ガン組織が破壊される時に末梢血に漏れ出てくるDNAを診断に使うことは実用に近づいている。例えばダウン症など胎児の染色体異常検査を羊水検査の代わりに行うことは実際の臨床で行われている。また、発ガン遺伝子の断片を探索してガンの存在を確かめる検査も進んできている。例えば先月紹介したマンチェスター大学の研究では、641遺伝子変異に標的を絞って検査した場合、バイオプシーによる遺伝子診断とくらべたとき、79%の一致率まで高まってきている。しかし、これだけでは6−8割の診断率で止まって、これ以上の精度を上げることが難しかった。
今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文は、ガン組織から漏れ出たDNA断片の分断のされ方が正常細胞由来のDNAと異なることを利用してがんの診断率を上げる試みでNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Genome-wide cell-free DNA fragmentation in patients with cancer (ガン患者さんの末梢血に流れるDNAの全ゲノムレベルので分断化)」だ。
血中DNAの診断は、これまでは特定の領域に絞って行われてきたが、ガン組織と正常組織から漏れ出るDNAの分解のされ方がもし違っているなら、それを指標にガンを診断できるのではと着想したのがこの研究のきっかけだろう。
実際末梢血中に流れているDNAはズタズタに分断化されており、この分断化のパターンはヒストンや他の核内タンパク質との結合、またDNAの修飾のされ方で異なる。それぞれのガンに特徴的なエピジェネティックな変化が、遺伝子レベルの変化とともに必ず存在することは常識になっており、もしそうならDNAが分断化されるパターンが異なる可能性がある。
そこで、正常人とガン患者さんで血中に存在するDNA配列を網羅的に調べ、流れているDNAの長さを調べてみると、正常人では大体同じような長さの断片化が起こっているのに、ガン患者さんではこの長さの分布が大きく変動する。
これを正常組織とガン細胞のヌクレオソームの構造と対比させると、概ねこの違いが反映されており、全DNAの配列と長さの分布パターンがガンと正常を区別できる可能性を示している。
その上で、ガン患者さんと正常者のDNA断片の分布についていくつかの補正を加えて機械学習させると、大体30億リードでステージIでも7割の確率で診断が可能になっている。特に肺がんや、診断の困難な胆管がん、卵巣癌で9割を超えている。
ただ、この方法だけではガンのタイプなどを決定するのは難しいので、これまで開発されてきたガンの変異を検出する方法と組み合わせる診断法を確立すると、診断確率が平均で73%から91%に高まり、精度も98%に上昇している。
ガンが持っているあらゆる特徴を組み合わせて診断する極めて合理的な考え方で、言われてみるともっともな話だが、一つの方法にこだわらない柔軟な発想の研究だと思う。コストはともかく、血中のDNAでガンを正確に診断する段階にまた一歩近づいた。