12月23日:脳障害により誘発される犯罪(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)
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12月23日:脳障害により誘発される犯罪(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年12月23日
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亡くなった義理の父が小脳に軽い梗塞発作を起こした後、怒りっぽくなったと周りが気にしていた。同じようなことは多くの人が経験すると思うが、私たちの行動は全て脳の活動により決まることを考えると、当然の話だ。実際には、もっとドラマチックな症例が存在する。鉄パイプが前頭葉に突き刺さって左の腹側正中前頭前皮質(vmPFC)が大きく障害されたあと、それまでは慎しみ深い紳士的性格が一変し、粗野で凶暴な性格に変わってしまったフィネス・ゲージの症例や、扁桃体の視床下部を圧迫する脳腫瘍が発生したあと性格が変わり、ついに母親、妻を含む16人を射殺したチャールズ・ウィットマンの症例は脳科学の本にもよく紹介されている。

今日紹介するバンダービルト大学からの論文は、これまで脳障害が犯罪を誘発したことが明らかな報告例40例をもう一度読み返し、現在進んでいる脳内各領域のネットワークと重ね合わせて犯罪につながる脳ネットワークを特定しようと試みた論文で、米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Lesion network localization of criminal behaviour(犯罪行動の病変とネットワークの局在性)」だ。

何よりも驚くのは、MRI検査が行われている症例報告を見直すことで、ここまで様々な分析ができることだ。
研究では犯罪者の脳イメージング検査を報告した論文を集め、まず脳に障害を受けた後、それまで問題なかった人が犯罪に走った例を17人集めている。これまで、ゲージなどについて書いている本では、犯罪や性格と、特定の脳領域の関係が注目されてきたが、17人集めてみると、障害部位は極めて多様で、特定の部位を犯罪行動と連関させるのは難しい。

著者らは、障害場所は違っていても、それぞれがネットワークされているのではと思いつき、1000人の正常人について脳内の結合性を調べたデータベースを利用して、17人の障害部位を重ね合わせると、ほとんどがゲージが喪失したvmPFCと結合しており、また多くはdmPFC(vmPFCの上方)とも結合していることを突き止めている。

あとは、見えてきたネットワークの性格や行動との関連を調べて、障害領域がつながる領域が、
1) これまで道徳に関わるとして特定されていた、価値判断に関わるネットワークやTheory of Mind(他人が自分と同じように考えているという認識位)のネットワークと深く関わること、
2) 功利主義的、非道徳的行動に関わる回路と、不公正を拒否する道徳的回路の両方に犯罪行動と関わるネットワークは連結しており、功利的or道徳的かの綱引きの最終判断をしていること、
を明らかにしている。 最後に、障害歴と犯罪歴の時間関係がわからないため、最初の解析から除いた23例について、今回明らかになったネットワークにそれぞれの障害領域が重なるかを調べ、障害領域が犯罪行為と関わるネットワークと重なることを確認している。

結果としては理解しやすく、結論先にありきかという印象は強いが、逆にこれまでのデータを掘り起こしてここまでの解析ができるのかと、ビッグデータ時代を感じる。

しかし読んだ後はたと考えると、もしこの話を受け入れて、すべての犯罪者を脳の多様性という枠で捉えるようになれば、犯罪者の何をどう罰すべきか考え直す必要があることに思い至る。自分もほんの小さな障害で、16人の人を殺すかもしれないと想像するなら、脳の多様性を受け入れる社会と懲罰的死刑を受け入れる社会は両立しないことをもう一度考える必要があると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月22日:母親のNK細胞が胎児の成長を助ける(12月19日号Immunity掲載論文)

2017年12月22日
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我が国では、NK細胞についての一般向けの本も多く、例えば笑うと数が上昇するといった話と結びつけて、よく知られている細胞ではないだろうか。しかし免疫に関わる細胞の中では、私にとっては馴染みが薄く、まあ自然免疫の一つかと考えてきた。

今日紹介する中国安徽大学からの論文は子宮内のNK細胞が胎児の成長を助けるという予想外の話で12月19日号のImmunityに掲載された。タイトルは「Natural Killer cells promote fetal development through the secretion of growth promoting factors(NK細胞は成長促進因子を分泌して胎児の発生を促進する)」だ。

この研究は、妊娠初期に子宮内のNK細胞数が上昇し、胎盤形成後に数が減るという現象に着目し、妊娠初期にNK細胞が重要な役割を演じているのではと着想したことに端を発している。着想してしまえば、NK細胞はよく研究されており、道具も揃っている。

まず子宮のNK細胞がCD49陽性で転写因子eomesoderminを発現しているポピュレーションであることを確認し、このNK細胞が胎盤に分化するトロフォブラストの発現するHLA-Gに刺激され、IGF2,ITGAD(インテグリンファミリー)、血管増殖因子などが分泌されることを突き止める。

次に、遺伝子操作でNK細胞が欠損したマウスを調べ、NK細胞が欠損した母親では、胎児数が低下し、骨格を中心に発達遅延が起こることを示している。この異常は、年齢が高い母親でより著明に見られるようになる。

最後に、体外受精した人間の胚についても調べ、HLA-Gが発現していることを確認したあと、習慣性流産の患者さんの子宮脱落膜中のNK細胞数を調べ、予想どおり数が半分以下に低下していることを調べている。

その上でマウスの実験で、NK細胞を静脈内に移植すると、NK細胞欠損による発生異常を治すことができることを示すとともに、移植実験でNK細胞が分泌する増殖因子が胎児発生にかかわることも証明している。

話は以上で、わかりやすいシナリオだ。もし習慣性流産患者さんで、なぜNK細胞が減っているのかまで説明できれば、満点だっただろうが、これについてはわからないままだ。しかし、NK細胞であることがわかっているので、遺伝子発現など原因を突き止めることもそれほど難しくないだろう。習慣性流産の患者さんの治療については新しい切り口なので、今後臨床研究も速やかに行われるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月21日:糸球体硬化症の新しい治療の可能性(12月8日号Science掲載論文)

2017年12月21日
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巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)と長い名前の付いたいかにも恐ろしげな腎臓疾患がある。高度のタンパク尿を特徴とするネフローゼと診断されていた患者さんの中に、一般的なネフローゼ治療に反応せず、進行を続ける、言わば難治性ネフローゼとも言える腎臓病だ。バイオプシーによる組織検査で糸球体の血管を覆うポドサイトの脱落が認められると、確定診断することができる。残念ながら確実な治療法はなく、8割近くが5年で腎不全に陥る悪性の腎障害だ。

最近になって遺伝子検査が進んだおかげで、一部の症例にはRac1の機能に影響を及ぼす様々な遺伝子変異により発生することがわかり、遺伝子機能の解析から治療の手がかりがつかめるのではと期待されていた。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、腎硬化症モデルラットで、カチオンチャンネルの一つTRPC5の阻害により原因を問わずポドサイトの脱落を防げる可能性を示した重要な研究で12月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「A small molecule inhibitor of TRPC5 ion channels suppresses progressive kidney disease in animal model(TRPC5 イオンチャンネルの低分子阻害剤は動物モデルの進行性腎臓病を抑制できる)」だ。

この研究では細胞骨格分子の突然変異によるFSGSではポドサイトでRac1が活性化され、その結果小胞体の細胞膜への融合が高まり、ポドサイトがTRPC5を発現することに着目している。すなわち、この経路がポドサイトの喪失に関わりFSGSの症状の原因になっていると仮定して研究を進めている。

そこで、アンギオポイエチン受容体をポドサイトに発現させた腎硬化症モデルラットを作成し、TRPC5のみがFSGSモデルのポドサイトで活性化されるイオンチャンネルで、このチャンネルが開いてカルシウムイオンを通過させることが、FSGSの進行と相関することを突き止める。

次にTRPC5阻害剤ML201がポドサイトのカルシウム流入を阻害することを確認した後、腎臓症状を止めることができるか調べ、腎不全が完全に進んでいない時期なら、初期だけでなく、進行期でもタンパク尿を抑え、ポドサイトの糸球体血管からの剥離を抑えることができることを明らかにする。

この結果を受けて、よりTRPC5への特異性の高い低分子化合物を探索し、最終的に特異性の高いAC1903を特定し、この分子がRac1-TRPC5シグナルを遮断し、ポドサイトの遺伝子発現を変化させることで細胞死を抑制し、FSGSの進行を止めることを確認している。

最後に、この薬剤が他の腎症モデルの治療に適用できるか高血圧性腎症のモデルラットを用いて調べ、AC1903が一定程度だがポドサイトの細胞死を防ぎ、タンパク尿を抑制できることを示している。

前臨床試験としては大成功で、今後これまでステロイドホルモン以外にほとんど治療法がなかった人間、特に小児のFSGSに効果があるか臨床試験が開始されるだろう。ラットでは目立つ副作用はなかったが、チャンネル阻害剤なので、効果と副作用をしっかり調べる臨床治験を行って欲しい。しかし、イオンチャンネル阻害で、FSGSが治るとは、ほとんど想像だにできなかった。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月20日:抗炎症性サイトカインIL-10は脂肪細胞の熱発生を抑制しメタボリック症候群を促進する(1月11日発行予定Cell掲載論文)

2017年12月20日
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インシュリン抵抗性を伴ういわゆるメタボリック症候群は、免疫系が慢性的に活性化される一種の炎症だと考えるのが現在の主流になっている。この考えに従って、白色脂肪細胞を、熱発生型の褐色脂肪細胞へと変換するサイトカインが探索され、例えば運動でIL-4が好酸球から分泌されると、脂肪細胞の熱生成が高まることや、IL-33も同じ効果があることが見つかってきた。

この考えが正しいなら、炎症を抑えるサイトカインとして最も有名なIL-10にもメタボリックシンドローム(メタボ)を改善する効果があるのではと期待され、ノックアウトマウスの解析が行われたが、IL-10にメタボ防止効果があるという証拠は得られなかった。

今日紹介するUCLAからの論文は、これまで考えられてきたのとは逆にIL-10が脂肪細胞の熱生成を抑え、メタボを促進していることを明らかにした研究で1月11日発行予定のCell に掲載された。タイトルは「IL-10 signaling remodels adipose chromatin architecture to limit thermogenesis and energy expenditure(IL-10は脂肪細胞のクロマチン構造を再構成し、熱生成とエネルギー消費を制限する)」だ。

この研究の発端は、IL-10ノックアウトマウスが予想に反して、肥満にならず、インシュリン抵抗性がなく、白色脂肪組織が少ないことに気がついたことに始まっている。さらに組織学的に見ると、白色脂肪組織が、熱発生型の褐色脂肪組織に変わっている。すなわち、IL-10は白色脂肪組織が熱発生型の褐色脂肪組織になるのを抑えているという驚くべき結果だ。

この可能性を確かめるため、IL-10ノックアウトを一匹づつ飼育してエネルギー代謝を調べ、IL10が欠損するとエネルギー消費が高まり、それが脂肪組織の熱発生の結果であることを確認する。さらに脂肪細胞の培養系で、IL-10が直接脂肪細胞に働いて熱生成を促すこと、またこの効果は脂肪細胞がアドレナリンの刺激を受けてスイッチの入った熱生成を促進する結果であることを明らかにしている。

次にこの過程の分子メカニズムを探索し、骨髄由来の血液細胞が分泌するIL-10が直接脂肪細胞に働きかけ、脂肪の燃焼に関わる様々な遺伝子上流のクロマチン構造をオフ型に変換し、Ucp1やCideaなどの熱生成に関わる遺伝子の調節領域に転写因子が結合できなくする役割があることを明らかにしている。

話はこれだけだが、これまで抗炎症性サイトカインとだけ考えてきたIL-10の機能が、実際には脂肪細胞の熱発生の調節ではないかとすら思える研究だった。ただ、最初IL-10はメタボを促進する悪いサイトカインなのかと思って読み始めたが、よくよく考えると、いつも食うや食わずの生活を余儀なくされる野生動物で、せっかく貯めた脂肪が燃えてしまう方が問題で、IL-10は大事な脂肪を守って動物を助けている考えた方が良さそうだ。結局、メタボを抑える機構ばかりに注目する人間の方がはるかに異常な動物であることを実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月19日:CD19を標的にしたもう一つのCAR-T臨床研究(12月11日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年12月19日
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2014年10月The New England Journal of Medicineに掲載されたCAR-T治療の成績を見て、私は癌に対するキラー細胞の力に目を見張った。この時用いられたCAR-T とは癌の発現する抗原に対する抗体の抗原結合部位を細胞外に、CD3ζ細胞内シグナルドメインと補助シグナルとしてCD137の細胞内シグナルドメインを合体させたT細胞刺戟部位を細胞内に持つT細胞のことで、このキメラ遺伝子を末梢血から取り出した患者さんのT細胞に導入した後、もう一度患者さんに戻すことで、癌を殺す戦略の治療だ。この論文では、化学療法の効かなかった急性リンパ性白血病の患者さんが対象として選ばれ、なんと半分近くの患者さんで白血病が消失し、6ヶ月以上病気が進行しないという画期的な結果だった(http://aasj.jp/news/watch/2309)。そして、この治療法は今年の8月小児及び若年者のALL治療としてFDAの認可を得て、なんと治った患者さんだけに47.5万ドル成功報酬を請求するという、驚きのプライシングでノバルティス社から市場に登場した。

しかしCAR-T治療を開発している会社はNovartisだけではない。同じCD19を標的にして、CD3ζのシグナルドメインは同じだが、組み合わせる補助シグナル分子が違うという方法を、Novartis以外の少なくとも2社が開発を続けている。そのうちの一つKitePharma(現在はC型肝炎薬で有名なギリアドサイエンス社の傘下)のCD19を標的とするCAR-T治療の第2相治験が、テキサスMDアンダーソンガン研究所から12月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Axicabtagene ciloleucel CAR-T therapy in refractory large B-cell lyphoma(化学療法に反応しない大細胞型B細胞リンパ腫に対するAxicabtagene ciloleuel CAR-T 治療)だ。

Novartisが販売しているKymriahと比べると、大きな違いは補助シグナルにCD28のシグナルドメインを用いていること、化学療法が効きにくく、生存率が平均6ヶ月と予後の悪い、成人に発症するびまん性大細胞型B細胞リンパ腫を標的にして治験を行っている。

NovartisのKymriahの成績から想像できるように、82%の患者さんで治療効果が見られ、完全に腫瘍を消失させる確率が54%と驚くべき結果だ。さらに、平均で15ヶ月追跡し、40%の患者さんが完全寛解を続けていることも示している。そしてほとんどの患者さんで、長期間CAR-Tが血中に認められることも示している。 もちろんこのCAR-Tでも貧血や神経症状を含む副作用は高率に見られる。特に問題になるのは、サイトカインが分泌されることによる症状で、心停止に至ることもある。詳細を省いて結論をまとめると、対象疾患は違っても、NovartisのKymriahの成績とほぼ同じで、CD19を発現している腫瘍に高い効果を示し、多くの人で効果が続く。しかし、副作用も必発で、経過を注意深く見る必要があると結論できる。

話はこれだけだが、気になるのは補助シグナルが違うとはいえ、ほとんど同じ治療法がどのように棲み分けるのかという点だ。同じ疾患を標的にした場合は、優劣はつかないような気がするが、医師はどう選べばいいのだろう。補助シグナルの違いで優劣が出るかもしれないが、どちらにせよガンの根治が可能なのかはさらに長期の追跡が必要だろう。また根治可能となった時、この治療法の価格設定も気になる。同じように成功報酬型で50万ドル近くのプライシングになるのだろうか。

折しもJAMA Pediatricsに脊髄性筋萎縮症の治療のため開発された、腰椎穿刺で注射する遺伝子治療薬Nusinersenが、最初の年に75万ドル、その後毎年37.5万ドルかかることに対する医師側の懸念が表明されていた(JAMA Pediatr. doi:10.1001/jamapediatrics.2017.4409)。

今誰もが、このような状況がそのまま続くはずはないと思っている。破綻するまでに立ち止まって新しい創薬開発のあり方を考える時が来ていると思う。
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12月18日:年をとると記憶力が低下する理由(1月3日発行予定Neuron 掲載論文)

2017年12月18日
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睡眠は動物の生存にとって最大の危険な時間なのに、ほとんどの動物が必ず睡眠を必要とする。このことは、睡眠には一定の危険を受け入れても必要な理由があることを示しており、これを求める研究が続けられている。2013年には睡眠により脳脊髄液の循環経路が拡大し、老廃物の除去が促進されるという「驚くほど単純な」アイデアが示されたが(http://aasj.jp/news/watch/608)、このような考えは例外で、一般的には「睡眠には覚醒時の記憶を固定する」機能があるから睡眠は必要だと考えられている。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、「老化により記憶力が落ちる」現象を通して、記憶の固定に関わる睡眠の役割を明らかにしようとした研究で1月3日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「Old brains come uncoupled in sleep: slow wave-spindle synchrony, brain atrophy and forgetting(高齢の脳は睡眠中連携を失う:徐波と紡錘波の同調、脳の萎縮、そして忘却)」だ。

覚醒中に脳の複数の箇所に分散して一時的にしまい込んだ短期記憶を、もう一度呼び起こして長期記憶へと固定することが睡眠の重要な役割であることは、記憶に関わる海馬のシナプスが一晩で消えたり大きくなったりするという観察により裏付けられている。また、睡眠中の脳波を記録する研究から、脳波構成成分の同期が記憶固定過程を反映していると考えられている。

では脳波の同期とは何を指すのか?
頭全体に電極を置いて脳波を記録すると、周期が1.25ヘルツ以下の徐波、12-16ヘルツの紡錘波、そして主に海馬が発信源の80-100ヘルツのリップル波から構成されている。記憶の固定化にもっとも重要と考えられているのが、徐波が上昇する時、紡錘波が徐波に乗る形でロックされる同期で、老化によりこの同期が乱れることから、年齢による記憶力の衰えの背景にこの同期異常があると考えられている。

この研究では特に目新しい発見を目指したわけではなく、この徐波と紡錘波の同期(SOSC)が本当に記憶固定と相関しているのかについて、詳しい脳波の分析と記憶テストを組み合わせることで明らかにしようとしている。この時、記憶力の低下している対象として70歳前後の高齢者を選び、若者との差がSOSCにあることを示せば、SOSCが記憶の固定に必須であることが証明できるとする、一種の3段論法的研究と言える。

結果をまとめると以下のようになる。

1) 睡眠前に記憶したことを睡眠後に残っているか調べると、高齢者は低下している。
2) 若者の睡眠中の脳波の振幅の強度と比べると老人は徐波から紡錘波の波長レンジで低下している。
3) 老人では特に前頭部から中心部の電極でSOSCが低下している。
4) 脳波を詳しく分析すると、まず皮質の徐波が紡錘波を出す領域に働きかけて、同期を誘導している。この同期誘導のタイミングが老人ではずれる。
5) このズレと記憶テストの結果が相関する。
6) MRI検査で調べた脳の構造変化と、同期のズレの相関を調べると、前頭前皮質内側部の灰白質の低下と強く相関する。
要するに、連合に関わる前頭前皮質の神経細胞数が老化とともに低下すると、徐波と紡錘波を同期させる馬力がなくなり、同期のタイミングがずれる結果、記憶の固定がうまくいかないという結論になる。

これまで考えられてきたことを、より明確にした研究だが、70に近付こうとしている身にとっては、寝ている時に、もう少し強度を上げる機械でも開発されればいいなというのが一番の感想だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月17日:人間のTリンパ球の長期記憶を追跡する(Nature オンライン版掲載論文)

2017年12月17日
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昨日の自閉症研究でも説明したように、動物実験で明らかになったことを人間で確かめることは簡単ではない。最も大きな困難は、許される実験的操作に限界があることだ。操作や記録のためにメスを入れて体内にアプローチすることは余程のことがないと許されない。さらに、動物なら簡単な細胞を標識して追いかけることも許されないことが多い。それでもなんとか動物実験で明らかになった結果を人間でも確認しようと挑戦が続いている。これも本当は、重要な基礎研究になる。

今日紹介するのは一般的にキラーT細胞と呼ばれるCD8陽性T細胞の反応を、抗原注射以降何年にもわたって追跡し、一度出会った抗原に2度目は迅速に反応できる「免疫記憶」の成立と維持についての研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Origin and differentiation of human memory CD8T cells after vaccination(ワクチン接種後に誘導される人間のCD8陽性免疫記憶T細胞の起源と分化)」だ。

CD8T細胞は拒絶反応やがん細胞に対する免疫反応の主役だが、ワクチン接種後ウイルス感染細胞を除去するのにも重要な働きをしている。この研究では、黄熱病のウイルスの生ワクチンを感染させた正常人の高原特異的CD8T細胞をフローサイトメトリーでカウントする技術を用いて、ワクチン接種後の免疫反応を追跡している。

ただ、CD8T細胞が認識する抗原はそれぞれの人の組織適合抗原(HLA)のタイプによって異なるため、この研究ではHLA-A2を持っている人に限って免疫反応を調べている。

免疫記憶で最も重要な問題は、最初の抗原に反応してCD8T細胞が増えた後何年も維持することができる免疫記憶の維持に細胞の増殖が必要かどうかだ。ウイルス抗原の場合、抗原自体は感染後一定期間で消失する。その時T細胞の増殖を支えるのは何かが問題になる。この疑問に応えるため、動物実験では分裂期のDNAに取り込まれる核酸アナログを使う。しかし、人間では不可能ではないが、難しい。

この研究ではその代わりに、なんと重水を水の代わりに被験者に飲んでもらい、体内の水素を重水素に置き換え、DNA中の重水素の割合で細胞の増殖を検出している。ワクチン接種後2週間重水を飲んでもらうと、その時新たに合成されたDNAは重水でラベルされる。重水を飲むのをやめると、重水素でラベルされたDNAは分裂の度に量が減り続けるが、増殖しないとそのままDNA内に残る。これにより、ワクチン接種直後、あるいは一定時期をおいてから重水を飲んでもらって、その後抗原特異的CD8T細胞のDNAを取り出し重水素の割合を調べることで、いつ細胞が分裂しているかを調べることができる。

詳細はすべて省いて、結果だけを述べると、ワクチン接種後急速にCD8T細胞は増殖するが、この中の一部は遺伝子発現を制御するエピジェネティックス機構を用いて、長期的に続く新しい分化マーカーを発現する細胞へと変化し、組織内で長期に生存することに特化したIL-7, BCL2,CCR7を発現した記憶細胞に分化することで免疫記憶が維持されることを示している。

同じ号のNatureに、このシナリオをマウスで確認した研究も掲載されているが、これらの研究が示唆する結果は、記憶に増殖を繰り返す記憶幹細胞が必要だというこれまでの仮説とは真っ向から対立する。すなわち、人間での様々な制約を受け入れて行う実験でも、モデル動物では見落としていたことを発見できることを示している。

いずれにせよ、ガン免疫についてもこのような研究が進めば、さらに新しい治療法が開発できるだろうし、免疫状態をモニターする事もより容易になるだろう。苦労をいとわず、実際の人間で調べる研究も、重要な基礎研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月16日:自閉症での小脳と大脳をつなぐネットワークの変化(Nature Neuroscience掲載論文)

2017年12月16日
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一般的に小脳と聞くと、もっぱら運動の制御や学習にかかわると思ってしまうが、実際には障害されると言語や性格障害が起こることが知られ、大脳皮質とネットワークを形成して大脳の高次認識機構を支えていると考えられている。このことが特に認識されるようになったのが、自閉症スペクトラムのMRI検査で小脳の体積の増加、皮質の灰白質の減少などが高い頻度で見られることが指摘されてから、自閉症スペクトラム諸症状における小脳、特に小脳皮質の関与が注目され始めた。これを裏付けるように、2012年Tsaiらは小脳のプルキンエ細胞でTsc1遺伝子をノックアウトしプルキンエ細胞の代謝が上昇するとマウスで社会性の低下や反復行動が見られるという驚くべき論文を発表した。

今日紹介するワシントンにあるAmerican Universityからの論文は、人間と上に述べたマウスモデルを行き来しながら自閉症スペクトラムへの小脳の関わりを調べた研究で12月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Altered cerebellar connectivity in autism and cerebellar medicated rescue of autism-related behaviors in mice(自閉症で見られる小脳の神経結合性の変化と、小脳を介するマウスの自閉症様治療)」だ。

研究ではまず、小脳皮質(CrusIと呼ばれる部位)と機能的に結合している脳領域を34人の正常人で調べ、皮質が様々な大脳皮質領域と結合するとともに、これまで自閉症との関わりが指摘されている神経ネットワークが含まれていることを確認する。特に先月紹介したdefault-mode-networkと呼ばれる何もしないでボーとしている時に活動しているIPLと呼ばれる回路との関連に注目している。

次に、右側の小脳皮質を頭蓋の外から電流を流す方法(anodal tDCSと呼ばれている)、小脳皮質と自閉症で変化が見られるIPLの結合性が低下することを見出し、この回路を将来電磁場で操作できることを示している。

次に実際小脳皮質のニューロン(プルキンエ細胞:PN)を操作した時、IPLの変化が起こるのか、マウスを用いて調べ、PNの投射がIPLを抑制的に支配していることを明らかにしている。実際、TsaiらのPNでTsc1をノックアウトした自閉症モデルマウスでは、PNの活動が上がり小脳皮質とIPLの結合が上昇している。また、自閉症の患者さんでも小脳皮質とIPLの結合が上昇している。

そこで、このマウスの神経細胞を直接操作しPNとIPLの結合を高めたり、低めたりする実験系を構築し、高めると自閉症様症状が現れ、一方自閉症モデルマウスで結合を抑えると反復行動は残るものの、社会性が戻ることを示している。

以上の結果は、右小脳皮質とIPLの結合性が高まることが自閉症の重要な変化で、これによりIPLが抑制され、その結果社会性の低下などが現れることを明らかにした。マウスを用いた実験では、この結合性を低下させることで自閉症症状を改善できる。幸い人間でもこの回路は、頭蓋の外側からの電流を流す方法で操作できることから、将来右小脳皮質への電磁場照射による自閉症の治療が可能かもしれない期待を持たせる。
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12月15日:時間とともに脳細胞に蓄積する突然変異(Scienceオンライン版掲載論文)

2017年12月15日
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神経幹細胞から新しい神経細胞が供給されていても、神経細胞の大部分は発生過程で出来た後は増殖が止まったまま百年近く生き続け、働いている。しかも、他の細胞と比べると、興奮により細胞質内環境の大きな変化が起こると同時に、恒常性を維持するために高い代謝活性を維持し続けなければならない。当然細胞には様々な不具合が蓄積するはずで、次世代シークエンサーが開発されてから、脳のニューロンに年齢とともに突然変異が蓄積するのではないかという証拠が出始めていた。しかし、体細胞に起こる突然変異は個々の細胞ごとに異なるため、どの程度の突然変異が蓄積するのか、またその原因は何かなどを知るためには、単一細胞のゲノムを調べる必要がある。

今日紹介するハーバード大学からの論文は年齢の異なる人間の凍結脳組織から単一の核を取り出し全ゲノムを解読し体細胞突然変異の蓄積を調べた研究でScienceオンライン版に先行掲載された。タイトルは「Aging and neurodegeneration are associated with increased mutations in single human neurons(老化と神経変性は個々のニューロンでの突然変異の増加と連関している)」だ。

この研究では正常人とともにDNA修復機構の変異を持つコケイン症候群及び色素性乾皮症の患者さんのそれぞれ死後脳から単一の核を単離し、細胞ごとの全ゲノム解析を行って、同じ人と平均ゲノム配列と比べた時の変異を特定し、年齢とともに突然変異が蓄積するのか、DNA修復機構の異常で増殖しないニューロンにも変異が蓄積しないのかなどを調べている。

単一細胞の全ゲノム解析が可能になった背景にはΦ29DNAポリメラーゼによりPCRを使わずDNA増幅が可能になった技術進歩がある。この酵素は、DNA合成を行うと自然に2重鎖の脱分枝が起こり、増幅が繰り返される。また合成のエラーが少なく普通のTaqポリメラーゼの100−1000倍は正確だ。さらにポリメラーゼの間違いと体細胞変異を区別するソフトウェアも開発することで、単一細胞の全ゲノム解析が可能になっている。

結果は予想通りで、DNA修復異常のある患者さんでは突然変異の蓄積が約2倍程度高い。しかし正常人でも年齢とともに突然変異の数は増え、20歳と90歳を比べると3倍多くの変異が見つかる。絶対数でいうと、40−50歳では1000-2000個の突然変異が新たに蓄積する。

この研究が示した重要な点の一つは、場所によって突然変異の蓄積スピードが違うことだ。例えば前頭前皮質では、中年で1000箇所だが、歯状回で2000箇所程度になる。このように増殖しないニューロンでも、場所に応じて変異の数が異なるのは神経活動が場所によって異なることを示しているのだろう。

もう一点面白いのは、増殖時のエラーとして起こるCからTへの変異は20歳以降低下するが、DNA損傷によるTからCへの変異は逆に増加する点だ。また老化の原因として心配されている酸化ストレスによる損傷を示唆するCからAへの変異も見られるが、増加の主原因ではなさそうだ。

話はここまでで、細胞が増殖しなくとも変異は着実にゲノムに積み重なっていくという話だ。一つ気になったのは、2015年6月このブログで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3560)、神経細胞が興奮するとDNAが切断されるという話が全く考慮されていない点だ。著者らはこの仕事をガセネタと考えているのか、あるいは2重鎖切断のあとは今回のアッセーでわからないからか、ちょっと気になる。いずれにせよ、今後頭を使ったほうがいいのか、ボーと過ごしたほうがいいのか、答えが出てくるのはすぐだろう。一細胞ゲノム解析もここまで来たかと感慨が深い。
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12月14日Ying Yang 1(陰陽:YY1)分子はエンハンサーとプロモーターを集める役割がある(1月11日号Cell掲載予定論文)

2017年12月14日
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なんども紹介してきたように、私たちのゲノムは核の中で一種の設計図に基づいて折りたたまれ、また互いに相互作用しあう範囲を制限することで、無関係のエンハンサーの影響を抑止している。この折りたたみ機構には、TADと呼ばれる領域を決めるCTCFと、DNA同士を接近させルーピングさせるcohesinが重要な役割を果たしている。これら分子の結合部位とDNAどうしの3次元上での距離を調べると、ゲノムが核の中でどう折りたたまれているかを見事に描くことができる。この折りたたまれたゲノムのモデル図を見るたび、この分野の急速な進展を実感する。

さて、このTADの中ではプロモーターとエンハンサーが相互作用して特定の遺伝子の転写が行われるが、この領域内で両者が相互作用するのは、エンハンサー分子と転写開始分子複合体が自然に集まるためかと思っていた。

今日紹介するこの分野の大御所Richard Youngの研究室(マサチューセッツ工科大学)からの論文は、プロモーターとエンハンサーが領域内で相互作用するためにはYY1が必要であることを示した研究で1月11日に発行予定のCellに掲載された。タイトルは「YY1 is a structural regulator of enhancer-promoter loops(YY1はエンハンサーとプロモーターのループ構造を調節する分子)」だ。

このYing Yang(陰陽)と名前の付いた分子は、転写の調節因子として長年研究されているが、遺伝子により発現を促進したり、抑えたりするので陰陽などという名前がついたのではと想像している。遺伝子の量が減ると脳の発達障害が起こるし、逆にガンでは増えることがわかっている。

この研究の本来の目的はYY1の機能解析ではなく、TAD内でそれぞれ離れているプロモーターとエンハンサーが集合する分子メカニズムを明らかにすることだ。両者を橋渡しする分子を探す目的で、エンハンサーの標識としてのアセチル化H3K27、プロモーターの標識としてのH3K4me3を用い、両者が集まったゲノム領域を免疫沈降させた時に一緒に沈降してくるタンパク質を特定している。こうして特定された26種類のタンパク質から、クリスパーを用いてノックアウトを行い、細胞生存に必須の分子を絞り込み、最終的にCTCFと共にYY1がエンハンサ−/プロモーター両方に結合している分子として特定している。

エンハンサー(E)とプロモーター(P)を集めてくる分子としてYY1が特定されたことで、この研究のほとんどは終わっている。あとは、様々な細胞で実際にE/PにYY1が結合していること、YY1結合配列を持つDNAに加えるとYY1が2量体を作ってE/Pを会合させることができること、YY1結合配列がないとE/Pが会合できないことを確認した後、ES細胞内でYY1を分解させて細胞分化への影響を調べている。

YY1が存在しないと、ES細胞内でE/Pのループが形成されないため全く分化が起こらない。最後に、YY1結合配列の突然変異をクリスパーで元に戻す実験系で、細胞内でのE/P結合にYY1結合配列が必須であること、そしてYY1を分解させたES細胞でもYY1遺伝子を発現させると、E/P結合が元に戻ることも示している。

多彩な方法を駆使した、さすがこの分野の大御所の研究室だと感心した。また、個々の遺伝子の転写についてではなく、全ゲノムレベルで調べて初めてYY1の機能が見えてくることもよくわかった。CTCFとCohesinにYY1が加わったことで、クロマチンの3D構造再構成により細胞の状態を予測するゴールにまた一歩近づいたと実感した。
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