10月25日:胎児期にマラリア抗原に暴露されるとトレランスではなく免疫が成立する:常識は疑え(10月17日: Science Translational Research掲載論文)
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10月25日:胎児期にマラリア抗原に暴露されるとトレランスではなく免疫が成立する:常識は疑え(10月17日: Science Translational Research掲載論文)

2018年10月25日
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学生時代、免疫現象で最も感銘を受けたのが免疫トレランスと呼ばれる現象で、中でも新生児期に皮膚移植をすると、他人の皮膚片に対する免疫が成立せず拒絶が起こらないないという、メダワーたちの実験だった。私が習ったときは、これらは全て成熟前のT細胞が抗原に出会うと、反応する代わりに、細胞死に陥るからだとされていた。その後、調節性T細胞が坂口さんたちによって示されると、新生児期に抑制性T細胞が誘導されることも免疫寛容に寄与すると考えらるようになった。いずれにせよ、胎児期や新生児期に抗原に触れさせると特定の抗原に対する反応は長期に抑制されるというのが常識だった。

しかし最近になって、人間のT細胞反応の場合、ウイルスによっては胎児期に母親を通して抗原に触れると、寛容ではなく免疫が成立するという、常識を覆す発表が見られるようになってきた。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、マラリアに対してもT細胞性免疫反応が胎児期に成立することを、マラリアの蔓延しているウガンダの妊婦さんとその子供で調べた研究で10月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「In utero priming of highly functional effector T cell responses to human malaria (マラリアに対する高い反応性を示すエフェクターT細胞を子宮内で誘導する)」だ。

この研究は妊娠中のマラリア排除のため、アルテミシン間歇療法の治験にリクルートされた妊婦さんの胎盤が出産時にもマラリアに感染しているかどうかで層別化し、その時の胎児臍帯血のT細胞の反応を調べて、マラリアに対する免疫が成立しているかどうかを調べている。

最初は、感染の強い母親から生まれた子供では、臍帯血に分裂中の記憶T細胞が増加していることを確認した後、マラリア抗原抽出液に対する試験管内反応で、CD4,CD8共に上昇していることを見出す。すなわち、マラリア抗原に対しては、胎児期にトレランスにならず十分免疫が成立することが明らかになった。さらに、これがマラリア抗原由来ペプチドに対する反応であることを、表面に発現されるMSP-1タンパク質配列に合わしてペプチドを合成し、それを用いたT細胞刺激実験で、反応するのを確かめている。また、MHCに対する抗体を用いて、これらのT細胞がMHC+ペプチドを認識していることも確かめている。

さらに重要なのは、このような免疫方法では抑制性T細胞が全く誘導できない事で、トレランスにならないのは、抑制性T細胞が誘導できないからという可能性も示している。

そして最後は、こうして誘導されたT細胞が本当にマラリア感染を防ぐことが出来るかだが、臍帯血中のCD4T細胞がマラリア抽出液に強く反応した子供は、マラリアへの感染確率が、反応の低い子供の半分以下に低下し、また2年以内にマラリア抗原が検出される率はなんと3分の1に低下している。すなわち、母親からのマラリアに対して免疫反応が成立すると、生まれた後もマラリアにかかりにくいことが証明された。

以上の結果は、現在進められている妊娠中のマラリア駆除で子供を守るというプロジェクトに対しては、再検討が必要であることを示すとともに、これまでことごとくうまく行っていないマラリアワクチンも、胎児期に打つという可能性を追求する価値があることを示唆している。もちろん、どのような形態のワクチンが必要かなどさらに検討が必要だが、、胎児への免疫はトレランスを誘導するというこれまでのドグマは疑ってかかったほうがいいように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日:フラヴィウイルス感染後の腸運動異常(11月15日号Cell掲載論文)

2018年10月24日
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フラヴィウイルス感染症は神経に感染するため、厄介なウイルスが多い。私たちの世代では、何と言っても日本脳炎ウイルスがもっとも馴染みがある。蚊のいそうなところにDDTを散布しているニュースは今でも記憶に残っている。最近で言えばジカウイルスだろう。胎児の脳に感染して、小頭症を引き起こすことがわかり、世界がパニックになったことは記憶に新しい。わが国にはそれほど馴染みがないが、日本脳炎と同じように土地の名前がついているフラヴィウイルスの一つが西ナイルウイルスで、重症化することは少ないが、いったん重症になった例では救命率がいちぢるしく低い。

この研究では、これほど好神経性を示すウイルスなら、腸の蠕動を調節している腸管神経叢にも感染するのではという着想から始まった研究で11月15日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Intestinal Dysmotility Syndromes following Systemic Infection by Flaviviruses (フラヴィウイルス感染後に起こる腸の運動障害症候群)」だ。

タイトルを見て何か意外なことが起こっているのかと思ったが、ちょっと拍子抜けしたことは断っておいたほうがいいだろう。この研究では、西ナイルウイルスやジカウイルスを皮下に注射した時、小腸の中間部から後方にかけて腸管が拡張し、便秘が起こり、腸の動きが全般に低下することを発見する。そして期待通り、ウイルス感染群では腸内神経叢の細胞の核が拡張して、死にかけていることがわかった。

神経感染ウイルスなので、当然といえば当然なのだが、このグループはウイルスで細胞が直接死んだのではなく、ウイルスが感染した神経細胞が、細胞障害性のCD8細胞のアタックを受けて死ぬという仮説をたて、それを検証している。すなわち、リンパ球やCD8の欠損したマウスでは、いくら神経に感染しても腸の運動障害は起こらない。従って、フラヴィウイルス感染による腸内神経叢の異常は、細胞障害性免疫により発症していることが示された。この点については以外と言えるかもしれない。また、臨床的には重要な発見かもしれないが、メカニズムについては特に驚くほどのことではない。

そこで最後に、ウイルス感染がもっと長期の腸の異常を誘導し、人間の慢性的過敏症の原因になるという可能性についても調べ、ウイルス感染後の急性期を乗り越えられても、感染2ヶ月後も、腸の運動異常が続くことを発見している。ただ、これは決して細胞障害性反応が続いているわけではなく、ちょっとした炎症刺激ならなんでも過敏に反応する腸の運動異常が発症することがわかった。おそらく多くの人間の腸の過敏症は同じようなメカニズムで起こるのではないだろうか?という結論だ。

即ち、ウイルスによる直接神経死でも、T細胞による細胞障害性でもない、いわゆる過敏症という状態が、引き起こされることを強調しているが、ただメカニズムについては全くわからない。このメカニズムに全く迫らないで、Cellに掲載するのはちょっと甘いかなと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日:携帯型人工腎臓は可能か? (ACS Nanoオンライン版掲載論文)

2018年10月23日
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現在わが国では約30万人の方が、血液透析治療を受けている。私が卒業した時と比べると、透析膜から貧血を防ぐエリスロポイエチンまで、透析技術は大きく発展し、患者さんの状態を維持できるようになったが、かなりの時間透析機に縛り付けられることは間違いなく、その結果持続的に24時間透析を行うことはできない。そこで期待されるのが、埋め込み型人工腎臓と呼ばれる方法で、現在様々なタイプの埋め込み型人口腎の開発が待たれていた。

一般的に携帯埋め込み型では透析のように多量に水を使うことは不可能なため、基本的には血中の尿素を直接吸着剤で吸収する方法が考えられる。そのため、最も重要なのは、尿素を直接吸着する化学物質の開発で、企業、アカデミアともに新しい吸着物質を目指して競争を繰り広げている。

今日紹介するDrexel 大学からの論文は、チタンカーバイドでできた多層シートが尿素を特異的に吸着して実用化可能であることを示した研究でアメリカ化学会のNanoにオンライン掲載された。タイトルは「MXene Sorbents for Removal of Urea from Dialysate: A Step toward the Wearable Artificial Kidney (MXene 吸着剤は透析液中の尿素を除去する吸着材として装着可能な人工腎臓への最初の一歩になる)」だ。

このグループはチタンカーバイドをベースにした3種類の化合物の多層シートが尿素を吸着できることを見出していたが、この研究ではTi3C2Tx型の分子で作った多層シートがもっとも高い吸着活性を持っており、血液透析でできた透析液に投入すると、セ氏37度で約8割の尿素を吸着することを明らかにしている。また、これまで使われて来た吸着剤(たとえば活性炭素)と比べた時、尿素だけを吸着する点が優れていることを強調している。

最後は細胞毒性、血液凝固活性などを調べ、この材料が安全に使えることを示している。

実際には、この材料を発見し、多層シートを合成することがこの研究の最も重要な核になるのだが、生憎それについてはほとんど理解を超えているため、装置着型人工腎臓としての可能性についてだけ紹介した。あとは、さらに吸着効率の高い材料を探しながら、使いやすい安全な製品に仕上げることだ。あくまで個人的印象だが、「装着型人工腎は可能か?」に関しては、「可能だ」と答えていいように感じた。

おそらく原理的に、現在の血液透析よりコストは下がり、患者さんの生活の質もあげられるという一石二鳥の製品ができるのではないだろうか。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日:民間ゲノム解析サービスのデータから犯人を割り出す(Scienceオンライン掲載論文)

2018年10月22日
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研究の中には、読むと驚くのだが、よくよく考えると当たり前で、自分が気がつかなかっただけという話が結構ある。今日紹介するmyHeritageと呼ばれるイスラエルのゲノムを使った親戚や家系をたどるサービスを提供している会社からの論文はその典型だろう。犯罪者のDNAデータがある場合、現在拡大している民間ゲノム解析サービスデータベースを使うことで、犯人の遠い親族を特定できるという研究で、Scienceにオンライン出版されている。タイトルは「Identity inference of genomic data using long-range familial searches (遠い親戚を割り出すアプリを使ってゲノムの持ち主を特定する)」だ。

タイトルからわかるように、例えば犯罪者のDNA解析があれば、これをDNAデータベースと照合して、本人は登録していなくとも、遠い血縁者がデータベースの中に見つかれば、DNAの持ち主までたどり着けることを理論的に示した研究だ。ただ、この論文が発表されるより前に、カリフォルニア警察はこの可能性を試して犯人を逮捕したという事実が存在し、この研究はこれが理論的に正しいことを証明した追試研究に当たると言えるだろう。

カリフォルニア警察が解決した事件は、Goldenstate Killerと呼ばれる40年近く未解決の連続強姦殺人事件だ。犯人の残した体液のDNAデータが存在しており、ひょっとして犯人にたどり着けるのではないかとこのデータをCEDmatchと呼ばれる、ゲノムから親族を割り出してくれるサービスサイトにアップロードしたところ、もちろん犯人自身にはヒットしなかったが、犯人と3親等の親戚を特定、この親族から犯人を割り出したという、映画にしても良さそうなドラマだ。この論文を読むまで、この事件とその解決については全く知らなかったが、ゲノム解析サービスからこの検索を警察が着想したという先進性とともに、アメリカで民間ゲノムサービスがここまで浸透しているのかと感心した。それにしても、規制やプライバシーと入り口でウロウロしている我が国は、ゲノムに関してはまず20年は遅れているようだ。

このような捜査が一般的になりうるかどうかを、CEDmatchと同じようなサービスを提供しているMyHeritageのデータを使って検証したのがこの論文だ。MyHeritageには様々なゲノム解析サービスを受けた130万人が自分のデータをアップロードしている。この中から親族を見つけるためには、組み替えが起こらずに長い共通領域が存在するかどうかを調べるIdentify by descent(IBD)という方法が使われる。この研究では、まずどの程度のゲノムデータが蓄積されれば、データベースにある個人データから3親等までの親戚をたどれる確率を調べ、現段階のMyHeritageでも白人の75%、そして300万の白人が登録すれば、99%のアメリカ白人が、データベースに登録されている個人から3親等以内にカバーされてしまうことを示している。

次はDNAから犯人の親族を割出した後のプロファイルングについて検討し、犯行現場から100マイル以内に住んでおり、性別(これはゲノムからわかる)、年齢がわかると、年齢推定が10歳の誤差があるとした時16−17人、年齢誤差が1歳以内におさまる場合は、なんと1−2人に対象者を絞れることを示している。

最後に、現在のMyHeritageの能力を示すため、1000人ゲノム計画でゲノムを提供したユタ州の女性の親族を見つける検索を行い、ノースダコタとワイオミングの登録者の中から2人の親族を見つけ出し、その人達の共通の親まで追跡できることを示している。すごいパワーだと思う。

この成功を見れば、日本の警察も期待するのではないだろうか。我が国ではゲノム解析データは全部で100万には満たないかもしれない。しかし、今後着実に上昇する。さらに、日本人のゲノム構造は比較的均一であるため、追跡は容易だろう。ただ、すでにアメリカで議論になっているように、警察が民間データベースを使っていいのかという問題は常に残る。しかし、それはサービス会社が、警察にも開示することがあることを明確にしておけばいい。一番懸念されるのは、データを勝手に書き換えることだ。21世紀は、「どうプライバシーを守るのか」より先に「私たちは何を隠したいのか?」を問う時代が来ると思う。オープンにした方が社会に貢献することは無限にある。ただ、これを守るためには、権力がデータを書き換えないという保証が必要だ。

その意味で、森友・加計問題でわかったように、政府が平気でデータの改ざん、捏造を行い、それを深刻に考えない政治家の多い我が国では、ゲノムサービスも当分は警察に使わせるわけにはいかないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日:ガンゲノム解析はどこまで標的治療につながるか(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月21日
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私が退職した5年前は、トップジャーナルの25%が主にガンゲノムの研究論文であふれていた。次世代シークエンサーが開発されてから急速に進んだ癌のゲノム解析の結果の一次収穫期にあったと思う。もちろん地道なデータベースの開発などが進んできた結果だが、トップジャーナルが飛びついたのは、ガンゲノム解析から明らかになる標的分子に対する副作用のない治療法がどんどん開発されるのではないかという期待からだ。もちろん、一部の癌では新しい標的薬が使われ効果を上げてはいるが、はっきり言って、この時のガンゲノム解析の結果生まれ大成功を収めたというのはほとんどないのではないだろうか。このせいか、トップジャーナルでのガンゲノムの論文数は大きく減少し、代わりに免疫治療の論文が幅を効かせるようになっている。

なぜこのような状況になったかと考えると、1)発ガン過程に多くの共通部分は確かにあるが、個別に極めて複雑なコースを辿っていることがわかってきたこと、2)多くの分子標的が、薬剤が開発できても効果が持続しないこと、3)すなわちガンは常に進化しており、なかなか追いつかないこと、とまとめることが出来る。

この典型例が急性骨髄性白血病AMLだろう。ゲノム解析で、3割ぐらいのガンでFLT3の変異が見つかっているが、FlT3に対する標的薬の効果はたかだか半年しかないことがわかってきた。もちろん、新しい薬剤の開発は続き、単剤で有効な薬剤も増えてきてはいるが、骨髄移植を含むこれまでの治療を置き換えるには、個別の白血病細胞に合わせた薬剤の選択が必要になる。事実、ゲノム解析は、 AMLがそれほど多様である事を示している。

今日紹介する論文は、個々のゲノム解析を薬剤選択につなげる方法を開発してこの状況を乗り越えようと、個別のガンのゲノムや遺伝子発現解析と薬剤の選122種類の薬剤への反応を同時に調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Functional genomic landscape of acute myeloid leukaemia (急性骨髄性白血病の機能ゲノム展望)」だ。

研究ではこれまでのガンデータベース(TCGA)に加えて独自のAMLコホート研究に参加している562人の患者さんの、ゲノム解析、遺伝子発現解析を詳細に行うとともに、患者さんのガン細胞を122種類の薬剤とともに培養し、それぞれに対する反応を調べている。AMLの中には骨髄異形成症候群から発生してきた患者さんも含むが、複雑なので区別せず紹介する。

まず大事な点は、ゲノムから予測できる薬剤が効果を期待通り示すという場合もあるが、予測が全く役に立たない白血病も多く存在する点だ。極めて膨大なデータで、図や表は示されていても、読んで何かがわかるというものではない。結局、p53の変異があると、様々な薬剤に対する抵抗性が出てくる、RASの変異があるとMAPK阻害剤に反応する、IDH2変異があると薬剤耐性が起きやすい、RUNX1変異はPI3KCやmTOR阻害剤に反応しやすい、などある意味ですでに知られていること以上には提案できていない。

ただ救いは、このパターンを詳細に眺めると、発ガンに関して相互に関わっている分子と、独立している分子の分類ができる可能性があることだろう。しかし、まだまだ患者さんのデータをもとに治療方針を立てることなど、程遠いと言った状況であることがわかるだけの論文だった。もちろん膨大なデータを集めることは重要で、その意味でNatureに出版する価値のある論文で、このデータをもとに、他の研究者が新しいことを着装してほしいと思う。

おそらく他のガンでも同じような研究状況だろう。我が国でも10年遅れでガンゲノムを臨床に取り入れることを進めているが、このような世界の状況も踏まえ、新しい発想を取り入れた研究を進めなければ、結局失望を生むだけに終わる気がする。

結局今も昔も、骨髄移植対象年齢のAMLは従来治療が第一選択だろう。一方、骨髄移植の適応でない、しかし高齢とともに数が増えるAMLについては、ゲノムから予測される薬剤を組み合わせて使う治験を積極的に進めるのがいいように思う。そして、それぞれの治療法がゲノムから予測される効果を出したのか丹念に拾い上げて、最終的にゲノムから薬剤選択につながるAIの開発を行うことが必要な気がする。いずれにせよ、世界の白血病医が集まって、これにどう取り組むかを決めないと、ゲノムを読めば標的薬が見つかるという単純な期待はすぐしぼんでしまうだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日 私たちは平均5000人の顔を知っている(英国王立協会紀要掲載論文)

2018年10月20日
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脳の進化については結構有名な理論がある。英国の進化学者Robin Dunbarが提唱した、霊長類から現代人まで、グループの大きさと、大脳新皮質の大きさを比べ、両者が比例することを発見した。それに基づいて、私たちホモ・サピエンスの新皮質の能力から、150人以上の友達を持つ事は生理学的に不可能だとするダンバー定数を提唱した。私はペリカンブックのHuman Evolutionを読んだが、言語誕生について示唆に富む本だったと思う。これ以外にも多くの著書が和訳されているので、読んでみると結構面白いと思う人は多いのではないかと思う。

もちろん友達の数だけではなく、様々な高次機能について脳の容量を探ろうとする研究が真面目に行われている。今日紹介する英国ヨーク大学からの論文は、私たちが平均何人の顔を覚えていられるのかを調べた研究で英国王立協会紀要10月号に掲載された。タイトルはズバリ「How may faces do people know? (何人の顔を人々は知っているのか?)」だ。

確かに面白い課題だが、しかし皆が納得できる研究方法はあるのだろうか?その点が最も興味がある。この研究では、いくつかの仮定を置いて私たちが知っていると確信できる顔を定義している。

まず、「顔」と「顔のイメージ」を区別している。すなわち私たちが見知っていると認識しているのが「顔」で、たまたま見かけたのを覚えているのが「顔のイメージ」だ。「顔のイメージ」は時間を置いてみたとき印象が変わるが、「顔」であればどのような見方をしても安定しているので区別できる。また顔と名前が一致する必要はない。というのも名前思い出すのはまた別の脳機能になる。

このように知っている顔を定義した後、脳内に知人として明確なイメージを形成できる顔の数を次のような方法で決定している。

まず、身近な人の顔と、有名人の顔に分けて、それぞれ1時間に思い出せる顔を数える。この時、できるだけ整理して思い出せるように、家族、家族の友達、自分の友達、自分の友達の家族、学校で会う人たち、同僚、隣人、通勤中などなど、さまざまな項目に分かれているシートに名前や、名前がわからなければ別の記述(例えば学校の門衛、あるいは続柄など)を書いてもらう。

有名人についても同じように、思い出しやすいよう政治家、歌手、俳優、ビジネス、スポーツ選手などの項目を前もって指示してあるシートに、名前か、名前がわからなかったら例えば「イニエスタがわからなければ、Jリーグヴィッセル神戸の新しいスペイン選手」など特定して書いてもらう。

この課題で1時間以内に、だいたい平均で身近な人362人、有名人290人がリストされる。ただ、当然ながら名前をあげるスピードは時間に比例して落ちてくる。すなわち、最初はすぐに多くの名前が出てくるが、1時間ごろには時間をかけてようやく一人出てくるといった具合だ。実際、思い出せた時間をプロットすると、時間とともに正比例して数が減る。この右肩下がりの直線を外挿することで、最終的に思い出せる数を理論的に算定でき、これが身近な人で549人、有名人で395人になる。すなわち、このテストで自分でリストに上げることのできる数は両者の和、944人になる。

ただ、実際にははっきり区別できても、思い出せない人も当然存在する。これが、リストできる人の何倍に当たるかを、有名人の顔の違った印象の写真3千人用意し、両方同じ人と認識できた写真の数と、最初の実験で思い出せた人の数を比べ、思い出せなかったが、確かにイメージとして認識していた数が、思い出せた人の4.62倍になると算定している。

あとは、944人に4.6をかけると、4240人になり、だいたい5000人の顔を覚えているという結果を導いている。25人の人についてこれを算定しているが、結構ばらつきは大きく、だいたい知っているか落として数えられるのは1000人から一万人になる。

この数を信じるかどうかは、この方法を認めるかどうかになるが、5000人と信じた方が、問題を指摘するよりずっと面白そうだ。とりあえず、こんな方法を編み出したことに拍手。
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10月19日 フェースブックに書かれた文章からうつ病を診断する(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年10月19日
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以前紹介したように、医療現場でAIがもっとも期待されるのが、一般の人による自己診断が可能になることだ。以前紹介したのは、皮膚の腫瘤をスマフォで写真をとると、それが悪性かどうか専門医と同じレベルで診断してくれる例だが、ほかにも毎日の活動記録から医者にかかったほうがいいかをアドバイスしてくれるアプリなどが考えられる。

今日紹介するプリンストン大学からの論文は、精神科の病気、特にうつ病も同じようにAIで診断する対象になることを示した論文で米国アカデミー紀要オンライン版に出版された。タイトルは「Facebook language predicts depression in medical records(フェースブック上の言語によって医学的なうつ病の診断ができる)」だ。

この研究では病院で治療を受けた1万人あまりの患者さんからインフォームドコンセントをとって医療データとともにフェースブックに書いた文章にアクセスできるかしらべ、1175人について2008-2015年に書かれた文章を集めることに成功している。そのうちで臨床的に明確にうつ病と診断され、フェースブック上で十分な単語データがそろったのは114人だが、このデータを使ってディープラーニングを行い、うつ病ではない570人のデータと比べ、フェースブック上のどのパラメータが最も診断に利用できるのか調べている。

結果だが、人口統計的データや、フェースブックへの書込みパターン、あるいは書いた文章の長さや、書き込みの頻度などは、うつ病を予測するデータとしては利用できないが、フェースブックで使われた単語の種類など言語的側面は、7割の確率でうつ病の発生を予測できることを示している。

また、この予測確率はうつ病と診断された時点に近くなるほど上昇しており、発症前6カ月の文言語分析では72%の確率に上昇しており、診断的価値が高いことを示している。

実際に診断に役立つのはどんな言語的特徴を持っているのかも抽出しており、落ち込んだ時(涙、泣く、痛み)や、孤独感(失う、とても、ベイビー)、あるいは敵意(憎む、クソ、ウー)、などと関わる単語の使用が上昇することを示している。

残念ながら、このモデルを使ってテストを行っていないので、最終的な診断価値はわからないとしたほうがいいだろう。しかし、フェースブックなどの書き込みの文章が気分を反映することは間違いないし、これを使ったAIは間違いなく設計できるだろう。あとは、もっとも予測率の高いアルゴリズムを誰が開発するのかという競争だと思う。そしてもしこれが可能なら、パソコンやスマフォでの文章を常にモニターして、うつ病の危険を察知して自分に知らせてくれたり、あるいはかかりつけ医に知らせることが可能になるのは、そう遠い話でないと思う。おそらく、ほかの精神疾患についても同じようなAI診断が可能になるだろう。

このようなAIをどう使うのか、早急に議論を進めたほうがよさそうだ。
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10月18日:補体第5成分の扁平上皮癌特異的増殖促進活性(10月8日号Cancer Cell掲載論文

2018年10月18日
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このHPでは普通なら考えつかない面白い現象を紹介してきているが、今日紹介するOregon Health & Science Universityからの論文はその1例にだろう。

我が国ではパピローマウイルスと聞くだけで顔をしかめる人も多いが、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染により扁平上皮癌が誘導されることは、多くの実験結果からあきらかになっている。そして、このウイルスをマウス扁平上皮で発現させる実験系は、ガン発生の優れたモデルとして現在も使われている。今日紹介する論文は HPVによる発がん実験を行う過程で、補体第5成分に対する受容体が、ガン化の過程を強く後押しすることを見出してそのメカニズムを調べた研究で、10月8日号のCancer Cell に掲載された。タイトルは「Complement C5a Fosters Squamous Carcinogenesis and Limits T Cell Response to Chemotherapy (補体成分C5aは扁平上皮のガン化を促進し、ガンに対するT細胞の反応を制限する)」だ。

繰り返すが、この研究はHPVを導入により誘導した扁平上皮のガン化がC5a受容体のノックアウトマウスでは低下しているというおそらく意外な発見に始まっている。そして、この効果がガンに浸潤している白血球のC5a受容体の発現が上昇することと相関していることを見出す。

この過程を解析し、HPV感染による上皮の異常増殖が始まると、おそらくこの細胞からの刺激で白血球のC5a受容体の発現が強く誘導されるとともに、マクロファージが分泌するウロキナーゼがC5を切断して活性化型のC5aを局所で生成し、これがC5a受容体を刺激するという悪性のサイクルが成立する。これにより、白血球が持続的に刺激される慢性炎症がガン組織で形成され、これが血管新生因子などを介して、ガンの増殖を促進するという結論を引き出している。

この結論が正しければ、ウロキナーゼを抑制することで、ガンの増殖を抑えるはずだと、移植した扁平上皮癌を微小管形のダイナミズムを抑制するパクリタキセルとウロキナーゼの阻害剤を併用することで、ガン細胞の増殖を強く抑制できることを示している。

このウロキナーゼ抑制の効果は、炎症を抑え、血管増殖因子の分泌を抑えることも重要な要因になっているが、他にも活性型のCD8陽性のキラー細胞の腫瘍内の数が2−3倍増殖していることを発見している。ガンの立場から考えると、C5aによるマクロファージの活性化は、組織内へのCD8キラー細胞の浸潤を阻害し、またガン抗原とキラー細胞の接触時間を長引かせてキラー細胞の活性のチェックポイントに働く事で、組織障害性を弱めることでも、ガンの進展を助けていることになる。

これをさらにうがってHPVの立場で考えると、HPVは扁平上皮の感染した後、時間をかけてガン細胞の増殖を促進する環境を作り上げ、さらにガンに対するキラー活性を抑制する方向に組織化する恐ろしいウイルスであるということになりそうだ。

意外な話だったが、可能性はいろいろありそうだ。残念ながら、ウロキナーゼ阻害による効果は、強いとはいえ根治をもたらすものではないだろう。しかし、チェックポイント治療などとの組合せに関しては相性はいいのではないだろうか。扁平上皮癌の予後は比較的いい方だが、コントロールが効かなくなったケースでは、ぜひ考えてみる戦略かもしれない。しかし、こんなシナリオがあるなど想像もしなかった。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月17日:自閉症スペクトラムの脳活動を捉える(Human Brain Mapping 10月号掲載論文他)

2018年10月17日
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自閉症スペクトラムはもともと様々な状態が集まった状態を総称しているが、さらに正常・異常と分断せず、ニューロダイバーシティー、脳回路の多様性として連続的に捉えることが普通になってきたが、ASDに見られる共通の症状を多様性という言葉で終わらせる訳にはいかない。その実体を明らかにするためには、あらゆる医学的検査を駆使して違いを明らかにし、治療標的を探す必要がある。また、脳回路の変化を客観的に捉える方法の開発も重要で、MRIを用いて構造変化や脳領域間の結合性の変化がづつ捉えられるようになってきた。しかし、実際に働いている脳について機能的違いを発見することはそう簡単ではない。

今日紹介する2編の論文は、あまりこれまで紹介しなかった脳イメージングを用いてASDの脳変化を明らかにしようとした研究で、10月号のHuman Brain Mappingと10月3日発行のScience Translational Medicineに発表された。

まず最初のハーバード大学がHuman Brain Mapping10月号に発表した論文「 Maturational trajectories of local and long-range functional connectivity in autism during face processing (自閉症の人が顔のイメージを処理するときに起こる局所的およびび長いレンジの連結性の成長での軌跡)」から紹介していこう。

この論文では怒った顔を見たときに活性化される脳回路を自閉症と正常で、思春期から成人まで年齢を追って比較しこの回路が変化するかどうかを調べている。もちろん、思春期から成人まで、私たちの脳回路は大きく変化することが知られている。

問題は怒った顔を見た時の回路の活性をどう測るかだが、この研究では脳磁図といわれる方法で、脳神経細胞内の電気活動により誘発される磁場の変化を測定している。この方法で測れる電気活動は脳波で測る活動とは違うが、磁場は頭蓋骨に邪魔されないので、高い空間分析能をを持っている。さまざまな場所で磁場を計測し、その中で活動が同期している領域同士は神経結合があると考えられるため、この方法で知りたい領域同士が神経的に連結しているか明らかにすることができる。

この研究では顔の認知に関わる紡錘状回顔領域(FFA)内の神経連結、およびこの認識領域をトップダウンで支配していることが知られている、楔前部(PC)、前帯状皮質(ACC)および下前頭回(IFG)との連結を活動周期の同期性を指標に算定している。

さて結果だが驚くことに、怒った顔の認識に関わるこれらの回路は、思春期以前では自閉症も、一般児もほとんど変わりが無い。しかし、一般児では成人するに従って、これらの回路の結びつきが強まるのに、自閉症では逆に弱まる傾向にあることがわかった。さらに、自閉症の社会性に関わる症状の強さとこれらの領域の神経結合の強さの相関性は年齢が高まるにつれ、よりはっきりすることも分かった。

以上のことは、この怒った顔への反応を調べる課題に関する限り、自閉症での神経回路の変化は、思春期から成人への過程で起こる神経回路の成熟に大きな影響を及ぼしていることが分かる。実際、変態と同じで、発生時期と同じように思春期から成人にかけて脳も大きな変化を示す。とすると、自閉症の治療時期は、決して幼児期だけではなく、思春期からも重要であることがわかる。

もう一つのUniversity of Londonからの論文は成人した自閉症でのGABA受容体の量をPETで測定した研究で、タイトルは「GABA A receptor availability is not altered in adults with autism spectrum disorder or in mouse models(脳内のフリーのGABAa 受容体の数は自閉症スペクトラムの成人およびマウスモデルともに正常と変わらない)」だ。

これまでの研究で、自閉症ではグルタミン酸受容体を介する神経興奮が高まっており、これは神経活動を抑えるGABAaニューロンの活性が低下しているからではと考えられていた。

この研究では、知能正常で、てんかん発作のないASDの成人を選んで、脳内のGABAa受容体の数を、炭素11同位元素でラベルした2種類のGABAa受容体リガンドで計測している。

おそらく、GABAa受容体の数が減っていることを期待したと思うが、残念ながら使った2種類のリガンドで検出される受容体の数は正常とまったく差がないという結果だ。ただし、PMPテストと呼ばれる極めてコントラストの高い像を追跡するテスト(興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランスを機能的に計測できる)を行うと、明らかにGABAaニューロンの活性が低下していることが推定されるので、受容体レベルではなく、GABAの分泌や、シグナル経路の異常がある可能性は高いと考えられる。受容体が正常なら、介入の手段が他にあるかもしれない。

いずれも、では大きな進歩があったかと問われると、難しいところだが、機能的脳回路に関しても、少しづつ研究が進んで、社会性の障害などを治療するための方法へと近づいているのではと期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月16日:収穫期に入ったUKバイオバンク II 脳イメージデータベースの統合(10月11日号Nature掲載論文)

2018年10月16日
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昨日は、UKバイオバンクがどのような設計で構築され、維持され、また将来へと発展しようとしているかについてのNatureの論文を紹介した。何か新しいことがわかったという論文ではなく、多くの人々に使ってもらうため、このデータベースがいかに使いやすいかを示す論文だったと言える。この論文に続いて掲載されていたのが今日紹介するやはりオックスフォード大学からの論文で、UKバイオバンクにMRIを使って取得した脳画像データベースを統合することで、何が可能になるかを示した論文だ。タイトルは「Genome-wide association studies of brain imaging phenotypes in UK Biobank(UKバイオバンクを用いた脳画像上の形質と全ゲノムレベルの関連解析)」だ。

UKバイオバンクが所期の登録数に到達する見通しが立ったところで、参加者の脳イメージを2020年までに10万人分集めるプロジェクトがスタートしており、このプロジェクトの現状を紹介したのがこの論文だ。

もともと、脳画像を研究している科学者は、ゲノム研究との接点は多くない。この壁を取り払って、両方が協力して、脳画像とゲノム解析を統合する方法を議論し、脳の構造や機能と遺伝子との相関を調べることができるデータベースの構築を目指したのがこの研究だ。このために、一人の参加者の脳を、各部分の大きさや形に注目する構造解析、領域間の結合に注目する拡散解析、そしていくつかの課題を遂行時の脳血流を測る機能的MRIの3種類の方法で画像化し、この画像を3144種類の形質に分解し、この値と相関するゲノム領域をUKバイオバンクのDNAアレーを用いて特定している。

両方のデータベースを使って明らかになる多くの例が紹介されているが、その一部を紹介しよう。

T2強調画像と呼ばれる方法で撮影した脳各領域の形質は多くのSNPとの相関が認められるが、この画像から得られる指標は老化などによる鉄の沈着を反映していることが多い。実際、相関の認められたSNPは鉄輸送や神経変性に関わるCoasyと呼ばれる遺伝子や、SLC44A5など栄養分やミネラルの輸送にかかわる遺伝子が見つかる。すなわち、このような画像と遺伝子の相関から、老化や変性過程に関わる遺伝子の特定が可能になる。また灰白質の体積と相関する遺伝子は、知性、統合失調症を脳構造とその背景にある遺伝子に連結させてくれる。

また拡散MRIで領域間の連結に関わる形質に相関するSNPを探すと、細胞外マトリックスやEGFシグナリングに関わる遺伝子が数多く上がってくる。例えば左右の脳をつなぐ脳梁膝部とBCANと呼ばれる細胞外マトリックス遺伝子と相関が見られる。すなわち、MRI画像の取り方によって、異なるクラスの遺伝子が相関してくることを示している。

最後に、脳の機能異常では通常複数の形質が合わさるが、脳画像上の複雑な変化と相関する遺伝子領域を特定する可能性を追求し、例えば脳全体の体積と関わる複数の形質が、統合失調症との相関が認められているBANK1遺伝子と相関することなども例として示している。

実際にはさらに多くの霊が示されているが、要するに構造やネットワーク、そして機能とゲノムを相関させていくことで、最終目的である遺伝と脳の高次機能の関係を明らかにできる可能性を高らかに歌い、その基盤にUKバイオバンクが寄与できることを示している。

おそらく、このような相関解析の結果新たな課題がわかると、そのためにまた新しいデータを足していくのだろう。おそらく、このデータベースは脳、特に脳疾患の研究者には役に立つだろう。診断でMRI検査をした時、その結果から遺伝子を想定することが可能になる。データベースは構築して、公開すればそれで終わりではない。それをより少ない努力やコストで、もっと多くの課題に使えるように発展させることが重要になる。この当たり前のことが良くわかる、UKバンクについての紹介論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ