11月8日:喫煙と様々なガンに見られる突然変異との関係(11月4日号Science掲載論文)
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11月8日:喫煙と様々なガンに見られる突然変異との関係(11月4日号Science掲載論文)

2016年11月8日
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   大学に入った頃から50歳になる直前で止めるまで、私はタバコを欠かしたことがなかった。驚くことに、胸部疾患の医師として肺がんの患者さんもたくさん診たが、バイト先の病院の外来では患者さんを診察しながらタバコが吸えた。手術場の医師控え室にも灰皿があって、肺がんの手術の後一服するというのは当たり前の風景だった。今恩師の80歳の誕生祝いのためドイツに来ているが、恩師を始めほとんどの研究者がタバコを実験室の中で吸っていたのを思い出す。
   まあ、そんな悪癖の思い出はどうでもいいが、実際タバコが私たちのゲノムにどのような影響を及ぼすかを調べた論文が米国ロスアラモス国立研究所と英国のサンガー研究所から発表された。我が国のがんセンター、理研、京大も共同著者として参加している。タイトルは「ガンに見られる突然変異の内、喫煙による変異の特徴について」」だ。
  喫煙者のガンでは、非喫煙者のガンに比べ突然変異の数がダントツに多いことはすでに報告がある。ただ、タバコは、決してニコチンとタールの害と簡単に片付けられないほど複雑な化学物質を含んでおり、発がん性が認められるとされている化学物質が六十種類は下らないとされている。この研究の目的は、喫煙者に発生したガン2490、及び喫煙歴の全くない人に発生したガン1063を集め、全エクソーム解析(一部は全ゲノム解析)を行い、突然変異の起こり方の特徴から、タバコが私たちのゲノムにどのように働くのか調べることだ。
   さて、これまでの研究と同じでガンのゲノムに起こった突然変異は喫煙者で圧倒的に多い。例えば小細胞性肺がんでは非喫煙者で3個しかないのに、喫煙者のガンでは145個と跳ね上がる。肺だけではなく、ほとんどのガンで喫煙者の方が突然変異の数が多い。
   次に、それぞれのガンで多く見られる突然変異のタイプを詳しく分類して、4型と呼ばれる特徴が喫煙と強く相関していることを明らかにしている。
   4型はタバコに含まれる物質で言えばベンズピレンにより誘導される塩基置換に対応している。このタイプは、煙に直接晒される細胞のガン(肺がん、こう頭ガン、口腔ガン、食道ガンには見られるが、他のガンではほとんど見られない。したがって、タバコにより多くのガンで突然変異が増える場合も、全てが直接DNAに働いて変異を起こしているわけでない。
   では直接作用が認められない他のガンで喫煙はどのように作用しているのか?例えばどのガンでも普通に見られる5型の特徴を考えると、喫煙により全身の細胞の老化が進み、その結果としてこのタイプの突然変異が増えていると説明できる。
   また、APOBECと呼ばれるデアミネーゼが関わる2型、13型では、タバコの粒子により誘発される炎症が背景にある可能性を示唆している。
   タバコによって上昇する他の型についても議論しているが、これ以上紹介は必要ないだろう。
   要するに、タバコの害は含まれる突然変異誘発物質によるだけでなく、老化や炎症を介して全く異なるタイプの突然変異も上昇する。例えば、胃がんや膀胱癌もタバコにより突然変異が増えるのは後者によると考えて良さそうだ。
   肺ガンでいうと1日20本を一年吸い続けると150個の新たな突然変異が生まれるようだ。この計算でいけばタバコをやめたとはいえ、私の場合突然変異の数は5000個に近いことになる。
   ただ、一つだけ喫煙者を絶望させない話もしておこう。ここで数えられている突然変異はガンで見られる突然変異で、ガンになる前の細胞でも同じことが言えるかどうかはわからない。もちろんガンになる変異にも影響があることは間違いないが、あとは癌細胞が増殖しながら進化する中で急速に変異が蓄積されたと考えていい。実際、ガンになる前の細胞ではこれほど多くの変異はないという研究もある。
   いずれにせよ、私の場合もう手遅れだ。
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11月7日:冠状動脈閉塞には手術かステントか?(10月31日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年11月7日
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   ガンの治療でもそうだが、最初は治療のため手術しかなかった病気に、様々な新しい治療法が開発され、手術をするのか、他の治療を行うのかの判断が難しい局面が様々な疾患で増えてきている。中でも心疾患分野でのカテーテル治療はその典型だろう。動脈硬化で冠状動脈が細くなる冠状動脈疾患に対して、閉塞部位を広げるステント治療を皮切りに、弁の置換手術まで、カテーテルを用いた治療が開発され、また初期の方法の問題を解決した様々な改良が加えられてきた。こうなってくると、最初は手術が難しい場合に行っていたカテーテルによる治療も、一般的治療の選択肢として認められるようになる。一見この状況は患者さんにとっていいように思えるのだが、手術にするかカテーテル治療にするか、ますます判断が難しくなる。
   今日紹介する米国・コロンビア大学を中心とする他施設が参加した共同論文はまさに手術か、カテーテルかの問題を調べるために行われた研究で10月31日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されている。タイトルは、「Everolimus-eluting stents or bypass surgery for left main coronary artery disease(左心主冠動脈疾患に対するエベロリムス溶出ステントとバイパス手術の比較)」だ。
   初期のステント治療の問題は、ステントの血管拡張能力が長続きせず、拡張局所に再狭窄が起こることだった。この問題を解決するためステントに塗り込んだ薬剤が溶け出すことで血管反応を抑えるステントが開発された。この結果、左心冠状動脈主枝の狭窄でもステント治療を安全に治療できるとする治験が相次いで報告されている。この研究では抗がん剤として使われるmTOR阻害剤エベロリムスで再狭窄を防ぐステントが用いられた。
  研究ではなんと1905人の患者さんを無作為にバイパス手術、ステント治療に割り振って、治療後三年間経過を観察、その間のあらゆる死因による死亡に加えて、新たな心筋梗塞や脳卒中の発症を合わせた問題の発生率で評価している。通常治験は治療に特異的な効果判定基準を決めるが、今回の場合は原因を問わず様々な問題を合わせて効果判断に用いることで、多くの施設からの結果を評価できるように計らっている。
   結果だが、三年間の死亡を含む複合的問題の発生を調べると、バイパス手術で15.4%、ステントで14.7%と両者ほぼ互角という結論だ。一方、術後30日以内での死亡は手術で4.9%、ステントで7.9%と、以外にもステントの方が最初の負担が大きい。事実治療すぐにおこる副作用は、手術で8.1%なのに対し、ステントで23.8%と高く、治療の完成度で言えば手術に軍配があがると言える。
   結局実際の判断になると、その病院で経験が豊富な方法を選ぶのがいいという結論になる。それぞれの治療のコストも今後の問題になるだろう。熟練した医師をどう育てるかも重要だ。
   ただ、素人の私から見ると、今回の結果は両方の治療もまだ改善の余地があることを示している。その意味で、さらに切磋琢磨してより安全な治療を達成した方に軍配をあげたい。
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11月6日:新しいメカニズムのアルツハイマー薬の開発(11月4日号Science Translational Medicine掲載論文)

2016年11月6日
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(さらに…)
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11月5日:エネルギードリンクによると思われる肝炎(BMJ Case Report掲載症例報告)

2016年11月5日
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このホームページでも、患者さんから得た経験を一般化するためには、一定数の数を集め、科学的手続きを踏んだ研究から得られるエビデンスが必要であることを強調してきた。とはいえ、医学では伝統的に一人一人の患者さんから学ぶことも重視しており、多くの臨床医学雑誌は症例報告と呼ばれる、医師が経験した一人あるいは複数の患者さんについての詳しいレポートを掲載している。
   この症例報告重視の伝統は、1)人間は遺伝的にも生活習慣においても極めて多様なため、一般化できない発見が多く存在すること、2)たとえ一般化できる臨床的発見も、最初は一人の症例を詳しく解析する過程から始まること、3)まれなケースでも必ず繰り返すため、次の患者に備えるため、多くの医師と経験を共有することが重要なこと、などが背景にある。
   今日紹介するフロリダ医科大学からの論文はまさにこの3つの伝統全てを持つ症例報告でThe British Medical Journal Case Reportにオンライン発表された。同じような症例は我が国でも発生する可能性があり重要性が高いと思い紹介することにした。タイトルは「Rare cause of acute hepatictis: a common energy drink(急性肝炎の珍しい原因:一般のエネルギードリンク)だ。
  急性肝炎と聞くと、一般の方はウイルス性肝炎を思い浮かべると思うが、米国ではその半分が様々な薬剤や化学物質が持つ肝毒性によることが多い。この場合、原因物質を特定し、速やかに暴露を止めることがまず必要がある。この原因物質の中には、薬物や化学物質として認識されていないものも多く、その場合特定が困難になる。なかでもドリンクや食品に混在する化学物質になると、本人もほとんど自覚がなく、診断が難しい。
   この論文では倦怠感、食欲不振、腹痛から始まり、吐き気と嘔吐が繰り返し、強膜の黄疸に気づいて病院を訪れた50歳の患者さんの臨床経過がレポートされている。
  症状から当然急性肝炎を疑い、ウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎、薬物による肝炎の可能性の検討から始めている。入院時の診察では、薬の服用や化学物質への暴露は認められず、また肝炎を起こすウイルス検査は陰性だったが、C型肝炎ウイルス感染とウイルスに対する血中抗体が認められた。これで一件落着かと思えるかもしれないが。C型肝炎ウイルスの感染状態、あるいは抗体価からみても、このウイルスが今回の急性肝炎の原因である可能性は低いと結論に至っている。さらに、肝臓のバイオプシーを行って鑑別診断を試みているが、決め手は浮かび上がって来なかった。
   ところが、血中の葉酸濃度、ビタミンB12濃度が高いことから、サプリメントを常用している可能性が浮上し、患者さんが1日4−5本のエネルギードリンクを飲んでいることがわかった。肝炎を誘発できる原因物質をエネルギードリンクの成分表の中から調べると、ビタミンB3(ナイアシン)が最も怪しいと物質として浮上した。
   幸い入院4日目をピークに、症状も、検査データも急速に改善したため、患者さんは退院、エネルギードリンクもやめたおかげ(?)で、再発もなく現在に至るという経過だ。
結論としては、エネルギードリンクに含まれていたナイアシンによる肝炎と診断している。   この報告から、人間の生活習慣は多様で、思いもかけない原因が病気を誘発していることがわかる。私も、エネルギードリンクを毎日4−5本も飲んでいる人がいるとは考えたこともなかった。
   また珍しい症例でも必ず繰り返す。実は一年前、同じようにエネルギードリンク中のナイアシンによる急性肝炎の症例が報告されていた。この1例目の報告が、今回の診断を助けたことは間違いない。
  そして最後に、一般的エビデンスも一人の症例から始まることがわかる。この研究でも報告された2例を比べ、ナイアシンによる肝炎に特徴的な検査データを特定している(内容は省略)。
   おそらく症例報告の重要性がわかっていただけたと思う。
  では本当にナイアシンが急性肝炎の原因なのか?エネルギードリンクメーカーも心配だろう。科学的に言えば、限りなく黒に近く、よく似た症例が2例になっているが、ナイアシンが黒と原因特定されたとは言い切れない。そのためには、もう一度ナイアシンを飲んでもらって肝炎が起こるか確かめる必要がある。しかしそれができない以上、一定数の患者さんが集まるまで、メーカーは知らぬ存ぜぬを通せばいいだろう。
   しかし、この可能性を知った上で患者さんを診ることは重要だ。また、一般の人にも重要な示唆を与えてくれる。すなわち、健康のためと飲んでいるビタミンも、取りすぎると取り返しのつかない病気につながる。実際、米国では年間23000人もの方が、栄養補助のサプリメントが原因で救急搬送されているようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月4日: PD-1阻害は長期記憶を誘導できるか?(10月29日号Science掲載論文)

2016年11月4日
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昨日に続いて免疫記憶とエピジェネティックスに関する論文を紹介する。今日は、今話題のガン抗体治療薬オプジーボに関わるPD-1阻害について焦点を当てた研究だ。
   ガンの友人に相談された時、免疫チェックポイント機能を抑制する抗体治療ができてからは、最後の望みを託す綱として選択肢が増え、相談に乗る方も少しは気が楽になった。とは言え。すべての人がこの治療に反応するわけではなく、実際は反応しない人のほうが多い。さらに、根治の可能性についても、いつかは効果がなくなることを覚悟する必要がある。これは、チェックポイントを抑制する治療でガンに対するキラーT細胞を再活性化し、消耗を防げても、長期の免疫記憶誘導には至らないことを示唆している。
   昨日解説したように、長期記憶が成立するためには、エピジェネティック・リプログラミングが必要で、この条件を発見できれば、免疫反応を長期間維持することが可能になる。今日紹介するペンシルバニア大学からの研究もPD-1阻害治療が記憶成立に至らない原因を調べた論文で10月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Epigenetic stability of exhausted T cells limits durability of reinvigoration of PD-1 blockade(PD-1阻害により再活性化したT細胞の永続力をエピジェネティックな安定性が制限する)」だ。
   同じ号にハーバード大学からも同じラインの研究についての論文が発表されているが、わかりやすいという点でこの論文を選んだ。
   研究では、CD8T細胞を誘導するLCMウイルスに対する反応をガンの代わりに用い、チェックポイント阻害としては抗PD-1の代わりに、PD-L1に対する抗体を用いている。    まず、抗原刺激が続いてT細胞と、抗体処理により再活性化させたT細胞の遺伝子発現を比べ、PD1阻害によりキラーT細胞が刺激前の状態をある程度回復できるが、記憶T細胞と比べると、遺伝子発現は大きく違っており、また無菌マウスでの細胞の寿命も短いことを示している。すなわち、PD-1阻害だけでは消耗したT細胞をリフレッシュは出来ても、免疫記憶を成立させるほど大きなエピジェネティックリプログラミングが起こらないことを示唆している。
   この結果をエピジェネティック状態の変化と相関させるために、昨年の8月このホームページで紹介したATAC-seqと呼ばれる方法でクロマチンが開いている領域をゲノム全体にわたって比べている。これにより、PD-1阻害により確かにクロマチンの変化が誘導されるが、ほんの一部だけで、記憶T細胞で見られるクロマチン変化のたかだか10%ほどしか変化が誘導できないことがわかった。
   ではPD-1阻害による免疫反応を持続させるためにどうすればいいのか、そのヒントを求めてデータを詳しく解析し、抗体処理後IL-7やIL-2刺激である程度持続性を高められる可能性を示している。
   このように、エピジェネティックスの観点から見ると、PD-1阻害では長期記憶という安定なエピジェネティック変化を誘導することが難しいことがわかる。ただ、山中4因子によるリプログラムからもわかるように、あるクリティカルな転写ネットワークが成立すると、多くの遺伝子を巻き込むリプログラムが可能なので、このクリティカルポイントを探求する意義は大きいと思う。また、昨日紹介したように、代謝などの一般的変化がこれに加わると、リプログラムの可能性が高まる。
   チェックポイント治療による根治を目指してこの領域の研究が進むことを期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月3日:代謝とエピジェネティックス(Nature オンライン版掲載論文)

2016年11月3日
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「記憶は神経細胞分化」と言ったのは、長期記憶の研究でノーベル賞を受賞したエリック・カンデルだが、新しい体験を長期に維持するためには細胞自体が変化する必要のあることを述べた言葉だ。一方、発生学はエピジェネティックスだから、カンデルの言葉を言い換えると、「記憶はエピジェネティックス」ということになる。    実際、神経分野もそうだが、刺激された細胞を純化しやすい免疫系では、最近、免疫記憶とエピジェネティックスについての論文を目にする機会が増えた。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は同じ方向の研究だが、刺激と同時に代謝が変化することが細胞のエピジェネティックス状態を変化させ、長期記憶につながることを示した研究でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「S-2-hydroxyglutarate regulates CD8+ T-lymphocyte fate(S-2-hydroxyglutarateがCD8T細胞の運命を制御する)」だ。
   著者らはCD8T細胞が様々な場所を循環する間にさらされると予想される低酸素状態の影響について調べるため、低酸素に反応する転写因子VHL, Hif1ノックアウトマウスのCD8T細胞と正常CD8T細胞の代謝産物の違いを調べ、VHL遺伝子が存在しないとS-2-hydroxyglutarate(2HG)の細胞内濃度が上昇することに気がついた。すなわち、低酸素に反応して2HGレベルが上昇することが明らかになった。
   次に抗原刺激と低酸素を組み合わせる実験から、2HGが抗原刺激でも上昇するが、それに低酸素加わると一段と濃度が高まることが明らかになった。そこで、2HGのT細胞機能への影響を調べ、T細胞刺激後起こる短期の変化を、長期の変化に変換し、記憶形成に関わることを発見した。これは、抗原刺激後上昇して刺激がなくなると消失する記憶T細胞マーカーCD62Lの発現が、低酸素にさらされ2HG濃度が高まることで、維持されることに現れている。さらに、細胞移植実験で、機能的にも記憶細胞として働くための長期的転換が起こっていることを明らかにしている。
   最後にこの長期記憶成立の背景を追求して、2HGがヒストンメチル化パターンを変化させ、メチル化パターンの調節に重要な役割を演じるUtx遺伝子を抑え、記憶成立に関わる多くの分子の転写開始部位のヒストンをH3K4me3のオン型に変換させていることを明らかにしている。他にも、メチル化DNAとハイドロオキシメチル化DNAについても言及しているが、著者らはこの可能性にはあまり真剣でないような雰囲気で書かれているので、ハイライトとしては低酸素による2HG上昇がヒストンコードを変化させることで免疫記憶が成立したと結論していいだろう。
   ヒストン全体がオフ型に変わって、Utxが抑えられ、そのあとで記憶に関わる遺伝子がオン型に変わる過程の詳細についてはさらに明確にする必要があるだろう。しかし、抗原刺激だけでなく、環境により誘導される代謝変化が合わさって記憶が成立するという発見は新しい展開につながる予感がする。
   最初エピジェネティックス機構は環境への対応、特に酸素濃度や、危害に対する対応の必要性から生まれた。この最初の刷り込みが、免疫記憶誘導にも続いているかと思うと感動する。
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11月2日 擬x擬遺伝子は遺伝子(Natureオンライン版掲載論文)

2016年11月2日
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   擬遺伝子とは、かってはタンパク質をコードしていた遺伝子が、何らかの突然変異により機能を失ったままゲノムの中に残っている遺伝子を指す。したがってどの遺伝子でも擬遺伝子化できるが、種の生存に重要な遺伝子は、擬遺伝子として残ることはまれだ。遺伝子の中で擬遺伝子の数が多いのが、様々な匂いを嗅ぎ分けるためにゲノムに散在している嗅覚受容体分子をコードする遺伝子だ。哺乳類の中でヒトは少ない方で、機能する遺伝子は500個に満たないが、それ以上の数の擬遺伝子を有している。実際、嗅覚受容体遺伝子は重複、欠失を繰り返しており、哺乳類でも必要がなくなったクジラでは機能できる遺伝子は4個に減っている(https://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000006.html)。
  これほど擬遺伝子が多いとどうしても配列だけで判断して擬遺伝子と断定してしまうが、突然変異が入っているからといって擬遺伝子としていいのかは問題だ。事実、嗅覚受容体として機能しなくとも、他の機能があるのではという指摘がこれまでも行われていた。
   今日紹介するスイス・ローザンヌ大学からの論文は、ショウジョウバエの嗅覚受容体の中で、配列上どうしても擬遺伝子としてしか見えない遺伝子が、完全な機能を持っていることを示す研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Olfactory receptor pseudo-pseudogenes(嗅覚受容体の擬・擬遺伝子)」だ。
   実際にはこのpseudo-pseudogenesというタイトルに惹かれて、「擬・擬遺伝子とは何か?」と読み始めた。研究では、Ir75aと呼ばれる酢酸を認識する嗅覚受容体について調べている。酢酸に対する反応が低いショウジョウバエの種類のIr75a遺伝子を調べると期待通り遺伝子の中間にストップコドンが入っている。ところが、PCRで発現遺伝子を見ると、完全なIr75a遺伝子が検出されてしまった。すなわち、ゲノムでは擬遺伝子として分類できるものが、そうではなかったということになる。実際、この遺伝子を取り出して、ショウジョウバエで発現させると、ストップコドンが入っているのに発現が見られる。しかも、神経だけで発現が見られる。結局、ストップコドンを上手く飛ばして転写が進んで、機能的遺伝子が発現することがわかった。
   様々な遺伝子を作ってなぜストップコドンを無視できるのか調べ、ストップコドンの下流にある配列が認識されるとストップコドンが無視できることを明らかにしている。
   最後に同じような転写のされ方をする嗅覚受容体遺伝子が他にも存在することを示して、この方法で少し反応が変化した嗅覚受容体を積極的に生成しているのではないかと示唆している。
   おそらくtRNAがmRNA上でアッセンブルする際の制御にりストップコドンが無視できると考えられるが、分子を完全に同定するには至っていない。このため、現象論的で終わっているのだが、しかしこのような様式が高等動物でも存在するという認識は、今後の遺伝子分類にとって重要だと思う。
  最後にわかりやすく擬・擬遺伝子を定義するなら、擬遺伝子を装う遺伝子とするのが良さそうだ。
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11月1日 気になった論文や記事3題(10月20日号Science掲載コメンタリー他)

2016年11月1日
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    もともと今日はスウェーデン・ルンド大学からの、ヨーロッパアマツバメは10ヶ月続けて空で過ごすことがあることを示した11月21日Current Biologyに掲載予定の論文を紹介しようと思っていた。ところが朝日新聞のワシントン支局小林記者がこの論文を紹介しているのを知った(http://www.asahi.com/articles/ASJBY2HKQJBYUHBI009.html)。よくまとまった記事なので、あえて私が紹介することもないと思い、ここでは簡単に触れて、他新聞記事になりそうな話を2題紹介する。ヨーロッパアマツバメに関しての感想だが、活動を長期間記録するロガーがここまで軽量化できているのかと驚いたし、この論文により、私が今年8月に紹介したグンカンドリは飛行中も寝ることができることを脳波記録から示した論文も間違いないことを確認した(http://aasj.jp/news/watch/5615)。
   最近面白いと思った記事の一つが10月20日号のNature(Vol 538, 290p)に掲載された、Sara Rearoon編集者の記事「Scientists who back Trump (トランプ支持の科学者)」だ。
   アメリカ大統領選挙まで後1週間。両候補ともスキャンダルにまみれた、前代未聞の選挙戦になっているが、それでもクリントンはリベラル、トランプは保守といった図式はあるように見える。では、アメリカの科学者は両候補についてどんな意見を持っているのか気になるが、それに上手に答えたレポートだ。
  記事はトランプ支持のKaylee(偽名)さんというカソリック教徒のポスドクが、今の大学の雰囲気では、トランプ支持を公にすると研究職を失うかもしれないと語るところから始まっている。すなわち、大学や研究所のほとんどが今回は反トランプでまとまっており、トランプ支持者は頭がおかしいのではと迫害されるというのだ。もともとアメリカの大学の教授陣はリベラル派が多い。これにトランプの女性差別や人種差別発言が重なり、大学内がリベラル派以外を排除するところまでに至っているという話だ。
    さもありなんと納得の記事だが、記事の中でリベラル支持の大学の雰囲気を示すため、科学者がリベラルと保守のどちらを支持するかについて分野別に調べた統計が掲載されており、面白かったので最後に紹介する。
   統計では各分野の科学者に、リベラルか、中道か、保守か、あるいはそれ以上に左翼か、右翼かを選ばせている。グラフで示されており、正確な数字ではないが、まずほとんどの分野でリベラル傾向が圧倒的に強い。リベラル傾向の強い順に分野を並べると、天文学、社会学、生物学、地質学、物理学、化学、数学、経済学、そして工学と続く。工学や経済学に保守・中道支持が多いのはなんとなくわかった気になるが、他の分野の順序、例えば生物学の方が数学よりなぜリベラルが多いのかなどはよくわからない。しかし、面白い統計だともと科学者の私は不思議と納得した。一般の方の意見も聞いてみたい。
   最後に紹介するのがスペイン・マドリードコンプルテンセ大学からの論文で、リーマンショックに始まる不況は、皮肉にも死亡率の低下をもたらしたことを示す調査でThe Lancetにオンライン掲載されている。タイトルは「Mortality decrease according to socioeconomic groups during the economic crisis in Spain: a cohort study of 36million people(経済危機期間中、経済的状態によっては死亡率が低下する。3600万人のコホート解析)」だ。
   この論文を読むまで、経済危機によって死亡率が上昇すると思っていたが、これまで多くの国で行われた統計調査では、経済危機により一般的に死亡率が低下することが示されていたようだ。
    この研究では、2001年時点で10−74歳までのスペイン国民3600万人を選び、リーマンショック前後で死亡率を調べている。これまでの研究と同じで、リーマンショック後、全体の死亡率とともに、様々な疾患による死亡率も低下しているという結果を示している。例外はがんによる死亡率で、逆に増加が見られている。
   死亡率の低下は、所得の低い階層に特にはっきり認められることから、生活困窮により死亡率が上昇するというのは、おそらく先進国には当てはまらないという結果だ。
   私が一番驚いたのはスペインでは自殺による死亡率も減少していることだ。私もそうだが、不況により自殺が増えると思うのが常識だ。実際、米国の統計では、経済不況は低所得者層の自殺を増やすことが示されている。我が国の自殺統計を見ると1993年バブル崩壊後上昇を始め1998年に大きく跳ね上っている。スペインと同じ時期のギリシャの経済危機でも自殺率は増加している。   不思議なことに、スペインだけが違うようだ。「Hasta manana! 明日は明日」と挨拶するスペイン人の国民性かと変に感心してしまった。    
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10月31日:タンパク質のスプライシング(10月21日号Science掲載論文)

2016年10月31日
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    プロテアソームで切断されたタンパク質が分断された後再結合するタンパク質のスプライシングを発見したのは、今年のノーベル賞を受賞した大隅さんが大学院を過ごした研究室の教授、安楽さんだが、オートファジーと比べると、この現象はなかなか表舞台に現れることはなかったと思う。実際私の様な門外漢でも、オートファジーについては数多くの論文を読んだが、今日紹介するベルリン・シャリテ医大とロンドン・インペリアルカレッジからの論文を読むまで、タンパク質スプライシングについての論文を読んだ記憶はほとんどない。
   この論文は、タンパク質スプライシングがT細胞を刺戟するペプチド抗原の生成に大きな役割を演じていることを示しており、今後、ウイルス感染免疫やガン免疫成立を考える時、避けては通れない現象になる可能性を示唆している。タイトルは「A large fraction of HLA class I ligands are proteasome-generated spliced peptide (クラスI組織適合抗原に結合するリガンドのかなりの部分がプロテアソームでスプライスされたペプチド)」で、10月21日号のScienceに掲載された。
   タンパク質スプライシングが重要な役割を演じるかもしれないと期待できるのが、T細胞刺激を誘導するペプチドの生成だ。私自身、このT細胞刺戟ペプチドは単純にタンパク質が9−12merに切断されてできてきたと信じ込んできた。しかし、もしタンパク質がスプライシングを受けるとすると、ペプチドの配列はもっと多様になる。
   幸い、最近細胞内のペプチドを網羅的に解析するプロテオーム解析が進み、データベースが整備され、タンパク質スプライシングが決して稀な現象でないことが明らかになってきた。
   この研究では、この様な進展を活かせる情報処理方法を開発し、様々な細胞表面上のHLA抗原に結合しているペプチドを溶出、解析してスプライシングによるペプチドがどの程度存在するか調べている。
   驚くことに、三種類の細胞で調べた時、なんと3割近くのペプチドがスプライシングにより生成されたペプチドであることが分かった。さらに、メラノーマを用いた別の研究から、スプライシングを受けたペプチドがT細胞の試験管内反応を誘導することも確認しており、タンパク質スプライシングにより本来ゲノムにはない新しい免疫原性のあるペプチドができることも示している。
   そして、同じタンパク質から生成されるスプライス型とノンスプライス型のペプチドを比べて、自己抗原ペプチドの三分の一がスプライス型であること、組織適合抗原と結合しやすい様なアミノ酸部位でスプライスを受けていることなどを明らかにしている。
   今後外来抗原やガン抗原での解析が待たれるが、著者らはプロテアソーム内でのタンパク質スプライシングにより、組織適合抗原上に抗原として提示されるペプチドのレパートリーが増えるため、このメカニズムが進化過程で選択されてきたと考えている。確かに、どのペプチドも組織適合抗原に提示されるわけではないことを考えると、スプライシングにより、抗原性を持つペプチドのレパートリーを増やすことは免疫系の多様性にとっては重要に思える。
   繰り返すが、次は外来抗原やガン抗原でのタンパク質スプライシングの役割についての研究を進めて欲しいと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日:自己中心的な衝動を乗り越える(10月19日号Science Advances掲載論文)

2016年10月30日
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    昨日に続いて今日も心理学の論文を紹介する。
   今日紹介するスイス・チューリッヒ大学からの論文は、外から電磁気刺激で脳を操作して自己中心的な気持ちを克服する行動がどう変化するかの研究で、脳と行動を関連させるための操作介入研究だ。論文は10月19日にScience Advances に掲載され、タイトルは「Brain stimulation reveals crucial role of overcoming self-centeredness in self-control(脳刺激研究によって自己中心主義を乗り越える行動が自制心に重要な役割を演じていることが明らかになった)」だ。
   私たちは、将来のため、あるいは他の人との関係を維持するため、現時点の欲望を我慢することができる。この研究の目的は、将来や人間関係を考えて我慢が必要な二つの行動が、側頭頭頂接合部(TPJ)と呼ばれる支配を受けているという仮説を検証するために行われている。この脳領域は、今月10日に紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5895)Theory of Mindと密接に関わると考えられている
  この仮説を証明するために、著者らは経頭蓋磁気刺激法(TMS)でTPJ領域の脳活動を操作し、被験者の行動が影響されるかどうかを調べている。
  将来のために我慢できるかどうかを調べるために、満期まで待てば160フラン、すぐに受け取る場合は0−160フランまでのお金がもらえるという条件で、どちらを選ぶかを決めさせる。例えば、1年待てば160フラン、今受け取る場合は50フラン、あるいは1ヶ月待てば満額、今受け取る場合は30フランと条件を変化させて、それぞれの場合で被験者に選ばせる。この実験をTMSでTPJを操作して繰り返し、影響を調べている。
  同じ様に、今度は最も近い親戚から赤の他人まで、様々な関係の人に自分の取り分をどれだけ他人に提供できるか、決めさせる。この時やはりTMSで刺激を加えて影響を受ける過程を調べている。
   結果だが、「今は我慢する」、あるいは「他の人と取り分を分かち合ってもいい」という気持ち自体はTPJ領域の帰納をTMSで乱しても影響されない。しかし、何ヶ月待てるか、今いくら受け取れるなら我慢できるか、あるいは、関係の大事さとそれに合わせた提供する額のような、量的な指標は大きく変化する。すなわち、我慢する、あるいは大事にするという判断の基準がより厳しくなる。
   最後に、これが自制心と関わることを示すために、他人の視点に立てるかについて調べる課題を行わせ(詳細は省く)、TPJ領域をTMSによって乱すと他人の視点に立つことが障害されることを示している。
   結論的には、TPJ領域は他人の視点に立つ、すなわちTheory of Mindと関わる脳の高次機能を介して、将来のために我慢したり、他人との関係を大事にする行動を支配しているが、我慢しても良い、他人との関係を大事にする気持ちそのものではなく、どの条件なら我慢するかといった気持ちの強さを支配しているという結論だ。
   最初に結論ありきの印象を強く持つが、しかしTMSがこの様に特定の脳領域操作に使えるなら、行動心理研究はかなり進展する気がする。
  一方、頭蓋の外から脳操作が可能だとすると、少し背筋が寒くなる。
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