さて、昨年アルツハイマー病研究分野での私の一押しは、store operated calcium channel(SOCC)の機能を調節する機構が異常 Tau により破壊され、細胞質のカルシウムバランスが変化することがアルツハイマー病 (AD) 発症に関わる重要な過程で、SOCC の調節に関わる細胞内マトリックスを再構築する薬剤が、AD の進行を止めることができることを示した、ベルギーからの論文だった。この論文が示すことは、小胞体 (ER) と細胞膜の間で Ca イオンをやりとりして局所細胞質の Ca を維持することの重要性だ。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、樹状突起から飛び出たスパインでのシナプス刺激を樹状突起全体の興奮に拡大させる細胞膜と ER を統合している分子機構について明らかにした研究で、元旦に紹介するにふさわしい極めて重要な研究だと思って取り上げた。タイトルは「Periodic ER-plasma membrane junctions support long-range Ca 2+ signal integration in dendrites(ERと細胞膜の規則正しく繰り返す接合構造が樹状突起でCaシグナルを遠くへの伝達を支持している)」で、12月20日 Cell にオンライン掲載された。。
この研究では、スパインに張り巡らされた ER が筋肉の収縮を統合する筋小胞体と同じような機能を持つのではと考え、まず樹状突起に存在する ER 構造を調べると、見事にレールのようにつながるネットワークができており、しかも細胞膜との間に VGCC や JPH3 と呼ばれる細胞膜と ER の結合を調節するタンパク質が、規則正しい間隔で並んだ接合部が形成されていることを明らかにする。
この接合部の構造的変化は、スパインの興奮により活性化される CAMKII が接合部に集まって誘導され、神経刺激はスパインの構造を変化させることが知られているが、スパインだけにとどまらず周りの細胞膜と ER 接合部まで変化が及び神経の反応性が決まることがわかる。
さらに、この接合部には ER から Ca を放出して細胞質の Ca 濃度を維持する RyR カルシウムチャンネルとともに細胞質の Ca を調節する SOCC とそれを ER にリンクさせる STIM2 分子も集まっており、興奮局所での Ca イオンのホメオスターシスを維持する複雑な仕組みが集まっていることがわかる。
最後にこの構造の意義を調べるため、1個のスパインを刺激したとき、ER 内での Ca 濃度がどのように変化するかを調べると、なんとスパインから20ミクロン離れた ER まで Ca 濃度の低下が及び、また刺激を繰り返すと ER の Ca 濃度変化が減衰しながらも繰り返されることを観察し、ER からのカルシウム放出に関わる RyR と VGCC が一緒になってスパインからの刺激を樹状突起を通して伝えていることが明らかになった。
以上が結果で、元旦早々難しい論文の紹介になったが、スパインでの刺激が、どのように神経全体で共有されるのかという素朴な疑問に、構造と機能から明確に答える素晴らしい論文だ。さらに、最初に紹介したベルギーの論文を考えると、明らかになった新しい機構は AD の理解にも必須だと思う。AD では神経細胞が失われることだけが問題にされるが、それ以前の神経過程では、シナプスからのシグナル伝達の低下が必ず見られるはずだ。この点でも、この研究の意義は大きい。
今年は AI の1年だったが、他の医学生物学分野でも多くのブレークスルーがあった。ガンワクチンや新しいモダリティーのアルツハイマー薬は2025年に形になっていくのではないだろうか。もちろん発生学でも面白い論文が多く発表された。しかし、発生学の伝統を考えると、今年の一押しは今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループの論文につきる気がする。
論文のタイトルは「Synthetic organizer cells guide development via spatial and biochemical instructions(合成オーガナイザーは空間的生化学的インストラクションを介して発生を調整制する)」で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。
今日紹介するオランダにあるマックスプランク心理言語学研究所からの論文は、UKバイオバンクのデータを使って失読症と相関する遺伝子を脳画像へのマッピングを試みた研究で、12月18日 Science Advances に掲載された。タイトルは「Distinct impact modes of polygenic disposition to dyslexia in the adult brain(失読症の成人脳に対する多遺伝子要因の異なるインパクト)」だ。
昨日は私が会った中でも強い印象を持った免疫学者の一人、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の Jason Cyster 研の研究を紹介した。リンパ球、特にBリンパ球のリンパ節へのホーミングを調節している中心分子が CCL21 だという常識を疑うところから始めたベテランの目を感じさせる論文だ。
今日は同じ西海岸の免疫学者の一人で、やはり強い印象を受けたスタンフォード大学の Mark Davis 研から発表された新しいインフルエンザワクチンについての研究を紹介する。タイトルは「Coupling antigens from multiple subtypes of influenza can broaden antibody and T cell responses(複数のインフルエンザサブタイプの抗原を合体させると抗体反応とT細胞反応を拡大できる)」だ。
Mark Davis は1980年代、T細胞抗原受容体のクローニング競争で勝利するのは利根川さんか本庶さんかという世間の下馬評を覆して、遺伝子サブトラクションを用いて遺伝子クローニングに成功した一人で、少なくともこの10年以上は人間の免疫反応を丹念かつ網羅的に調べる研究を行っており、このブログでもすでに4回紹介している。
この研究では我々のインフルエンザワクチンに対する反応の多様性について広く信じられている original antigenic sin と呼ばれる最初の感染ウイルスによる免疫系のバイアス説を疑い、まず多様性の原因を実際にワクチンを受けた人で HA1、HA3、 HAB それぞれの抗原に対する反応を調べ、反応がいずれかの HA 抗原にバイアスがかかっていること、また双生児を利用した研究で、反応のタイプの遺伝性が大きく、逆に過去のワクチンや感染の影響が大きくないことを確認し、最初の感染やワクチンがそれ以降の反応を決めるという考えは間違っていると結論する。
そして多様性の原因について、T細胞へ抗原を提示する MHC のゲノム型が大きな役割を占めていることを発見する。そして、結局反応にバイアスがかかるのは、一つのタイプの HA に高い親和性を持つB細胞が抗原を取り込んで、特定のペプチドをT細胞に提示する過程でバイアスが起こると着想する。すなわち、インフルエンザに対する抗体を発現するB細胞がT細胞を刺激するという閉じた回路が、一定のHAへのバイアスを促進すると考えた。
それなら、同じB細胞が親和性の高い HA だけでなく他のHAも取り込めるように3種類の HA を一つの分子にまとめてしまえば、同じB細胞は結合するHAのみならず他の HA もT細胞に提示することが可能になる。
このアイデアをマウスで確かめると、よく使われる3種類をただ混合したワクチンと異なり、全てのタイプの HA に対する強いT細胞反応とともに、抗体を誘導することができる。
最後に人間でも同じことが見られるか調べるため、切除した扁桃腺のオルガノイド培養に従来型の HA 混合あるいは一つの分子にまとめた新しい抗原で免役し、B細胞が全ての HA を同時に取り込める複数の HA が結合型したワクチンで強い反応が起こることを示している。さらに、これだけでなく、鳥インフルエンザ H5 に対処にも反応できることを示し、多くの CD4 T細胞を動員することがワクチンの効果を決めることを明らかにしている。
今日紹介するイリノイ州 North Western 大学からの論文は、微小電気刺激でセンサーを動かすことで結合するタンパク質の解離を促進するという難しい問題を解決した研究で、12月9日号 Science に掲載された。タイトルは「Active-reset protein sensors enable continuous in vivo monitoring of inflammation(能動的にリセットするタンパクセンサーは体内で持続的に炎症のモニターを可能にする)」だ。
センサーのアイデアだが、電極から DNA ストランドを伸ばし、もう片方に特異的にタンパク質に結合するセンサー(ここでは RNA で形成させたアプタマーと呼ばれる分子を使っているが抗体でも良いらしい)と電極と反応するフェロセンを結合させ、500mV の電流で DNA を電極に近づけて電極でフェロセンの電子を感知させるとき、センサーにタンパク質が結合すると、この反応が遅れることを利用して、タンパク質の結合を検出している。
今日紹介するイエール大学からの論文は、客観的な検査が難しい精神疾患の診断にウェアラブルデバイスが役に立つかを、診断名とともに遺伝子多型検査も加えてウェアラブルデバイスデータとの相関を調べて研究で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Digital phenotyping from wearables using AI characterizes psychiatric disorders and identifies genetic associations( AI を用いたウェアラブルデータによるデジタル形質は精神異常を特徴付け、さらに遺伝的相関も特定する)」だ。