2017年9月19日
コカインなどの薬剤により神経サーキットが構造的に組変わり、様々な症状の原因になることがわかっている。ただ、実際にコカイン使用時に起こる回路の変化を特定するのは簡単でない。脳を刺激してすぐ反応している細胞をFosなどの転写で特定する方法もあるが、どの神経とどの神経が結合しているのかを明らかにするには、候補のあたりをつけ、それに絞って研究する必要がある。うまくいけば論文になるし、全く無関係だと無駄骨に終わる。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は特定のニューロンと結合する回路のコカインによる変化を網羅的に調べる方法を開発した研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Rabies screen reveals GPe control of cocaine-triggered plasticity(狂犬病ウイルスによる脳回路スクリーニングによりコカインによって誘導される神経回路可塑性を外側淡蒼球が調節することが分かった)」だ。
タイトルにあるように、この研究では狂犬病ウイルス(Rabie)の糖タンパク質がシナプスを超えて、結合している神経細胞間を伝搬する性質を用いて神経細胞同士の結合を調べている。これまでこの方法は領域間の結合を調べるために使われてきたが、薬剤の作用によって起こる回路の変化を網羅的に調べる目的では使われてこなかったと思う。著者らは、コカインにより変化する脳回路を、決めうちしないで網羅的に調べるために、この方法を改良して用いている。
コカインは、マウスの運動性の上昇、薬物を投与された場所への強い指向性を誘導する作用があるが、この研究ではこれらの症状に中脳の腹側被蓋野(VTA)のドーパミン、及びGABA神経が関わると考え、コカイン刺激によりこの2種類の神経と結合する神経がどう変化するかを調べている。
具体的には、VTAのGABAあるいはドーパミン神経にRabie糖蛋白を発現させ、この神経とシナプス結合している神経細胞を、コカイン投与及び非投与マウスで比べ、結合している神経数が大きく変化した脳領域を調べている。
この研究のハイライトは、外側淡蒼球(GPe)と呼ばれる領域の抑制性ニューロンとVTAのドーパミンニューロン及びGABAニューロンとの結合が最も著明に増加することを突き止め、この方法で機能的な脳回路の変化を特定し、この方法が脳回路の変化を調べるのに役に立つことを示したことだ。
一旦変化する回路構成がきまると、そこは脳遺伝子操作の本家本元のスタンフォード大学で、コカインによりGPeのPV陽性抑制ニューロンの興奮性が高まること、この活動がVTAに発現させたRabie標識神経の増加に関わること、そして、多動性や中毒症状に関わる回路がGPeによるGABAニューロンの抑制、GABAニューロンによるドーパミン乳論の抑制と続く回路であることを、様々な遺伝子操作マウスや最新の脳操作法を用いて明らかにしている。結論としては、コカイン服用により、GPePV陽性細胞の興奮上昇、これとつながるGABAニューロンの抑制、抑制の外れたドーパミンニューロンの興奮上昇がおこり、結果運動性の上昇や中毒症状が起こることを示している。
おそらくヒトでも同じような回路が働いているはずで、今後MRIなどを用いてこの部位を狙った検討が行われると想像できる。
2017年9月18日
転写にはエピジェネティックな調節に加えて、染色体の3D構造まで重要な役割を演じていることがわかると、この様な仕組みが全く望めなくなる分裂期、細胞の分化特性はどう維持されるのか不思議だ。おそらく細胞の転写が完全に止まって、さらに染色体が再構成されてしまうと、分化プログラム維持は難しいはずだ。
この問題に取り組んだのが今日紹介するペンシルバニア大学からの論文で9月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Mitotic transcription and waves of gene reactivation during mitotic exit(分裂期の転写と、分裂期からの離脱時に見られる数波にわたる遺伝子再活性)」だ。
分裂期には核膜もなく染色体は分離しているので、核を取り出して染色体沈降を用いて全ゲノムレベルで転写を調べることは難しい。代わりにこの研究では5-ethynyluridine(EU)を用いてできたばかりのRNAをラベルし、できたRNAを沈降させる方法を用いている。具体的には、微小管阻害剤ノコダゾールで細胞を分裂期に停止させ、その後ノコダゾールを洗い流して細胞周期を進める。様々な時期にEUで合成されたばかりのRNAを標識、停止期から離脱してG1期へと進む時のEU標識RNAの配列を調べ、1)分裂期の転写の程度、2)分裂期に上昇するRNA、3)分裂期からG1期へと移行する間にどう本来の転写が戻るのか、について調べている。
この方法が信頼できることを確認した上で、分裂期にも正常レベルの5%程度の転写が維持されており、ほぼすべての遺伝子の転写が低いレベルで維持されている。さらに分裂期で上昇する遺伝子も800近く存在することを明らかにしている。KLF4,ATF3,ELF3など重要な転写因子が含まれるが、FISHを用いてこの3種類の遺伝子の転写が分裂期でアクティブであることも示している。納得できるのは、分裂中に高い転写活性があるのが細胞外と関わる分子群である点で、分裂期に上皮層から外れたら大変なことになる。
このあと分裂期から離脱するときに転写がどう正常化するかを、ノコダゾールを洗い流した後異なる時期にEUラベルする実験で調べているが、まず細胞骨格など構造を維持する分子が転写され、その後波状に転写が進んでいくことを示している。
最後に、この研究に利用した肝細胞株のアイデンティティーに必要な肝細胞特異的遺伝子の転写を見ると、低いレベルで分裂期も維持されているが、転写が戻るのは分裂期離脱後の後期になることも分かった。
他にも転写の回復過程が詳しく調べられているが、詳細はいいだろう。実際には、この研究は入り口で、今後転写が維持されるメカニズム、正常のパターン回復とエピジェネティックスや染色体の3D構造の関係などもっと困難な課題が残っている。今後に期待したい研究だ。
2017年9月17日
Fragile X症候群(FXS)という病気は、ほとんどの方には耳慣れない名前だろう。X染色体上のFMR1遺伝子の突然変異が原因で起こる病気で、患者さんのほとんどは男性だ。耳が大きかったり、へん平足だったりと、軽微な形態形成異常もあるが、一番問題は知能の発達が障害され、自閉症スペクトラムを起こす、脳の発達異常だ。もちろん小児科医に限らず、医師はこの病気についての知識を持っているが、FRM1遺伝子の欠損により何が起こるのかについて知っている医師はそう多くないだろう。これは、FMR1分子が多くのRNAに結合する分子で、mRNAの転写後の調節に関わり、様々な分子の翻訳を抑制しているからで、実際こFXSの細胞中では抑制が外れて多くの分子の発現が上昇している。
最近になって、FRM1と結合するRNAに特異性がないとはいえ、シナプス形成や機能に関わる分子の発現が特に上昇していることがわかり、脳の発達異常の説明ができたかに見えた。しかし、この仮説に従って試された化合物は、あまり効果がなく、シナプス分子とは異なる標的分子が探索されていた。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文はシナプスで発現する分子だけでなく、クロマチンの修飾に関わるmRNAもFRM1に調節されており、その中のBrd4がFXSの治療標的になることを示した研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Excess translation of epigenetic regulators contributes to Fragile X syndrome and is alleviated by Brd4 inhibition(エピジェネティック調節に関わる分子の転写上昇がFragile Xに関わり、Brd4抑制により症状の改善が可能)」だ。
研究ではFRM1に結合するmRNAを見直し、842種類のmRNAの多くは、これまで知られていたようにシナプス形成や機能に関わる分子だが、それ以外にクロマチン修飾に関わるmRNAが多く存在し、実際FXSではクロマチン構造がOn側に強く偏っていることが明らかになった。これらのクロマチン修飾因子の中から、分子標的薬がすでに開発されているBrd4に着目して研究を続けている。
実際、Brd4の発現はFXSで高まっている。そこで、Brd4の機能を阻害するJQ1を培養細胞、最後にFXSモデルマウスに投与すると、クロマチン構造も正常化し、FXSに特徴的な過剰なシナプス形成が抑制され、さらにモデルマウスの自閉症様の症状を抑えることを示している。
さらにBrd4は同じファミリー分子と異なりCK2でリン酸化されることが知られており、この経路を阻害剤で抑えても自閉症様症状を抑えることができた。
両方の薬剤ともガン治療に利用が始まっているが、当然副作用が強い。そこで、ガンには効かない程度の低濃度でそれぞれの薬剤を組み合わせて使った治療実験を行い、期待通り大きな効果があることを示している。さらにすでに発症しているマウスにも効果があることも示せたのは大きい。
ともかく薬剤があるBrd4に焦点を当ててみたらうまくいったという話だが、結果オーライ大歓迎。FXSは治療がないとされてきたが、是非治験の枠組みを検討してほしい。
2017年9月16日
ほぼすべての肝臓癌は、様々な原因による肝臓の慢性炎症に伴う肝細胞の細胞死と,それを補うための肝細胞再生の繰り返しにより起こってくることがわかっている。従って、慢性炎症はただの引き金で、肝細胞の細胞死を慢性的に誘導すれば肝がんが発生するはずで、実際その様な研究が行われてきた。
今日紹介するチューリッヒ大学と、ドイツガン研究所からの共同論文は、肝臓の細胞死を起こりやすくしたマウスで発症する肝がんに関わる分子メカニズムを追求した論文で9月11日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「A dual role of caspase-8 in triggering and sensing proliferation associated DNA damage, a key determinant of liver cancer development (カスパーゼ8増殖に伴うDNA損傷の引き金を引くとともに、損傷を検出する2つの役割を持っており、肝がんの発症の鍵を握る)」だ。
この研究では肝臓特異的に細胞死を防いでいる分子が欠損したマウスを作り、肝がんが発生する過程を追跡、期待どおり細胞死が上昇すると、肝細胞の再生が上昇、その結果増殖ストレスが上昇して、遺伝子の増幅や欠損、そして切断が起こること、またこのストレスを修復するシステムが動員され、発がんを予防することを示している。これとともに、肝がんが発生する前からALT,AST(トランスグルタミナーゼ)の血中濃度を調べることで、細胞増殖の亢進を検出できることも示し、実際の臨床にも役立つ情報になっている。
次に細胞死を誘導するシグナル分子を探索し、炎症とは無関係にTNFシグナルが肝細胞の細胞死を誘導しており、その下流にカスパーゼ8(Cas8)が存在することを明らかにし、炎症とは無関係に細胞死が高まると、細胞増殖が上昇、その結果ゲノムの不安定化が起こり、肝がんが発生するということが確認される。
期待どおりCas8は細胞死を誘導して発がんに関わる、とめでたしめでたしで終わってもいいが(当たり前で面白くないが)、この研究ではこの系でさらにDNA修復機構を追求することで、なんとCas8がDNA損傷を検出するのに重要な働きを演じていることに気がつく。ここから話は分かりにくくなるので、詳細を省いてまとめてしまうと、Cas8により細胞死が誘導される前に、いわゆるインフラマトゾームと呼ばれる多数の分子が集まるシグナル複合体の形成の核になり、JNK転写システムを活性化、最終的に修復に関わるヒストンバリアントのリン酸化に関わることを明らかにする。
以上の結果は、細胞死誘導で発がんを促進しているCas8が、増殖細胞ではゲノムの安定性に寄与するという矛盾する働きを持っていると結論できる。
ただこれは肝がん発生という点から見た話で、普通の状態では障害された細胞を速やかに取り除き、安全にそれを補うという合目的な役割を演じていることになる。何事も過ぎてしまうと、安全装置も働きようがない。
2017年9月15日
昨年世界中の妊婦さんを震撼させたZikaウイルスの例からわかる様に、妊娠中の感染症は胎児の発達に大きな影響がある。Zikaウイルスの様に、胎児の脳に感染して細胞死を誘導してしまう場合もあるが、最近問題になっているのは細菌やウイルス感染によって誘導される母体内での炎症が、明瞭な脳の発達異常ではなく、自閉症スペクトラムにつながる小さな脳回路の変化を誘導してしまうことだ。事実、臨床の論文を読んでいると、母親の炎症と自閉症スペクトラム発症の相関を示すデータが積み上がっている。このことは、妊娠前のワクチン摂取も含めて、妊娠中に感染による炎症が起こらない様、できる手は全て打つことが重要だろう。
実際、動物モデルでは炎症性のサイトカインIL-17を妊娠中に投与するだけで社会性が低下し、繰り返し行動が高まった自閉症によく似たマウスができる。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は母体の炎症から、生まれた子供の自閉症様症状までのブラックボックスを丹念に解きほぐした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Reversing behavioural abnormalities in mice exposed to maternal inflammation(母体の炎症にさらされたマウスの行動異常を回復させる)」だ。
このグループは、受精後12.5日目に母体に炎症を誘導すると、生まれてくるマウスの脳の体性感覚野に、皮質のマーカーを使った免疫染色で特定できるCortical Patchと呼ばれる組織異常が誘導され、これが行動異常と関連することを示していた。
この論文では炎症から行動までのブラックボックスを説明することに成功しており、明らかになったシナリオは以下の様なものだ。
1) 皮質神経細胞のIL-17Rをノックアウトすると、Cortical Patchの形成を予防でき、母体の炎症の影響を受けなくなる。すなわち、母体でIL-17が上昇するのを止めるのが予防になる(個人的見解:IL-17に対する抗体は現在治療に使われていることを考えると、母体が感染したとき、この抗体を利用することも考えられる)
2) IL-17Rを発現した神経細胞が刺激されることで、体性感覚野では介在神経が特異的に減少し、その領域の神経活動が生後も高まった状態が続く。
3) 正常マウスの体性感覚野の神経興奮を光遺伝学的に高めると、社会性の低下、繰り返し行動などの異常が出る。また、介在神経の活性を低下させても同じ様な行動異常がみられる。要するに、炎症に起因する体性感覚野での抑制性介在神経活動の低下が、この領域の興奮を高め行動異常につながる。
4) 逆に炎症により誘導された行動異常は、この領域の神経活動を抑えることで予防できる。
5) 体性感覚野の神経細胞は、側頭部連合野と線条体に神経線維を伸ばしているが、側頭部連合野との結合が社会性を支配し、線条体との結合が繰り返し運動を支配することを、やはり光遺伝学的手法による神経刺激で確認している。
以上、炎症から回路異常誘導、生理学的過刺激による行動以上まで、動物モデルとはいえブラックボックスを開けてくれた。しかも、妊娠時、及び生後の様々な介入可能性を示唆している。モデルマウスでも自閉症スペクトラム研究にとってこれだけ大きな貢献ができることを示した重要な論文だと思う。
2017年9月14日
腸内細菌叢がもう一人の自分として、免疫系や代謝に大きな役割を果たしていることがわかってから、研究機関だけでなく、多くの企業も便の細菌叢を調べる研究を行っているようだ。もちろん、細菌叢を指標に、健康にいい食品や飲料を開発しようとしているのだと思う。これまでの研究から、病気やメタボの人の細菌叢を調べれば何らかの変化は見つかると思うが、しかし実際に各社の製品が良い効果をあげることを示すことは、複雑な腸内細菌の構成を考えると簡単でない。結局、厳格なエビデンスを取らないまま、マーケティングでしのぐことになる。今後細菌叢検査を企業が簡単に利用するためには、細菌叢全体を簡単な指標で表現でき、good or badと簡単に判断できるようにする技術が必要になるだろう。
今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は細菌叢の構成を調べて解釈に苦労するのではなく、簡単な指標を探すための研究の一つでInternational Journal of Obesityオンライン版に掲載された。タイトルは「Pre-treatment microbial prevotella to bacteriocides ratio determines body fat loss success during a 6 month randomized controlled diet intervention(細菌叢のPrevotella vs Bacterioides 比は6ヶ月のダイエット食の効果を調べる無作為化試験の結果を予測できる)」だ。
この研究は、発想も実験も実に単純で、何千もの細菌叢を分析して結局泥沼に陥ることを避けている。まずこれまでの研究で、肉食に偏るとBacterioides系統が増え、炭水化物と繊維の多い食事を取っている人はPrevotella系統が多いことがわかっている。そこで、他の細菌系統は全部無視して、この両者の比(P/B比)を指標に、高い植物繊維型と低い脂肪型にわけ、その上で、繊維を増やしたダイエット食の効果がどちらに見られるか調べている。
方法は全細菌を調べるのではなく、系統特異的なプライマーを使ってPrevotellaとBacterioidesの相対量を調べ、その比が0.01より高いと植物繊維型、多いと脂肪型に分けている。もともとPrevotellaの比率は極めて低く、今回も全く存在しなかった人もいたようで、その人たちは除外している。それぞれのグループで、無作為化してデンマークの通常食、及び繊維の多いダイエット食を半年続けてもらって、6ヶ月後の体重と体脂肪を計測している。
さて結果だが、植物繊維型の細菌叢を持っていた人は、ダイエット食の効果が3.4Kgだったが、脂肪型の細菌叢を持っていた人では1.1Kgで止まっている。さらに、ダイエットをやめてからさらに6ヶ月経った後の体重を調べると、植物繊維型の人はそのまま体重が維持できたのに、脂肪型の人は元に戻ったという結果だ。
実際にはよくデータをみるともう少し複雑だが、著者らの結論をとりあえず鵜呑みにしておこう。この結果が正しいかどうかは、今後さらに多くの人で検証されるだろう。ただ、全細菌の構成を調べて泥沼に陥るのではなく、もっと簡単な指標が開発されれば、簡単に細菌叢の検査が使えるようになる。それを示せたいい例だと思う。
2017年9月13日
実際には最後までわかっていないのに、なんとなく全部わかった気になることがある。例えば、「パーキンソン病は黒質のドーパミン産生細胞が死ぬことで起こる」という説明は十分納得できるし、実際死んだ細胞を補う細胞治療も着々と開発されている。しかし、「なぜ黒質の細胞だけが死ぬの?」と改めて問い直すと何もわかっていないことを認識する。これに対し、シヌクレインやパーキン分子とパーキンソン病の関係が明らかにされると、最終的にリソゾームやミトコンドリア機能異常が関わりそうだというところまで来る。それぞれ細胞にとって重要な小器官なので「それなら細胞は死ぬ」とまた納得してしまうが、本当は理解すべき細部が存在する。そして、この細部にこそ治療可能性が宿っている。
今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文はリソゾーム、ミトコンドリア異常両方が黒質の選択的細胞死を誘導するのか調べた論文でScienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Dopamine oxidation mediates mitochondrial and lysosomal dysfunction in Parkinson’s disease(パーキンソン病でのミトコンドリアとリソゾームの機能異常はドーパミンの酸化により誘導される)」だ。
この研究は最初DJ-1と呼ばれる酸化ストレスに抵抗する分子の欠損とパーキンソン病(PD)の関係を研究していた様だ。この分子が両方欠損すると、急速にパーキンソン病が発症してくる。この患者さんからiPSを作り、ドーパミン産生細胞に分化させてから、試験管内で培養を続け、DJ-1欠損PD由来細胞の変化を調べた。すると、全般的に酸化活性が高まり、50日目からミトコンドリアへの酸化ストレスが高まることがわかった。正常人由来のドーパミン細胞のDJ-1をCRISPR/Cas9でノックアウトしても同じ結果になる。さらに重要なのは、DJ-1は正常のPD患者さんでも、時間が経つとDJ-1の活性が低下することで、PD共通の分子異常が見つかったことになる。
次に、黒質細胞ではドーパミンと共通の経路でつくられるメラニンが蓄積するので、ドーパミン酸化が進むとメラニンを蓄積するリソゾームの機能異常も起こるのではと調べると、リソゾームのglucocerebrosidaseがまず選択的に低下し、その結果リソゾームでのタンパク質の分解も低下、シヌクレインの分泌異常へと発展することが明らかになった。さらに、パーキン、ピンクなど他の変異によるPDでも同じ結果が得られている。
これらの結果は、ミトコンドリア異常による酸化ストレスなどにより、ドーパミンやシヌクレインの産生が増加するとともに、酸化ドーパミンがリソゾームに蓄積してリソゾームの機能を阻害するという経路がPD発症共通の経路として特定できたことを意味する。そして、酸化防止剤やカルシウム代謝を変化させることでこの悪いサイクルを止めることが可能であることを示している。
最後にマウスではDJ-1をノックアウトしても同じ変化を誘導できないが、L-DopaをDJ-1が欠損したマウスに投与し続けると、人と同じ変化を起こすマウスモデルができること、ヒトとマウス両方のモデルで、カリシニュウリン阻害剤のFK506が酸化ドーパミンの蓄積を止めることを明らかにしている。
以上の結果は、もとの原因に関わらずほとんどのPDで、ミトコンドリアとリソゾームが酸化ドーパミンの異常蓄積を媒介につながっていることを示し、予防可能性を示した点で重要だと思う。ただ、FK506は免疫抑制効果も強いので、すぐ投与できるものではない。この発見が治療につながるには時間がかかりそうだが、間違いなく大きな一歩だと思う。また素人考えながら、DJ-1が低下してきた時点でのL-dopa投与法も考える必要があるだろう。ここからは、専門医と研究者の議論を深めて、治験や治療法の改善のためのプロトコル作成が必要になる。期待したい。
2017年9月12日
Talimogeneは2015年FDAにより認可されたメラノーマの治療で、なんとヘルペスウイルスそのものを用いている。通常ヘルペスウイルスが感染し増殖するとその細胞は融解するが、局所の炎症、免疫などによりウイルスの増殖伝搬を抑えられると感染は収束していく。
ウイルス側にはICP34.5分子が存在し、ウイルス感染で細胞内に起こる宿主細胞のストレス反応を抑えることで、感染した細胞内で増殖ができるようになっている。TalimogeneのミソはICP34.5を外してしまって、正常細胞では増殖できないようにし、ストレス反応がもともと低下しているがん細胞だけで増殖できるようにした点だ。すなわち、ウイルスを使って腫瘍だけを溶かしてしまおうという面白いアイデアの治療だ。ただ、それだけでは全身効果が望めないので、ICP34.5の代わりにマクロファージを呼び寄せるGM-CSFが組み込まれており、壊れた細胞を処理して免疫反応を誘導できればウイルスを注射していない場所のガンにも効くという隠し味が加えられていた。しかし、FDAに認可されたとはいえ、治験結果は患者さんの生存自体には影響がないと、隠し味で狙った免疫増強効果は否定された。
今日紹介するUCLAを始めとする他施設共同の第1相治験は、Talimogeneの免疫誘導作用を抗PD-1チェックポイント治療と組み合わせて高められないか調べた研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Oncolytic virotherapy promotes intratumoral T cell infiltration and improves anti-PD1 immunotherapy(腫瘍溶解性ウイルス治療は腫瘍内のT細胞浸潤を高め抗PD−1抗体治療を改善する)」だ。
しかし第1相の臨床試験がCellに掲載される時代が来たのだと驚く。今後Nature, Cellなどにますます臨床論文が増えそうだ。
すでに前書きに述べたようにこの研究の目的は明確で、TalimogeneがPD-1抗体と組み合わせることで、個別の治療以上の効果があるかどうか調べることだ。
治験ではまず腫瘍内にTalimogeneを注射して6週間待ち、抗PD-1治療(メルク社の抗体を用いている)開始、その後の生存、腫瘍局所の細胞浸潤を調べている。コントロールを置いているわけではなく、効果については正確には論評できない。ただ、これまでの多くの臨床治験から抗PD1治療は33%のメラノーマ患者さんにしか効果がないので、これを上回ればいいと主張している。
結果は期待通りで、ほぼ倍の62%の患者さんの腫瘍が完全消失し、80週消えたまま経過している。また、全体の生存も19ヶ月時点で8割を超えているので、期待できるという結果だ。
この研究のもう一つの目的は、先に述べた隠し味が本当に効くことを組織学的に証明することで、治療前、Talimogene注射後、そしてTalimogene+anti-PD1治療後について、ウイルスを注射した場所と、注射しなかった場所の組織を調べている。結論としては、ウイルス注入部にまずキラーT細胞の浸潤が起こり、また注入しなかった場所にも細胞の浸潤がおこり、また末梢血のキラー細胞などの免疫担当細胞も上昇し、全身に散らばる腫瘍増殖を抑制でき、隠し味は有効だったという話だ。
現在600例を越す第3相の治験が進んでいるようで、結論はこの結果を見てからになる。わざわざ中間報告をしたのは、それがうまくいっていることをチラッと示すためで、本当にCellにふさわしい論文かについては疑問を持った。いずれにせよ、チェックポイント療法を高めるための新しい治療が世界中で進む現状を見ると、本家の我が国でも、もっと免疫を高め効果を100%にする研究が進んで欲しいと思う。
2017年9月11日
真核生物にしかないとされている細胞骨格、クロマチン構造に関わるヒストンなどの分子、エピジェネティックメカニズムなどは、詳しく調べれば細菌や古細菌に存在することがゲノム研究から明らかになっている。最近、このようなプロトタイプ分子の機能についての研究が進み、系統的に大きく離れた生物間であっても、機能の連続性という観点から進化を見ることが可能になってきた。この結果、単細胞動物の研究が新しい領域に入ってきたような気がしている。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校とハーバード大学の共同論文は、バクテリアと真核生物の思いもかけない共存関係を示した研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Mating in the closest living relatives of animals is induced by a bacterial chondroitinase(動物に最も近い生物の接合はバクテリア由来のコンドロイチン分解酵素により誘導される)」だ。
おそらくタイトルだけではどんな論文かよくわからないと思う人は多いはずだ。この研究では多細胞動物に系統的に最も近く、細胞同士が集まって群れを作り、接合する単細胞生物、襟鞭毛虫が研究対象だ。この襟鞭毛虫にイカと共生して発光に関わるビブリオ・フィッシェリ(VF)を加えると、まばらに孤立して存在している襟鞭毛虫が急速に集合し、群れることを発見している。
次に集合によって何が起こるか調べ、襟鞭毛虫同士が接合し、遺伝子組み換えが進むことを発見する。すなわち、VFのおかげでバラバラの襟鞭毛虫は集まって、接合、遺伝子の組み替えが誘導される。
次にVFが接合を誘導するメカニズムを調べ、コンドロイチン硫酸を分解する酵素活性があり、この活性により接合が起こること、そして襟鞭毛虫側でその基質となるコンドロイチンが合成されることを示している。
話はこれだけだが、まず多細胞生物に系統的に近いとはいえ、単細胞生物にすでに細胞マトリックスとして動物内で働くと多糖体コンドロイチンを合成するすべての酵素が存在し、コンドロイチンを分泌していることから、コンドロイチンやヒアルロン酸のようなマトリックスの起源が単細胞から存在することがわかる。さらに驚きは、このマトリックスを変化させ集合・接合が誘導される引き金をバクテリアが引くことだ。
もちろんなぜこのような共生関係が成立したのか、またバクテリアにとって襟鞭毛虫の接合を誘導することにどのようなメリットがあるのか、この研究だけからはわからない。しかし、この系にプロテオグリカン系の細胞外マトリックスの進化を知るための重要なヒントがあることは確かだ。次の展開が楽しみな論文だった。
2017年9月10日