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6月5日 エイズ感染予防目的のCCR5変異導入は命を縮める?(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年6月5日

昨年ヒト受精卵のCCR5遺伝子をクリスパー/Cas9で変異を導入したあと、子宮に戻して出産させる実験研究が南方科学技術大学フー研究者らにより報告され、物議を醸した。

両親が感染しているエイズから守るためを目的としているとする話を聞いたときから、一般の人の無知につけこんだ稚拙なプランで、オフターゲットのDNA切断が否定できない現状で、倫理というより無知につけ込む犯罪として対応すべきだと思った。

ただ、CCR5をエイズウイルスが使って細胞内へ侵入することから、この分子が標的になることについては多くの物語が生まれてきた。一番ドラマチックな物語は、米国のエイズ患者さんが留学中に白血病に罹患、治療としてたまたまベルリンでCCR5変異を持つドナーから骨髄移植を受けて、白血病だけでなくエイズが根治したというTimothy Brownの物語だろう(Berlin Patientとして有名でこのブログで紹介した:http://aasj.jp/news/watch/2707)。

また2014年にはThe New England Journal of Medicineに患者さん由来のCD4T細胞に同じ変異を導入して患者さんに戻す臨床研究も行われている。

このような歴史を考慮して、エイズ両親からの子供を救う医療として考えると、まず妊娠経過を慎重に見守り、出産時の感染がないよう帝王切開を行い、それでも感染してしまった場合は、臍帯血を使った体細胞治療を新生時期に行うのが順番のように思う。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はこれまでエイズ感染がおこらないとして物語になってきたΔ32と呼ばれる変異が両方の染色体に揃うと、発生や成長には大きな変化は認められないが、集団遺伝学的にネガティブな影響があることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「CCR5-∆32 is deleterious in the homozygous state in humans (CCR5-∆32は人間のホモ接合個体では悪い影響がある)」だ。

この研究は英国の40万人のデータを擁するバイオバンクの中から、∆32変異のホモ接合体、ヘテロ接合体を抽出し、41歳から78歳まで、毎年の死亡率を調べて正常と比べた研究で、実際には76歳位まで生存できる確率を調べている。またまたUKバイオバンクで、その成果ははかりしれない。

CCR5はケモカイン受容体で、他の受容体による作用が補完されるため、欠損しても致死的ではないが、もちろん生体内で機能している証拠ははっきりしており、これが存在しないことで感染症などのストレスに対する脆弱性が生まれると予想できる。

結果は予想通りで、∆32ホモ接合体では生存確率がはっきりと低下していた。また、集団遺伝学的に∆32が負の選択を受けていることも、Hardy-Weinberg平衡からのずれとして確認している。従って、オフターゲットのDNA損傷という事故以外にも、この戦略は患者さんに不利益をもたらす可能性もあるという話になる。

実際我が国でもこの結果はいち早く報道され、「中国の双子の命が縮まる」という印象を持たせる見出しも存在する。しかし、∆32が生存にネガティブな影響があるというのはあくまでも先進国の話で、エイズが蔓延している地区ではひょっとしたら逆かもしれない。科学的には、致死的でない一つの対立遺伝子の選択は極めて複雑で、将来への影響など計算しきれるものではない。

やはり集団遺伝学的選択と、フー研究者の稚拙な実験とは違う話であることははっきりさせておく必要がある。

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