過去記事一覧
AASJホームページ > 2019年 > 6月 > 30日

6月30日 穏やかな環境で進化すること(7月11日号Cell掲載論文)

2019年6月30日
SNSシェア

2015年12月7日に、魚類では最も短命のキルフィッシュのゲノムを調べ、寿命に関わる遺伝子が、短命にするためにも、長命にするためにも、進化により選択されることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4519)。この時は、珍しい習性のゲノム研究の範囲だったが、同じグループはその後この珍しい魚の進化過程を解明しようと、環境の異なるアフリカ各地の魚のゲノムを調べ、厳しい環境と優しい環境での遺伝子進化を比べていた。

今日紹介するドイツ ケルンにあるマックスプランク老化研究所からの論文は、同じグループが2015年以来、アフリカ各地から集めた45種類のキルフィッシュの全ゲノムを解析した結果を、魚の住む環境と相関させた研究で、7月11日号のCellに掲載される。タイトルは「Relaxed Selection Limits Lifespan by Increasing Mutation Load(選択圧の低下は、突然変異の負荷を高めて寿命を制限する)」だ。

キルフィッシュのなかには、毎年繰り返す乾季と雨季のサイクルに合わせて世代が交代していく魚で、言いかえると水のあるうちに孵化、成長、交尾、産卵を行い乾季を卵で乗り切る、したがって、寿命は雨季に合わせた数ヶ月と極めて短い種が存在する。ただ、場所によっては乾季が長い厳しい環境と、水の多い優しい環境の両方に、同じように寿命の短い種が存在する。優しい環境なら、もっと寿命の伸びた種類が進化しても良さそうだが、この疑問に挑戦したのが今回の研究だ。

数理的な解析なしに現在の進化学は存在しないが、詳細は割愛して結論のみ以下にまとめる。

  • キルフィッシュには毎年世代が変わる1年型と、多年型、中間型に分れるが、ゲノムサイズは1年型が5割程度大きい。また、この増加のほとんどは、トランスポゾンの割合が増えることが原因。
  • 遺伝子を、強く選択されている遺伝子と、選択圧の低い遺伝子に分けられる。一年型のキルフィッシュで強く選択圧のかかる遺伝子は、発生から成長初期に必要な遺伝子で、孵化後急速に成長して産卵するという必要性を反映している。
  • 強い選択圧にさらされていない特定の遺伝子に進化が収束することはないが、成熟後の生命機能に関わる遺伝子ほど選択圧が低い。
  • 乾季の長い地域と、短い地域で同じ種類の1年型キルフィッシュを比べると、乾季の長い厳しい環境ほどゲノムサイズが大きく、またあまり致死的ではない遺伝子の突然変異の数が増えており、一定の方向への選択が起こっていることを示している。
  • この厳しい環境で選択にさらされる遺伝子に対応する遺伝子を、人間とチンパンジーの遺伝子で見直すと、寿命に関わる遺伝子が多く存在し、厳しい環境で生きているチンパンジーほどそれぞれの遺伝子の機能が失われる変異が多く存在している。
  • 選択圧の低い遺伝子には、寿命、神経変性、ガンなど、私たち高齢社会の重要な病気に関わる遺伝子が存在し、それらがどのように進化に関わるかを知る標的になる。
  • キルフィッシュでは、これらの成熟後に必要となる遺伝子に多くの突然変異が蓄積することで、厳しい環境で短い寿命のライフサイクルが維持されている。

などが重要なメッセージだろう。 もともと自然選択は遺伝子情報から見ればエントロピーを下げる方向に働く。しかし、これを繰り返して起こるのは種の多様性であり、ゲノムの多様性で、すなわちエントロピーは増大する方向に進む。この種分化の特徴を理解するには、環境の多様性を熟知したシステムで研究する必要があるが、キルフィッシュの系はなかなか優れものであることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ
2019年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930