2月27日朝日新聞記事(野中):関節リウマチ「主犯」を特定 大阪大、根治薬開発に期待
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2月27日朝日新聞記事(野中):関節リウマチ「主犯」を特定 大阪大、根治薬開発に期待

2014年2月28日
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私は基礎に移った時、免疫学の研究から始めた。その後、熊本大学時代までは免疫関係の学会に出席していたが、京大に移ってから免疫学とは疎遠になった。しかし、免疫システムは進化の究極にあり、その多様性は興味が尽きない。現在もなお、これまでの考えを覆される論文が多く生まれている。例えば、Nature誌1月9日号に掲載されたゾウザメの全ゲノム解明もそうだ。最も原始の顎口類、ゾウザメにはCD4陽性T細胞を分化させ利用するために必要な全ての分子が欠損している事が明らかになった。ほとんどの脊髄動物にとって、このT細胞は、我々にはクラスIIの組織適合抗原分子と抗原の複合体を認識するために必須のシステムだが、この分子無しにどう抗体が作られるかは新しい問題だ。ただ心配なのは、この話を知り合いの免疫学者にしても、ほとんどこの論文に気づいていない。進化研究となると無関係として済ますほど日本の免疫学者は忙しいのかもしれない(裏返せば私が暇)。27日朝日新聞野中さんが紹介した荒瀬さんの仕事もこのクラスII分子に関わる研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Autoantibodies to IgG/HLA class II complexes are associated with rheumatoid arthritis susceptibility (IgGとクラスII、HLA結合体に対する自己抗体はリュウマチ性関節炎に関連している)」だ。この仕事は少なくとも私のこれまでの考えを覆した。少し込み入った話になるが、クラスII-HLA抗原の役割は、細胞内に取り込んだ外来のたんぱく質を分解した後の小さな断片を銜えこんで、細胞表面に提示する事で、CD4陽性T細胞に外来抗原を認識させる事が役目だ。荒瀬さんの仕事は、リウマチの関節に存在するB細胞は、自らが作る抗体分子の全体を、分解する事なくそのまま銜えこんで表面に運び提示することができるという全く新しい発見だ。このHLAに結合したままのIgGが今度は他のB細胞を刺激して、自己のIgGに反応する自己抗体が出来る事が、リウマチでIgGに対する自己抗体が出来る原因だと結論している。もちろん普通のIgGは体中に大量に流れているし、また正常B細胞で作り続けられているがHLAと結合する事はない。まだ良くわからない原因でたんぱく質の折りたたみがうまく行かなかったIgGだけでこれが起こると言うのがこの研究のポイントだ。患者さんで調べたとき、B細胞上にIgGがそのまま提示されている事とリウマチ関節炎とは密接に関わっており、普通の人のB細胞で同じことはみられない。もちろんこれがリウマチの原因か、あるいはリウマチで起こる症状の一つかはまだわからない。もちろん荒瀬さんは後者の可能性が実際に起こっていると疑っており、新しい治療の可能性も生まれると期待している。これまでたんぱく質がうまく折り畳まれない事で起こる病気を幾つか紹介して来たが、荒瀬さんの言う通りなら、分子シャペロンなどを使う事で病気のサイクルを断ち切れるかもしれない。面白い仕事だと思った。野中さんの記事は簡潔で、内容を十分伝えている。ただ、これが「主犯」と特定するにはまだまだ時間がかかるだろう。調子が強すぎると感じた。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月26日:川崎病に対する抗TNFa抗体治験結果(2月24日発行The Lancet掲載)

2014年2月26日
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私も臨床医の経験があるが、自分の診ている患者さんがこれまで記載のない新しい病気にかかっている事に気づいて、その病気を自ら定義する事など夢のまた夢だ。そのためには患者さんを詳しく観察し、類型化し、新しい病気である事を科学的に証明すると言う医師・研究者の能力と努力の両方が必要だ。我が国でこれを成し遂げた数少ない一人が、1961年この病気を発見し、1967年にこれが新しい病気である事を最初に報告した川崎富作先生で、現在も世界中で川崎病という言葉が使われている。小児の病気で、全身の血管に炎症が起こるが、後遺症として動脈瘤が発生する可能性がある。はっきりとした原因は不明だが、免疫グロブリンとアスピリンの注射により動脈瘤が起こる確率は25%から5%に低下するため、この治療が第一に行われる。ただ、この治療によって発熱が続いたり、繰り返したりする患者さんでは、動脈瘤が起こる確率が高く、他の治療を組み合わせる事の必要性が認識されていた。幸い、この患者さんでは血中のTNFaと呼ばれる炎症を引き起こす物質が高い事から、現在リュウマチなどの自己免疫疾患に効く事がわかっている抗TNFa抗体を使用したらどうかと様々な研究が進んでいた。そして、最終的な第3相治験研究としてカリフォルニア大学を中心に多施設共同研究が行われ、結果がThe Lancetに報告された。タイトルは「Infliximab for intensification of primary therapy for Kawasaki disease: a phase 3 randomised, double-blind, placebo-controlled trial (川崎病の一次治療を増強するための抗TNFa抗体の効果:第3相、無作為、2重盲検治験)」。研究では196人の1歳から4歳までの川崎病患者さんを集め、抗体を打つ群と、偽薬を打つ群に分け10週間経過を観察している。結果は明白で、まず抗TNFa抗体により免疫グロブリン注射に伴う発熱などの炎症反応がほぼ抑制され、2週間目で調べたときのZ-scoreと呼ばれる動脈の太さの値が下降動脈で改善していたと言う結果だ。長期効果などははっきりしなかったようだが、副作用もなく初期の炎症が抑えられる事から、免疫グロブリンとアスピリン注射に加える治療として十分価値があると言う結果だ。おそらく、日本でも既に検討されていると思う。抗体薬は高価だが、将来を担う子供のために是非健康保険が適応されている事を願う。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月25日:ALSの病巣の拡大を止められるか?(アメリカアカデミー紀要オンライン版)

2014年2月25日
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ALSは家族や親戚に同じ病気がなくとも突然健康な人を襲い、運動機能が急速に失われる難病だが、現在有効な治療法はほとんどない。最近になって遺伝的な原因がはっきりしているALSについては患者さんからIPSを作って病態を解析できるようになり、少しづつではあるが光がさして来た。例えば2012年、山中さんが所長を務める研究所の井上さんがScience Translational Medicine8月号に発表した研究は大きく報道された。TDP-43分子の突然変異に起因するALS患者さんのiPSから作った神経細胞を用いて、異常TDP-43分子の蓄積を押さえる薬剤が開発できる事を示した研究だ。しかし遺伝性がはっきりしているALSはたかだか1割程度で、9割以上のALSは原因がはっきりしない弧発性の病気だ。なぜ普通の人が突然ALSに襲われるのか?原因となる分子メカニズムは何か?iPS を弧発例にどのように利用すればいいのか?など多くの問題がありそうだ。私自身もこれまで難しくて当たり前と思考停止していた所もあった。今日紹介する論文は「こういう考え方もあるのか!」と納得する私には大変面白い話だった。カナダのBritish Columbia大学のグループがアメリカアカデミー紀要オンライン版に発表した論文で、タイトルは「Intercellular propagated misfolding of wild-type Cu/Zn superoxide dismutase occurs via exosome-dependent and –independent mechanisms (正常SOD分子も折りたたみがうまく行かない場合はエクソゾームを介する経路と介さない経路の両方を通って他の神経細胞へ移る事が出来る)」と言う論文だ。私はこのグループの論文を初めて読んだが、これまでの研究を通して「弧発ALSでは、先ずSODと呼ばれる分子の中に折りたたみに失敗した分子が生まれ、次にこの失敗分子が正常分子の折りたたみを阻害することで、失敗分子が細胞に蓄積し、細胞死に至る」と言う仮説を出しているようだ。今回の研究では、この折りたたみに失敗した分子が蓄積して細胞が死にかけると、失敗分子が隣の細胞に2つのルートを通って取り込まれ、新しい細胞の中で正常SODの折りたたみを阻害して細胞死を誘導することが示されている。この結果は、なぜ神経細胞死が隣の細胞へと伝播するのかと言う問題と、遺伝的異常のない人でもこの病気が発症し急速に悪化する事を良く説明しているように思う。このメカニズムは既に狂牛病として知られるプリオン病で示されたメカニズムで、条件が揃えばSODもプリオンの様な性質を持つ事を示す恐ろしい結果だ。しかしこの研究では一筋の光も示されている。細胞から細胞へと失敗SODが伝播する時、この分子に対する抗体が存在すると、正常細胞へ取り込まれる過程をほぼ完全に抑制できると言う結果だ。この話はまだ細胞レベルの事で、身体の中の運動神経でも同じことが起こっているのか結論するにはまだまだ研究が必要だろう。ただもしこのシナリオが正しいとすると、既に紹介したように、脳脊髄と血管の間のバリアーを超えて抗体を浸透させる技術は既に存在することから、抗体を使った治療は十分可能性がある。同じ抗体がALSの進行を止めるかどうかが出来るだけ早く臨床現場で確かめられる様研究が進む事を期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月24日:光感受性化合物を目に注射して視力を取り戻す(2月19日号Neuron記事)

2014年2月24日
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昨年3月まで我が国の再生医学のとりまとめ役を勤めていたが、この仕事を引き受けるきっかけは、理研に移るより以前、京大にいた頃文科省が始めた感覚を取り戻すための再生医学プロジェクトの推進委員を引き受けた時にさかのぼる。この時視細胞を失った患者さんの視覚の回復は電子網膜か視細胞移植しかないと想定していた。しかし今日紹介する論文を読んでいろんな可能性があるものだと不勉強を痛感した。カリフォルニア大学バークレー校からの論文で「Restoring visual function to blind mice with photoswitch that exploits electrophysiological remodeling of retinal ganglion cells (網膜神経節細胞を電気生理的に再モデル化するフォトスウィッチを使うマウス視覚の回復)」がタイトルだ。網膜では視細胞により感受される光シグナルが双極細胞を介して網膜神経説細胞に伝えられ、この神経説細胞が視細胞を脳へ投射している。この研究では、DENAQと呼ばれるイオンチャンネルに光感受性を付与できる分子が、光感受性のない神経節細胞を光感受性を持つ細胞へと転換出来る事が示されている。都合のいい事に、神経節が視細胞や双極細胞と結合して正常視覚システムを形成している場合はこの化合物は視覚に対して全く影響せず、視細胞が存在しない場合にだけ神経節細胞を光感受性の細胞に変える事が出来るという。マウスを用いた実験で、この興奮は網膜全体で起こるのではなく、光のあたる場所でだけ起こる事から、一定の画像を認識できる所まで発展できる可能性がある。事実、視細胞の欠如したマウスでもこの化合物を注射されると明るい所での運動性が著しく亢進する事も示されている。もちろん、色を感じたり、複雑なトーンを認識したりするのは難しいと思うが、技術が進めばこれらの問題もかなり解決される可能性がある。細胞が失われた場合細胞治療による再生医学か、電子網膜の様な電子工学しか治療法がないと考えがちだが、このように普通は考えない様な方法にチャレンジする事が本当のイノベーションかもしれない。個人的意見だが、この方法の治験はすぐ始まる様な気がする。視覚については最終的に人で効果が確かめられる必要があり、臨床研究が始まって初めてこの方法のもたらす可能性がわかるはずだ。
カテゴリ:疾患ナビ

2月23日:早産児の言語発達(2月22日号Pediatrics掲載論文)

2014年2月23日
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 我が国では大体0.8%程度の超低体重児が生まれている。もちろん我が国では世界最高水準の医療が受けられ、新生児死亡を減らし、知能を中心に発達障害を軽減するための努力が行われる。この体制を続けるためには、子供の将来のために昼夜を分かたず献身的に働いてくれる新生児ICUのスタッフが安心して働ける環境づくりが必要だ。ただ、この関門を突破しても、発達障害の確率が高いこのグループの子供達にとっては、その後の心身の発達時ににおかれる環境が重要だ。今日紹介する小児科専門誌Pediatrics2月22日号に掲載された論文は、出生時600−1200グラムの超低体重児の言語発達について研究している論文で「Trajectories of receptive language development from 3 to 12 years of age for very preterm children (超低体重児の3−12歳までの言語理解発達の軌跡)」がタイトルだ。元々この研究は、超低体重児の脳障害を予防するために使われるインドメサシン(非ステロイド系抗炎症剤)が言語発達に及ぼす効果を調べる事が主目的だったが、子供がおかれた家庭環境などもよく調査が行き届いており、環境の影響も同時に評価している。研究では1989年から1992年にかけてアメリカのロードアイランドで生まれた超低体重児500人余りを無作為に選んでインドメサシン投与、非投与群にわけ3,4.5,6,8,12歳と5回にわたってPeabody Picture Vocabulary Testと呼ばれる言語能力テストを行っている。インドメサシン投与の効果は男児のみにしか見られず、差が見られるのも6歳時点までで、その後は投与、非投与で差は無くなる。一方、女児では最初から大きな差が認められないと言う結果だ。ただ女児でも悪い影響はなさそうなので、6歳までの成長に効果があるなら予防的投与をしても問題はなさそうだ。またこの研究の示すもう一つ重要な点は、12歳までの環境、特に母親の教育レベルが言語発達に大きな影響を持つ点だ。即ち大学教育を受けた母親に育てられた場合、大学教育を受けていない母親と比べて大きな差が見られる事だ。もちろんこの結果が全て育った言語環境を反映していると決める事は出来ないが、豊かな言語環境を超低体重児に提供する価値は十分ある。すなわち成長については全て母親任せにせず、言語や脳発達を促す様なプログラムを提供できる特別な保育システムを整備する価値はあるように感じた。特に少子高齢化が進む我が国で健康な新しい国民を一人でも増やす事の意味は大きい。しかし、国の借金を考えると新しい政策がますます取りにくい状況にある。折しも、2月22日号のThe Lancetに、ギリシャ経済危機により国民の健康がどのように変化するかについての英国ケンブリッジ、オックスフォード大学の共同調査が発表された。タイトルは「Greece’s health crisis:from austerity to denialism (ギリシャの健康危機:緊縮経済から否定論)」だ。この論文によればギリシャ緊縮経済が始まった2008年から麻薬中毒者のエイズ患者が10倍、鬱病が2.5倍、自殺が1.5倍に増えただけでなく、小児の死亡率も40%増加したと言う。我が国が全ての子供を本当に大事にする道を選ぶのか、あるいはギリシャのように借金のつけを子供の健康で払うのか、今岐路に立っているように思える。親子の健全な成育を目指した厚労省の「健やか親子21」は今年度で終了するが、今後どのような施策が行われるのか見守って行きたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日:確実な体細胞リプログラミング(2月13日Cell誌掲載論文)

2014年2月21日
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外国から帰って来てみると、小保方さんに関する報道が大変な事になっている。おそらく今は少し冷静になって、個人の問題と、研究自体の問題をわけて考える必要があるようだ。研究については今週23日ニコニコ動画で取り上げる。毎日新聞の須田さんと、多能性についての専門家中武さんも入って率直な話をしたいと思っている。いずれにせよ論文の責任著者が早くコメントを出す事が必要だろう。私自身が最初から懸念したように、日本のメディアは2007年で知識が止まったまま、効率・安全性と言った枝葉末節な点を取り上げてSTAPを報道した。この様なマスメディア状況については、自分の話の宣伝に終始して世界の研究動向を正確に伝えてこなかった山中さん初めこの分野をリードする我が国の研究者にも責任がある。そんな折、Cell誌に分裂速度が極端に早い細胞はリプログラムされやすいと言う仕事がエール大学から発表された。タイトルは「Nonstochastic reprogramming from a privileged somatic cells (特別な細胞ではランダムではないリプログラミングがおこる)」。リプログラミングのメカニズムに関する研究は終わっていない。研究は山中因子の発現をon/offできるマウスを用いて、リプログラミングの起こりやすい細胞を探したところ、血液細胞の中でも顆粒球やマクロファージに分化する分裂速度の高い幹細胞ではOct4の発現で見たときのリプログラミングの確率が高いと言う発見から始まっている。事実4回分裂を繰り返すとほぼ全ての細胞がリプログラムされている。この効率は、高速に分裂し続けている細胞ほど上昇し、増殖を抑制するメカニズム(p53など)を除いてやると、ほとんどの細胞が簡単にリプログラムされる。これは血液に特異的ではなく、定番のファイブロブラストも増殖速度の高い細胞を選べば効率が上がると言う結果だ。論文は増殖キネティックスがリプログラミングを決める重要な因子だと言う単純な結論になっている。研究自体は、現象論に終始し、それもOct4の発現だけしか見ていないなど雑な面も多い。また、結論も単純すぎる。例えば、細胞が急速に増殖すると言う事は、エピジェネティックな状態の揺らぎが大きい可能性も高い。そう考えてみると、この仕事も小保方さんのSTAPと共通するリプログラミングの側面を示しているかもしれない。前にも述べたが、多能性へのリプログラミングが生理的なはずはない。そんな事が可能なら、プラナリアは全能性の幹細胞を体中に維持しておく必要が無くなる。日本を代表する研究者も出来る限り物事の本質を伝える努力を怠ってはならない。分野全体の進展を正確に伝えて行く事が必要だ。研究社会の成熟度こそ今必要とされているのかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

連載「進化研究を覗く」をJT生命誌研究館のHPで始めました

2014年2月20日
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現在週の半分をJT生命誌研究館で過ごしていますが、2月から「進化研究を覗く」というタイトルで、文を書き始めています。大体月2回新しい文章を加えて行きますのでそちらも是非見て下さい。サイトはhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/ です。 
カテゴリ:活動記録

ゲノムで歴史を探る(Science誌2月14日号掲載論文)

2014年2月20日
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ヒトゲノムと言うと「既に終わった研究」と思われているかもしれない。しかし、情報と言う観点から考えるとヒトゲノム情報の利用はまだまだ入り口にさしかかった所だ。私自身21世紀はゲノムを中心に新しい情報科学が生まれ、分化や文明が花開くと確信している。それを感じさせてくれる一つの例が、歴史分野へのゲノムの進出だ。ネアンデルタール人のゲノム解読により、私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑がいつどのように起こったかをたどる研究の進展を目の当たりにするとゲノムにより歴史が語られ始めた実感を持つ。ただ、過去の現象を再現する事は不可能なため、それを科学的に推察するためには情報処理のための数理が必要になる。しかしその数理処理が真実にどれほど近いのかは、やはり他の記録と照合する事でしか検証できない。この問題にチャレンジしたのが、今日紹介する英国とドイツの共同研究で、タイトルもそのものズバリ「A genetic atlas of human admixture history (人類の交雑の歴史についての遺伝子地図)」だ。論文の本編は5ページの論文だが、100ページを超す補遺がついており、そのほとんどは情報処理についての記述で、私には手に負えない。それでもこの仕事が、地球上の95の集団、1490名の人間についてSNPを調べ、集団の間で、いつ、どのように集団間の遺伝子交雑が行われたのか計算している事は理解できる。即ち集団の間での交雑史が明らかにされている。例えば、他集団に侵略されて遺伝子交雑が起こる場合、原則として男から女性への遺伝子の流れだけだが、民族全体が移動する場合は当然両方向での交雑が起こるはずだ。更に、歴史的には例えばジンギスカンの大遠征等々、交雑を進めた活動の歴史的記録がある。もし数理的処理が正しければ、歴史的記録と遺伝子から読み取れる交雑様態が一致するはずだ。結果は予想通りで、このグループが開発したアプリケーションを使えば、集団間の交雑がいつどのように行われたかを予測する事が出来、この予測は実際の歴史的記録に対応していると言う結果だ。この歴史的事実としてあげられているのが、ヨーロッパからアメリカへの移民(1500年位)、スラブ・トルコ民族移動(500−1000年)、アラブ奴隷売買(650−1900年)、蒙古大遠征(1200−1400年)で、確かに交雑が誘導される事も納得する。実際、東欧や中東を見ると、何度も集団間で交雑が進んでいる事がわかる。これが、東欧の人と西欧の人を私たちでも簡単に区別できる理由だろう。いずれにせよ、ゲノム研究と歴史研究が融合し始めているのは確かだ。21世紀ゲノム文明の助走が確かに始まっている。最後によけいな事だが、掲載されている交雑地図を見てちょっと気になるのが、日本人集団ではほとんど交雑が進んでいない事だ。純潔だと喜ぶヒトもいるかもしれない。しかし、この結果生まれた我が国の思想のせいで、我が国がますます孤立化の道を歩むのではないかと少し心配だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月19日 膵臓がんとどう戦うか(幾つかの論文を読んで)

2014年2月19日
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 16日に、滞在中の外国で、京大時代に私の研究室の助教授をしていた横田君が膵臓がんで亡くなったという知らせを受けた。遠く離れた地で出来る事はこのコーナーを書く事だと認識し、膵臓がんについて幾つか論文を読んでホームページにメモを残す事にした。私の周りでも膵臓がんで倒れた友人は多い。同じ時に京大に移って仲の良かった月田さん、妻の里美の友人の川中さん、それぞれ壮絶な戦いの末破れて行った。もちろん勝利した友人もいるが、結果は統計に現れている通りだ。今回最近の研究について読んでみたが、膵臓がんは研究を加速させなければならない最優先課題である事を実感した。    一般的な知識を得る意味で少し古いが2010年4月号のThe New England Journal of Medicineに掲載されていた総説を読んでみた。基礎から臨床まで簡潔にわかりやすくまとまった総説で、さすが臨床医学の頂点に位置する雑誌だ。先ず驚くのが、発ガンに関わる腫瘍遺伝子セットは他のがんとそれほど違っていない事だ(例えばKRAS,CDKN2A,TP53)。SMADの変異も膵臓がんだけに特異的ではない。ではどうして膵臓がんは他のがんと比べてこれほど悪性なのか。この総説ではほとんど議論がないので、次の論文で議論する。とは言え組織学的に見ると、膵臓がんは周りに高度の組織反応を伴い、繊維化が激しい一方、血管新生が他のがんほど著明でないと言う大きな特徴を有している。これが、薬剤ががんに到達しにくい一つの理由かもしれない(私の感想)。ついでこの総説では診断と治療、そして予後についてまとめている。現在でも根治のために最も重要な事が早期発見だが、がんマーカーも含めて早期発見のための切り札はなく、大規模な健康診断は現時点ではあまり期待できないと結論している。ただ、私が病院で働いていたときと比べると診断までは極めて迅速に行えるようになっている。問題は治療だ。早期で完全に切除が可能な場合は根治が望めるが、リンパ節転移を認めるstageIIBに至ると、原発巣を完全に切除したとしても予後は悪い。化学療法にしても、現在の所DNA,RNA合成阻害を作用機序とするジェムシタビン以外に有効性が完全に証明できた薬剤はなく、現在もジェムシタビンと併用で使える薬剤の有効性の治験が進められているが、2010年時点で一定の有効性が示されたのはEGF受容体に対する化合物しかないと言った状況のようだ。元々医師向けに書かれているため、将来の可能性についても期待させる様な事も書かれていない。ただ、厳しい現状を十分認識できた。    しかし、がんに関わる遺伝子変異は他のがんと共通しているのに膵臓がんだけがどうしてこのように厳しい状況なのか、膵臓がん特有の遺伝子変化を探す試みも進んでいる。2012年Natureに掲載されたオーストラリアを中心とする国際チームの研究「Pancreatic cancer genomes reveal aberrations in axon guidance pathway genes (膵臓がんゲノム解析により、膵臓がんでは神経軸索伸長に関わる分子に変異が多い事がわかった。)」では、142例の早期膵がんのゲノムが調べられ、ゲノムと患者さんの経過との相関が調べられている。手術例をこの規模で集め、コホート研究するためには多くの研究機関の協力が必須だ。先に挙げた総説にも述べられているように、いわゆる定番の発ガン遺伝の変異(KRAS,TP53,CDKN2A,SMADなど)を確認している。その上で、神経軸索が伸びる時に必要な受容体ROBO1, 2, SLIT2, Semaphorin3A,3E,5A, EPHA5, 7などが半分近い膵臓がんで変化し(特に遺伝子重複が起こっている)発現量が上昇していると言う新しい発見が行われた。事実、これら分子の発現が高いがんは、低いがんと比べて悪性度が高い事もコホート研究の結果わかった。現段階でこの発見が新しい治療へつながる可能性は未知数だが、この研究はこの経路が将来の創薬ターゲットとしては重要性が高い事を示している。さらに、新しくリストされたこれらの分子は細胞表面に発現されており抗体薬の標的になる可能性もある。期待したい。また、早期がんのゲノムが明らかになった事で、その後がんが進化した時どのような遺伝子変異が付け加わるかについても明らかになるだろう。ともかくがんを知り尽くして治療戦略を立てる事が重要だ。    これまで紹介した論文は、膵臓がんの発ガン過程に関わる話だが、膵臓がんはその周りに著明な組織反応が起こる事が特徴の一つだ。この組織反応が膵臓がんの転移率の高い理由ではないかとする研究もある。この点と関連する研究が2012年7月号のNatureに掲載された「RNA sequencing of pancreatic circulating tumor cells implicates Wnt signaling in metastasis (膵臓がん転移にWntシグナルが関わる可能性が血液中に見つかる腫瘍細胞のRNA配列決定からわかる)と言う論文だ。研究自体はマウスモデルを用いており、Wnt2が腫瘍に発現する事が、周りの組織の構築を変化させて転移につながるとする論文だが、最後にヒト末梢血に発見される腫瘍でもWnt2の発現が亢進している事を示しており、がんから分泌され周りの組織の再構成を行うこのがんの特徴の一端の理解が進んでいることがわかる。    有望な治療は限られているが、もしKRASに対する薬剤が開発されれば膵臓ガンにとどまらず、多くのガンの標的治療が可能になると期待される。RAS分子は立体構造上他の分子と相互作用する部位のポケットが浅く、特異的な阻害剤などを特定することが難しく、製薬企業も重要性を認識しながらも標的として考えることを諦めているところも多い。これに対して、昨年12月号のアメリカアカデミー紀要に「Mutant KRAS is druggable target for pancreatic cancer (KRAS突然変異は膵臓ガンの標的として薬剤を開発することが可能だ)」という勇ましい論文が現れた。これは化学化合物の代わりに、分解性のバイオポリマーに包んだRNAiのタブレットを患部に植え込むと、マウスモデルの段階だが腫瘍が縮小させられるという報告だ。根治につながる治療法とは言えないだろうが、期待は十分持てる。このようにがんについて理解した上で、早期発見の可能性を探るとともに、がんに合わせた治療を積み重ねて行く事が求められている。最後にNatureが、2012年オーストラリアで行われたヒトゲノム学会でマウスに個別の患者さんのがんを移植して、様々な化学療法の組み合わせをテーラーメード的に調べる可能性が議論されたことを紹介していたので、触れておく。人とマウスは大きく違っていると言っても、動物の身体の中で薬剤の効果や副作用を確かめることは極めて重要であり、この技術が更に発展することを期待したい。私は単純かもしれないが、現実に失望していても、論文を読むと多くの場合希望を感じる事が出来る。横田君の死を思いながら、生きてまだ戦っている方々に希望となるような論文を今後も紹介して行きたいと意を新たにした。
カテゴリ:論文ウォッチ

患者さんからいただく最高の勲章:IDMMネットワーク研究助成公募のお知らせ

2014年2月16日
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この前ニコニコ動画で対談した日本IDDMネットワークの井上龍夫理事長からうれしい知らせが来た。2005年、多くの皆様からいただいた寄付をI型糖尿病研究の助成として拠出するようになって、助成金累計が1000万円の大台に達した事、そして本年はなんと500万円の助成を行えるようになったと言う知らせだ。これも明確な目的を持って活動し、認定NPOの認可を得られた成果だと感服している。他の患者さんの団体も先ず認定NPOを目指して活動を進めて欲しいと期待している。IDDMネットワーク研究助成の公募は既に募集が始まっており、4月14日が締め切りだが、是非多くの研究者の皆さんが応募される事を願っている(書類などはIDDMネットワークのHP(http://japan-iddm.net/2014_grant_guideline/)参照)。私のホームページでも紹介してきたように、この病気には様々な方向からの希望が生まれている。日本の研究者からも多くの希望が生まれる事を願っている。この分野は国家助成も多く、研究者によっては最高300万と言う額はたいした額ではないかもしれない。しかし、患者さん達が寄付集めをし、自分で運営されている研究助成金は我が国にはほとんどない。その意味で、患者さん達から支持されたということを最も大きな勲章として誇りに感じる研究者が増える事を期待する。
カテゴリ:活動記録