6月18日:バイオニック膵臓(6月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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6月18日:バイオニック膵臓(6月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年6月18日
AASJチャンネルでI型糖尿病について対談した時を含めて、これまでこの病気については細胞移植、分子シャペロン、免疫抑制療法などの進展について主に紹介して来た。1度紹介したが、血中のグルコースに合わせてインシュリンを注入するポンプを中心に機械に膵臓の代わりをさせる試みも行われ実用化されている。ただ膵臓はインシュリンに加えてグルカゴンと言うホルモンも分泌し、より微妙な血中グルコース調節を行っている。これを機械で行おうとすると、インシュリンとグルカゴンを生理的な割合で投与する複雑なアルゴリズムの下で動く精巧な機械が必要になる。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、携帯型バイオニック膵臓についての報告で6月15日付けのThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Outpatient glycemic control with a bionic pancreas in type 1 diabetes(バイオニック膵臓による1型糖尿病の外来患者さんの血糖コントロール)。結論は、開発中のバイオニック膵臓によって、これまでのインシュリンポンプ以上の精度で血糖を調節でき、また心配する低血糖発作も無いと言う結果だ。期待できる。この論文を特に紹介したいと思った理由はこの結果より、開発中の機械の構成だ。血中グルコース濃度だけでなく、どの程度の食事をするか、運動の仕方など様々な入力を全て統合してインシュリンとグルカゴンの投与量を調節するロボットと言っていい機械だ。これまでつけはずしが出来る血中グルコースセンサー、PCでコントロールできる微小ポンプなどは全て開発されているが、問題は様々な入力を処理できるコンピューターをどうするかだ。これまでのようにわざわざ新しく設計する代わりに、このグループはiPhoneを利用している。センサーやポンプとはブルートゥースなどの無線で連結し、またiPhoneからも様々な入力が可能だ。複雑なアルゴリズムも十分収まるコンピューターの機能も十分で、確かにコストをずいぶん削減できるはずだ。ラジオ少年がパーツを集めて新しい機械を作って行く様子を見ている気がするが、この手作り的医療器械開発の仕方が将来を教えてくれている気がする。現在のバージョンでは、5日間の使用でほとんど問題は出ていないようだが、グルカゴンの寿命が短いこと、またグルカゴンの効果が正確でなくなるのでアルコールが制限されるなどまだまだ改良が必要だ。さらにiPhoneの安定性も問題だ。ただ将来、生きた膵島移植か、完全バイオニック膵臓かを患者さんが選んで、正常人と全く同じ生活を送れる日は必ず来ると確信した。
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6月17日:スペイン風邪再流行の警告(6月11日号 Cell Host & Microbe誌掲載論文)

2014年6月17日
多くの因子が関わる過程についての未来予測にはシミュレーションが欠かせない。しかしシミュレーションには多くの情報と理解が必要で、どの分野でも可能と言うわけではない。今日紹介する論文は1918−1919年にかけて世界中で5千万人の死者を出したスペイン風邪が再発する可能性をシミュレーションした医科研の河岡グループの研究だ。論文は6月11日号のCell Host & Microbe誌に掲載され、タイトルは「Circulating avian influenza virus closely related to the 1918 virus have pandemic potential (1918年スペイン風邪インフルエンザウィルスと関連するビールスが現在も世界中に拡がっており、世界流行を引き起こす可能性がある)。」だ。繰り返すが、この研究の目的は「スペイン風邪は再燃するか?」を科学的に検証することだ。1918年の医学は現在とははるかに遅れていたとは言え、スペイン風邪は歴史上最悪の世界流行で、再発すれば大問題になること間違いない。ゲノム研究から既にスペイン風邪のゲノムは明らかにされており、A型インフルエンザH1N1であることがわかっている。インフルエンザは人に感染するようになるまでには鳥に保持されていることが知られているので、研究では先ず鳥から分離されたインフルエンザウィルスのゲノム配列をスペイン風邪ウィルスと比べ、似たウィルスが存在するか調べている。次にビールスの活性を決めるそれぞれのユニットごとにスペイン風邪に近い配列を選び、それを集めたスペイン風邪に似たウィルスA1918-likeを作成すると、スペイン風邪よりは活性が弱いが、それでも実験動物の症状を起こす病原ウィルスに転換している。人から人への感染にどの部位が重要かわかっているので、更にこのウィルスを人から人へと感染できるようにアミノ酸を変換し、フェレットで感染を続けて行くと今度は極めて毒性の強いビールスが現れてくる。このビールスを培養細胞で増やして遺伝子を調べると、感染性に関わるHA部分とビールスの増殖に関わるRNAポリメラーゼに新たな変異が特定できる。更にこのような変異は人から人へと伝搬するにつれ蓄積されることもわかった。このように現在自然に存在するビールスのアミノ酸変異が蓄積するだけでスペイン風邪に匹敵するインフルエンザビールスが誕生することが明らかになった。現在自然に存在するビールスの配列を比べると、アミノ酸で数個程度しかスペイン風邪と違わないビールスが世界中に存在している。従って、自然にスペイン風邪型のビールスが生まれる可能性は十分あると言うのが結論だ。実験室で遺伝子改変を行う研究に見えるが、将来を憂いたシミュレーション研究と言っていい。是非行政もこの様な結果を基礎に、対策についてシミュレーションして欲しい。前回河岡さんの仕事を紹介したとき、この様な仕事が出ているのに新しい世界流行を防げなかったとすれば行政の責任だと述べたが、今回もその点を強調したい。幸い、タミフルの効果についても調べられており、有効だと期待できるようだ。1918年当時と比べた新しい手段をどううまく使うか、行政の腕の見せ所だ。金を出して薬を買いあさるのが政策なら、行政など必要ない。
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3月16日:腎臓がんとコレステロール(英国泌尿器科学会誌オンライン版掲載論文)

2014年6月16日
自慢話から始めたい。卒業してから約7年大学で臨床医として働いたが、あまり役に立たつ医者ではなかったと思う。ただ、一つだけ密かに達成感を得たことがある。それは「瀰漫生汎細気管支炎」で寒冷凝集反応が中程度上昇することを発見したことだ。これは現在この病気の診断基準として採用されているが、診断基準として採用されるまでには私の同僚の平田君や上司の泉さんの努力が必要だったようだ。私自身は結果を見ること無く留学してしまった。20年ほどしてたまたま内科の雑誌を見てこの基準が利用されていることを知ってうれしかった。ただ問題は、なぜ瀰漫生汎細気管支炎で寒冷凝集反応が上昇するか、原因が全くわからなかったことだ(現状は調べていない)。臨床のマーカーにはこんなケースが多くあり、診断的価値が多い場合もある。今日紹介する英国泌尿器科学会誌に掲載されたウィーン大学の論文はそんな典型で、腎臓がんとコレステロール値の相関を調べた研究だ。「Preoperative serum cholesterol is an independent prognostic factor for patients with renal cell carcinoma (RCC)(術前の血中コレステロール値は腎臓がんの予後を決める独立した要因)」がタイトルだ。「え、こんなこと」と思って論文を調べてみると、同じ結果は我が国の東京医大のグループによって今年の1月の雑誌Urologyに発表されている。従ってこの論文はその確認をした論文と言うことになる。残念ながら東京医大の研究には気づかなかった。どちらも読んでみたが結果は同じだが、東京医大の研究はコレステロール値を200mg/mlを基準にとった一方、ウィーン大学の研究は対象に選んだ800名ばかりの患者さんの平均値161mg/mlを基準として設定している。この結果、ウィーン大学の方が相関が強く出ているが、結果は同じでコレステロール値が低いと、予後が明らかに悪いという結果だ。例えばウィーン大学の結果だと、腎臓がん全体で見たときの5年生存率が高いグループで88%に対して、低いグループでは62%と大きな差になっている。東京医大はClear Cell Cancerと呼ばれるがんについて調べているが、ウィーン大学の結果では腎臓がんならどのタイプのがんでもコレステロール値との相関があるようだ。東京医大Gは本当かどうか結論するには慎重なようだが、ウィーン大学はこの相関ははっきりしており予後判断に積極的に利用すべきと結論している。なぜこの様な相関が見られるのか、もしコレステロールの値を高く維持できれば経過を良くすることが出来るのか、寒冷凝集反応のときと一緒でまだわからない。しかしこの現象から新しい治療戦略が生まれるかもしれない。論理で説明できなくとも統計的な関連があればそれを真実として利用して行くしたたかな技術が医学だと実感する。
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6月15日:雄がヒトやサルの進化を引っ張る(6月13日掲載Science誌論文)

2014年6月15日
ダーウィンの考えた進化は、「子孫に伝わる変異が集団の中でランダムに発生し、その変異の中から生殖能力の高い個体が選択され子孫を作るより高いチャンスに預かること」とまとめられる。単細胞動物だとこの概念は個体の優劣ですむのだが、高等動物になると生殖には雄と雌が必要だ。従って、子孫には雄の精子に発生した変異と雌の卵子に発生した変異が複合し、この変異が子供世代の競争の基盤となる。ではこの時の変異は雄雌どちら側から寄与することが多いのか?もし雄(or雌)からの変異が多いとすると、自然選択で選ばれる変異に雄(or雌)がより多く寄与することになる。この問題はこれまでも様々な種で研究されており、ヒトでは雄の精子に発生した変異が、子供世代の変異に多く寄与することがわかっていた。ただ人間の生殖上の選択圧力とは何かなどと考えだすと混乱するだけなので、人間に近くて、自然選択も観察可能なチンパンジーでこれを確認したのが今日紹介するウェルカムトラスト人間遺伝学センターの研究で、6月12日付けのScience誌に紹介された。タイトルは「Strong male bias drives germline mutation in chimpanzees(チンパンジーの生殖系列の突然変異は雄からの寄与が大きい)」だ。研究は3世代9匹のチンパンジーのゲノム配列を調べ、交叉(乗り換え)と呼ばれる大きな染色体の交換と、遺伝可能な生殖細胞系列の新しい変異の数を調べている。即ち親に無い変異は全て新しい変異になる。結果は予想通りで、親の生殖細胞に10−40個位の突然変異が起こり子供に持ち込まれるが、そのほとんどは雄からで、しかも雄の年齢とともに突然変異の数も増えると言うものだ。この結果をそのまま受け取ると、進化は雄の生殖能力の競争レベルの選択圧を色濃く反映し、雌の競争の寄与は少ないと言うことになる。これを裏付けるように、チンパンジーのX染色体は他の染色体に比べ遺伝子の変異が少ないことがわかっている。多くの動物で雄の形態が大きく変化しているのを見ると、なるほどと納得するが、せっかく読んだのに驚くほどのことは無かったと言うのが正直な印象だ。しかし多くの動物種で、強い雄と言えども群れを支配できるようになるのは生殖可能になってから更に時間がたってからだろう。私たちは変異と言うとすぐに悪いイメージを持つが、進化のためには種内に多くの遺伝子の多様性が生まれることが必須だ。一頭の雄が年齢を重ねて競争を勝ち抜き、その後長く群れを支配するシステムは、わざわざ変異が蓄積してから生殖が始まることを意味し、変異の頻度を上げて進化速度を速めると言う意味では合理的に思える。ゲノム解読は野生動物観察にも大きな変化をもたらしつつある。
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6月15日未明:私の辞任記事

2014年6月15日
金曜日に事務所で話していた神戸新聞の藤森さんに辞任手続きを見つかってタイミングが良すぎたのか、各紙で私が顧問を辞任することを報道してもらっています。ただ、各紙ニュアンスがそれぞれ違う様なので、今日共同の岩村さんに送ったメールをコピー、ペーストしておきます。 「昨日事務所に遊びに来た神戸新聞の藤森君が私が辞任手続きをしているのを見ていました。もともと辞めた後は年寄りが口出ししないと言う考えから顧問就任は固辞したのですが、請われてそのままになっていました。ただ、顧問と言う立場では当然理研の側にたって発言する必要があります。従って、自由に発言する意味でも顧問を辞めることにしました。ホームページにも書いていますが、今「日本の科学報道を問う」と言う本を準備しています。中では、日本のメディア、政府、研究者の持たれ合い構造を自戒も含めて厳しく分析し、どうすべきかの提言にまで至りたいと思っています。もちろん小保方問題は重要なテーマです。その意味でも、公的な身分は邪魔になります。これが辞任の理由で、改革委員会の考えに賛同してのことではありません。東洋経済のThinkに小保方さんにも触れた文を書きました。小保方さんに触れたので、顧問として少し引け目がありましたが、辞任したのですっきりしています。 西川
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6月14日:パーキンソン病の細胞治療再開(6月12日号Nature記事、ニュースフォーカス)

2014年6月14日
6月8日、このホームページでパーキンソン病患者さんに移植された胎児中脳のドーパミン産生細胞が10年以上にわたって脳内で生着・機能していることを報告した論文を紹介した。今日紹介する6月12日号Natureに掲載されたニュースの焦点は、同じ治療が全ヨーロッパレベルで再開されようとしていることをレポートしている。タイトルは「Fetal-cell revival for Parkinson’s(胎児細胞がパーキンソン病の治療にリバイバルする)」だ。胎児中脳移植が初めて1987年スウェーデンルンド大学で行われて以降、同じ治療が様々な施設で試みられた。ただ施設間で結果が一定せず、またアメリカから否定的な治験結果が報告されたため、2003年この治療に関わる施設が集まって、治療を一時的に中止し、既に移植を受けた患者さんの経過を先ず見ることを決定した。その後2006年、英国のBakerとスウェーデンのBjoerklundがヨーロッパでこの治療を行った経験を持つ7施設に呼びかけ、これまでの結果を持ち寄り精査し、次に行うべき臨床試験のありかたについて議論を行った。この精査から、まだ初期段階の患者さん、10万個以上のドーパミン産生細胞を投与できた患者さんで細胞移植の高い効果が見られることが確認された。この結果に基づき、7施設共通のプロトコルが決定され、EUの援助で同じプロトコルに基づく治験が、英国、スウェーデン、フランス、ドイツの7施設が協力し、150人の患者さんをリクルートして再開されることになった。この決定を受けて先月我が国も参加したパーキンソン病グローバルフォース会議が行われ、胎児脳以外の細胞を用いた臨床試験も含め治験の実施方法について調整している。再開への機は熟した。7月にはついにケンブリッジ大学で新しいプロトコルに基づく最初の細胞移植が行われることになった。今回対象に選ばれる患者さんは発症後4年、年齢が55歳前後で、不随意運動が無い方に限られている。この結果に応じて対象を拡大した治験が更に行われるだろう。この記事の最後に、モラトリアムが始まった2003年と比べたときのこの分野の進歩について言及し、京大CiRAの高橋チームの臨床試験についても新しい可能性として期待を寄せている。本来なら高橋プロジェクトでも、ヨーロッパで再開される細胞治療研究と同じ対象や検査方法を用いて臨床試験を行うことが望ましい。しかし、我が国で発症後4年と言う初期の患者さんを本当にリクルートできるのか?もちろん、最初は安全性重視のI/II相研究が行われると思うが、来年には用意が全て整うのであれば、出来る限りプロトコルなどを早期に公開して行くことが重要だろう。スウェーデンで始まったパーキンソン病の細胞治療のこれまでの歴史を振り返ると、焦らず騒がず、必要であれば退却もいとわず、しかし着実に前進するBjoeklundさん達の長期的視野と熱意を感じる。現役時代プログラムディレクターとして10年近くCiRA高橋プロジェクトを見て来た私は、高橋さんも同じようにサルを使った安全性を保証するための実験を地道に繰り返し、現在のプロトコルを完成させて来たのを知っている。時間がかかってもいい。是非多くの国と協力して、世界の標準治療を開発して欲しい。
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6月13日:IGF1陽性の乳がんは食事療法の効果がある(Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention誌6月10日号掲載論文)

2014年6月13日
肥満と乳がんの発生や予後との関係はこれまでの疫学的研究から指摘されている。しかしダイエットが乳がんの予後に影響があるかどうか、研究は行われて来たが確かな証拠を得ることは出来ていなかった。最近IGF1(インシュリン様増殖因子)に対する受容体(IGF1R)の発現と乳がんの予後に相関があることがわかって来たため、肥満と乳がんを結びつける一つの要因がIGF1システムではないかと疑われた。今日紹介する論文は、この可能性を確かめるために行われたカリフォルニア大学サンディエゴ校のグループによる介入試験で6月10日号のCancer Epidemiology,Biomarkers & Preventionに掲載された。タイトルは「Risk of breast cancer recurrence associated with carbohydrate intake and tissue expression of IGF1 receptor (IGF1受容体を発現する乳がん患者の炭水化物摂取と再発率とは相関する)」だ。この調査はステージI-IIIの乳がんの患者さんに治療後、低脂肪、低炭水化物食を処方するグループと、それ以外のグループにわけ再発を調べている。このダイエットプログラムでは大体25g/日程度の炭水化物削減が行われている。さて結果だが、従来の研究と同じでIGF1Rの発現が高いと予後は悪い。次にIGF1Rの発現の低いグループと高いグループに分けて予後を調べてみると、IGF1Rの低いグループではダイエットの効果は全くないが、IGF1Rの高いグループがダイエットをするとダイエットをしないグループに比して再発率が1/5に低下し、IGF1R発現の低いグループと同じ再発率に戻ると言う結果だ。要するに、がんのIGF1R発現を調べて、高い人にはダイエットを勧めれば再発をかなり防げると言う結果だ。今日紹介したのは遺伝子の発現で、遺伝子自体の突然変異ではないため、エクソーム解析ではわからない。しかしこの研究もまた、がんを知って戦うことの重要性を示している。残念ながら我が国ではエクソームや遺伝子発現を網羅的に調べてがんを知って戦うことはほとんど行われていない。しかし技術は既に完成しているので、誰もががんと戦うために相手をしっかり知ることの出来る医療システムのために私も微力を尽くしたいと考えている。この論文を読んだ同じ日、Nature誌6月12日号に「Cancer-gene data sharing boosted(がん遺伝子データの共有が加速している)」というレポートが出ていた。アメリカ最高裁は最近遺伝子配列自体に特許性を認めないという判決を出した。これにより、これまでMyriad社(BRCA1特許を持つ)などの独占性が排除され、遺伝子検査の利用が加速すると考えられる。この記事では、アメリカでこれまで会社に蓄積されたデータは公共の利用に供すべきであるとする運動が始まっていると報じている。もちろん、Myriadがすぐにこの要求に応じるとは思えないが、記事ではプライバシー保護を名目に公開されなかった個人ゲノムのデータは今後パブリックな利用を進めるため公開される方向に進むと言う予想している。今日紹介したように、がんを知ることは自分のためになる。ただ、その結果が集まると、更に病気の理解が深まり、回り回ってまた個人に帰ってくる。このサイクルをスムースにするためのアイデアを生み出すことが私たちNPOの主要な課題だと自覚している。
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6月12日:オキシトシン:若返りの秘薬?(Nature communications6月10日号掲載論文

2014年6月12日
オキシトシンは不思議なホルモンだ。ここでも既に媚薬、あるいは自閉症の治療に用いられている例を紹介した。これはオキシトシンが脳に働いて社会性を促進するのに関わると考えられているからだ。ただオキシトシンは脳にだけ働くわけではなく、そもそも子宮収縮を促し分娩を助けているし、乳腺の平滑筋に作用し、乳汁分泌を促進させる。最近の研究をフォローしていないが、脊椎動物でも有額類だけが持つかなり新しく獲得されて来たホルモンだ。しかしオキシトシンの作用はこれにとどまらないようだ。今日紹介する論文は、オキシトシンが筋肉幹細胞の自己再生に関わることを示すカリフォルニア大学バークレー校からの仕事で、Nature Communications6月10日号に掲載されている。タイトルは、「Oxytocin is an age-specific circulating hormone that is necessary for muscle maintenance and regeneration(オキシトシンは年齢に応じて筋肉の維持と再生に関わるホルモンである)」だ。前にも紹介したように、若いマウスと老化マウスの血管をつなぐと、筋肉を含め老化マウスの体内の様々な幹細胞が活性化される。この研究はこの若返り物質を探索することから始まっている。筋肉は一度出来ると再生しないと思っている人もいるかもしれないが、実はれっきとした幹細胞が存在しており、それが無くなると筋肉はやせ細って行くことがマウスの実験からわかっている。この研究は、先ずオキシトシン受容体が筋肉の幹細胞に強く発現していること、オキシトシンは老化とともに血中濃度が1/3にまで減少すると言う観察にはじまっている。この結果が示唆するオキシトシンが筋肉幹細胞に働いて筋肉組織維持に働いている可能性を研究している。結果は予想通りで、オキシトシンを投与すると筋肉組織の減少を止めることが出来る。このメカニズムを調べるために、筋肉幹細胞の組織内、試験管内での増殖を調べると、オキシトシンは増殖促進に大きな効果があり、このシグナルには細胞内のERKシグナル分子が関わることを明らかにしている。さらに、オキシトシンが欠損したマウスでは、筋肉は正常に発生できても、成長後筋組織が早期に減少し始めると言う結果も示されている。この論文を見る限り、少なくともマウスではオキシトシンは筋肉の若返りホルモンと言えるだろう。社会性を上げ、出産授乳を助け、更には筋肉の老化を防ぐとなると夢のホルモンになる。ただあまりうまい話だと、必ず裏があると思うのは悪いクセだろうか。折しも同じ週アメリカ医師会雑誌のJAMA internal medicineに、高齢でスタチンを服用を始めると、身体機能が低下することが報告されていた(JAMA Intern Med, 2014, 2266)。スタチンも一種夢の薬だった。とは言え、やはり私も含めて高齢者の期待に答える話だ。いくらFDAが認めているとは言え、すぐに投与試験とは行かないだろうが、筋肉障害の同じ様なことが人間でも起こるのか、少なくとも血中濃度や、試験管内での反応を調べるのはやさしい。是非研究の進展を期待する。
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6月11日:マウスとヒトの能力を同じ課題で評価する(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年6月11日
「実験動物で得られた研究結果は人間にも役に立つ」は決まり文句だが、本当にそうかなかなか確かめることは難しい。特に脳機能となると、心の奥では「動物と人間は比べようがない」と考えるのが普通だ。この常識から考えると、今日紹介する論文は面白い。人間とマウスの能力を同じ課題を課して試す、この実験系を思いついたことがこの研究の全てだ。ボストンMITとハーバード大学グループの研究で、論文はアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載されている。タイトルは「Immersive audiomotor game play enhances neural and perceptual salience of weak signals in noise(バーチャル聴覚運動ゲームで遊ぶと雑音の中の弱いシグナルピークに対する神経反応と聴覚を促進する)」だ。さてどのような課題か?マウスの方から見てみよう。45X65cmのスペースにネズミを置いて、標的を探させるのが課題だ。標的は見えるわけではなく、聞き分ける標的で、特定のシグナル音が雑音なしに聞こえる場所が標的だ。この標的からはなれるに連れて雑音が増えるように設計している。マウスはあらかじめシグナルだけの場所を目指す様報償反応で訓練しておく。マウスは最初雑音ばかりの場所に置かれるが、ノイズの中のかすかなシグナル音を頼りにノイズを減らそうと動いているうちにシグナルだけしか聞こえない標的に到達する。当然訓練を繰り返すと到達時間は短くなる。では同じ課題を人間に課すにはどうすればいいのか?「テレビゲームでネズミになり切ってもらう」が答えだ。被験者はテレビの前に座ってコントローラーで画面上のネズミの動きを操作する。実際のネズミの聞く音と同じ音が画面上のアバターの位置に応じてヘッドフォーンから聞こえるように設計されている。これで、かすかなシグナル音を頼りにノイズの少ない場所を探すと言う、ネズミと全く同じ課題を人間も共有できる。面白い。後は訓練で何が変わるかだが、幸い人間はネズミと大分違うようだ。人間は訓練すると標的のある方向を早く見つけるようになってくる。一方ネズミは訓練することで動き回るスピードを早くなる。言って見れば動体聴覚を上げる様訓練される。まあ、人間の方が確かに賢そうだ。いずれにせよネズミもヒトもノイズの中でシグナルを拾う能力が訓練で高まることは確かだ。この神経的基盤はネズミであれば脳に電極をさして調べることが出来る。実際、聴覚野ではノイズに対する領域全体の反応を抑えて、シグナルの感受性を高まるよう訓練で神経ネットワークが変化している。おそらくヒトでも同じだろうと納得する。しかしここで満足しないのが立派だ。この訓練を受けた人達が雑音の中で言葉を拾う能力について検査して、このゲームでこの検査の成績が格段に良くなることを示している。大変楽しい論文だった。実を言うと私も難聴に煩わされており、今年の始め補聴器を買った。しかしシグナルとノイズの両方が増幅されるのが問題だ。この論文を読むと、このゲームは私にも役に立ちそうだ。早く販売されることを願う。
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6月10日:全ゲノム解析とヘッケル(先週Nature, Science, Nature Communications等の掲載された論文)

2014年6月10日
様々な分野の論文に目を通しているとこの1年ゲノム解析の終わった動植物は目白押しで、トップジャーナルも競争して論文を掲載しているようだ。ここでも、ワムシ、シロクマ、キウイなどの全ゲノムについて紹介したが、それぞれのゲノムは面白い物語を想像させる。ここで紹介しなかったが、今年始め私が興奮したのは、最も「下等?」なサメ、エレファントシャークのゲノム解析で、なんとCD4T細胞に関わる遺伝子が全て欠損している(Nature,505,174,2014)。ほ乳動物CD4Tについて、30年近くの研究で明らかになった遺伝子の数々が物の見事に存在しない。この結果を元にT細胞分化を見直すことで、進化と発生を再検討し直すことが出来るはずだ。ドイツの進化学者エルンストヘッケルは「個体発生は系統発生を繰り返す」と言う有名な言葉を残したが、系統発生で起こったことの記録はやはりゲノムを知らないと理解できない。ようやくこの言葉の真価を問える。新しい機能やそれを作る発生の仕組みが積み重なって行く過程を知るためにおあつらえ向きの動物を選んでゲノムを解析すると、これまでの発生についての理解が大幅に深まる。その例が今週Natureオンライン版に掲載されたクシクラゲのゲノムだ。クラゲと言っても、普通の刺胞動物に分類されるクラゲとはずいぶん違うが、ゲノムがわかるとクシクラゲ、海綿、ヒラムシ、クラゲと全体の系統関係がはっきりする。この研究からクシクラゲが独自の進化を遂げた種であることがよくわかる。例えば系統樹ではクラゲとの間に位置する海綿には存在しない運動機能が存在する。運動と言う同じ機能のためにそれぞれの種で独立に平行して開発された遺伝子は多くを教えてくれる。事実この機能についてゲノムと照らし合わせてみて行くと紹介しきれない位面白いことがわかる。例えば神経機能についても、イオンチャンネル型のグルタミン受容体が先ず進化して来て、その後シナプス形成に必要な分子が加わって運動機能進化の共通ルールのようだ。しかし、他のクラゲのように神経伝達受容体の多様性はない。このあたりについては是非一度ニコニコ動画で高校生と話をしたい。クシクラゲ以外にも先週はScienceにヒツジのゲノムが報告された。トリコヒアリン遺伝子の数が増えて、反芻のための第一胃特異的に使われているのは面白い。他にも私たちの肝臓にしかない脂肪酸合成酵素が皮膚に発現して毛に油を供給している点など、本当に物知りになる。先週は他にもハダカネズミのゲノムも報告された。ハダカネズミはほとんどがんが発生しない動物であることが確認されている。しかし低酸素環境で生きるために癌抑制遺伝子のp53機能が低下している。この矛盾する課題をどう解決しているか、スリリングな物語が展開しており、ゲノムからだけでも多くのことがわかる。これらゲノム研究の結果を理解するためには、もう一度発生過程を眺め直す必要がある。最初に挙げたヘッケルの言葉は、生命研究が異なるレベルの情報統合を目指す研究であることを予言している。進化と発生、ゲノムとエピゲノムだ。生命科学も異分野との統合を進めないと時代について行けないだろう。トップジャーナルがいいとは言わないが、しかし1年論文を眺めていて様々な動物のゲノム研究での我が国のシェアは極端に低い気がする。是非推進策を再検討して欲しい。
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