2017年12月13日
タイトルを見てもその意味がすっと頭に入ってこない論文があると、ある意味ショックを感じる。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文のタイトルに含まれているdelay discounting(遅れることを安く見積もる)がまさにそれにあたる。タイトルは「Genome-wide associated study of delay discounting in 23,217 adult research participants of European ancestry(ヨーロッパ出身の研究参加者23217人の中に見つかるdelay discountingの全ゲノム関連解析)」で、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された。
タイトルからわかるのは、delay discountingという状態の人のゲノムを調べた研究だが、肝心のdelay discoutingが正確に何を意味するかは調べるまで全くわからなかった。いろいろ調べてみると、後々の効果より現在の欲望を優先することのようで、例えば今ここにあるケーキを食べると、後々の健康に問題があることがわかっていても食べてしまうことを指すようだ。目の前のケーキを我慢できるかだけを取ると、私自身、delay discountingに分類されることになる。要するに、長期的視点が持てないことだが、もちろん今ケーキを食べるのを我慢できるのかは一つの例で、この研究ではアンケート調査を行いdelay discountingの程度を洗い出している。具体的には、今14ドルもらうか、19日後に25ドルもらうかどちらがいいか、あるいは今25ドル、14日後に60ドルのどちらがいいかなど、様々な比較をもとにDD度を判断している。
このテストを受けた23127人について、delay discounting(DD)がどのような病気と相関するのか、あるいはどの遺伝子多型と相関するのか、ゲノムのSNP検査を提供している232&Meと提携して調べている。
まずDDと病気の関連を調べると、肥満、喫煙と強く相関する。要するにDDは意志が弱いことと相関する。しかし、酒の消費やアルコール症とはあまり関係がない。肥満はともかく、これを聞くと自分はかろうじてDDではないなと安心する。さらに疾患との相関を調べると、うつ病やADHD(注意力欠如・多動性障害)が強く相関するが、双極性障害や、統合失調症は特に相関はない。
さて、この性質に関わる遺伝子多型が見つかるかが次の問題だが、X染色体上に存在するG6M6B遺伝子(セロトニントランスポーターの細胞内への取り込みに関わる)のイントロンに存在する多型rs6528024と強く相関することが明らかになった。セロトニンの発現はうつ病の発生と重要な相関があるので、自殺したうつ病患者さんの脳を調べると、確かにGPM6Bの発現が低下しており、DDとうつ病の相関を考えると、納得できる結果だ。
まとめてしまうと
1) いわゆるDTCと呼ばれている遺伝子検査サービスを使うと、DDのような性格についての遺伝子解析が容易に行えること、
2) DDがうつ病と強く相関していること、
3) 統合失調症と相関すると言われているADHD患者さんのDD度を調べることで、2タイプに分類可能なこと、
4) 生物学的にも意義が明瞭な遺伝子の多型と関係していること、
になる。
個人的にはDelay discountingという単語を学んだ以外は、それほど面白い仕事とは思えないが、DDがうつ病と相関するとすると、実際にはどう訳すべきか迷ってしまう。よく言えば「今を大事にする」だし、悪く言えば「計画性がない」になるだ。一つはっきりしていることは、選挙のためだけを考えバラマキ政策を続ける今の政治家は全てdelay discountingと言えるが、到底うつ病になるとは思えない。
2017年12月12日
今日紹介するロンドン大学からの論文は、昨日と同じで読んだ時信じがたい印象で、しかも老化防止という多くの人が興味を持つテーマだったので、誤解を招くかもしれないと紹介を躊躇していたが、線虫とショウジョウバエの話として聞いてもらおうと1週間遅れで紹介することにした。タイトルは「RNA polymerase III limits longevity downstream of TORC1(RNAポリメラーゼIIIはTORC1の下流で寿命を制限している)」で、11月29日号のNatureに掲載された。
寿命の研究は、決して高等動物だけで行われているわけではなく、線虫やショウジョウバエは言うに及ばず、酵母を用いても行われている。そして、酵母からショウジョウバエまで共通に寿命を延ばすことのできる夢の薬がラパマイシンで、この薬剤は1970年代石像で有名なイースター島で分離された細菌から発見された。ラパマイシンがFK結合タンパク質と結合すると、あらゆる真核生物に存在するTORC1分子の活性を落とすことから、ラパマイシンの夢の作用はTORC1を介していることがわかる。ただ、TORC1は栄養状態を中心に環境の様々な刺激に応じて活性化され、増殖など細胞の基本的機能の調節を担う中心分子だ。その作用は様々な分子経路に及ぶため、一言でまとめるのは難しいが、誤解を恐れず単純化すると発生から発達段階では細胞の増殖調節に関わり、増殖が止まる成体では老化促進に働いていると言えるかもしれない。
この研究では、RNAポリメラーゼ III(Pol III)がTORC1により直接調節されていること、及びTORC1が成体では老化防止に関わることから、一種の3段論法から Pol IIIが老化に関わるのではないかと着想し、酵母のPol IIIを人工的に分解する方法でタンパク質量を低下させると、期待通り寿命が本当に伸びることを示している。
実際この実験は発想自体も驚きで、というのもPol IIIはtRNAと5SrRNAの転写を受け持つ生命に必須の酵素で、十分量ある方が普通はいいと思ってしまう。いずれにせよ酵母で期待通りの結果が出たので、次に線虫のPol IIIをRNAiで抑える実験、さらに片方の染色体のPol IIIを欠損させたショウジョウバエを用いた実験から、Pol III の発現が低下すると(完全欠損ではもちろん死ぬ)寿命が延びることを明らかにしている。
次の実験も思考のジャンプが大きい印象だが、個体の寿命に最も関係する組織は腸管と決めて、線虫の腸管細胞、あるいはショウジョウバエの腸管でPol IIIの発現を低下させる実験を行い、予想どおり腸管細胞でPol IIIを抑えるだけで寿命が延びることを示している。
これらの結果は、少なくとも線虫、ショウジョウバエの個体の寿命は腸細胞の寿命によって決まっており、tRNAの発現を抑えてタンパク質合成をほどほどにすることで、腸管の状態を若々しく保つことで、個体の寿命を延ばすというシナリオを示唆している。このシナリオをさらに確認するため著者らは、ショウジョウバエではタンパク質合成がほどほどだと、腸管でタンパク質代謝の恒常性が乱されにくく、また腸のバリアーが安定に維持されることも示している。
着想はかなり突拍子もないように思えたが、ラパマイシン、TORC1阻害による寿命の延長の大半が、腸管でのPol IIIの発現減少の結果である可能性は納得してしまった。あとは、人間でどうかだが、いくら副作用が強くないとはいえ、やっぱりラパマイシンを飲み続けるのは抵抗がある。
2017年12月11日
研究の着想は論理的に思えるかもしれないが、あまり論理的ではない思い込みを確かめて勝負していると思える論文も数多くある。このような論文ではイントロダクションでもっともらしい理由が並べられるが、読んでいる方も騙されている気がする時がある。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文ではガン細胞が骨髄に働きかけて自分の増殖を助けてくれる白血球をリクルートするという信じられないような話で12月1日号のScienceに掲載されている。タイトルは「Osteoblasts remotely supply lung tumors with cancer promoting siglecF neutrophils(骨芽細胞は肺ガンへガンの増殖を促進するSiglecF高発現の白血球を供給する)」だ。
いろいろ最初に理由が述べられているが、結局は普通では考えない可能性を思いついたことが発端で、あとは納得出来るだけのデータが示せるかが勝負になる。
この研究はまず肺ガンによって骨髄の造血環境が変化するという着想を確かめるところから話が始まる。アデノウイルスを用いてCre-遺伝子組み換え酵素を気管に注入してガンのドライバーK-rasを活性化するとともに、ガン抑制遺伝子p53を欠落させる実験系でガンを誘導し、ガン発生により起こる骨髄の変化を、標識したbisphosphonateの結合でモニターしている。すると、期待通りに(?)ほぼ全ての骨で骨梁が増加し、骨形成が促進することを明らかにしている。また、これがマウスだけの特殊な現象でないことを確かめるため、ヒトの腺癌の患者さんの骨髄のCT検査を行い、マウスと同じように骨髄の骨梁が増加していることも確かめている。
次に、この骨梁増加が骨芽細胞の活性化に起因することを確認した後、骨髄での変化が腫瘍の増殖と強く相関することを明らかにしている。すなわち、最初着想したように、ガンの発生により骨髄での骨形成がリプログラムされ、これが回り回って腫瘍の増殖を促進しているという可能性が示されたことになる。
次の課題は、骨髄の変化と腫瘍増殖の促進をつなぐメカニズムを特定することだが、肺ガン組織に多くの好中球が浸潤していることをヒントにして、この好中球の中に抗がん作用ではなく、ガン増殖促進に働く集団があると予想し、肺ガン組織にはSiglecFと呼ばれる分子を発現する好中球の数が、ガンによって誘導される骨髄の変化に応じて著しく増加していることを発見する。
このSiglecF強陽性の細胞の遺伝子発現を調べると、ガンの増殖に関わる多くの分子の発現が上昇している。また、この集団をガン組織から分離して担ガンマウスに移植するとガンの増殖が高まる。さらに、ヒトの肺ガン組織の遺伝子発現を調べ、SiglecFの発現が高い患者さんでは予後が悪いことも確認している。
ここまでは着想通りに話が進んでいるが、最後にガンにより誘導される骨芽細胞の細胞変化のキーマンを特定することが必要になる。試験管内での骨芽細胞増殖を指標に担ガンマウスの血清を探索し、ガンから分泌されるRAGEと呼ばれる骨芽細胞の刺激因子がこの現象の誘導因子であることを示している。
まとめると、通常骨髄で作られる好中球はSiglecFの発現が低いが、ガンができるとRAGEが分泌され骨芽細胞を活性化、これにより骨髄から多くのSiglecF高発現の好中球が生産され、これがガン組織でガンの増殖を助けるというシナリオだ。
読んでいてコンセプト先にありきという印象の強い論文で、RAGEやCXCR2をブロックすることでガンの増殖を抑えることが示されないと、やはりにわかには信じられないのは私だけだろうか。
2017年12月10日
多くのトップジャーナルでは論文の査読過程で編集者は大きな権限を持っている。このため、編集者が一般向けに面白いと判断した論文は、レフェリーの厳しい意見(おそらく最初は極めてネガティブな)を経ながら、なんとか雑誌の基準を満たすところまで引き上げてもらえる場合がある。その場合は投稿から掲載までに時間がかかる。
今日紹介するチェコPalacky大学、デンマークがん研究センター、そしてカリフォルニア工科大学からの共同研究は、投稿から採択まで2年を要しており、最近話題になっている禁酒剤ジスルフィラムの抗がん作用の生化学についての研究で12月6日号のNatureに掲載された。タイトルは「Alcohl-abuse drug disulfiram targets cancer via p97 segregase adaptor NPL4(禁酒剤ディスルフィラムはp97セグリガーゼのアダプターNPL4を介して抗がん作用を発揮する)」だ。研究自体は特に驚くほどではないため、おそらくレフリーは採択にネガティブだったのだろう。ただ、ジスルフィラムの抗がん作用は最近注目されてきたことから、なんとか採択にこぎつけたように思う。
ディスルフィラムはアルコールでハイドロゲナーゼの作用を抑制し、悪酔いを起こさせることでアルコールを嫌にさせる禁酒剤として現在広く使われている薬剤だ。名前の通り硫黄を多く含む化合物で、タイヤに硫黄を加える作業過程に従事する労働者が悪酔いすることに気づいて開発され、70年近く処方されてきた歴史ある薬剤だ。ところが最近、ディスルフィラム(DSF)に抗がん作用があることがわかり、肝臓癌に対する治験が始まるなど注目されている。
この研究では、アルコール中毒でDSFをかって投与された人と、今も飲み続けている人を比較し、飲み続けているとガンの発生が著明に低いことを示すところから始めている。ただ、正直医療統計学的にはもう少し詳しい検討が必要だろう。
いずれにせよ、DSFには抗がん作用があるということで、あとはそのメカニズムを探索したのがこの研究だ。まずガン移植モデルにDSFを投与する実験を行っているが、確かによく効いており、また人間にすでに何十年も使われていることから、抗がん剤の候補としては可能性が高い。
あとはガンの細胞株を用いて、DSFを銅イオンと結合させ活性化させたCuETの直接のターゲットがNPL4と呼ばれるセグリガーゼで、この阻害により分子シャペロンp97の活性が阻害され、これまでp97-Ubfl1-NPL4経路として知られてきたタンパク質の分解経路が止まり、小胞体内でのタンパク質の分解、ERストレス、ヒートショック反応などが起こって最終的に細胞死に至るという経路を明らかにしている。しかし実験自体は、堅実な生化学で、特に驚くほどのことはない。おそらくこれだけでは論文は採択されなかっただろう。
ただガン治療の新しい薬剤としては希望の「旧人」と言ってよく、そのメカニズムが明らかになった意義は極めて大きい。現在骨髄腫治療の最も重要な薬剤としてプロテアソーム阻害剤が使われているが、これとは異なるタンパク質分解経路を標的とする治療薬としてDSFは期待したい。とはいえ、50年以上、これほど効果の高い薬剤が、禁酒薬としてだけ使われてきたのにも驚く。なぜガンにより強い効果があるのかについても知りたい。
2017年12月9日
このブログで紹介した論文を「遺伝子治療」をキーワードに検索すると38編リストされる。ほぼ4年このブログを書いているので、年に10編のペースだ。そしてそのほとんどで、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)が遺伝子の運び屋として使われている。
遺伝子治療には外来遺伝子をホストのゲノムに組み込ませて一体化させる方法と(エイズウイルスと同じ種類のレトロウイルスが用いられる)、ゲノムはできるだけ変化させず、必要な遺伝子をウイルスベクターとともに細胞内で増幅して分子を供給する方法に大別される。特に安全性の高いAAVが開発されて、遺伝子治療が急速に現実のものとなった。
世界中の臨床治験が登録されているClinical Trial Governmentを調べると、現在89のAAVを用いた治験が進んでいる。ざっとカウントしただけで正確ではないが、そのほとんど(61)は米国で行われており、あとは英国(9)、フランス(6)中国(4)と続き賑わいを見せている。ちなみに我が国はと見ると、一件だけ自治医大のパーキンソン病治療が登録されているだけで、出遅れが甚だしい。遺伝子治療を待ち望まれている患者さんに聞かれると、「開発は米国を中心に大きく進んでいるので、我が国の状況を気にしないで、現在登録されている治験の結果を待ったらどうですか」と申し上げることにしている。
万能のように思えるAAV遺伝子治療だが、大量の分子の供給が必要な病気、例えば血中の凝固因子が欠損する血友病では、必要なレベルの凝固因子を供給できないことがわかってきた。これを克服しようと、大量のウイルスを注射すると、免疫のできにくいAAVでも感染した細胞への反応が起こることもわかってきた。今日紹介するフィラデルフィア小児病院からの論文はAAVを用いた血友病の治療だが、正常の第9凝固因子遺伝子ではなく、正常の8倍凝固活性が高い突然変異型の第9因子遺伝子を組み込んだAAVを用いて、ウイルスの限界を超えられないか行った治験で、12月7日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Hemophilia B gene therapy with high-specific activity factor IX variant(高い活性を持つ第9因子変異体によるB型血友病の治療)」だ。
この研究の最大の目的は、凝固しやすい変異型第9因子が副作用なく長期間機能してくれるか調べることだ。治験では、凝固活性が正常の2%以下の重症の患者さんを選び、正常の第9因子遺伝子では長期効果が期待できない量のベクターを静脈に一回注射している。
詳細を省いて結果をまとめると、ほとんどの患者さんで凝固活性が正常の35%近くにまで回復し、少なくとも1年近くは治療効果が維持される。この結果、患者さんは出血の心配や、凝固因子の点滴から解放されるという結果だ。また、固まりやすい分子でも血中の濃度が低いため心配される副作用はほとんどないという結果だ。時間はかかるだろうが、臨床で用いられる可能性は高い。現在凝固因子を注入する治療は膨大な医療費が必要だ。その意味でも今回の治験の意味は大きい。
この研究は遺伝子治療のさらなる可能性を示したと思う。すなわち、治療効果を遺伝子自体を改良することで、ベクターはそのままで高められることを示した点だ。少量のウイルスで高い効果を得る研究が加速するだろう。AAVは組み込む遺伝子の制限はあるが、同じ枠組みで遺伝子だけを変えることで、個別の要求にも対応できる。すなわち、患者さんに合わせた治療が可能だ。とするとClinical Trial Governmentに登録された我が国の治験が1件というのは寂しい。企業だけに頼らず、研究者と患者さんが一緒に取り組み仕組みが今後必要だと思う。
2017年12月8日
基礎研究の重要性が議論になっているが、実際には何が基礎で、何が応用かを決めることは難しい。要するに基礎研究というのは、個人の興味とアイデアで自由にテーマを選べることが重要で。もちろん、それが臨床応用に関わっていてもいいと思う。とは言え、個人の興味でやっている話を、患者さんのためとリップサービスするのは慎んだ方がいい。
一方、優秀な人材に、政府や患者さんが解決して欲しい問題を提示して、それを研究してもらう仕組みも重要で、この場合論文を書くより、提示された問題を解決することが優先される。従って、論文の数や特許の数だけで成果を判断するのはもってのほかになる。というのも、論文を書くより難しい問題が実際の医療には横たわっており、このような科学以外の問題も含めた解決が要求される。
最初、アルツハイマー病の新しい治療法の論文かと思って読み始めた今日紹介するローザンヌEPFLからの論文読んでいて、こんなことを考えてしまった。
アルツハイマー病でもミトコンドリアの蛋白合成系の異常によるストレスが関わっていることを示そうとした論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Enhancing mitochondrial proteostasis reduces amyloid-β proteotoxity(ミトコンドリアのタンパク質の恒常性維持機能を高めることでアミロイドβの毒性を弱めることができる)」だ。
研究は最初からアルツハイマー病(AD)でもミトコンドリア異常があるはずと決めて始めているようだ。ミトコンドリアの異常による脳の変性疾患にパーキンソン病があり、ADもその可能性があると考えるのは何の不思議もない。
AD脳の遺伝子発現を調べることができるデータベースをまず探索し、ミトコンドリアの酸化ストレス、あるいはタンパク質の折りたたみの異常によるミトコンドリアのストレスを示す分子の発現が上昇し、ミトコンドリアが分解されるマイトファジーに関わる分子も上昇していることを確認する。さらに、このデータベースからの結果を、実際の患者さんの脳組織についても確認している。詳細を省いてまとめると、ADもミトコンドリアストレスによる病気だと結論している。
もちろん結論するのは自由だが、これが実際のADで働いており、治療標的になりうることを示すのは簡単でない。この点でこの研究はかなり問題があるように感じる。すなわち、ミトコンドリアストレスを調べるため、アミロイドβが細胞質で高発現するマウスモデルや、細胞モデル、さらには線虫モデルを使ってこの概念を証明しようとしている。しかし、使われたモデルは遊離したAβを細胞内で発現させるモデルで、タンパク質の凝集による細胞内ストレスを一般的に研究するには問題ないが、アルツハイマー病モデルとして適切かどうか、かなり疑問を感じる。細胞内でタンパク質を沈殿させる系でアルツハイマー病の治療開発と言いたいなら、まだTauタンパク質でやった方がいいのではないだろうか。
研究では、細胞内Aβを沈殿させるモデルを用いて、ミトコンドリアのタンパク質代謝の恒常性が、Aβの凝集に関わる最も重要なプロセスで、この過程を障害すると細胞死は進み、逆に促進するとタンパク質の凝集が阻害され、病気を抑えられるので、この過程を操作することでADの進行を遅らせる可能性について、例えばミトコンドリアの活性を上げる恒常性維持を助けることから老化防止に使われるニコチンアミドリボサイドを投与する実験で示している。
ひょっとしたらプロはもっと重要なことをこの研究に見ているのかもしれない。しかし、専門外の私から見ると、結論はミトコンドリアのタンパク質の恒常性の維持がタンパク質の凝集による細胞編成に関わるという話にすぎず、ニコチンアミドリボサイドが細胞死抑制に効果があると示されても、これをADの患者さんに朗報として届ける気にならない。
最初書いたように、興味の赴くまま自由に研究を行うのは大事だ。しかし、それを特定の病気のための研究とこじつけて誘導するのは問題がると思う。この研究は、私にはだいぶこじつけに見えた。もちろん、NatureのArticleとして掲載されるのだから、専門家の批判を受けているはずで、私が気がつかない重要性があるのかもしれないが、論文からは明確には伝わってこなかった。
2017年12月7日
筋ジストロフィーはジストロフィン分子の突然変異による疾患で、現在根本的な治療として遺伝子変異をバイパスさせて分子を発現させる、エキソンスキッピングを誘導する遺伝子治療が注目され、治験も始まっている。ただ、原理ははっきりしても、その効果の確認には時間もかかる。
遺伝子治療についてはおいおい結果が出てくれると期待しているし、また漏れ聞こえるところでは、効果が示されているようだ。ただ、これらの治療が軌道に乗るまでは、対症療法で少しでも病気の進行を遅らせることが大事だ。この病気の進行を遅らせる可能性があるのが、プレドニンなどのステロイドホルモン治療で、デゥシャンヌがこの病気を記載した頃から既にその可能性が期待されていた。事実、我が国の厚労省のガイドラインにもステロイドホルモンが記載され、病気の進行を遅らせる目的で利用する医師も多い。しかし、ステロイドホルモンの長期投与は副作用が不可避なため、投与を受けない患者さんも多くおられるようだ。また、どの段階で、どのように利用するか明確でないのも問題だった。
今日紹介するカリフォルニア大学デービス校を中心に9カ国20施設の医師が共同で発表した論文は、2−28歳の患者さんを対象にステロイドホルモンの効果を確かめるために行われた、これまででは最も大きな治験がThe Lancetオンラン版に掲載された。タイトルは「Long-term effects of glucocorticoids on function, quality of life, and survival in patients with Duchenne muscular dystrophy: a prospective cohort study(ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーの患者さんの筋肉機能、生活の質、そして生存に対するグルココルチコイドの長期効果):前向きコホート研究」だ。
時間とともに症状が進むため、リクルートした2−28歳の患者さんの症状はまちまちだ。そこで、寝た姿勢から起きあがれるか、起き上がるのに5秒以上、あるいは10秒以上かかるか、階段を4段上がれるか、歩けるかなどの下肢の運動機能、そして頭に手を持ち上げられるか、手を口まで持って来れるか、腕の機能は残っているか、など患者さんの進行度に合わせ細かく指標を選び、それぞれの機能が失われる年齢を比べて、ステージごとにステロイドホルモンの効果を調べている。
治験の詳細を説明するのは避けて、結果だけを説明すると、すべてのステージで、一年以上ステロイドホルモンを服用すると、運動機能の維持に大きな効果が得られている。例えば、足の機能で見ると2−4年機能の喪失を遅らせることがで、腕の機能では2.8-8.0年病気の進行を遅らせることができる。そして、ステージが進んだ後も死亡率も大きく改善する。素人の私が見ても、一目瞭然で効果がわかるほどの差が出ている。これらの結果から、ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーは、少なくとも他の治療法が確立するまで、ステロイドホルモン治療が最も効果がある治療として推薦されるという結果だ。
根治という観点からはもちろん遺伝子治療や細胞移植に期待が集まる。しかし、今回のように当たり前の薬剤の効果をしっかり確かめ、標準医療の質を高めることも医学の役割で、ぜひ紹介したいと思った。
2017年12月6日
生命が地球上に誕生する過程についての研究を調べていると、最初の生命が、A/T/C/Gの4塩基を使う理由は充分あると思うが(例えばATPはエネルギー交換やセカンドメッセンジャーにも使われ、重要な生命機能の基礎になっていることから、ゲノムが誕生する前から生命系の高分子として使いやすくなっていた?)、ではこれ以外の塩基は使えないのかというと、そうではない。実際、多くの核酸アナログをDNA複製システムで利用することができる。しかし、既存の4塩基とは独立に複製、転写、翻訳を行える4塩基以外のコードが存在しうるのか興味ある問題だ。
今日紹介するカリフォルニアにあるSynthorxというベンチャー企業の研究所からの論文は、現存の大腸菌の中で4塩基以外のコードが使えることを示した研究で、11月30日号のNatureに掲載されている。タイトルは「A semi-synthetic organism that stores and retrieves increased genetic information(増加させた遺伝情報を維持し利用することができる半合成的生物)」だ。
4塩基以外の化学物質をDNAに取り込ませることは珍しいことではないが、多くの人工塩基はホストに検出され、除去修復される。ところが、3メトキシ-2-ナフチルグループを塩基の代わりに持つdNaMはDNAに取り込まれても大腸菌の除去修復にキャチされず複製される。この研究では、こうして取り込まれたdNaMをコードとしてタンパク質を合成できるか調べている。
この目的で、他のアミノ酸で置き換わっても蛍光を発するGFPの151番目のチロシンをセリンに置き換え、対応するコードを本来のTACからセリンのTAGあるいは人工塩基dNam(X)を持つAXCに変えたGFPを大腸菌に導入している。Xにペアリングする人工核酸にはTPT3(Y)を用いているが、両者は水素結合を介さないペアリングを行う。
アミノ酸をセリンにしたのは、セリンを結合したtRNAだけが、アンチコドンとは無関係にセリンを結合することができるため、セリンに対応するtRNAのアンチコドンをAXCとペアリングできるGYTに置き換えてもセリンに対応するtRNAとして機能できると予想できる。
こうして用意した大腸菌ではGYTをアンチコドンとして持ったtRNAを加えたときだけ、GFPが発現することから、人工核酸をコードとしてタンパク質が合成できることが明らかになった。
翻訳が正確に行われたかを調べているが、自然のtRNAと比べると他のアミノ酸が取り込まれる確率は上がるが、98%ちかくのGFPは正確にセリンが取り込まれている。また、セリンの代わりに古細菌が使うアミノ酸ピロリシンを取り込ませる実験で、確かに人工核酸がコードとして利用されていることを示している。最後に、同じ実験をazido-フェニルアラニン-tRNAでもできることを確認している。
以上の結果は、人工核酸を用いても、複製。転写、そして翻訳が可能なことを示した画期的な論文だと思う。特に、この過程に水素結合が必ずしも必要ないことを示した点も重要だと思う。ベンチャー企業を作ってこんな研究を行う米国の地力には恐れ入る。
2017年12月5日
細胞周期など最も基本的な機能に関わる分子は真核生物間で保存されており、酵母の遺伝子を人間の遺伝子で置き換えても十分機能することが多い。ただ、多くの研究では一個の遺伝子を変換するだけで、機能に関わる全ての分子を置き換えてしまう実験をするのは難しい。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文は全てのヒストンが人間の分子に置き換わった酵母を作成した研究で、ヒストン進化で起こった機能変化について様々なことを教えてくれる研究で12月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Resetting the yeast epigenome with human nucleosomes(酵母のエピゲノムを人間のヌクレオソームにリセットする)」だ。
染色体の構造を維持しエピジェネティック制御の基盤であるヒストンは酵母から人間まで遺伝子がよく似ており、4種類のコアヒストンの類似は70−90%に達している。この研究ではまず酵母の全てのヒストンがノックアウトされ、その代わりに酵母とヒトのヒストン持つプラスミドベクターで増殖する酵母株を作成し、増殖が安定したところで酵母のヒストンを持つプラスミドが除去されるような選択をかけることで、ヒストンが全て人間型になった酵母を分離している。
と言っても実際には生やさしい話でなく、ヒト型ヒストンに変えた1000万個の酵母からようやく一個ゆっくり増殖するコロニーが分離できただけという絶望的に低い確率だ。しかも、増殖が遅いため、コロニーを確認するのに20日もかかっている。この執念が、この仕事の全てと言っていいだろう。
一株でも分離できると、あとは様々なことがわかる。一つのクローンから数株を分離してそれぞれを増殖させるうち、人間型ヒストンに適した適応が起こり、様々な遺伝子の変異した株が取れる。20種類以上の突然変異や染色体異常が起こることで、ヒト型ヒストンが起こす問題に対応している。このような適応は、細胞周期に関わる遺伝子に起こっており、ヒト型ヒストンで細胞周期のチェックポイントで止まるのをバイパスできる変異が入ったと考えられる。逆に、導入したヒト型のヒストンに変異がないのも面白い。
この系では、様々なヒストンを導入して、ヒト型と比較することも簡単にできる。これにより、人型のH3及び H2AヒストンのC末が増殖抑制に聞いていること、ヒト型のヒストンは酵母のそれと比べ転写抑制的であること、しかしヌクレオソームの構造は変わらないこと、この結果細胞の大きさを決める遺伝子の転写が抑制され、細胞の大きさが倍以上になること、ヒト型のままでは環境適応が遅くなることなどを明らかにし、増殖が中心で分化の選択がほとんどない酵母のヒストンが、転写抑制的なヒストンに進化していくプロセスの理解がこの系で進む期待を持たせる。多くの実験が行われているが、これらは入り口で、今後さらに面白い詳細が続々発表される予感がするエキサイティングな論文だった。
2017年12月4日
昨日に続いて、驚くべき生命の多様性に関する論文を紹介したいと思う。これまで培養可能な最も小さな自立生命はマイコプラズマと思っていた。ゲノムの大きさは0.6Mbほどで、500近い遺伝子が存在する。Ventorらはちょうど17年前に遺伝子をシステミックに除去して最小ゲノムを求める論文を発表し、生命維持に必要な遺伝子はその半分に落とせることを明らかにした。この論文を読んで、21世紀人工的に生命を作るための設計図に組み込む必要がある遺伝子は大分絞られたと思った。
しかし上には上がある。甲虫の消化管に共生している細菌の一種はなんと最初から0.27Mbのゲノムしかないという論文がエモリー大学の研究者から発表された。昆虫と共生するボルバッキアの優れた研究を進めている我が国の産総研も協力している。タイトルは「Drastic genome reduction in an herbivore’s pectinolytic symbiont(草食の昆虫でペクチン分解を受け持つ共生細菌ではゲノムが大きく縮小している)」だ。
この研究ではカメノコハムシの共生細菌を調べる中で、ボルバッキアとともにStameraと呼ばれる細菌が存在するのを発見する。またこの共生の広がりを調べるため、我が国をはじめとするこの分野の研究者の協力を得て、全世界のカメノコハムシでこの共生が起こっていることを確認する。
次にこの共生関係が驚くべき巧妙さで行われていることを示している。共生細菌は子孫に伝わる必要がある。後で述べるがStameraは消化管内で働く。しかし消化管の細菌は子孫に伝わらない。驚くことに、Stameraはメスの生殖器官にも存在し、さらに卵の周りのカプセルにも存在する。これが子孫に伝わる仕組みで、この時Stameraを卵から取り除くと、幼虫の生存率が極端に落ち、共生が必須であることを示している。
そして最も驚くのは、ゲノムが271175bpしかなく、251個の遺伝子しか存在しないことだ。18種類のタンパク質を除く残りの機能はほぼ特定できる。Stameraは植物の細胞壁のペクチンを分解して昆虫に提供する役割を演じているが、期待どおりこれに関わる遺伝子群が存在する一方、代謝に関わる遺伝子の多くを失っている。これがこの研究のハイライトで、あとはペクチン分解酵素遺伝子群の機能をしらべて共生がペクチン分解を介していることの証明を行っているが、詳細は省く。
この発見のすごいのは、卵の中でStameraが維持できるという発見だ。強く増殖はしないのかもしれないが、要するに卵の中にStameraの生命を維持する養分が存在するということになる。従って、培養が可能になる確率は高く、生命発生を考えるための生物として今後重要なモデルになるだろう。面白い生物を通り越して、エキサイティングな生物の発見だと思う。