3月18日:全ゲノム配列決定を臨床で使うにはまだ準備が整っていない。(3月12日発行JAMA紙掲載論文)
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3月18日:全ゲノム配列決定を臨床で使うにはまだ準備が整っていない。(3月12日発行JAMA紙掲載論文)

2014年3月18日
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このページでがんと戦うためにタンパク質に翻訳される遺伝子部分全て(エクソームと呼ぶ)の配列決定をする重要性について紹介して来た。がんだけでなく、臨床医学の様々な領域でエクソーム解析は標準になりつつある。しかしエクソームは私たちの持つ全遺伝子のほんの1%強にすぎない。では残りの99%も含めて全ゲノム遺伝子配列を決定する事はまだまだ時間がかかるのだろうか?実を言うと配列を読むだけなら10万円近くまでコストが下がって来ている。私にでも奮発すれば出せる額だ。更に、IBMとロッシュはこれを100ドル(約1万円)にまで下げる技術開発を進めている。とすると、手軽に全ゲノム配列を決めてもらう時代はすぐそこに来ている。しかし臨床現場に全ゲノム解析を導入するにはまだ準備が整っていないのではと疑問を投げかけたのが今日紹介するスタンフォード大学の研究で、3月12日発行のアメリカ医学会雑誌(JAMA)に掲載された。タイトルは「Clinical interpretation and implication of whole-genome sequencing(全ゲノム配列解析の臨床的解釈と意味)」だ。   研究では12人のボランティアーを選び、2種類のシークエンサーとソフトを使って全ゲノム解析を普通行われるより更に念入りに行う。その上で、現在利用できるソフトでどの程度正確に遺伝子異常を見つける事が出来るかを調べている。残念ながら自動的に異常を見つける事は現段階では簡単でなく、1割から2割の疾患遺伝子が最初から読めていない。さらに、病気などに重要だと思われる遺伝子断片の挿入や削除の診断率は低く、それぞれの人のゲノムの違いが現在知られている病気と相関するかどうかを決めるためにはまだまだ多くの人手がかかり、結局一人のゲノムの解析に100−200万円近いコストがかかると言う結果だ。要するに臨床に導入して患者さんにしっかり内容を説明できるのは困難であり、配列決定のコストが低下しても解釈のために必要なコストは変化せず、当分安くならないと結論している。この論文の他にも情報科学の雑誌に、250人の全ゲノム解析を比べるためには市販のスーパーコンピュータを駆使して50時間かかると言う結果も報告されている。   さてこの結果をポジティブに取るか、ネガティブに取るかで対応が大きく違う。ポジティブに捉える場合は、情報処理人材やコンピューターソフトの開発が遅れているため、この分野の人材を育成し、結果を問わず試行錯誤が必要だと言う事になる。一方、ネガティブに取ると、まだ全ゲノム配列を行っても意味がないので、その時が来るのを待とうと言う事になる。私は前者を取りたい。何故なら専門家のわたしも2004年アメリカで1000ドルゲノム計画が始まるまで、私自身の全ゲノムを自分がお金を払えば解読できるようになるなどと夢にも思わなかった。しかしそれが今可能になっている。37億年に一回きりのゲノムが少なくとも情報として残せる。これまで出来なかったなら、是非読んでおこうと考えるだけで十分だ。役に立つを超える視点が21世紀の科学、医学、そして文化を創ると思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月16日:科学的議論の重要性(アメリカアカデミー紀要掲載、福島事故による被爆についての京大研究)

2014年3月16日
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自分の論文に対して公式の反論が雑誌に発表され、それに更に反論するのは疲れる作業だ。また雑誌の編集委員として論文を扱っていたときも、論文に対する反論、レフリーの意見に対する反論をどのように扱うかには頭を悩ました。反論が理不尽だと思っても、単純に無視するのは避けなければならない。というのも、このような公開の科学的議論の場を守る事が科学雑誌にとって最も重要な事だからだ。一つの例が3月14日発行のScienceに掲載された反論意見だ。1月13日このページで大型肉食動物の減少について報告した総説を紹介した。この総説では個体数の密度を維持するかが減少を止めるために取り組まなければならない課題である事が強調されていた。これに対し、野生動物の社会性や感染について調査を行って来た研究者が、更に重要な要素がある事を自分の論文を引用して反論している。今後もこのような公開の議論を維持し、その結果として新しい研究が行われ、動物保護を実現させるのが科学の使命だろう。   おなじ事は東日本大震災について行われている研究にも言える。3年経ったこれからは、査読を経た論文発表を通した公開の科学的議論が重要だ。このため3月11日、活水女子大の避難地区のPTSDの話をこのページで紹介した。この研究では震災と原発事故の経験が住民の健康に深刻な影響を及ぼしている事が示されている。同じように被爆自体が「科学的には懸念するほど深刻ではない」ことを示す研究もある。それが今日紹介する京都大学グループがアメリカアカデミー紀要オンライン版に発表した研究だ。タイトルは、「Radiation dose rate now and in the future for residents neighboring restricted areas of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant (福島第一原発の規制区域に隣接する地域住民の現在と将来の被爆量)」だ。研究は事故後約1年半の2012年7−8月、原発から20−50km圏内の避難準備地区にある川内町、相馬市玉野地区、南相馬市原町の住民483人について、外部被曝測定のためのモニターを常時携帯して生活してもらうとともに、食事を各家庭で一人前余分に作ってもらい、食事による放射性物質の取り込み、及び地域の大気に含まれる放射性物質を測定し、外部、内部被曝の総量を積算した。2ヶ月間とは言え、調査自体は相当に準備され徹底的だ。そしてその結果は、食事、大気からの内部被曝はほとんど許容限界以下だ。もちろん、外部被曝は玉野地区で2.5ミリシーベルト/年と望ましい年間許容量(1ミリシーベルト/年)よりは高い。ただこれも我が国の年間被爆量の地域差の範囲に収まっていると言う判断だ。もちろん除染を進めて、1ミリシーベルトの目標を目指す事の重要性も説いている。現在の結果に基づいて計算すると、がんが増える可能性はほとんどなく、調査した2012年8月以降で言えば3地区に住み続けても放射能の影響は少ないと冷静に結論している。少し前ならこの様な結論は「東電よりの結論」などと批判されたかもしれない。これまでこの調査については各紙も報道しているようだが、この論文についての報道はまだないようだ。論文が掲載された事も報道して欲しいと思う。むろん異なる科学的考えもあるはずだ。是非あくまでも科学的議論として自由な議論が展開される事を望む。小泉さんもこの研究を更に長期に続けて欲しい。調査に参加した方々が原発事故直後に受けた被爆なども統合した上で、予想が正しかったかを確かめる必要がある。福島での経験は「追試」できる事ではない。この一度きりの経験についてどれだけ科学的調査を積み重ねられるのかは、日本の科学全体の問題だ。今後も多くの研究論文が発表され、議論が進む事を期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月14日:論文データは信用できない?(3月12日号JAMA掲載論文)

2014年3月14日
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多くの患者さんが参加して行われる臨床治験はお金と時間がかかる。ただ昨年問題になったように、データが簡単に操作されると患者さんの命に関わるだけに事は重大だ。そのため2007年から治験を行う場合前もって米国国立衛生研究所のClinicalTrial.gov(http://www.clinicaltrials.gov/)に登録し、結果も報告しなければならないようになっている。またThe New England Journal of Medicine, The Lancet, The Journal of American Medical Association(JAMA)などの有名臨床雑誌ではこの登録が行われていないと治験研究として認めないようになっている。今日紹介する論文はこの登録されたデータと論文として発表されたデータが一致しているかどうかを調べたエール大学からの意地の悪い研究だ。3月12日号のJAMAに掲載されタイトルは「Reporting of results in ClinicalTrials.gov and High-impact Journals (ClinicalTrials.govとインパクトの高い雑誌に発表された結果)」だ。しかし結果には驚く。96論文のうち93論文でClinicalTrial.govに記載された報告と、論文の結果に少なくとも1カ所は矛盾があると言う結果だ。矛盾の内容について詳しくは述べないが、幸い見つかった矛盾のほとんどは結果の解釈を大きく変える事はない。しかし6報の論文で見られた矛盾は明らかに結果の解釈に影響し、読者を間違った結論に導く可能性があると断じられている。確かに読んでみると、例えば抗がん剤の比較が行われた論文で、再発までの平均日数がClinicalTrial.govへの報告と比べて論文の方がかなり長くなっている。医師・研究者のほとんどは臨床治験について論文から情報を得て、登録サイトのデータと確かめる事はしない。5%以上の論文で、結果の解釈に影響のある矛盾が見つかった事は、医師や患者を欺くだけでなく、登録制度や雑誌の信頼性に及ぶ。早急な対応が必要だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月14日ムコ多糖症の遺伝子治療(Human gene therapyオンライン版掲載論文)

2014年3月14日
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ムコ多糖症は細胞内器官リソゾームにムコ多糖類が蓄積するため全身の臓器が進行的に侵されて行く病気で、基本的にはリソゾームで働いている分解酵素をコードする遺伝子の突然変異が原因だ。欠損する遺伝子に応じて異なる病像を示す。遺伝子欠損であるため、これまで欠損している酵素の補充療法が行われて来た。ただ最も深刻なのが脳障害であるため酵素を脳内に投与する事は困難で、新しい治療法が求められていた。遺伝子欠損が原因であるため、当然考えられるのは遺伝子治療で、欠損した遺伝子を脳内に導入して治療できない検討が進んでいた。中でもフランスは遺伝子治療に力を入れている。ネッカー病院で行われた小児の先天性免疫不全の治療は世界的にも有名だ。今日紹介する論文もネッカー病院からの報告だ。ムコ多糖症のなかでNsulfoglycosamine sulfohydrolaseが欠損している4人の子供の脳内に、アデノ随伴ビールスベクターを使ってこの遺伝子を導入し、1年まで経過を見た臨床研究だ。第1相/第2相治験として位置づけられており、研究の主目的は安全性の確認だ。また、アデノ随伴ビールスベクターの場合ベクターに対する免疫反応の可能性があり、この治験では免疫抑制剤タクロリムスが使用されており、この副作用も考慮しなければならない。結果だが、1年の経過観察期間、気道炎症など幾つかの治療を要する症状が起こったが、基本的には遺伝子治療自体の副作用はないと言う結論だ。では患者さんに取って最も気になる効果はどうだろう。残念ながらコントロールがないため効果があったのかどうかを科学的に検討する事は難しいようだ。ただ治療を2歳8ヶ月で受けた最も若い患者さんは、様々な脳機能テストで明らかに改善が見られたとしている。希望が生まれた事は確かだ。この希望を科学的に確認する必要がある。治療法自体は論理的に納得できる。この方法の安全が確認された事で治験を次の段階へと進める事が出来る。特に今回の治験で治療開始が早いほど効果が得られる可能性が高いことが示唆されている。この点を勘案した新しいプロトコルでの早期治験を望みたい。遺伝子治療も一歩づつ前進していると言う実感を持った。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月13日:医療技術の進歩(3月号The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery)

2014年3月13日
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今日朝日新聞、毎日新聞で京都府立大学の木下さんの培養角膜内皮移植が報じられている。現役時代ディレクターを務めていた再生医学実現化プロジェクトからのうれしい成果だ。木下先生のプロジェクトと平行して、iPSを用いる内皮移植プロジェクトも支援したが、進展は遅いように思える。実現化プロジェクトでは角膜内皮細胞移植実用化と言う目的達成のためにiPSと培養角膜の間で競ってもらった。医療技術はどの細胞から始めるかが問題ではなく、患者さんに安全で安価な治療をどう届けるかが勝負だ。これからもこの勝負の行く末を見て行きたい。この報告の元になる論文を探したが、見つける事が出来なかった。まだ学会発表の段階なら、是非論文発表を急いで欲しい。再生医学実現化プロジェクトは論文発表がゴールではなく、基礎的技術を速やかに臨床研究へ進める事だが、臨床研究が進めば当然臨床論文として発表してもらう事は重要だ。   このように患者の視点から言えば、多様な技術が競争し合って安全・安価な技術へと発展する事が重要なのに、我が国では何故か切り札は何かと言った議論が先行して、多様な技術間の競争が遅れている観がある。例えば内視鏡手術などは機器と技術が同時に進む必要があり、医師と技術者の対話が重要だ。今日本の医療機器シェア低下が問題になっているが、軟性の内視鏡で高いシェアを持つオリンパスは別として、内視鏡手術等の器具ではJ&Jなどの国外企業のシェアは圧倒的だ。そんな一端を伺わせる論文が3月号のJournal of Thoracic and Cardiovascular Surgeryにでていた。タイトルは「First human totally endoscopic aortic valve replacement: An early report(大動脈弁の内視鏡下置換:早期報告)」だ。米国で開発されたニチノールと呼ばれる形状記憶合金を使うことで、縫合の必要のない小さく折り畳める人工弁を作る事が出来る。小さく折り畳める事で内視鏡手術で使う筒を通して弁を体内に入れ、手術を行う事が可能になる。もちろん人工心肺を使い、大動脈切開を行うのだが、開胸は必要ない。この研究では82歳、83歳の男性が選ばれ手術を受けている。最初の例と言う事で、大体2時間半位人工心肺につなぐ必要があるが、2例とも置換した弁は正常に機能し、7日で退院したと言う報告だ。もちろん医療として普及するまで、症例が重ねられ、長期経過の観察が必要だ。ただ、既に論文に書かれているように、新しい内視鏡手術を始める事で、工夫すべき点など新しい技術のアイデアが蓄積されて行く。このため普及後もずっとリードを保って行く事が可能でより安全な方法として圧倒的な強さを保って行くだろう。実を言うと私の連れ合いも大動脈弁閉鎖不全で、今は山歩きも普通に楽しんでいるが、いつか手術が必要になるのではと覚悟している。患者と家族の視点から見ると、他を圧倒する技術で負担のない手術を受けたいと思っており、この技術の発展を期待を持って見続けるつもりだ。内視鏡ではこれを行ったからこそ圧倒的シェアを我が国のメーカーが獲得している。医師と技術者の連携のあり方から見直す時が来ているのかもしれない。
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3月12日:主観性の研究に向けて?(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年3月12日
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今日紹介する論文は少し専門的すぎると思う。それでも是非紹介したいと取り上げた。デカルト以来私たちは、主観性は科学の対象にならないという2元論に縛られて来た。わざわざ「クオリア」と主観的感覚に対して特別な言葉を用いるのもこの縛りのせいだ。しかし科学は必ずここに踏み込む。私は21世紀の科学はこの問題に必ず挑戦できると期待しており、ことあるごとに若い人達をアジっている。また、この大きな課題へ挑戦への手がかりとなる研究に出会いたいと思って論文に目を通す。そんな時飛び込んで来たのがこのスウェーデンカロリンスカ研究所の仕事で米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Out-of-body-induced hippocampal amnesia (肉体離脱による海馬性健忘)」だ。これはデカルト流に言うと「心と身体」の統一性と記憶についての研究だ。あるエピソードを経験する際、身体感覚と経験が解離していると経験を記憶に留めにくいという仮説が検討されている。ではどのように身体から経験を離脱させるのか?これを実現する手法がこの研究のキーで面白い。実験に参加する被験者はテレビゴーグルを通してしか自分と周りの状況を知る事が出来ないようにされている。こうする事で自己と周りの関係の認識のセッティングを変える事が出来る。普通誰かと話をする時対面し目と目を合わせる。この研究ではこれ以外に、対面している側の視点で自分を見たり、あるいは斜めから自分と対面者が入ったシーンを見せる事で、我々が通常主観的に認識するのとは異なる状況を体験させている。それぞれのセッティングで対面者(実際には学生に対する教授)との対話を通して経験したエピソードを1週間後どれほど鮮明に覚えているかを調べている。結果は仮説通りで、1)生活でのエピソード記憶には主観的観点に合致した身体感覚が必要で、2)主観性が侵されると海馬左後方で行われている身体認識とエピソードを結合させる活動が特異的に障害されると言う結果だ。主観性への道のりはまだまだ遠いが、確かに挑戦は始まっていると言う実感を持つ論文だ。今後続々この様な研究を読める事を期待したい。さて余談だが、デカルトの死んだのはなんと真冬のストックホルムだった。もし今から50年後にデカルト2元論の克服につながる最初の仕事がこの研究だったことになったら面白いのにと一人で楽しんでいる。
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3月11日:東日本大震災と原発事故が残した心の爪痕(3月号Psychiatry and Clinical Neuroscience掲載論文)

2014年3月11日
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前に私が在籍していた理研発生再生科学総合研究センター(CDB)には今激震が走っているようだ。一段落した所で私もこの問題は総括しなければならない。ただまだ新しい資料は揃っていないのでもう少し時間がかかりそうだ。   さて、東日本大震災が襲った時、私はCDBで春のシンポジウムの準備をしていた。地震後シンポジウムを開催するかどうかなど様々な決断を迫られたが、一番困ったのは欧米から招待していた研究者の多くから尋ねられた「日本は原発をコントロールできると思うか」と言う質問だった。電話で答えている最中にも水素爆発をテレビが報じる有様で、多くの研究者が結局来日をキャンセルした。しかしこの程度の事は小さな思い出でしかない。地震、津波に襲われ、その後原発事故で家を追われた多くの人達が今も仮設住宅などで暮らしている。今日紹介するのは、この苦しみを科学的記録として残そうとしている活水女子大、佐賀大医学部の研究で日本精神神経医学会の英語専門誌Psychiatry and Clinical Neuroscienceの3月号にタイムリーに掲載された論文だ。タイトルは、「Trauma,depression, and resilience of earthquake/tsunami/nuclear disaster survivors of Hirono, Fukushima, Japan(地震、津波、原発事故を経験した福島県広野住民に拡がるトラウマと鬱病及び回復力)」だ。研究手法は一般的健康状態及び精神状態を調べるアンケート調査で、地震から9ヶ月後、2011年12月に実施されている。広野は現在原発で働く人の基地Jビレッジがある町で、事故後全住民が退去を余儀なくされた。この調査では仮設住宅に住んでいる人が対象で、子供のいる世帯などは仮設住宅以外に移住するケースが多いため、対象者が58歳と比較的高齢者に偏っている。とは言え、出来る限りこの様な科学的調査を残し、しっかりと論文に残す事は重要だ。サンプリングに問題があるとは言え、結果は予想をはるかに超えている。アンケートからPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が読み取れる人が53%,そのうち医学的症状を示しているのが33%もおられる。更に鬱症状を示す人は6割を超え、14%が重度の鬱病と診断されている。これは1年目の調査で、是非今後も定期的に同じ方々の調査を続けて欲しい。今広野では住民の帰還が始まっている。より決めの細かい調査が大事だ。この様な調査が論文として残ることを行政も積極的に支援して欲しいと思った。この研究の重要な点は、将来へ向けた回復力についても数値化しようと努力している点だ。この結果では、回復力につながる一番重要な要素は雇用で、一人暮らしかどうかや、年齢・学歴などはあまり相関していない。原因か結果かははっきりしないが、よく食べ、よく動く人に回復力が高い。この様な結果は、住民の健康に何が大事かをはっきり示している。ぜひ行政にも生かして欲しい。以前、前ニューヨーク市長が、衛生局の役人に論文を読み、論文を書く事を奨励した事を紹介した。調査は専門家にと大学に丸投げするだけでなく、行政でしか出来ない調査も是非論文として残して行って欲しいと期待している。
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3月10日:65歳までは低タンパク食がお勧め(3月4日Cell Metabolism掲載論文)

2014年3月10日
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遺伝的にがんや糖尿病になりにくい人達がいる。この原因になる遺伝子を突き止めることで、普通の人の生活改善のヒントになる事がある。そんな仕事が今日紹介する研究で、南カリフォルニア大学のグループにより3月4日号のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「Low protein intake is associated with a major reduction in IGF-1, cancer, and overall mortality in the 65 and younger but not older population (65歳以下での低タンパク摂取はIGF-1の低下とともに、がんや全般的な死亡率の低下につながるが、65歳以上ではそうではない)」だ。この研究グループは既に、IGF-1や成長ホルモン受容体遺伝子の変異が発ガンを抑制する事を突き止めていた。この遺伝学的研究を一般の人の健康について拡大できないか調べるため、先ずがんの頻度と相関する食生活について、50歳以上の健康コホート解析データを6000人程度集め検討している。その結果65歳までにがんや糖尿病で亡くなる頻度がタンパク質摂取と最も相関している事を見つけた。ただ、65歳がポイントで、この年齢をすぎると今度は高タンパク食を取っている方ががんで死ぬ確率は減るようだ(糖尿病で死ぬ確率は65歳以上でも高タンパク摂取群の方が高いようだが)。では高タンパク食を取ると言う事と、血中のIGF-1は相関するのだろうか?次にこの点について調べ、蛋白摂取量と血中のIGF-I濃度が比例している事を示し、高タンパク食がIGF-Iを上昇させる事でがんのリスクを上げているとするシナリオを提案している。このグループは、更に統計データを一般的な実験データとして確かめるため、マウスを用いた実験も行っている。結果はヒトでの統計データと一致し、高タンパク食を長期に与えるとがんの発生は上昇すると同時に、血中のIGF-I濃度が上昇する。残念ながら動物タンパク質を植物タンパク質に変えた所で、この傾向を止める事は出来ないようだ。また、酵母を使った実験で培地のアミノ酸量を上げると遺伝子突然変異の発生率が3−4倍増える事を示し、発ガンが上昇する一つの原因が突然変異の誘導である事も示唆している。いずれにせよこの研究から得られるアドバイスは、中年期にはあまり高タンパク食は取らないこと。しかし65歳からはタンパク質の吸収が低下するため、元気で暮らすためにはタンパク質はある程度頑張って取った方が良いと言う結果だ。常識的な結論だが、統計データとマウスの実験データを単純に組み合わせているのは、疑り深い私には少しこじつけがすぎるように思える。ただ、IGF-1の血中量は次の検診から是非調べてみたい。
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3月9日:怒りと心臓発作(3月3日発行European Heart Journal掲載論文)

2014年3月9日
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私が期待していた若手が怒っている最中にくも膜下出血を起こしたと言う知らせを聞いて驚いた。気持ちが塞ぐ。しかし、怒りから心臓発作を起こしたり、脳出血が起こると言う話は医師としても納得できる。特に交感神経を介して心拍数や血圧が上がり、血管の抵抗も増す。しかしこれは医師の先入観で、実際怒りは心臓発作の危険因子かどうか科学的検討が必要だ。などと考えていたら、3月3日号のEuropean Heart Journalにドンピシャの論文を見つけた。ハーバード大学のベスイスラエル病院のグループの研究で「Outbursts of anger as a trigger of acute cardiovascular events: a systematic review and meta-analysis (怒りの爆発は急性の心臓発作の引き金になる:体系的再調査とメタ解析)」がタイトルだ。タイトルからわかるように、この病院で研究を行った訳ではなく、これまでの論文を集めて再調査し、新たに分析したのが今回の研究だ。実際には1966年以来このテーマについて発表された5000を超す論文の抄録を読み、その中から科学的に研究が行われていると判断した論文を9編選び出し、そのデータを再解析している。この怒りの程度を評価する点数制の指標があり、Onset Anger Scoreと呼ばれているが、結果は予想通りで、選んだ全ての論文で怒りを爆発させた後2時間に心筋梗塞を含む急性冠動脈症状約4倍、狭心症などがやはり4倍程度、そして脳内動脈瘤破裂が6倍、また不整脈が2−3倍上昇すると言う結果だ。怒りを爆発させたら2時間は安静にする事を怒りっぽい人は心すべきだろう。私自身今回の研究から学んだもう一つの事は、大量の論文が記録されている現在は、素朴な疑問でもそれを科学的に調べる方法があると言う事で、この様なメタ解析なら私たちのシンクタンク活動の一環として十分出来ると思った。
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3月7日:遺伝子ノックアウトによるAIDS治療 (3月6日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年3月7日
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細胞の遺伝子操作の中でも、持って生まれた遺伝子を改変するのは最もハードルが高い。しかし最近になって、ここでも紹介して来たCRISPRを始め、ハードルを低くする方法が開発されて来た。その中の一つがZincFingerNuclease(ZFN)と言う酵素を使う方法で、基礎研究では広く利用されている。今日紹介する論文は、この方法をAIDSの根治に使えないかを試みるペンシルバニア大学などの第一相の臨床研究で、3月6日号のThe New England Journal of Medicineに報告された。タイトルは「Gene editing of CCR5 in autologous CD4 T cells of persons infected with HIV (HIV感染自己CD4 T細胞のCCR5遺伝子改変)」だ。どうして遺伝子改変でエイズが治せるのか?HIVはCD4T細胞の発現するCCR5という受容体を通って細胞内に侵入する。エイズになりにくい方の遺伝子解析から、この分子をコードする遺伝子に32塩基対の欠損があるとエイズビールスが侵入しにくい事がわかっている。また、ベルリンのエイズ患者さんが白血病にかかった際、この突然変異を持ったドナーから骨髄移植を受けてエイズがなおってしまったと言う例が報告されている。このため、骨髄幹細胞の遺伝子を改変して患者さんを治そうとする方向の研究がこのZFNを用いて進んでおり、2010年7月号のNature Biotechnlogyに報告されていた。そして今回、骨髄幹細胞ではなく患者さん自身のCD4T細胞のCCR5分子をエイズ抵抗性にする欠損を遺伝子に導入し、もう一度患者さんに戻すと言う臨床治験が行われた。12人の患者さんに遺伝子改変された自己細胞を一回だけ注入し、その後の経過を2群にわけて、1群は経過を見るだけ、もう1群はエイズ薬を途中で止めてビールスが上がってくるかどうかを調べている。これは第一相試験なので、先ず安全性が大事だ。一人の患者さんで、細胞注入後の急性反応が見られたものの、これまでエイズが悪くなったり副作用が出たと言う事はなく、この治療は安全に行う事が可能だ。さらに、注入した遺伝子改変細胞の末梢血中の数は最初の1週間をピークに減るが、CD4T細胞全体は維持されている。さらに、大腸からサンプルを取って調べると、注入した遺伝子改変細胞が腸管の粘膜層に定着している事も明らかになった。残念ながらほとんどの患者さんで抗エイズ薬を止めると血中のビールスの上昇が見られ、治療自体を更に工夫する必要がある事も明らかになった。ただ大きな光は、この遺伝子改変で両方の染色体でCCR5遺伝子に32塩基対の欠損を導入できた1例の患者さんでは、治療を止めてもビールスの上昇が見られない事がわかった点だ。もし遺伝子改変の効率を上げる事が出来れば根治も可能である事を示していると思う。例えばiPS技術を使えば自由に遺伝子を改変する事が可能だ。その上でCD4T細胞を調整して注射する事も将来は可能だろう。エイズの根治が視野に入って来た画期的な研究ではないかと思う。
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