しているわけではないので、おそらく論争は続く気がする。私たち素人にとっては、シマウマの縞のパターンの大きな変化を知るだけで、十分物知りになれる、面白い研究だ。もちろん哲学的意味でも考えることの多い研究だ。私たちはシマウマとは何かを考えるとき、個別のシマウマとは違う抽象的なシマウマを真の姿として想起してしまう。これは唯名論だが、真実は個別の認識にあるのか、あるいはイデアにあるのかは長く哲学の課題だった。しかし、個別をしっかりと観察することからしか科学が始まらないことをこの研究も示している。自分で見ることが叶わない私は、やはり科学に頼るしかない。

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2月1日:全長1mの単細胞(PlosGenetics1月号掲載論文)

2015年2月1日

今アドバイザーとして勤めているJT生命誌研究館では、様々な動物が研究対象として使われている。その中には、医学部を卒業してから、人間を含む哺乳動物以外扱ったことのない私にとって、全く見たこともなかった動物も存在している。しかし医学に限らず論文を漁って様々な生物の成り立ちを知ると、驚くべき生物が私たちの身近に生きていることを知る。2013年に紹介した性生殖なしに4億年生きてきたワムシのゲノムもそうだった。しかし今日紹介するカリフォルニアデービス校から発表されたCaulerpa taxifoliaと呼ばれる藻の仲間についての論文はさらに驚きで、生物の多様性を本当に実感させる研究だった。タイトルは「An intracellular transcriptomic atlas of the giant coenocyte caulerpa taxifolia(巨大多核細胞caulerpa taxifolia の細胞内遺伝子発現地図)」でPlosGenetics誌1月号に掲載されている。ほとんどの方は私と同じで、caulerpa taxifoliaなる藻についてはご存知ないと思う。この藻は、数多くの核が一つの細胞の中に存在する生物で、大きさは時に1mにも達する。私たちの体にも破骨細胞のような多核細胞は存在するが、1mの大きさとなるとスケールが違う。調べてみると、caulerpa taxifoliaに近いAcetablariaでは通常は全くの単細胞で、大きさは5−10cmに達する。こんな生物がいることを全く知らなかったとは、物知りになるのにはまだまだ道のりは遠いと確信した。この研究では、全く仕切りのない単細胞でも体の部分の分業が成立しているのかどうか、身体各部からmRNA採取して塩基配列を決め、どの遺伝子のmRNAがどの部分に濃縮されているかを調べている。細胞自体に仕切りがないことから、普通ならどの体の部分も同じmRNAが分布していてもいいはずだ。結果は著者らの期待通りというか、詳しくは述べないが、根、茎、葉など体のそれぞれの場所に応じて、分布するmRNAのコードする遺伝子が異なっていることが分かった。わかりやすい例で言うと、光合成に関わる遺伝子はpinnuleと呼ばれる葉に似た場所に濃縮している。次にcaulerpa taxifoliaを、通常の多細胞植物であるトマト各部の遺伝子発現と比べている。トマトは多細胞生物で、もちろん細胞という仕切りがあるため、各部の細胞ごとに転写調節を行い、発現する遺伝子を決めている。さて、両者を比べると、単細胞でも、多細胞でも、同じ機能を持つ部分で発現する遺伝子に共通性があることが明らかになっている。単細胞も、多細胞と同じように発現遺伝子の分布を体の部分に応じて変化させて分業を達成している。結果はこれだけだが、この生物は私たちの知らないことを教えてくれそうだと期待できる。細胞という仕切りからどうすれば解放されるのか?私たちが細菌から抗生物質、Taqポリメレース、クリスパー、様々な光感受性分子を得たように、常識を覆す生物には多くの能力が眠っている。などと考えるのはやはり医学部卒の悪い癖か?単純に驚いて終わろう。

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1月31日:何を隠したいのかを考える時代(1月30日号Science誌掲載論文)

2015年1月31日

普通論文のイントロダクションには、研究の背景や、これまでの歴史など、著者の知識が示される。このおかげで、イントロダクションを読むと、それだけで物知りになる論文がある。今日紹介するマサチューセッツ工科大学、メディアラボからの論文は、匿名化されたビッグデータから個人を特定する可能性についての研究で、この分野全体の現状がよく分かるイントロダクションが書かれている。タイトルは「Unique in the shoping mall: On the re-identifiability of credit card metadata (ショッピングモールでのプライバシー:クレジットカードメタ情報の特定可能性について)」だ。タイトルにある通り、この論文ではクレジットカード情報の中から、特定の個人の行動を抜き出すには、どの程度の情報が必要かを調べている。まず、物知りになるのでイントロダクションに書かれている内容について紹介しよう。1)ビッグデータの解析が新しい科学、例えば計算社会学を生み、貧困や感染症の分析に使われている。2)会社もメタ情報の提供を進めており、例えばグーグルはリアルタイムの渋滞情報をドライバーに伝えている。3)この情報を科学として使うためには、情報公開が必要で、アメリカでは原則その方向に動いている。例えばボストンでは公共交通車両の全ての位置情報が提供されている。4)データは匿名化されているが、現在では自分の情報のツイートなどが当たり前で、携帯電話データも簡単に個人特定ができる。5)アメリカの個人支払いの60%はクレジットカードで、携帯電話での支払いも10億ドルに達しつつある。6)最後にこれが面白かったが、アメリカ人の89%はクレジットカードデータは個人情報として守られるべきと思っている一方、健康情報も同じように考えているのは68%、自分の居場所については62%。圧倒的に金銭的やりとりは隠したいようだ。これら全てに文献が引用されているので、このような論文は本当に助かる。さて、肝心の研究では、110万人、1万店舗、3ヶ月間分のクレジットカード全データの提供を受け、この中で特定の個人の情報を抜き出すための条件をシミュレーションしている。結果は予想通りで、例えば私がいつどこでいくらの買い物をしたかという情報が2回分わかれば(例えば尾行でもされて)60%の確率でビッグデータの中から私の情報を全て抜き出せるという結果だ。実際には5回分の情報があればほぼ100%特定できる。他にも、場所、時間、使った価格が不正確だった時のシミュレーション、男女差、収入との関係などを調べ、ある程度の情報で個人を抜き出せることを示している。まあなんとなく納得してしまうのは、女性や所得の多い方が特定しやすいという点だ。結論的には、ビッグデータも外から情報を加えると個人を特定できるという警告だが、それを踏まえてデータは公開されるべきだというのが著者の考えだ。私も全く同感だ。ゲノムも含むビッグデータにより、今全く新しい人類歴史学が始まろうとしているという実感を持つ。プライバシーは守るものという原則で私たちの社会は成り立っているようだが、ツウィッター、フェースブックを使った自己発信が当たり前になり、またドイツ首相のプライベート電話すら盗聴できる時代、私たちは何を隠したいのか、なぜ隠さなければならないのかなど真剣に考える時が来たと思う。

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1月30日: Precision Medicine (Nature オンライン版掲載論文)

2015年1月30日

最近ガンの論文を読んでいると、Precision Medicineという言葉をよく目にする。我が国の中村祐輔さんがテイラーメイド医学と呼んでいたものに近い概念で、ゲノム情報を使って患者さんを正確に分類し、効くことが予想できた薬剤だけを使う、と言った意味で使われている。今日紹介するハーバード大学からの論文はPrecision Medicineの可能性を肺がんで確かめた研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「EZH2 inhibition sensitizes BRG1 and EGFR mutant lung tumors to topoII inhibitors (EZH2阻害により、BRG1やEGFR遺伝子に突然変異のある肺がんはTopoII阻害剤に感受性になる)」だ。見慣れない略語が並んで読む気がなくなると思うが、EZH2はH3K4ヒストン分子の27番目のリジンをメチル化する遺伝子エピジェネティック制御に関わる分子だ。これまでのデータから、EZH2を発現す腺癌は予後が悪いことが知られていおり、この研究ではEZH2阻害剤を使うときのPrecision Medicineの確立を目指している。同じように、TopoIIも肺がんでよく使われる薬剤エポトシドの標的分子で、DNAのよじれを直す働きを持ち、複製には必須の分子だ。この研究では、がん細胞株を使って、エポトシド治療の際にEZH2阻害がより効果がある腫瘍と、逆効果の腫瘍を分類している。そして、EZH2阻害剤が効果を示したガンの多くが、BRG1とEGFRの突然変異を持っている一方、逆効果だったほとんどのガンでこれらの遺伝子は正常であることを見つけている。BRG1もEGFRも肺腺癌で最も多く見られる突然変異で、EGFRは細胞の増殖レセプター、BRG1はエピジェネティックス制御に関わる分子で、それぞれ作用機序はまったく違う。しかしこの結果から、EZH2とエポトシドの効果は、EGFRとBGR1の突然変異の有無を調べることで予測可能で、この薬剤を使うPrecision Medicine は、まずどちらかに突然変異があるかを確認して治療を行う必要があると結論できる。これがこの研究の全てで、残りの実験ではメカニズムの解析が行われ、1)マウス肺がんモデルでBRG1,EGFRに突然変異のないガンではこの薬剤の組み合わせがガンの増殖を早める、2)EGFR突然変異によるガンでは大きな効果がある、3)EZH2阻害によりBRG1が誘導されTopoIIの効果を打ち消す、4)EGFRの突然変異はBRG1を抑制するためEZH2の効果があることなどが示されている。いずれにせよ、ゲノムを調べずこの治療を受けてしまうと、ガンがより増殖してしまうことは確かだ。私が医者になった時から40年、肺がんは組織で分類し、その分類に応じた薬剤を使うことが続いてきた。確率の高い薬剤を試行錯誤で使うという方法だ。ガンのゲノム解析は、これを大きく変えつつあり、この結果に基づき薬剤を選択するPrecision Medicineへの期待は高い。しかし、このPrecision Medicineを我が国はどう実現しようとしているのか、我が国の政策からは全く見えてこない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月29日:MDSの治療(1月26日号Journal of Clinical Investigation誌掲載論文)

2015年1月29日

専門家以外の人がMDSと聞いてもなんのことかわからないだろう。これは骨髄異型性症候群(Myelodisplastic syndrome)の略で、文字通り骨髄細胞の形態異常を伴う貧血を主症状とする病気だ。まだまだ分からないところの多い病気だが、血液幹細胞に起こる突然変異で生じた異常細胞が、正常幹細胞を骨髄から追い出し貧血が起こると考えられている。最終的に白血病化することが多く、今では白血病の一種として治療が行われる。もともと年齢とともに増加する病気だが、高齢化した被爆者の方では、さらに発症頻度が上がり、被爆国の我が国が重点的に取り組むべき病気だ。特に高齢者では骨髄移植等、根治的な治療は望めなかったが、最近レナリドマイド(Ikarosという転写因子を分解する)やDNAメチル化阻害剤が使われるようになり、根治は難しいものの少しづつ病気のコントロールが可能になってきていた。特にDNAメチル化阻害剤がこの疾患に効くことが報告されたときは私も大変驚いた。グローバルにメチル化を阻害してどうしてMDSが改善するのか?私たちもこれを調べたいと、阻害剤の一つデシタビンの第1/2相治験に合わせてMDS細胞のメチル化状態を調べるべく着々と準備をしていた時、突然我が国での治験中止が決まり、全てがご破算になって大慌てした思い出がある。この時使われたプロトコルは、20mg/平米を週3−4回投与するものだったと思う。治験が先行していたアメリカでの結果をうけて中止が決まったのだが、今日紹介する米国Taussig癌研究所からの論文はこのデシタビン使用量をさらに落とすことで、より高い効果が得られるという驚くべき結果を示す研究だ。タイトルは、「Evaluation of  noncytotoxic DNMT1-depleting therapy in patients with myelodysplastic syndromes (MDS患者に対する非細胞障害性DNMT1除去療法を検証する)」で、1月26日号のJournal of Clinical Investigationに掲載されている。治験という観点からはさじ加減が多く、対照群はなく、予備的実験と位置付けたほうがいい。ただ考え方ははっきりしている。デシタビンの用量を細胞障害性のないところまで落として、長期に使えば、DNAメチル化に対する効果だけが得られるはずだと考えている。このため、これまでよりはるかに少ない用量、0.1-0.2mg/kg(3.5-7mg/平米)を週2日だけ毎週皮下に投与するプロトコルだ。実際には、患者さんの状態に合わせていろいろさじ加減を行っている。ただこの量だと、80歳を越す高齢者でも吐き気もなく、長い人では161週、ほぼ3年にわたって同じ治療を続けている。効果だが、43%に効果がみられ、そのうち4例で完全寛解が見られている。また、効果がなかったグループも36%で病気の進行が抑えられている。また、これまで予後因子として知られていた分子マーカーの発現に関わらず効果がある。ただ、完全寛解のグループでもデシタビンを中止すると再発するので、薬剤を飲み続ける必要があると言う問題はあるが、安い、副作用が少ない、効果がある、長期に続けられるという良い事づくめの結果だ。多くの患者さんに光が差したと思う。現役の時調べたいと思ったのは、まさにこの状態だった。なぜゲノム全体のメチル化を低下させるとMDSの異常が治るのか?残念ながら、私自身は参加できないが、ぜひ詳しい解析が進むことを願う。この結果、ガンのエピジェネティックスだけでなく、正常造血を理解する鍵も得られること間違いないと期待している。

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1月28日:乾きのメカニズム(Natureオンライン版掲載論文)

2015年1月28日

これまで何回も紹介した、光を使って特定の脳細胞を刺激することを可能にした光遺伝学によって、生理学と解剖学の統合は全く新しいレベルに到達したようだ。研究を見ていると、特に行動や情動に関わる神経について、これまで証明が難しかったことが、続々わかってきたという印象を受ける。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、渇きの感覚に応じて水を飲むという行動に関わる神経細胞の特定を光遺伝学で行った研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Thirst driving and suppressing signals encoded by distinct neural populations in the brain (渇きを誘導するシグナルと抑制するシグナルは脳の異なる細胞によって調節されている)」だ。この手法を使う研究は、まず調べたい過程に関わる神経の特定、その細胞特異的分子マーカーの特定、分子マーカー遺伝子座の操作、そして光を当てた時の行動観察と続く。この研究ではまず、渇きに反応する神経領域CVO(脳室周囲にある神経器官)のうちで渇きに反応する神経を特定し、その神経がCamKIIという分子を発現することを特定している。次に、このCamKII遺伝子座にCreという遺伝子を導入する。最後に、CVOをめがけて光に反応してチャネルが開くチャンネルロドプシン遺伝子をアデノウィルスベクターで注入すると、Creを発現している細胞だけでチャンネルロドプシンが発現し、光を当てると興奮するようになる。さて、こうして用意したマウスは、光を当てると、渇きとは無関係に水を飲む。なんと、体重の8%ぐらいは平気で飲むようになる。ところが、液体だったらなんでも飲むわけではない。水とは違う苦みや蜂蜜には光を当てても飛びつかない。また、水の中に強い苦みや濃い濃度の食塩が入っていると水と区別して飲まない。したがって、この神経が刺激されると、ともかく水に近いものを選択的に飲むようになる。この研究では、CamKII陽性細胞以外に、同じ領域に渇きで活性化される2種類の神経細胞を特定している。一つは、ETV-1遺伝子を発現しており、もう一つはVgat分子を発現している。この神経の機能を調べるため、今度はそれぞれの細胞にCreを導入して、そこにチャンネルロドプシンベクターを注入して、反応を調べた。このうちETV-1の発現はCamKIIと重なっており、この細胞を刺激してもマウスは水を飲むので、渇きに刺激される水を飲む行動を調節するのはETV-1/CamKII陽性細胞であると結論している。一方Vgat細胞を刺激すると、今度は水を飲む行動が極端に抑制される。しかし、塩や砂糖に対しては普通に反応するので、この神経は渇きに反応して、その感覚を抑える働きがあるのだろうと結論している。もちろんこの研究で私たちの渇きの全てがわかったわけではない。実際、水だけを選んで飲むというのはかなり複雑な反応だ。イオン濃度のセンサーから、行動開始、行動終了までまだまだ複雑な回路が想定される。しかし、光遺伝学はこの回路を全て明らかにするだろうと期待させるテクノロジーだ。だたもう少しすると大型動物、そしてヒトに応用した論文が出そうな気がする。今から身構えつつ期待しよう。

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1月27日:大きな勘違い(1月29日号Cell誌掲載論文)

2015年1月27日

もっとも古くから知られているリン酸化酵素の一つにPKCがある。神戸大学の西塚・高井らによって精製されて以降、おそらく何千もの論文がこの分子について発表されたはずだ。このため、私たちはPKCのことならなんでもわかっていると思ってしまう。特にガンについては発がんプロモーターとして知られたフォルボルエステルがPKCを活性化することから、PKCはガンの増殖を促進するという常識が確立する。その後ガンのゲノム研究が進み、多くのガンでPKCの突然変異が発見された。これを見て私たちは「なるほど、PKCが突然変異を起こすと、多くのリン酸化酵素と同じでガン遺伝子として働くのか」と納得してしまう。幸い科学では、こんな時ドグマが本当かどうか確かめようとする疑い深い人が必ず現れる。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、常識は疑えという教えを地で行く研究で、1月29日豪のCell誌に掲載された。当然だと思う。タイトルは「Cancer-associated protein kinase C mutations reveal kinase’s role as tumor supperssor(ガンで見られるPKC 突然変異はPKCによるリン酸化がガン抑制に働いていることを明らかにした)」だ。常識といったが、遺伝子導入でガンができる一部のPKC(9種類の異なるPKCが存在する)を除いては、本当にPKCが発ガン遺伝子として働いているのかは明確ではなかったようだ。そこでこの研究では初心に戻って、様々なガンで同定されたPKCの突然変異が、実際にPKC活性を亢進させているのかどうか生化学的に調べるところから始めている。PKCの様々な場所に見つかった突然変異のPKC活性への影響を全部で46種類調べたところ、驚くことに、全て活性化ではなく、機能が消失、あるいは低下している突然変異であることがわかった。さらに、がん細胞を使った細胞レベルの実験から、PKCの活性が低下するとがん細胞の増殖が亢進し、逆にPKCの活性が亢進するとガンの増殖が抑制されることを示している。すなわち、PKCは予想に反してガン遺伝子ではなく、ガン抑制遺伝子として重要な役割を演じていることが明らかにされたことになる。論文で明確に示されているのはこれだけで、PKCがガン抑制遺伝子として働くメカニズムについては幾つかの可能性が示されるにとどまっている。例えば発ガンと密接に関わることが明らかなp53の活性をWTというタンパク質を通して高めることでガンを抑制する可能性や、KRASガン遺伝子の活性をリン酸化を通して直接抑える可能性だ。実際p53やrasの突然変異が、PKC機能が低下するガンで多いことなど、様々な説得材料が示されると、なるほど常識は間違っていたと納得する。この結果を知った上で、ガンに対してPKC阻害剤の治験が行われ、散々な結果だったことを聞くと、特に患者さんに使うときにはなんでも疑ってかかることの大事さを再認識した。重要な論文だと思う。

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