ミトコンドリアは細胞のエネルギー代謝に必須の器官だが、この器官に必要な遺伝子の一部は細胞の核とは独立してミトコンドリアゲノムとして存在し、また独立して分裂する。元々精子にミトコンドリアの数は少なく、また受精後ほとんど完全に精子由来のミトコンドリアはオートファジーにより消滅するため、事実上ミトコンドリアは母親に由来する。このホームページでも解説した事があるが(2013年9月)、ミトコンドリア病はミトコンドリアの遺伝子の突然変異の結果起こる病気だ。しかし、ミトコンドリア遺伝子の持つ独立性のために、発症機序を理解する事がなかなか難しい。実際、人間の親子でミトコンドリアがどう伝わっているかについて詳しい研究はそれほど多くない。今日紹介するペンシルバニア州立大学からの論文は、このギャップを埋めるべく39組の親子の血液と頬粘膜細胞のミトコンドリア遺伝子配列を調べた研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Maternal age effect and severe germ-line bottleneck in the inheritance of human mitochondrial DNA(ヒトミトコンドリアDNA遺伝における母体年齢の影響と激しい生殖細胞ボトルネック)」だ。おそらくタイトルの生殖細胞ボトルネックと言う言葉を知っている方は少ないだろう。これは卵子形成過程で一度ミトコンドリアの数が急速に低下した後、分裂により元にもどる現象を指す。これにより、機能異常をもつミトコンドリアを淘汰していると考えられている。さて、この研究では39組の母子の細胞内のミトコンドリア遺伝子配列を調べて、細胞内に突然変異を起こしたミトコンドリアがどの程度存在しているのかを調べている。ミトコンドリアの遺伝の理解を難しくしている原因が、ヘテロプラスミーと呼ばれる現象で、一つの細胞に正常と突然変異を持ったミトコンドリアが共存することを言う。ミトコンドリアゲノムが独立性を持つため起こる状態だが、一つのミトコンドリアで突然変異が起こっても、細胞内には多くの正常ミトコンドリアが存在するため異常が表に出ない。ただ、分裂しない神経細胞などで、異常ミトコンドリアの増殖が高まり細胞を占拠し始めると症状がでてくる。他にも、先に述べたボトルネックを通るとき、異常ミトコンドリアの比率が急に増えることがあり、お母さんは正常なのに子供で病気が急に発症したりする。実際今回の研究で、ほぼ全ての親子で、突然変異を持つミトコンドリアが見つかる。また、突然変異の1/8は病気を起こす可能性がある突然変異だ。幸い、その割合は低く、1例を除いてそのままで異常を起こす事はない。また、アミノ酸変異を起こす突然変異は、ボトルネックの際淘汰されるのか子供に伝わりにくい。とは言え、20代に出産した組を30代で出産した組と比べると、異常ミトコンドリアが子供に伝わる確率は2−3倍上昇する。さらに39組中1組で子供の細胞で異常DNAが急激に増加しているケースも発見されている。以上の事から、ミトコンドリアヘテロプラスミーは誰にでも見られる事がわかる。そして、生殖細胞ボトルネックが異常ミトコンドリアの挙動を左右している事も良くわかった。このためこの研究では、ボトルネックでミトコンドリアの数はどの程度低下するのかを計算している。すると驚いた事に、普通なら10万個程度存在するミトコンドリアが一度は40個以下に減少する事が計算からわかって来た。とすると、ミトコンドリアは氷河期の人類が晒されたのと同じ様な凄まじい淘汰に毎世代晒されている事になる。この結果が裏目に出る事もあるが、このおかげで私たちは異常ミトコンドリアに占拠されずに済んでいるようだ。地道だが、ミトコンドリア病を理解するためには重要な研究だと思った。
10月19日:凄まじい淘汰のおかげでミトコンドリアの質が保たれている(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)
10月18日:予想以上に進む遺伝子改変リンパ球によるガンの治療(10月16日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)
ガンに対して細胞障害性のモノクローナル抗体を投与する事は今や普通の治療になった。また我が国でもガンの免疫細胞療法を提供する医療機関や企業が増えている。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、この両方を遺伝子操作で合体させて、ガンの免疫療法の確実で高い効果を狙った研究で、10月16日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Chimeric antigen receptor T cells for sustained remission in leukemia (キメラ抗原受容体T細胞による白血病の長期寛解)」だ。今から25年ほど前だが、私が熊本大学に在籍して免疫学会にも関わっていた頃、リンパ球が抗原刺激で活性化されるシグナルについての理解が急速に進んだ。我が国でも当時千葉大学の(現在は理研)齋藤隆さん達が精力的に取り組んでいたので今でも良く覚えている。特に抗原受容体とCD3と呼ばれる4種類の分子の複合体が細胞内のシグナルとして伝わるのか解明すべく熾烈な競争が行なわれていた。そんな時、4種類の分子のうちゼータ鎖分子があればシグナルが伝わる事が、ゼータ分子を直接CD8と呼ばれる分子に結合させたキメラ分子を使って証明された。今日紹介する論文はこの4半世紀前の研究がルーツだ。この研究では、急性白血病に発現しているCD19に対する抗体とゼータ鎖分子の遺伝子を合体させたキメラ遺伝子を用いている。この遺伝子を、患者さんの抹消血から調整したT細胞に遺伝子導入し、試験管内で増幅した後、患者さんに投与している。こうして投与されたT細胞はそれ自身の特異性に関わらずゼータ鎖で活性化されており、CD19を細胞表面に持つ白血病細胞に結合して殺してしまう。実際には、これが臨床で利用できるかどうか2010年頃から少ない症例で治験が行なわれ、有望と判断されて来た。今回の臨床研究はこの続きで更に規模を30人に拡大して2年間の経過を見ている。現在では小児の白血病に対しては治療法が確立し、治療成績もいい。それでも、一定の割合で再発例が見られ、また再発すると治療が困難になる。この臨床研究では、まさにこのような患者さんを集め、キメラ遺伝子を導入した自己T細胞を注射している。結果はこれまでの研究結果を支持し、なんと9割の患者さんで完全寛解が見られている。さらに78%の患者さんが2年間目で生存しており、6ヶ月目で何も起こらない患者さんの率は68%、2年目でも50%に達している。十分な数の遺伝子導入T細胞を導入できればかなりの確度で白血病細胞を押さえる事が出来ることが確認された。また、再発のないケースでは注入したT細胞も長期間体内で維持され、ガンを押さえ続けている事が確認された。これは以前の研究から予想された事だが、30人を2年にわたって追跡する事で、副作用やその対処法がしっかり検討されている。例えばこの細胞を注入すると、やはりCD19を発現しているB細胞も殺され、抗体が作れなくなる。このような治療により必ず起こる長期の副作用にたいしては対処可能だが、おそらくそのための治療を続ける事は患者さんには大きな負担になると考えられる。成績は素晴らしいが、いろいろな問題を考えさされた。先ず、この治療法は他のガンに拡大されて行くだろう。特に細胞障害性抗体の効果がはっきりしているガンでは広く使われる予感がする。特にガンだけに安定して発現している様な抗原が見つかれば更に副作用の少ない治療は可能だろう。一方、小児白血病の治療としては、やはりあくまでも最後のラインとして位置づけるべきだろう。現在も様々な薬剤の開発は続いており、選択肢は増えている。それでも再発する例については、このパワフルな治療法が待っているという順番だろう。そうすると、各病院で遺伝子導入した細胞を調整するのは非現実的だ。かなり早い段階から、議論をした方がいいと思う。しかし、四半世紀をかけて、新しいパワフルな技術の臨床応用が可能になった事は喜びたい。
10月17日:悲しい現実と希望(10月号Biological Psychiatry及びアメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)
4年ほど前に北ルーマニアの木造教会群を旅行したが、ヨーロッパの他の国と比べても、信心の厚いキリスト教国(ルーマニア正教)と言う印象だった。しかしこの国も、チャウシェスク政権下では様々な精神的破壊を経験している。実際、美術館に行っても戦後の文化活動の低下が良くわかる。私は音楽家しか知らないが、エネスコやリゲティなど芸術の豊かな国のはずだ。この独裁政権下で今でも記憶に残るのがチャウシェスクの孤児と呼ばれている孤児院に入れられた数千人の子供達だ。人口増加を計る目的で、チャウシェスクは人工中絶禁止政策などをとったが、この結果多くの子供が捨てられる結果を招き、この子供達を急設した孤児院に収容する。この子供達の置かれた劣悪な環境が、チャウシェスク政権崩壊時明るみに出て、ニュースで取り上げられた。今や私たちの記憶から消えようとしているが、子供達には悪いがこの滅多にない経験を医学的に追跡し続けているコホート研究があるのを知って驚いた。今日紹介する論文はハーバード大子供病院の論文で、この子供達が成人してからの精神状態についてMRI検査とともに行なっている研究で、Biological Psychiatry誌10月号に掲載されている。タイトルは「Widespread reduction of cortical thickness following severe early-life deprivation:A neurodevelopmental pathway to attention-deficit/hyperactivity disorder(幼児期に厳しい条件に置かれると大脳皮質が小さくなる:ADHD症候群への神経学的経路)」だ。少しタイトルは大げさだが、この研究では孤児院に収容された子供達58人を8歳、10歳時にMRIとADHD(注意欠陥過活動性障害)について調べている。結果は明快で、孤児院に収容された子供達は、大脳の広い範囲で皮質灰白質の厚さが低下しており、この低下により、常道性や注意障害などが起こっているようだ。悲しい結果だが、この機会をしっかりと記録し続けている研究がある事を知って心強く思った。この子供達の脳は既に成長期を過ぎており、症状を改善するのは至難の業だろう等、考えていると思いがけない論文を見つけた。これもハーバード、マサチューセッツ総合病院からの論文で、自閉症の症状を改善する薬剤の研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Sulforaphane treatment of autism spectrum disorder(ASD) (自閉症スペクトラム障害のスルフォラファンによる治療)」だ。この研究では、最初ブロッコリーから抽出されたスルフォラファンを13−27歳の自閉症患者さんに4ヶ月にわたって間服用してもらい、症状を調べている。程度の差はあるが、ほぼ全ての患者さんの様々な症状が大幅に改善する。一方、偽薬を飲んでいる群では全く改善はない。症状が改善するのは、異常行動、社会性、興奮性、無気力、多動、常同性などだ。対症療法である事は、服用を辞めるとすぐに元にもどる。従って、服用を続ける必要がある。ただ、スフロラファンは日本でも食品メーカーから売られている抗酸化作用をうたったサプリメントで、長期服用は可能ではないだろうか。だとすると、ADHDの子供達にも是非試してあげて欲しいと思う。
10月16日:腸内細菌叢を飲み薬にして難治性下痢に使う(10月11日発行アメリカ医師会雑誌掲載論文)
このホームページで何回も紹介して来たように、腸内細菌叢研究がこれほど盛り上がりを見せているのは、これまで治療が困難だった様々な病気を、腸内細菌叢を変化させて治す可能性があるからだ。このため、論文の多くは、腸内細菌叢を他の個体に移植する、言い換えれば大便を他の個体の腸内に移植すると言う方法を用いている。これは何も動物実験だけではない。実際健康人の大便の移植は炎症性腸疾患の治療として使われ始めており、我が国でもこの治療を提供している医療機関がある。ただ、これまでの治療は大便中の腸内細菌を分離して、それを内視鏡やチューブで直接腸内に移植する方法を用いている。もし腸内細菌叢の移植の治療成績がいいなら、経口的に服用する事で同じ効果が得られないかと考えるのは当然の成り行きだろう。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、この可能性を20人のクロストリディウム・ディフィシーユ感染による難治性の下痢患者さんで確かめた研究で、10月号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Oral, capsulized, frozen fecal microbiota transplantation for relapsing clostridium difficile infection(再発を繰り返すクロストリディウム・ディフィシーユ感染を凍結腸内細菌叢カプセルの経口服用で治療する)」だ。クロストリディウム・ディフィシーユは免疫機能が低下している場合に起こる感染症で、他の細菌を抗生物質で治療しているうちに勢力を拡大して腸炎を起こす厄介な細菌だ。バンコマイシンが効くが、患者さんの一部は慢性化し、再発を繰り返す難治性のケースに発展する。この再発する難治例について、このグループは腸内細菌叢をチューブで直接腸内に移植し成果を収めていたようだ。今回の研究は、腸内直接投与の代わりに、腸内細菌叢を健常人から分離し、これを遅溶性のカプセルにつめて20人の患者さんに経口的に服用させ、6ヶ月経過を見ている。便の処理だが、正常大気中で行なっており、嫌気性菌はある程度の障害を受けている可能性がある。処理後の細菌叢の構成などは調べていないようだ。基本的には濾過、遠心などを繰り返し、細菌叢が濃縮された浮遊液を調整、それを0.6mlのカプセルにつめ、更に念のため一サイズ大きなカプセルをかぶせて調整は完成だ。このカプセルが溶けるのに、約100時間かかる事も確かめている。これを−80℃で保存し、患者さんには15錠を2日に分けて服用してもらう。うまく効かない場合は、もう一度だけ同じ治療を行なっている。予想通りと言うか、結果は上々だ。2日間の投与で14例はすぐに症状が改善している。残りの6例は、元々健康状態の悪かった患者さんで、このうち4例は2回目の投与後症状の改善を見ている。6ヶ月経過した時点で、18例がほぼ健康を回復し、下痢は完全に治っている。この治療以前、抗生物質等ではほとんどコントロールできなかった事を考えると、素晴らしい結果だ。おそらく、大便由来であると言う想像力さえ少し鈍化させれば、これほど安価で効果的な治療法はない。自信があるのか、ディスカッションで大規模臨床研究を行なうにしても、プラシーボ群をもうけるなど普通の治験方法を用いるのは非人道的だとまで言っている。誰も考えられる事とは言え、驚いた。しかし論文を読んでいると、この分野の我が国のプレゼンスはあまり高くないように思う。と言うよりアメリカの一人勝ちの分野に思える。我が国では、腸内細菌叢を売りにしたヨーグルトが大ヒットだが、細菌叢全体として考えて行く総合的なアプローチにあっという間に追い越されてしまうかもしれない。実際、腸内細菌叢をバランスを崩さず培養したり、増幅したりする技術はこれからの研究に重要だ。医療費削減から考えると、最重点領域かもしれない。
10月15日:多発性骨髄腫に対する薬剤を鍛え上げる(10月13日発行Cancer Cell掲載論文)
理研には後藤さん率いる創薬プロジェクトがある。化学から生物まで専門家が集まって、アカデミアの成果を薬剤開発につなげる事が目的だ。このチームには、普通医学部には見かけない、有機化学の専門家がいて、どうすれば化学化合物が薬剤として鍛え上げられるかを教えてくれる。一緒に仕事をしていると、抽象的な化学式が頭の中では実体としてイメージできる人だと良くわかる。また実際の創薬が、この様なメディシナルケミストと呼ばれる人なしでは決して進まない事も良くわかる。この薬を「鍛え上げる」と言う実感を教えてくれるのが今日紹介するロンドンのインペリアルカレッジとイタリアの国立研究所からの論文で、10月13日発行のCancer Cell誌に掲載されている。タイトルは「Cancer-selective targeting of the NF-κB survival pathway with GADD45β/MKK7 inhibitors(GADD45β/MKK7阻害剤でNF-κBを介する生存シグナルを標的としてガンを特異的に制圧する)」だ。この研究の標的は現在も治療が困難な多発性骨髄腫だ。この腫瘍の多くはその生存がNF-κBシグナル分子に依存している事がわかっている。しかし、NF-κBは身体の様々な細胞で重要な機能を担っており、薬剤が開発されても副作用が強いと予想される。このためNF-κBの上流で働いている分子に対する薬剤がこれまでも開発され、特に免疫疾患には使われ始めている。この研究では逆にNF-κBの下流の分子過程を標的にがん特異的な薬剤が作れないかが試みられている。まず多発性骨髄腫でこの分子の下流で細胞の生存に関わる一連の分子過程を、NF-κB 活性化によるGADD45β発現、GADD45βによるMKK7抑制、MKK7抑制によるJNK活性の抑制、その結果としての細胞死の抑制と特定した。次にまず試験管内でGADD45βとMKK7の結合を阻害する分子をスクリーニングしている。おそらく他のライブラリーも調べたのだろうが、GADD45βとMKK7の結合阻害活性がヒットして来たのがこの研究では4つのアミノ酸をランダムに重合させたテトラペプチドライブラリーの中の2化合物だった。ただ、このままの形では血中の蛋白分解酵素ですぐ分解される。そこで先ず鍛え上げ第一弾として、アミノ酸を私たちが使っているL型からD型に変換する。すると運良く、阻害活性はそのままの分解されにくい阻害剤に変換できた。鍛え上げ第2弾は、細胞内への透過性を上げる事で、これをアセチル化されたペプチドをベンジルオキシカルボニル基に変える事で達成している。この分子が確かに細胞内に入り骨髄腫細胞を殺す事を確認した上で、鍛え上げの仕上げは計算機による活性部位の構造計算に基づく最適化過程で、これによりDTP3と言う分子が出来上がった。モデル実験系で示されたデータは素晴らしい。DTP3は骨髄腫特異的に細胞死を誘導し、ほとんど正常細胞に影響がない。それもそのはず、GADD45β遺伝子が欠損したマウスも普通に生まれ、寿命を全うするため、正常細胞でこの分子の機能はそれほど重要でない。免疫系細胞の中にはGADD45βを使う細胞もあるが、この場合結合の相手はMKK7ではない。このおかげで、ヒト骨髄腫細胞を接種したマウスに投与すると、腫瘍を完全に消滅させられる。更に、水に解け易く、薬剤として大きく期待が持てると言う結論だ。ヒトに対する効果についてはこれからだろうが、いずれにせよ創薬には薬を鍛え上げて行くと言うプロセスが重要で、これのわかるメディシナルケミストを始め様々な専門家が協力して初めて可能である事が良くわかる論文だ。勿論、多発性骨髄腫細胞には特効薬がまだない。細胞死を誘導するDTP3は、メカニズム的にも根治につながるかもしれないと期待する。今後も注目して紹介して行こうと思っている。
10月14日:ネアンデルタール人と言語(9月16日発行アメリカアカデミー紀要掲載論文)
ネアンデルタール人と現代人の間に交雑があったかどうかは考古学の重要問題だったが、マックスプランク研究所のペーボさん達によりネアンデルタール人のゲノムが解読され、間違いない事実となった。もう一つの重要問題が、ネアンデルタール人は言語を持っていたのかだが、勿論まだ謎のままだ。ここでも紹介したように、これまで知られている言語に関わる遺伝子に関しては両者で差が見つからない。ただ、言語の様な複雑な高次脳機能を遺伝子から再構築できるほど私たちの知識は進んでいない。言語構造と脳の機能について更に深い理解も必要だ。言語を話すために必要な能力の中で考古学が最も注目しているのが、経験を象徴と対応させる能力で、これが発生するためには象徴を何かの表象として利用していた証拠が必要になる。この観点から見ると、ラスコーやアルタミラで良く知られるような現代人の居住洞窟に残された絵画に見られる象徴の使用が、ネアンデルタール人の居住区では見つかっていなかった。ところが最近になってスペインの4万年近く前の洞窟で、幾つかの象徴と思われる模様が見つかり、この分野は一気に活気づいた。今日紹介するスペインウエルバ大学の研究はまさにこの問題を扱っている。タイトルは「A rock engraving made by Neanderthals in Gibraltar(ジブラルタルのネアンデルタール人が岩に残した彫刻)」で、9月16日発行のアメリカアカデミー紀要に掲載された。ずっと紹介したいと思っていたが、遅くなってしまった。考古学の論文を読むと単語を知らない事に気づく。それで二の足を踏んだが、考古学研究とは何かが良くわかる論文なので紹介する。先ず、象徴らしき岩に掘られた模様の見つかった場所の地理学が来る。ジブラルタル半島の突端近くにある海の浸食を受ける洞窟だ。これにより、数万年の過去の歴史の間にこの場所が気候変動を含めどのような影響を受けたのかがある程度わかる。次に来るのが地層学だ。この洞窟も10万年以上前からのいくつかの地層で形成されている。それぞれの層に含まれる岩石の性質などを詳しく調べて、この洞窟の成り立ちを探る。特に彫刻の見つかった場所とその上の地層が完全に分離している事を明らかにする。そして、同位元素による年代測定により、彫刻の見つかった層の最下層が3万8千年前の地層である事を決める。この時期にはまだネアンデルタールはジブラルタルまで達していない事が通説だ。次ぎに来るのが、それぞれの地層に残された石器の評価だ。彫刻の層はネアンデルタール人の特徴とされるムスティア文化の特徴を持っている。その上の層にはかなり進んだソリュートレ文化を代表する石器が見つかるが、これは2万年より新しい。これらの結果から彫刻はネアンデルタール人によると結論づけている。また、この洞窟ではネアンデルタール人と現代人の交雑はなかったようだ。次は、この模様が象徴か、偶然出来たただの線かだ。実際には8本の線で格子が描かれているだけで、現代人の絵画と比べると極めて原始的だ。従って、先ず物理・化学的に自然発生した模様でない事を詳しく調べている。特にこの層の岩石の化学成分を調べ、例えばコウモリの尿の通り道として出来た物でないなど様々な可能性を排除している。その上で、この模様が如何に書かれたのかを線の長さ、太さ、深さなどを計測する。そして最後に、様々な道具を使って同じ岩石にこの模様を実験的に再現する実験研究だ。かなり頑丈な切っ先を持つ石器で何十回も彫り込まないとこの線が描けない事を推測している。結論としては、目的にあった道具と多大な努力でこの模様が描かれた事になる。これまで漠然と考えていた考古学のイメージとは異なる、総合科学である事が良くわかる。もちろん、この模様が象徴かどうか私も確信は持てない。更に多くの発掘が必要だろう。しかし、脳から新しい情報が生まれる過程の解明にとってのこの分野の重要性は良く理解できるし、このゴールに向けて地道な努力が進んでいる事を感じる。本来再現できない過去を研究するのは本当に難しそうだ。
10月13日:脂肪組織をコントロールするII(10月9日号Cell誌掲載論文)
今日紹介するの論文は中枢神経から自律神経系を介する脂肪組織のコントロールについてのエール大学からの論文だ。勿論食欲調節を通して脂肪組織を調節する事が出来ることは良く知られた事実だ。国立循環器病センターの寒川さん達が発見した胃で分泌される空腹ホルモン・グレリンや、脂肪から分泌される満腹ホルモン・レプチンなどは全て視床下部のニューロペプチドや、アグーチ用ペプチド(AgRP)を造る弓状核の神経細胞を介して食欲を摂食行動につなげ、結果脂肪組織に影響する。ただ、この摂食と言う脳高次機能を介するだけではなく、同じ視床の細胞が自律神経を介して直接脂肪細胞を調整する可能性が知られていた。この研究はこの摂食中枢と脂肪組織の直接回路を解明した研究で、タイトルは「O-GlcNAc transferase enables AgRP neurons to suppress browning of white fat(O-GlcNAc transferase の作用により視床下部AgRP産生ニューロンは白色脂肪の褐色化を抑制している。)」だ。おそらく少し説明が必要なのは、白色脂肪組織の褐色化という言葉だろう。元々脂肪組織は白色脂肪組織と褐色脂肪組織に分類され、脂肪を活発に燃やしているのが褐色脂肪組織とされて来た。ところが最近になって、大人の白色脂肪組織にもベージュ脂肪細胞と名付けられた熱を発生させる脂肪細胞が存在し、白色細胞から分化させる事が出来る事が示された。この結果、白色細胞の褐色化を調節して脂肪を減らせるのではという期待から、脂肪組織研究分野ではちょっとしたブームになっている。この研究では、先ず空腹や空腹ホルモン・グレリン投与により視床AgRP陽性ニューロンの活性化が、白色脂肪細胞の褐色化を抑制している事を確認した上で、このニューロンに起こる変化をしらみつぶしに調べ、タイトルにあるO-GlcNAc transferase(OGT)が上昇する事を突き止めた。と簡単に言うが、このニューロンだけを辛み物質カプサイシンで刺激できるようにしたマウスを作るなど、実験としては手がかかっている。さて、OGTはタンパク質に糖を添加しその機能を変化させる分子だが、この酵素をこのニューロンで働けなくすると、カリウムチャンネルの機能が低下し、結果ニューロンの自然発火が押さえられる。この自然発火率が低下すると、自律神経を介して白色脂肪組織が褐色化し、脂肪を消費し、熱を発生するようになる。ところが、OGTの作用が抑制されるだけなら、食欲には直接影響しない。このためOGTがAgRPで発現できないマウスは、食欲は正常で高脂肪食もしっかりと摂取するが、太らず、またインシュリン抵抗性も起こらないと言う結果だ。一言でまとめると、視床下部の機能を食欲調節と白色脂肪細胞の褐色化に分離する事に成功したと言う事になる。勿論このニューロンでOGT酵素だけを変化させるのは困難だろう。出来たとしてもそんな薬を飲むのは心配だ。おそらくこの現象が創薬につながるのはまだまだ先の事だろう。大事なのは、昨日、今日と紹介して来た新しいメカニズムをしっかりと理解する事で、脳と代謝ネットワークを無理なく調整して行ける生活プログラムを作る事だろう。2編の論文を読んで大分賢くなった気がする。
10月12日:脂肪組織をコントロールするI(10月9日号Cell誌掲載論文)
動物にとって食事にありつけない日がある事は当たり前だ。子育てや卵の孵化のために何週間も食べずに生きる動物は普通に見られる。飢餓に備えて食べられる時には出来るだけ食べて身につける。こんな繰り返しを可能にしているのが、糖と脂肪の代謝を調節する代謝ネットワークだ。このネットワークが飽食の人類にはメタボリックシンドロームをもたらす。私たちに備わったこのネットワークをなんとか味方に付けるための様々な研究が進んでいるようだ。今月号のCell誌にはこの方向の面白い論文が2編掲載されていたので、今日・明日と紹介する。今日紹介する論文は、抗糖尿作用のある脂肪酸が私たち自身の身体の中で作られている事を報告するハーバード大学からの論文でで、「Discovery of a class of endogenous mammalian lipids with anti-diabetic and anti-inflammatory effects(抗糖尿作用、抗炎症作用を持つ脂肪類の発見)」がタイトルだ。この研究では、グルコースを細胞内に運ぶトランスポーターGlut4についてのこれまでの研究結果から、この分子が脂肪組織で発現されると抗糖尿作用のある脂肪が多く作られるはずだと予想を立て、PAHSAと呼ばれる脂肪酸を発見している。この話を理解するには少し予習が必要だろう。Glut4はインシュリンの作用で細胞膜に移動しブドウ糖を細胞内に取り込む役目がある。こうして取り込まれたブドウ糖は勿論エネルギーや脂肪酸合成の材料になるが、ChREBPと呼ばれる転写因子を介して解糖や脂肪酸合成を促進する酵素システムを誘導する。面白いのは、Glut4からのサイクルが回ると当然血中脂肪酸は上昇するが、血糖は正常でインシュリンに対する感受性が維持される。この結果から、脂肪組織でのGlut4発現を上昇させた動物には、抗糖尿作用を持つ脂肪酸があるはずだと予想を立て、脂肪組織がGlut4を高発現した時だけ上昇する脂肪酸を探索した。そしてついに、正常マウスの脂肪組織で作られ、Glut4高発現脂肪組織でChREBPを介して発現が上昇する脂肪酸PAHSAを突き止めた。本当は話はもう少し複雑でPAHSAには何種類ものアイソマーと呼ばれるサブタイプがあり、肥満や飢餓でそれぞれの増減は異なっているが、これについては全て割愛する。重要な事は、全PAHSAを合わせた血中濃度はインシュリン抵抗性の患者さんでは著明に低下している事、そしてPAHSAを経口投与すると、急性に血糖を低化させる事が明らかになった点だ。メカニズムが詳しく調べられているが、PAHSAの作用は多面的で、先ずインシュリンの分泌、及びインシュリンを誘導するホルモンGLPの分泌を誘導する事が出来る。さらに脂肪組織で特定の受容体GPR120を刺激し、インシュリンにより誘導されるGlut4の細胞膜への移行を上昇させる。そして同じGPR120を通して、インシュリン抵抗性の原因の一つとして考えられている炎症を抑える。要するにあらゆるシステムを利用して血糖を下げ、糖代謝を促進する効果を持っている。それが私たちの身体で作られ、また食品にも含まれている。この分野で創薬を目指している専門家がこの論文をどのように評価するのか是非聞いてみたい所だ。ただ、素人からみると好い事づくしのホルモンが新たに見つかったように見える。内因性の分子である事から、安全性に対する研究はそれほど難しくないため、わりと早く治験も行なわれるだろう。おそらくもう一つ重要なのは、これを検査項目にする事で新しい病態分類が出来る事だろう。この様なオーソドックスな生化学研究が生まれる事は、この分野がまだまだ可能性を秘めている事を示している。私の健康診断にPAHSAが入って来たら是非報告したい。
10月11日:大量培養の背景にあるトレンド(10月9日発行Cell掲載論文)
10月9日号のCell誌にMeltonさん達の大量に膵臓β細胞を試験管内で調整する技術の論文がでていた。タイトルは「Generation of functional human pancreatic β cells in vitro(試験管内での膵臓β細胞の生産)」で、淡々としたタイトルだ。成人の膵臓β細胞に匹敵する機能を持つ細胞を多能性の幹細胞(ES,iPS)から誘導する技術について報告する論文で、調整できる細胞数から見ても臨床応用一歩手前まで来たことを報告している。早速朝日新聞の岡崎記者も取り上げていた。この論文の大半は誘導したβ細胞が正常のβ細胞と機能的にほとんど同じである事をこれでもか、これでもかと示すデータで、その意味では岡崎さんの記事も特に問題はない。しかしこの論文の最も評価されるべきポイントは、最後に誘導された細胞の質ではなく、培養自体がこれまでのβ細胞誘導法と全く異なり、3次元培養を用いている点だ。例えば、正常細胞に匹敵するβ細胞が短期間で誘導できると言う論文を、9月11日、Nature Biotechnologyにアメリカのベンチャー企業とカナダの研究所がすでに発表している。培養のプロトコルは一見するとかなり違うが、誘導にかかる日数や必要な培養ステップなどでは酷似している。しかしこの研究はこれまで通り、培養ディッシュに細胞を接着させて分化誘導を行なっている。一方、Meltonのグループは最初から最後まで細胞塊を浮遊させて培養を行なっている。実際よく読んでみると、この3次元培養の詳細は論文を読むだけでは浮き上がってこない。おそらく様々なノウハウが蓄積しているのだろう。この違いに気づかず、ただ「細胞の分化誘導が可能になった。凄い、凄い」などとのんきに受け止める人は、おそらくこの分野が新しい方向を目指し始めている事に気づかないだろう。iPS技術を糖尿病や肝臓障害の細胞治療に使うためには、網膜色素細胞やドーパミン神経誘導よりはるかに多い細胞が必要だ。同じように、iPS細胞自体を実際の医療目的でバンキングするときも多くの施設に分配する必要があり、大量培養が必要だ。私はこの目的には、細胞を浮遊液の中で分化させる培養法の確立が必要だと思っている。プロセス管理、細胞の採取、培養スペースなど多くの面から考えても、2次元培養には限界がある。現在私たちの肝臓内の細胞数を調整しようとすると大きな施設が必要で、数億円のコストがかかる。一方私たちの肝臓は大きいと言っても1.5kgだ。生涯を通して、一億円の食事をする人などこの世にいないだろう。この差を埋める技術の開発が様々な方面で始まっている。現役を退く1年前学術振興機構(JSPS)のプロジェクトの一環としてイスラエルを訪問した。主な目的は当時イスラエルで開発されたヒトES細胞の浮遊培養技術を見学し、日本に導入できないか調べる事だった。見学した印象は、将来のトレンドにかなった素晴らしい方法だった。是非導入したらどうかと日本の様々な分野に紹介したが、結局日本では真剣に受け取られなかったようだ。一方、Meltonが報告した方法はこのES細胞浮遊培養がスタートポイントになっている。ここがNature Biotechnologyに報告された研究と、Meltonの研究を分ける境になっている。この違いがあるから、Meltonもこの方法がヒトに応用する一歩手前に到達した技術だと宣言しているのだ。そのおかげでI型糖尿病の根治も可能になるだろう。子供さんがこの病気にかかった後、研究を膵臓β細胞の誘導にかけた彼の努力が実った瞬間だと思う。再生医学を目指す研究者や企業はこの分野が本当の実用化(低コスト大量培養)に向けて新しいトレンドを模索する方向に向いている事を見落としてはならない。このトレンドが見えていないと、気がついたらガラパゴス化していたことになる。その瀬戸際に我が国もあるように思う。イノベーションは破壊を伴わない革新だから最終的に新しい技術につながらないと言ったのはイノベーションジレンマを書いたクリステンセンさんだ。即ち、トレンドを感じ、今ある技術にとらわれない技術を新たに開発する事が必要だ。我が国で、「アップルは既成技術を集めてうまくマーケティングしているだけだ」などと言っている人を見かけるが、新しいOSの開発を通じたトレンドを作ったことを忘れてはならない。しかし、官民一体で開発された日の丸自動培養装置などを見ていると、もう遅いのではと本当は心配している。
10月10日:免疫不全症の遺伝子治療(10月9日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)
様々な技術を臨床に使い始める時には必ずリスクが伴う。薬剤に関してはリスクを評価する方法が確立しているが、手術を始め新しい治療法はやってみて初めてリスクがわかると言う事もある。私自身がディレクターを務めた再生医療実現化ハイウェイの審査でも、リスクを認識した上でそれにどう対応するのかを明確に示していたプロジェクトが採択された。高橋政代さんの網膜色素細胞シート移植のプロジェクトや、高橋淳さんのドーパミン神経細胞移植プロジェクトは中でも説得力が高かった。一方、技術が確立したので安全性確保に集中するというプロジェクトも幾つかあったが、アピール度が低く採択されなかった。これを安全性無視の決定だと非難されても仕方がないと思っている。実際には予想以上の事が起こる。この時私の頭にあったのがフランスで行なわれた重症免疫不全症(SCID)の遺伝子治療のケースだった。全てのリンパ球の発生に必要な遺伝子γcはX染色体上にあり、これが欠損するとリンパ球が作れない。一方血液幹細胞にレトロウィルスを使って遺伝子を導入する技術は普通の実験室でも利用できる所まで完成していた。これをSCIDの根治に利用する事を強力に押し進めたのが、Fisher達フランスチームで、2000年20例のSCID患者さんのレトロウィルスを用いた治療が行なわれた。結果は上々で、全ての患者さんが正常生活を送れる所まで回復した。ところが、2−3年の間に、なんと25%の患者さんに白血病が発生した。遺伝子を調べると、レトロウィルスがよりにもよって白血病の原因になる事が良く知られていたLMO2やCCDN2遺伝子の近くに飛び込み、この分子を活性化していたのだ。元々ランダムに組み込まれるウィルスがなぜ選択的にこれら遺伝子の近くに組み込まれるのか。大騒ぎになった。しかしこのチームはこの治療がSCIDには最も優れている事を確信し、また白血病になった子供の親も十分治療に理解を示していた事に勇気づけられ、頭を下げる事はしなかった。代わりにレトロウィルスが飛び込んだ先の遺伝子を活性化しない様なベクターの開発へとプロジェクトをスウィッチしていた。そして、ついに新しいバージョンの遺伝子治療について報告したのが今日紹介する論文で、10月9日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A modified γ-retrovirus vector for X-linked severe combined immunodeficiency (X染色体連鎖性重症免疫不全症の改良型γレトロウィルスによる治療)」だ。今回は9人の患者さんが治療を受けている。不幸にしてそのうちの一人は、治療開始4ヶ月で感染症で亡くなったが、残り全員はリンパ球が回復し、感染も全て治療された。前の20例と比較しても、回復スピードはほぼ同じで、ベクター自体の効率は十分だと評価している。その上で、前回なら白血病が見つかった時期にまだ白血病の発症は見られていない事から、安全性はかなり改善されたと言える。さて問題のレトロウィルスのゲノムへの挿入だが、当時と異なり次世代シークエンサーが利用できる。これを利用して前回のケースと今回のケースでゲノム解析を行ない、新しいウィルスは前回と違い白血病遺伝子の近くに組み込まれる確率が低い事がわかった。元々レトロウィルスが組み込まれる場所に選択性はない。従って、前回のケースは白血病遺伝子の近くにレトロウィルスが飛び込んだ細胞クローンが増殖能が高かったため、身体の中で選択されたと考えられる。とすると、新しいウィルスは期待通り、飛び込んだ先の遺伝子を活性化はしていないと想像できる。勿論更に長期の観察が必要だろう。しかし大きな前進だと思う。私の研究室にも、レトロウィルスを用いた小児の遺伝子治療を目指した研究者がいた。今もその研究を続けているが、ずいぶん励まされた事だと思う。最終的には、治療とリスクに関してどれだけ患者さんとコミュニケーションがとれているかが重要だ。リスクを0にせよと叫ぶ人は多いが、そんな人はエボラ患者の治療のために西アフリカでリスクをかえりみず働くボランティアの事をどう思っているのだろうか。WHOの報告だとシエラレオネだけで既に61人の医療スタッフが亡くなっている。