2018年12月25日
開催日時:平成30年12月16日(日)14:00~17:00
場所:起業プラザひょうごセミナールーム(サンパル6階)
主催:日本ニーマン・ピック病の会
後援:兵庫県&神戸市難病連、難病の子供支援全国ネットワーク
・特別基調講演 「NPDの最新の治療研究と世界の動向」慈恵医大名誉教授 衛藤義勝先生
ライソゾーム病臨床治療の最高権威者で、1910年のNP病発見、1930年代の各型分類など創世記からの歴史と診断法(遺伝子診断・バイオマーカー共に未完)の現状、症状発現の原理(LDL、コレステロールの転送異常、蓄積により神経細胞を阻害、マクロファージの異常出現によるサイトカインの異常発生)、遺伝子治療開発の現状と可能性)などNPCを中心に病の現状を幅広く且つ判り易く話された。
・基調講演(1) 「NPC治療におけるCDの適正使用に向けて」熊本大学薬学部教授 入江徹美先生
消臭剤「ファブリース」や一部の医薬品の添加剤(可溶化剤)として使われているが未医薬品のHPβCDについて、NPCにどのように効くのか(ライソゾーム中でのコレステロールの運搬役と洗い流し役)、海外での開発動向(各地の研究では体重や体内濃度など基礎データすら不明のまま。Vtesse社はNIHでPhIIb/IIIおよび二重盲検終了。適切な投与設計はまだ不十分)、オーファン薬の早期承認取得には、深い現場認識の下に産官学民の協働が必須など、分り易く話された。しかし、新臨床研究法が施行されると、大学での臨床研究が進行中を含め、実質的にSTOPすると危機感を表され、厚労省への強い働きかけが是非とも必要と訴えられた。
・基調講演(2) 「NPC病の特性について」大阪大学医学部付属病院教授(小児科) 酒井則夫先生
NP病の病態(A~D型共にゴーシェ病とは異なる)、臨床症状、診断(皮膚生検のFilipin染色と遺伝子検査によるNPC遺伝子の確認で確定)、ケア(神経症状は進行し、肝・脾腫大が見られるが、心・腎機能と脳血管の障害は心配しなくてよい)等をを平易に説明され、本病は頻度少ないが患者は増えており、治療推進には、医療者、製薬会社、患者会の協力は必須で、どのような状況においても、患者さんとその家族の幸せを目指す、と結ばれた。
・全講演者をパネリストに迎えてのディスカッションが持たれ、率直で親密な意見交換がなされた。特に、新臨床研究法の施行により、医師主導の治験は難しくなることを念頭に、治療法がない稀少難病患者救済のため、特区設定による医師主導の治験機会確保を提案された。難病連の米田さんから、稀少難病患者や家族への難病連の行動の現状を話され(無力を感ずる)、医療者の対応の現状を質問された。 (田中邦大)
2018年12月25日
今年も各紙が一年を振り返る年末がやってきた。クリスマスまでにまずNatureとScienceがそれぞれ記事を掲載している。とりあえず読んでみたが、Natureの方は最初からトランプをはじめとするポピュリズムが示した反科学的政策の問題から始め重苦しい調子の記事で、なんとなく暗い気持ちのまま、あまり科学が進歩したという実感のない記事だった。両紙ともおそらく今回の記事だけでは終わらないような気がするので、今週の木曜日までさらにNatureについては待つことにして、今日はScienceの方の記事を紹介することにした。
1:single cell RNA-seqのインパクト
このコラムでなんども紹介してきたが(例えば近いところで
http://aasj.jp/news/watch/9143)、バーコーディング技術を用いたsingle cell RNA-seqが今年のブレークスルーのトップに選ばれている。特に、これまで細胞レベルだけでは解析が難しいとされてきた発生学で大成功を収めたことは、発生学自体のあり方を変えると強調している。これに、遺伝子編集、あるいは新しい顕微鏡、さらには無限にパラメーターを増やせるin situ hybridizationや免疫組織検出法が組み合わさって、今後細胞と構造という発生学の究極の課題についての研究が新しいレベルに到達することが予想される。このポテンシャルを受けて、多くの研究機関が協力する、人間の組織の成り立ちや発がんを解明しようとするコンソーシアム型の研究が加速している点も特徴的で、これまで難しかった人間の研究が加速すると予想している。私も、この技術から来年何が出てくるか、ワクワクしている。
2、氷河期に起こったディープインパクト
この発見については、個人的には全くフォローしていなかったが、グリーンランド北西部の氷の下に、31kmに及ぶ隕石の衝突によるクレーターが発見されたことが挙げられている。恐竜の絶滅の原因になったと考えられる、7千万年前にできたメキシコの200kmにおよぶクレーターと比べると小さいが、たかだか1万3千年前の出来事である可能性があることから、ホモ・サピエンスの歴史にどのような影響を持っていたのか、興味がそそられる。
3、ネアンデルタール人とデニソーワ人の間の子供の骨が発見された
。
この論文はこのコラムで紹介したが(
http://aasj.jp/news/watch/8831)、アルタイの洞窟から発見された女の子の骨から得られたDNAが、なんとネアンデルタール人の母と、デニソーワ人の父の間に生まれた子供であることがわかった。しかも、この子の母は、同じ地域で見つかっていたネアンデルタール人とは違っているため、広範囲で交流交雑が起こっていることを示唆している。これもライプチッヒのマックスプランク研究所からの論文だが、この分野の進展には全く翳りが見られない。
4、たんぱく質の相分離
特定のタンパク質の集まりが、ほかのタンパク質から分離して濃縮する相分離については、特定の場所に高濃度のタンパク質を集中させるメカニズムとしてスーパーエンハンサーの作用を支える化学的基盤ではないかとこのコラムでも紹介したが(
http://aasj.jp/news/watch/8753)、同じような論文が、特にタンパク質と核酸との相互作用時のメカニズムとして相次いで発表されたようだ。さらに、この液相での分離がおかしくなると、今度はゲル化し、固まるという恐ろしい話も報告されているようで、これが細胞変性の原因ではないかと、治療法の開発が進んでいるらしい。生物学と化学の面白い融合だ。
5、ゲノムデータベースを用いた犯人探し
この論文を読んだときは(
http://aasj.jp/news/watch/9109)私も本当に驚いた。わが国と異なり、5%以上の人が個人ゲノムサービスで自分のゲノムを調べているアメリカでは、なんと100万人を越す人が自分のゲノムデータを親戚探しウェッブサイトに自らアップロードし、それを用いて強姦犯人が相次いで逮捕されるという、全く新しい状況がこの世の中に起こっている。この論文はScienceの論文だったが、Natureでも今年のトピックスとして紹介されていた。個人が自然にネットワークを形成する、私には考えもつかなかった時代が来たことを実感する。一方、この分野で我が国の後進性は突出しており、何がこの原因になっているのか、真剣に考える時がきたと思う。間違いなく、政府の問題も大きい。
6、原始時代の分子の痕跡
この論文は完全に見落としていた。エディアカランの生物群はその化石に残された形から、研究者を魅了してきたが、今年に入ってこのような6億年以上前の化石から、コレステロールなどの脂質が分離された。その結果、Dickinsoniaと呼ばれる植物か動物かよくわからなかった化石が動物であることが明らかになった。
7、遺伝子抑制治療薬の認可
脊髄性筋萎縮症のRNAi治療についてはすでに昨年Science, Natureともに昨年のブレークスルーに選んでおり(
http://aasj.jp/date/2017/12/24)、ほぼ同じ内容が今年もまた選ばれた理由はよくわからない。ただ今年2月にはThe New England Journal of Medicineで(
http://aasj.jp/news/watch/808)成果が報告され、また一回の治療に5000万円、その後も継続して治療が必要であることが話題を呼んだ。
また、今後遺伝子デリバリーの方法が進むことでこの分野はますます発展し、来年も同じような遺伝子治療が続々臨床応用されると期待できること間違いない。
8、新しい分子構造決定法
もともと分子構造研究は私の最も苦手な分野で、このコラムでもあまり紹介できておらず、このトピックスについても全く見落としていた。最近タンパク質の薄層結晶に電子戦を照射して回折像を取ることが広く行われているが、この研究ではこの薄層を作る過程で間違ってできた3D結晶構造が、分子構造解析に利用できることを示した。驚くのは、これまでの結晶解析と異なり、ほんの少しの量の分子で、しかも短時間で解析が完了する点で、創薬分野から大きな期待が寄せられている。
9、新しい天文学
全くの門外漢で正しく紹介できるかわからない。カミオカンデでは大きな水タンクの周りにセンサーを並べてニュートリノを検出しているが、南極の氷で粒子を補足して、下に並べた多くのセンサーで検出するアイスキューブ・ニュートリノ観測所が稼働し、光だけでなく、さまざまな粒子線を用いた宇宙探索が今年始まったことを選んでいる。
10、Me Too
最後は、Me Tooとして知られるハラスメント告発運動を選んでいる。この記事によると、大きな大学では50%の女性研究員、および20ー50%の女生徒が、セクシャルハラスメントを耐えているという調査がでており、極めて深刻であることがよくわかった。いずれにせよ、公的、私的なさまざまな対策が進んでおり、多くの科学者がハラスメント容疑で職を追われている。実際コロンビア大学、ソーク研究所の私の知り合い2人も含まれており、追求が広範囲に渡っていることがわかる。
2018年12月24日
今年の我が国生命科学の最大イベントは、本庶先生の免疫チェックポイント研究でのノーベル賞受賞だろう。ただPD-1が発見される前後の10年は、我が国の免疫学は世界をリードしており、現在臨床になんらかの形で用いられているサイトカインの多くが我が国でクローニングされた時代で、日本での競争が、そのまま国際競争といった時代だったと思う。このように当時を知るものとしては、今回の受賞は我が国免疫学が最も輝いていた時代を代表して本庶先生がもらったような気がしている。
この時期世界でT細胞の反応を調節している分子の遺伝子クローニングが相次いだが、まだ機能の全貌がつかめていない分子の一つが、1990年に報告されたLAG3で、クラスIIMHC によって刺激され、T細胞の反応を抑えるとされてきた。もし本当だと、PD−1のようにチェックポイント治療標的として使えるので、最近になって再検討が始まっていた。今日紹介するエール大学からの論文は、LAG3の新たなリガンドFLP1を特定し、臨床応用の可能性を示唆した論文で1月24日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Fibrinogen-like Protein 1 Is a Major Immune Inhibitory Ligand of LAG-3(Fibrinogen-like protein 1はLAG3の主要な免疫抑制リガンド)」。
研究では6000種類のcDNAを細胞に導入してLAG3と結合する分子を探索し,LAG3がこれまで言われていたMHC IIだけでなく、肝臓で作られるfibirinogen like protein 1(FGL1)と結合することを発見する。基本的には、この発見が研究のハイライトで、あとはFLP1が免疫チェックポイント分子として働いているかを着実に調べている。
まずLAG3は活性化されたT細胞だけに発現し、FGL 1によってT細胞の増殖が低下する。すなわち、FGL 1はLAG3を介して免疫反応を抑えるチェックポイントリガンドになる。
さらにその機能をFGL 1ノックアウトマウスで探ると、免疫システムの異常はほとんど見られないが、時間がたつと抗DNA抗体が検出されるなど、自己免疫症状が見られるようになる。
そこでこの分子をノックアウトしたマウスにガンを移植すると、腫瘍の増殖は強く抑制され、それぞれに対する抗体を用いてがんの増殖を抑制することも可能であることがわかった。すなわち、新しいチェックポイント分子として治療に使える可能性が生まれた。
最後に、ヒトのガンデータベースをサーチして、肺がんやメラノーマの患者さんの予後と、血中FGL1の濃度を比べると、FGL 1が低い人は予後が極めて良いことが明らかになった。したがって、癌が発見された時点でFGL1が高い人を抗体で治療する可能性が生まれたという結果だ。
基本的には、新しいチェックポイント治療の可能性を示した研究で、本当に治療に使えるかは今後時間をかけた検討が必要だろう。ただ、このチェックポイントが他と全く違うのは、リガンドが分泌される点で、その意味で新しい標的としての期待は持てるような気がする。
2018年12月23日
考えるということは、脳内に記憶している別々の表象をあれこれ関連させる、連想を伴う過程だ。この時、たとえば私が今向かっているPCからバナナを連想することはまずない。しかし、アップルを連想し、その後果物一般へと連想が進んでバナナに思い至ることは当然ある。そんなことを考えているとDie Gedanken sind frei(考えるのは自由)というドイツ民謡を連想した(
https://www.youtube.com/watch?v=MKSJ56odw5E)。とはいえもし連想が全く自由だと、病気になるが、逆に創造的な思考には連想が常識的になることを抑制する必要がある。
今日紹介する英国クイーンメリー大学からの論文は、この連想が飛びすぎないように抑えているのが側頭葉のα波の活動で代表される脳活動であることを証明しようとした研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Right temporal alpha oscillations as a neural mechanism for inhibiting obvious associations(右側頭葉のα振動は当たり前の連想を抑制する神経的メカニズムだ)」。
結論はすでにタイトルに書いてあるので、そうかで終わってもいいのだが、科学者からみると、これをどう証明するかが一番重要だ。当然、人間を使ってしかできない研究で、まずボランティアに連想してもらうことになるが、勝手に連想させたのでは研究にならない。
この研究ではMednick遠隔連想テストが用いられる。この論文で挙げられている例を示すと、walker/main/sweeperに共通に連想される単語としてstreet, すなわちstreetwalker, main street, street sweeperを思い出させる課題を繰り返させる。この時例えばear/tone/fingerの中から2つの単語を選んで、それにフィットする単語を選べという課題の場合、ringすなわちearing, ringfinger以外には無いようなのだが(確かめたわけではない)、この時earとtoneはもともと内容が近い単語なので、そちらに気が取られて正解が出にくい。すなわち、当たり前のear とtoneの連想を抑制する必要があり、この時の側頭葉の役割を調べることで、連想の自由さを阻むメカニズムがわかるというわけだ。実験としては、引っ掛けていない連想と、普通のつながりを抑制する必要のある引っ掛けのある連想を行なっている時の、脳活動を調べ、あるいは操作して連想テストの正解率を調べることになる。
前置きが長くなったが、この研究で一番驚いたのは、引っ掛けのある課題を解くとき、右側の側頭葉にα波の波長で脳波とは逆相の刺激を外からかけると、抑制が外れて、ひっかけ連想テストの正解率がグンと上昇する結果だ。これに相当して、ひっかけ問題では当然正解率が落ちており、その時には側頭葉のα派が高まっていることも確認している。
最後に、もう一度今度はひらめきをテストするalternative uses taskの結果に、側頭葉に流したα逆相電流の効果を調べ、側頭葉のα波を抑制した時に確かに閃きの程度が高まるという実験も行っている。
結果はタイトルで全て尽くされている研究だが、実際の実験は大変であることがわかってもらえればいいと思う。しかし、これが正しいとすると、何か創造的仕事に携わる時、側頭葉のα波を抑える電流を流してくれる、「閃きハット」の販売も近いような気がしてくる。
2018年12月22日
高脂血症に用いられるスタチンがガンの増殖を抑える場合があることが報告されてきたが、その詳しいメカニズムについてはよくわかっていなかった。今日紹介するコロンビア大学とスローンケッタリング癌研究所からの論文は、この疑問を詳しく解析した論文で来年1月27日のCellに掲載予定の論文だ。タイトルは「p53 Represses the Mevalonate Pathway to Mediate Tumor Suppression (p53 はメバロン酸合成経路を抑制して腫瘍の増殖抑制に関わる)」。
このグループはスタチンの標的メバロン酸合成経路がp53が変異したガンで上昇していることを見出していた。すなわち、p53のガン増殖抑制効果はステロールの合成を抑制することも貢献している可能性がある。そこでまず ガン細胞株を用いてp53を活性化すると、期待通りガン細胞のメバロン酸合成経路に関わる15種類の酵素が抑制されることを明らかにする。また、ガンのデータベースを調べ、p53の欠損したガンではメバロン酸合成に関わる遺伝子発現が上昇していることを明らかにする。
次にp53がメバロン酸合成経路遺伝子を活性化するメカニズムを追求し、p53によってSREBP-2分子の成熟が抑制され、この結果この分子のプロモーターへの結合が抑えられることを明らかになった。これまでの研究でSREBP2の成熟がABCA1と呼ばれる分子によって調節を受けている事が知られているので、次にp53がABCA1の転写に関わるかどうかを調べ、p53の活性化により直接ABCA1の発現が調節を受けていることを明らかにした。
以上の結果から、p53はABCA1の転写を高め、ステロールが低下に対するSREBP1の成熟を抑え、メバロン酸合成過程の分子の発現を抑えていることがわかった。逆に言うと、p53が変異したガンでは、この経路が働かず、その結果ステロールが低下する環境では速やかにメバロン酸合成が始まりガンに兵糧を送っていることがわかった。
最後に、p53変異により上昇しているメバロン酸合成をスタチンで止めることで、ガンの増殖を抑えられるか肝臓ガン細胞移植モデルで調べ、アトロバスタチン投与でガンの増殖を半分程度に抑えられること、またABCA1遺伝子の転写を抑えることで、様々なガンの増殖を抑えることができることを明らかにしている。
以上、スタチンがガンの増殖をおさえるメカニズムの一端を納得することができた。もちろん効果は根治的ではないが、P53の機能欠損した肝臓癌では、スタチン投与は病気を安全に抑える薬剤として使えるのではと思う。さらにこの研究では、コレステロールの小胞体輸送に関わるトランスポーターABCA1が癌治療の標的になる可能性も示している。実際ABCA1の機能抑制化合物も知られており、今後治療が難しくなった肝臓癌などで利用されるのではと期待している。
いずれにせよ、ガンを兵糧攻めにする様々なルートが明らかになり、対症療法であっても、安全な治療法が出来上がることは素晴らしい。
2018年12月21日
私がヨーロッパに留学していた1980年代は、英国は狂牛病に汚染された地域とされており、帰国後もこの時期にヨーロッパで過ごしたという理由で、献血をするのは控えるように言われた。これはプリオンで汚染されたヨーロッパ産の肉や脳を食べた可能性がある限り、プリオンのキャリアになっているのではと疑うべしとされていたからだが、当時はその本態もわからず感染しているかどうかも検査することはできなかった。ただもっと深刻な問題は、その当時死体から取り出され、様々な医療に利用された材料で、硬膜や下垂体ホルモンの投与を受けた患者さんからクロイツフェルドヤコブ病(CJD)が発生し問題になった。例えば、死体の下垂体から調整した成長ホルモンの投与を受けた1883人の英国の子供達の中から80人のCJDが発生している。もちろん患者さんたちは複数のソースから得られた成長ホルモンを投与されているのだが、CJDを発症した全ての患者さんに投与されたホルモン製品も特定されており、しかも現在も残されて調べることができる。
今日紹介するロンドン大学プリオン病研究センターからの論文は、このCJDの原因となるプリオンに汚染されたホルモンの中に、アルツハイマー病の原因となるAβタンパク質も存在して、これが血管に沈着してアルツハイマー病ではなく、Aβアミロイド血管症(CAA)を発症させ、脳血管障害による認知症を引き起こす恐ろしい可能性を指摘した論文で昨日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Transmission of amyloid-β protein pathology from cadaveric pituitary growth hormone (死体から調整された成長ホルモン投与でアミロイドβタンパク質による病変を移すことができる)」だ。
このグループは80人のCJDを発症した患者さんの中には、Aβの沈着による血管障害が存在することをすでに報告しており、今回はこの可能性を実験的に証明しようと行った研究になる。
まずCJDの発症原因となった成長ホルモンバイアルを調べると、アルツハイマー病の原因とされているAβ40やAβ42が、アルツハイマー病の患者さんの脳の半量程度存在している。実際には、このバイアルを投与してCAAが誘導できるか調べればいいのだが、貴重な資料なのでそう簡単に実験ができない。
そこでまず、予備実験としてヒトのアルツハイマー型Aβで病気を感染す条件を検討し、アルツハイマーモデルマウスの脳に、アルツハイマー病患者さんの脳抽出液を投与する実験系を用いることで、アルツハイマー病の脳抽出液を投与されたマウスだけに、Aβの沈着が血管や脳の実質の広い範囲に検出できることを見出している。そして、このようなマウスではアミロイドによる血管病変の頻度が上昇する。この病変は時間が経つごとに悪化していく。
この予備実験の後、最後にCDJの原因になった成長ホルモンバイアルを同じように投与する実験を行い、何十年も保存されてきた同じホルモンバイアルが、予想通りAβの沈着を誘導し、しかもCAAの原因になる可能性を強く示唆する病変を示すことも明らかにしている。
以上、まだプリオンやアルツハイマー病についての知識のなかった時代に作られ、残されていたたサンプルで、アルツハイマー型AβもCJDと同じようなプリオンとして増殖し、CAAを誘導するという事実を、公衆衛生学者の執念で証明したなかなか迫力のある研究だと思う。もちろん、CAAだけでなくアルツハイマー病自体も同じように誘導できる可能性は十分ある。とはいえ、このような不幸な医原事故のおかげで、死体からの医療材料を使う事はおそらくほとんど無くなっているので今は心配することはないだろう。ただ、医原病を引き起こす種は思わぬところに撒かれていることを思い知らされる論文だった。
2018年12月20日
骨髄性白血病(AML)の根治目的には骨髄移植が用いられる。日本でも、骨髄移植によりAMLを乗り越えて何年も仕事を続けている俳優さんは、この病気の克服のシンボルとなって多くの患者さんを励ましていると思う。ただ、骨髄移植療法は高齢になると侵襲が大き過ぎて治療に用いることができない。そのため、一般的な化学療法剤や、最近ではアザシスチジン(5AZ)などの治療でその場をしのぐが、最終的にはコントロールができず、またとうてい根治は望みようがない。この点で、高齢化していく先進国でAMLや骨髄異形成症候群の治療法の確立は重要なテーマとなっている。この要請に応え、コロラド大学のグループは、今年7月The Lancet Oncologyに細胞死を防ぐ分子BCL2に異常を持つリンパ性白血病を抑える為に用いられるBcl2阻害剤(Venetoclax)と5AZを併用する治療法で、第1/2相とはいえ、平均75歳のAML患者さんに80%を越える寛解導入に成功したこと、そして多くの患者さんで長期に再発が抑えられることを報告した。
今日紹介する同じグループからの論文は同じ患者さんでこの治療方法のメカニズムをより掘り下げた論文で11月20日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Venetoclax with azacitidine disrupts energy metabolism and targets leukemia stem cells in patients with acute myeloid leukemia (Veetocllaxアザシスチジン(AZ)の併用療法はエネルギー代謝を破壊し、白血病の幹細胞を標的にする)」だ。
Venetoclaxはジェネンテックにより開発されたBcl2阻害剤で、リンパ性白血病の治療薬としてすでにFDAに認可されている。また。5AZはわが国でもAMLや骨髄異形成症候群の治療に用いられている。従って、そのAMLへの転用はコロラド大学の治験は医師が主導しておこなったもので、迅速に導入可能な治療法だ。まだまだ症例数は少ないが、3年近く生存している患者さんが7割、病気の進行をやはり3年近く抑えられている患者さんがなんと5割近くも存在している。これは一般的な治療法と比べると、圧倒的な効果だ。さらに。PCRで残存する白血病を調べると、なんと4例で白血病細胞が完全に消えて、ある意味では完治する患者さんもいることがわかる。
なぜこれほど効果があるのか、昨日紹介したsingle cell profilingで調べると、正常幹細胞は障害を受けないのに、白血病の芽球細胞とともに、白血病の幹細胞も障害されていることが明らかになる(single cell profilingが臨床研究に役立つことがここでも明らかになった)。
白血病幹細胞(LSC)を取り出して治療による変化を調べると、ミトコンドリアで電子伝達系と共役してATP合成を行う酸化リン酸化システムが壊れていることが明らかになった。そしてTCAサイクルの中間体malate, fumarateが著しく低下し、逆にその前のsuccinateが上昇していることがわかった。そしてこの反応に関わるsuccinate dehydrogenase A(SDHA)のグルタチオン化が抑えられることが代謝異常の根本にあることを明らかにする。ただ、なぜこのグルタチオン化が両者の併用で抑えられるのかについては明確ではない。
いずれにせよ、このような効果はvenetoclaxと5AZを組み合わせたときだけに起こるようで、医師の医療経験から生まれた、標的もはっきりした治療法が開発できたのではないだろうか。さらに期待できるのは、根治の可能性がある点だ。もちろんまだ20%強の人でしか白血病細胞の完全除去は実現していないが、50%では最初の段階でともかく殆どの異常細胞を0に近づけることができている。その意味で、この治療法は期待できる。特に、すでにリンパ性白血病に利用されているvenetoclaxの費用は1ヶ月で28万円程度と、極めて安価だ。その意味で、是非早急に治験数を増やして、高齢者のAMLの上昇に備えルための重要な治療法だと思う。
2018年12月19日
多発性骨髄腫は、レナリドマイド、プロテオソーム阻害剤、CD20抗体などの登場で、比較的長期に維持が可能になった疾患の一つだが、根治にまでは至らず、長い期間病気をコントロールすることができても、最終的に再発が避けられない。これは体内に存在する腫瘍自体が極めて多様化しているからだろうと考えられている。もともと多発性骨髄腫は病気としても多様で、はっきりした症状がないにも関わらず、形質細胞の単一クローンが増殖して抗体を分泌し続けるmonoclonal gammopathy、より悪性で骨髄にも腫瘍細胞が存在するが、急速に増えるのではないくすぶり型のタイプなどの多様なステージが存在していることが知られ、腫瘍細胞自身でもその多様性が指摘されていた。
今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は腫瘍細胞の多様性を調べるにはうってつけの方法、バーコードを用いたsingle cell RNA profileを用いて骨髄から精製した形質細胞を調べた研究でNature Medicine 12月号に掲載された。タイトルは「Single cell dissection of plasma cell heterogeneity in symptomatic and asymptomatic myeloma (無症状性および症状性の骨髄腫に見られる形質細胞の多様性を単一細胞レベルで解析する)」だ。
この研究では症状、無症状を問わず形質細胞の異常増殖が明らかなmonoclonal gammopathy(MG)、くすぶり型骨髄腫 (SM)、悪性化した多発性骨髄腫、そしてprimary light chain amyloidosisと呼ばれるアミロイドーシスを主症状とする病型、および正常人の形質細胞を集め、単一細胞レベルのRNA解析を調べ、発現する遺伝子から細胞の多様性を調べている。
病型を問わず調べた全ての細胞(2万個で患者さんごとの検査数は少ない)をクラスター解析すると、29種類のタイプに別れることが明らかにされ、確かに多様だ。このうち数の多いのは正常のC1,C2型で正常形質細胞に相当し、残りの27種類のクラスターが腫瘍細胞に対応する。まず正常と腫瘍増殖を分けるのが、CCND1、CCDN2、のサイクリン、ヒストンメチル化酵素NSD2、そしてFGFR3の発現上昇で、特にサイクリンD1についてはこれまでの研究と同じだ。そして、ほとんど症状がないMGタイプから必ず腫瘍性の細胞が見られることが確認された。
それぞれの病型について詳しく解析しているが、
1) 多様なクラスターそれぞれに特徴的な遺伝子がある(例えばC26,29にはWntシグナル異常)。今後個々の特徴について調べる事で、新しい標的が特定できる可能性がある。
2) 今回の解析で明らかになったうち、LAMP5の転写を調節する分子の異常の存在が示唆された。
3) これらの多様性は、必ずしもコード遺伝子レベルの異常を反映するのではなく、ノンコーディングの変異、エピジェネティックな変異が存在する可能性を強く示唆している。
4) 同じ免疫グロブリン発現から追跡できる各個人の腫瘍細胞の多様性をこの方法ではっきり示せる。また、治療後に残る腫瘍細胞のタイプもはっきりと同定できる。
5) この患者さんで多様ではあっても、MGとSMとの違いが明確に定義できる。
6) 末梢血中に流れる腫瘍性細胞は、骨髄に存在する細胞と多様性の面でもほぼ同等で、特に白血病化したものではない。
などで、実際には複雑すぎて、まとめるのが大変という感じの論文だ。ただ、これまで専ら遺伝子だけから見られてきた骨髄腫の多様性を知る上でかなり重要なツールだと思う。今後は、病気のコースの予測、及び治療標的にこの方法がどこまで迫れるのか明らかにされないと、結局解析して納得しただけに終わる。ぜひ機能的な研究へ進んで欲しいと思う。
2018年12月18日
旅行中であまり論文が読めず、軽めで済ましている3日目で、明日からは正常に戻すつもりだ。ただ、帰国の朝、ついに一匹の虎が水を飲んでいる姿を目撃し、写真に収めることができたことを報告したい。
といっても、今日紹介するオーストラリアクイーンズランド大学からの論文は旅行とは無関係で、新生児期のビタミンD不足が統合失調症に寄与しているという簡単だが、重要な研究で、12月6日のScientific Reportsに掲載されている。タイトルは「The association between neonatal vitamin D status and risk of schizophrenia(新生児期のビタミンDの状態と統合失調症リスクとの関連)」だ。
これまでもビタミンD欠乏が脳の回路形成に影響して統合失調症の重要なリスクファクターになることは何度も指摘されていた。ただ、この研究は統合失調症の診断がついた患者さんの新生児期の血中ビタミンDを、ろ紙に染み込ませて保存している血液に遡って測定し、その相関を見ている点だ。
デンマークは国民の健康状態をゆりかごから墓場まで記録し続ける先進国だが、ずっと以前からデンマーク全ての新生児の血液をろ紙に染み込ませて保存していることに本当に頭が下がる。そして、希望に合わせてそれを利用させてくれる点だが、この研究はデンマークとオーストラリアの合同チームになっているとは言え、コレスポンデンスがオースとラリで、ある意味で重要な研究と思えば外国にも開かれている点だろう。本当に徹底した政策を続けていると思う。
さて結果だが、新生児のビタミンD濃度は20mm/Lから50mm/L以上に5段階に分けられるほど大きく変わっている。そして、5段階のうち4段階まですなわち20ー30mm/Lまでは特に統合失調症の発症頻度と相関しないが、最も低いグループは45%も統合失調症のリスクが高まるという結果だ。
新生児のビタミンDの殆どが母親から来ることを考えると、ビタミンD不足については、公衆衛生でも重要項目として対応して行くことが重要であることがわかる。特に、貧困が原因のビタミンD不足が起こらないようきめの細かい公衆衛生行政が必要になるだろう。病気が起こらないようにするのが、一番重要な公衆衛生行政であることは明らかなのだが、病気の予防をトクホにまかせ、診療報酬からしか医療費に切り込むアイデアがないわが国も、デンマークの徹底性に見習ってもいいのではないだろうか。私たち老人ではなく、未来の国民からまずこれを徹底させることが重要だと思う。。
2018年12月17日
昨日述べた理由で、今日もちょっと食い足りない論文かもしれない。
人間だけでなく多くの動植物のゲノムがあきらかになってきた最近では、少々ゲノムが読めましたという論文は余程のことがない限り論文にはならないように思う。少なくとも、いわゆる機能ゲノミックスを組み合わせてシナリオを作らないと、レフリーも面白いと認めてくれない。もしゲノム解読だけで勝負しようとすると、進化の話を持ってくるしかないが、この時機能ゲノミックスがないと、どうしてもゲノムの比較から勝手な結論を求めてしまって、説得力がないことがしばしばだ。
今日紹介するオレゴン州立大学とサンパウロ大学からの論文はまさに典型で、インコのゲノム解読をなんとか面白い論文にしようと努力はしているが、説得力の点では物足りない研究だと思う。タイトルは「Parrot Genomes and the Evolution of Heightened Longevity and Cognition(オウムのゲノムと長寿と認知能力の進化)」で、12月17日号のCurrent Biologyに掲載された。
さて私事になるが、今日は残念ながら虎に出会うことができなかったが、インドの森ではこれまで見たことのない多くの鳥に出会うことができる。この鳥の中の鳥、百鳥の王とは何かを考えると、個人的には雄大なワシが頭に浮かぶが、総合力ではオウムが王様のようだ。まず長生きで、脳が大きく、複雑な社会体制を形成すると同時に、賢いだけではなく、複雑な社会を形成し、道具を使う能力もあり、もちろん複雑な音声を発生することができる。そこで、この研究では他の鳥と比べることで、機能ゲノミックスを省いて、長生きの問題と、脳の発達の問題が解けるかチャレンジしている。
まずゲノム全体の特徴を調べ、鳥全体の進化から見た時、人間と同じようにかなり後から進化してきたのがオウムで、人間の進化で見られるようにオウム特異的な遺伝子重複も見られることを示して、人間と同じような真価の道筋をとったのではないかと示唆している。
その上で、次になぜ長生きかについて、同じように長生きの鳥と比べることで、遺伝的共通項が見つかるか調べている。ハトなど長生きの鳥が23種類選ばれているが、それぞれは全く別々に進化している。しかし、それぞれの進化で選択されたと考えられる遺伝子を拾い出すソフトを使ってリストされた遺伝子を調べると、その多くが
これまで長生きに関わるとされてきた分子が長生きの鳥で共通に選択されてきたことがわかる。言ってみれば機能ゲノミックスは、系統関係とこれまでの研究を合わせて代わりにするというやり方になる。このリストされた遺伝子の中で、著者らはテロメアを維持するTERTが長生きの鳥で選択されていること、TERTの活性が上がることで危険性が高まる癌性の増殖を止めるための分子群が共進化していることを示し、鳥の場合TERTが長生きの進化の核になっていることを示唆している。
他にも、活性酸素を抑える遺伝子群も選択されて協力して寿命を延ばしていると考えられる。
次に脳が大きくなり知能が高まったのかについては、軸索の伸長に関わるPLXNC1が重複し、また軸索伸長に関わる細胞骨格の遺伝子軍が選択されていることをしめし、これが脳の発達に重要だったのではと結論しているが、これ以上の実験はしていない。さらに、オウムへの進化で新たに生まれた遺伝子が存在することを示し、これらが賢いオウム誕生に大きな役割を果たしたとしている。
以上が結果で、機能ゲノミックスがないと、結局主張が通らないというはなしになるが、とは言えオウムなどのトリでは、モデル動物がいるわけではないので、機能的な研究ができるのか、雑誌の編集者も難しいところだと思う。しかし、ゲノムが解読されたことで、オウムと人間の進化を比べることは、間違いなく独立した進化系であることを考えると、今後重要になると思う。