12月3日朝日新聞記事:赤ちゃん、目を見て人認識
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12月3日朝日新聞記事:赤ちゃん、目を見て人認識

2013年12月3日
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最近希少難病ナビに自閉症についての最新の研究を紹介してきた。その中で11月7日赤ちゃんが人の顔のどこに注目するのかを調べると、自閉症の早期発見が出来ると言うNatureに掲載されたアトランタ自閉症センターの論文を紹介した。その時、日本では新生児の脳研究がどのように行われているのか少し心配になったが、今日朝日新聞は中央大学のグループがNeuropsychologia誌に発表した論文を紹介した(http://www.asahi.com/articles/TKY201312010064.html) 
 新生児の頭蓋は薄いため、酸化、非酸化ヘモグロビンの脳内分布を測る事で、機能的MRIと同じように脳内活動を調べる事が出来る。この仕事では、新生児が人の顔を認識する時、目と周りの顔との調和の重要性について調べている。これは、2009年に人の写真による顔認証について写真のポジとネガの様々な組み合わせを見たときの反応がMRIを用いて調べられ、大人では目の周りのコントラストが人の認識時の注目点になっている事がMITの研究でわかっていた。今回新生児の脳の反応を調べた研究により、新生児では顔写真の認識を主に右脳で行い、写真の目の部分がポジになっている時には反応するが、ネガに置き換えると反応しない事が明らかになっている。
   これまで自閉症の研究を紹介して来た側から見ると、この研究は紹介して来た研究と一致する点が多い。即ち、11月7日に紹介したように新生児期早くから目を注目点とした顔認識が成立している事、また11月22日に紹介したように脳の扁桃体の神経が、目ではなく口を見た時に反応するなどの結果だ。これを念頭に考えると、目を見ないで口を見る様な自閉症の子供は、今回の研究で使われた同じような課題にどのように反応するのだろうか興味が尽きない。せっかくこの様な研究を進めているグループがあるのだから、様々な施設と協力して日本でも自閉症の脳認識研究が進んでいく事を期待したい。

   記事は記名ではなかったが、内容は問題ない。ただ、結論が「赤ちゃんが普通の目の白黒のコントラストを見た時に、人と認識している可能性がある」と言う事だが、人と、他の動物や人形についての顔認識の違いを比べた仕事ではないので、少し結論が強すぎる気がした。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日:獲得形質の遺伝(Nature Neuroscienceオンライン版掲載)

2013年12月2日
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今日はNature Neuroscienceオンライン版に掲載されたエモリー大学の大変興味ある仕事を紹介する。タイトルは「Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations (親の臭い経験が、世代を超えて行動と神経構造を変化させる)」で、要するに親の経験が子供に伝わると言うことを示した研究だ。これはいわゆる遺伝の話ではない。神経的経験が遺伝子コードに直接影響を持つ事はまずない。ただ、遺伝子の発現を決めているエピジェネティックな変化が子供に伝わる事は知られるようになって来た。特に胎児期の母体の様々な経験によって、生まれた子供の将来が決まる事はよく知られており、エピジェネティックな変化を来す遺伝子も幾つか同定されている。勿論、突然変異ではなく、子供の遺伝子の配列に変異は起こっていない。ただ、これまでの研究は、母体のアルコール摂取や、飢餓と言った胎児への直接影響を否定できない状況についての研究が中心だった。
   今回の仕事は雄の親の神経的経験が子供に伝わるかを調べている点で、より純粋にエピジェネティックの変化が次の世代に伝わるかと言う問題を扱っている。実験は少し複雑だ。まず特異的な臭いと電気ショックなどの恐怖エピソードを経験させ、この臭いとリンクした恐怖経験が子供や孫に伝わるか調べている。臭いを感受する受容体については研究が進んでおり、この研究では臭い受容体M71と呼ばれる分子とその遺伝子に注目している。反応する受容体を特定できると、臭いを感知するための神経構造を詳しく調べる事が出来る。この様な複雑な実験系を構築して、M71刺激と恐怖発作を雄に与え、2週間待って(この間に経験時に存在した精子は無くなる)その精子を、正常のメスの卵子と受精させる。生まれて来た子供、更に孫まで臭いをかがせて反応を見ると、臭いを経験した雄の子供は、臭いに反応して恐怖発作を示すと言う結果だ。これだけでも驚くのだが、恐怖を経験した雄のM71受容体を発現している神経細胞が何倍も増えており、また雄の精子ではM71遺伝子を抑制するエピジェネティックな抑制が外れていたと言う結果をみると、本当に驚く。この方向の研究をこれまでも読んで来たが、神経構造の変化まで示した研究はこれが初めてだろう。
   はっきり言ってこの仕事は言うなれば際物研究で、現象は面白いが、メカニズムは全くわからない。ただ、様々なパラメーターを調べる事のできる実験系が構築できたのは大きいと思う。経験が子孫に伝わるのかはダーウィン以来何度も繰り返して議論されて来た。際物であると言う批判を受けながらも地道な努力を続けているグループがある事を知り感心した。これが本当なら、やはり親になる男性も摂生が必要になる。強いて問題を指摘すれば、元々発現にエピジェネティックな機構が関わる臭いを使った点が気になる。臭いではなく他の経験を使って同じ事が出来ればもっと多くの人が注目するはずで、更に新しい実験系を期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月8日3時から最初のニコニコ動画発信します。

2013年12月1日
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ホームページに書いて来た情報の内容は、まだまだ一般の方にはわかりにくいと思っています。これを更にわかりやすく解説するために、ニコニコ動画を使います。希少難病ナビの内容については出来る限り患者さんとの対談形式で行います。最初は脊髄損傷についてニコ動解説を12月22日に予定しています。坂井さん、伏見さんのお二人が対談相手として登場してもらいます。この予行演習も兼ねて、12月8日(日曜日)3時から、第一回のニコ動発信を行います。内容は、これまで書いて来た報道ウォッチからガンの記事を選んで解説したいと思っています。ご期待ください。

カテゴリ:メディア情報

111月30日 感染症に対する科学の挑戦(Nature オンライン版掲載)

2013年11月30日
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  日本にいるとマラリアの感染が問題になる事は、海外からの帰国者のケース以外にほとんどないだろう。しかし、発展途上国に目を移すと、最も厄介な感染症の一つだ。今日紹介する論文は、マラリアに対する新しい薬剤開発の可能性についての合衆国サンディエゴにあるUC San-Diegoとノバルティス社の研究所からの仕事で、今週Nature オンライン版に掲載された。マラリアはこれまでも研究人口の多い感染症だが、なかなか新薬が生まれてこなかった。その意味で、新しい可能性を示すこの研究の重要性はNatureも十分理解しているようだ。タイトルは、「Targeting Plasmodium PI(4)K to eliminate malaria (マラリア撲滅を可能にする原虫のPI(4)Kを標的治療)」で、結構力の入ったタイトルに聞こえる。
   研究ではまず、細胞内に寄生するマラリアを殺す効果のある薬剤を数多くの化学化合物をスクリーニングすることで発見している。昔なら、効果があって副作用がなければそのまま利用可能な薬品へと開発が進められたかもしれないが、最近ではその化合物がなぜ効果があるのか、メカニズムをしっかり明らかにするのが普通だ。即ち、創薬のための標的分子が決まり、メカニズムがわかると、更に優れた薬剤の発見につながるチャンスが大きくなる。この仕事では、マラリア原虫の増殖抑制に効果のある化合物の標的を様々な方法で探索し、PI(4)Kと言う分子であることが決められる。標的分子が決まると、次はメカニズムの研究へと進む。この研究では、PI(4)Kが赤血球内に寄生したマラリア原虫が増殖する際、細胞膜の陥入に必須の分子が明らかにされる。このようにして、マラリア撲滅のための標的分子やプロセスが完成した。創薬標的へ向けたお手本の様な研究に思える。次は、安価で使いやすい薬品を開発するだけだ。タイトルへの力の入れ方から見て、十分期待できそうな気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

恋人と添い遂げる媚薬(アメリカアカデミー紀要 on line版掲載)

2013年11月29日
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昨日、普通なら一人の相手と添い遂げるハタネズミと、その中に発生する浮気者の遺伝子の話をした。実はハタネズミが一人の相手と添い遂げるという習性に関わる分子はよく研究されていて、オキシトシンと言う神経刺激ペプチドがつがいを形成する前に分泌される事が知られている。また、ヒトでも恋人を思い浮かべる事でオキシトシン刺激回路につながっているVTAと呼ばれる脳の部位が興奮する事が知られている。今日紹介するのは、オキシトシンのこの効果を直接人間で確かめようとするドイツボン大学からの研究で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Oxytocin enhances brain reward system response in men viewing the face of their female partner (恋人の顔写真を見ている男性の脳内報酬システムをオキシトシンが促進する)」。
   実験は実に楽しい。結婚前の恋愛進行中の男性を集め、恋人と関係ない女性の写真に対する反応を機能的MRIで調べている。写真を見せる前にオキシトシンスプレーを鼻に投与する群と、偽薬を投与する群に分けて、恋人の写真を見た時に興奮度が上がるかを比べている。専門家でないので、どの程度データを信用していいのかはわからない。ただ結論は予想通りで、オキシトシンを投与されると、つき合っている恋人に特異的に反応して興奮するが、偽薬だと恋人の写真と、知らない女性の写真を見たときの反応に大きな差が無くなると言う結果だ。そしてこの時の興奮は、やはり脳内のVTAと呼ばれる部位で起こっている。まとめると、オキシトシンを投与される事で、今つき合っているパートナーをより魅力的に感じる脳内回路形成が促進される事になる。ワーグナーのオペラトリスタンとイゾルデでは、媚薬を飲んだとたん憎み合っていた二人が恋に落ちる。媚薬などこれまでは信じた事がなかったが、この論文を読むと本当の話かもしれないという気がしてきた。
   しかし科学者として長く過ごした私がこの論文で最も興奮した箇所は、論文の出だしだ。「Love and enduring romantic bonds can brind the elation of profound joy and pleasure but also, when broken, the deepest sorrow and despair (愛と変わることのないロマンチックな絆は深い喜びと快楽の高揚をもたらしてくれると同時に、いったん破綻すると、深い悲しみと絶望に突き落とされる)」。科学論文をこんな出だしで一度でも書いてみたかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日:アルコール依存症の遺伝子(11月26日号Nature communication掲載、オリジナル記事)

2013年11月28日
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  脳機能のような高次機能について小動物モデルはどれだけ人間を反映できるのだろうかという疑問は、例えばマウスが賢くなったと言った報道を見たとき、大方の一般の人が感じる疑問だろう。研究を行う側は心の片隅に疑問を抱いていたにしても、プレス発表では「この方法で人も賢くなれる」ぐらいの事は言ってしまう。実際は人間を反映する場合もあるがそうでない場合も多い。おそらく、小動物モデルの限界を認識した上で、人間とどう相関させるのかを考えていくしかないのだろう。そんな例の一つが、2007年相次いで論文が出た浮気の遺伝子だろう。最初の論文は、通常は一夫一婦を守る身持ちのいいハタネズミの中で、浮気をする雄を調べると、バソプレッシン受容体の脳内での発現に変化が見られたという報告だった。これでよせばいいのだが、人間でこの受容体遺伝子の多様性を調べてタイプ分けすると、あるタイプを持つ事で離婚率や浮気の頻度が上がるという論文が出た。この論文を見たとき私は秘書に、「結婚するとき相手を連れてきたら、この遺伝子を調べてあげる」などと解説したのを覚えている。勿論この研究が正しいかどうか結論は控えるが、たかが動物の生態とせずに人間で調べてみた研究者に脱帽だ。
  さて、今日紹介するのはその逆の話で、ヒトの遺伝子多型研究からアルコール依存症との関係が疑われていた遺伝子に突然変異を持つ、やはりアルコール依存症のモデルマウスが確立されたという話だ。論文は英国HarwellにあるMRC所属研究所の仕事で、「Mutations in the Gabrb1 gene promote alcohol consumption through increased tonic inhibition (Gabrb1遺伝子の突然変異は神経の緊張抑制を上昇させてアルコール摂取量を促進する)」というタイトルがつけられている。神経細胞同士の伝達にGABAという物質が重要な役割を果たしているが、その受容体遺伝子の多型と、ヒトアルコール依存症との関連がこれまで多く報告されていた。ただ、遺伝子多型の研究をメカニズムの研究まで進めるのは並大抵ではない。そして多くの場合、モデル動物を使う必要がある。このグループは、同じ遺伝子の変異によりアルコール依存症も出るマウスを作成する試みを行い、ついにこの遺伝子に突然変異を起こしたアルコール依存症のマウスを確立した。この突然変異マウスは、水よりアルコールを好み、一日の摂取量も正常マウスと比べると何倍も多い。この研究から結論されるのは、アルコール依存症についてはマウスもヒトのモデルになり得ると言うことになる。詳しくは述べないが、この論文ではモデルマウスの神経細胞を使って、どのレベルで異常が生じているかを詳しく解析している。このようにうまく行くと、モデル動物を使って、普通ヒトでは簡単にできない様々な研究が可能になる。論文では、この型を用いてアルコール依存症の治療薬開発が促進される可能性が唄われていた。一つ強調しておきたいのは、狙った遺伝子をノックアウトする研究と比べると、突然変異を誘導してその中から自分の求める症状を示すマウスを発見する研究は大変な仕事だ。それをやり遂げたこのグループには正直脱帽だ。とは言え、アルコールの魅力はまだまだ奥深いことも間違いないと私は確信している。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日:自閉症の分子基盤(11月22日号Cell誌掲載)

2013年11月24日
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最新の自閉症研究紹介の最後は、11月22日号のCellに掲載されたカリフォルニア大学ロサンゼルス分校からの仕事だ。研究の目的は同じ号に紹介されているもう一つの論文と同じで、自閉症に関わる分子や細胞を包括的な遺伝子発現やゲノムについての研究から明らかにしようとするものだ。タイトルは「Integrative functional genomic analyses implicate specific molecular pathways and circuits in Autism (統合的なゲノム機能研究から示唆される自閉症に関わる分子過程や回路)」だ。
  この研究では先ずヒトの脳の遺伝子発現を調べたデータベースから、遺伝子が発生時期や場所でどのように発現するのかを抜き出し、18種類のパターンに分類する。次に、やはりデータベースから得られる自閉症関連遺伝子がどのパターンを取るかを調べて、自閉症関連遺伝子とそれぞれのパターンを示す遺伝子群を関連づける。最後に、自閉症関連遺伝子の属するパターンを示す遺伝子が大脳皮質の6層のなかのどこに発現するかを調べ、自閉症発症に関わる細胞を特定すると言う研究だ。この研究によって、1)ゲノム研究などから明らかになっている自閉症関連遺伝子は、同じ様な発現パターンを示す事、2)自閉症関連遺伝子は特定の分子ネットワークを形成している事、3)自閉症関連遺伝子を含む分子ネットワークが大脳皮質の発生過程で特定の細胞(皮質の表層)に発現していること、などが示されている。先に紹介した論文と比べると少し見劣りする仕事だが、ゲノムから遺伝子発現、そして生理学を統合しようと様々な試みが行われている事が実感できる。もちろん問題もある。2つの論文を比べてわかるのは、最終的に自閉症に関わるとして特定された皮質層についての結論が異なっている事で、統合的に多くのデータを処理して過程を明らかにするための手法がまだ完全に確立していない事も理解できた。
   とは言え、自閉症の様な複雑な状態に果敢に挑戦している事は重要だ。2編の論文を読んで私が心配するのは我が国がこの様な統合的研究で大きな遅れをとっている事だ。これらの研究からわかるのは、心理学や精神医学の医師に加え、ゲノム研究、インフォーマティスト、コホート研究、データベース作成など様々な分野が一つの目的に動員されている点だ。モデル動物の研究などはここまでの総合力は必要ない。従って、これまでも紹介したように日本も高いレベルにある。しかし、人間についての研究となると、これからは総合力の勝負になる。間違っていたらいいのだが、医学に関わらず多くの分野で、統合的な研究が日本の弱点である様な気がする。ぜひニコニコ動画を使って、今回紹介した仕事を更にわかりやすく解説するとともに、我が国の弱点についても議論してみたい。もし対談していいと言う方があれば是非手を上げてもらいたいと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日:自閉症に関わる神経発生過程の特定 (11月22日号Cell誌掲載)

2013年11月24日
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あと2回、自閉症についての研究を紹介する。今日紹介するのは、Yale大学からの研究で「Coexpression networks implicate human midfetal deep cortical projection neurons in the pathogenesis of autism (遺伝子共発現ネットワークから、発生中期の皮質深部へ投射する神経が自閉症の発生に関わっている事が特定できる)」とタイトルが付けられている。
   さて、これまで2回最新の自閉症研究を紹介して来たが、両方とも自閉症患者の視線が目からそれる事に関する研究だった。それぞれ新生児行動学、あるいは患者さんでの単一神経細胞興奮記録など最新の手法を用いた研究成果だが、ある意味で現象の記述にとどまっている。なぜこのような事が起こるのかと言うメカニズムに迫り、最終的に自閉症の治療を開発しようとすると、分子から細胞レベルに至るさらに総合的な研究が必要になる。この目的で、これまで自閉症につながる遺伝子を探索する研究は盛んに行われて来た。しかし、前にも述べたように関係があるとされる遺伝子の数が優に100を超え、理論的には1000に達すると言う事がわかってくると(統合失調症も同じ状況だ)、この複雑性にどこから手を付けるのかが問われていた。これに果敢にチャレンジしたのが2回に分けて紹介する論文で、新しい方向の総合的な疾患研究として重要な貢献だと思った。
   研究は何段階にも分かれている。1)既に発表されている1043人の自閉症患者さんのエクソーム(遺伝子の蛋白質をコードする部分)DNA配列データを解析し直して、自閉症に強く関わっていることが確かな9遺伝子を決める。2)ヒトの脳の発達成長過程で、各部分の遺伝子発現を調べたデータベースを用いて、この9遺伝子が発現している部分を特定する。自閉症につながる発生過程や細胞があれば、当然これら9遺伝子がその現場で使われているはずだ、3)このようにして特定される様々な場所では、この9遺伝子だけでなくこれまで自閉症に関わるとして見つかっている遺伝子も発現しているはずで、特定された発生時期や部位が本当に自閉症に関わるかどうかの確かさを、9遺伝子以外の自閉症関連遺伝子の発現を調べる事で決める事が出来、またこれまで示された遺伝子の中から、実際に病気の発生過程に関わる遺伝子を新たに特定できる。この順序で研究が行われ、ゲノム、推計学、データベースを駆使した研究により、この論文では、発生中期の発展途上の脳の深部にある(皮質は6層に区別できるが、その中の5/6層に相当する)神経細胞の中でも他の神経細胞へと神経軸索を投射している細胞にこれらの自閉症関連遺伝子が発現している事をついに特定した。また、この9遺伝子と同時に発現して自閉症に関わる可能性が高い122種類の遺伝子を特定している。この結果は、自閉症が脳発生過程の異常である事を強く示唆している。勿論自閉症と言っても様々なタイプがあるだろう。しかし、一部にしてもこの発生異常の時期と場所が分かって来た事は大きい。
   アメリカは脳研究助成を加速させているが、人間の脳についてこのレベルの仕事が日本でも可能か心配だ。次回紹介する研究もよく似た結論を導きだしているので、研究の詳しい意義、我が国の問題点などは次回にまとめたいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月22日 自閉症の扁桃体神経細胞は目より口に反応する。(11月号Neuron掲載論文)

2013年11月22日
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今週発行されたNeuronとCell誌には自閉症についての重要な研究が3報掲載されていた。今日から順にこれらの研究を紹介したい。また、機会があれば11月8日に紹介したNatureの記事も合わせて、ニコニコ動画を通して自閉症研究についてよりわかりやすい概説が出来ればと考えている。
   11月8日に紹介した論文では、生後極めて早い時期から自閉症児は他人の目に視線を止める事が減り、これにより早期診断が可能になる事が報告されていた。今回紹介する研究はロサンゼルスにあるCedars-Sinai Medical Centerのグループの仕事で、11月20日号のNeuronに掲載された。「Single Neuron Correlates of Atypical Face Processing Autism (自閉症の顔認識異常に相関する単一神経細胞)」がタイトルだ。研究では、自閉症とてんかんを併発している2人の患者さんの脳底部の扁桃体に電極を挿入し、それによって個別の神経細胞の反応を見ている。なんと恐ろしい人体実験と思われるかも知れないが、これはてんかん発作を調べるために行われる検査法の一種と考えていいようだ。実際、この2人の患者さんは、対照として同じ部位に電極が埋め込まれたてんかんだけの患者さんと比べられている。前に紹介したように、自閉症の患者さんは視線を相手の目から外す事が知られている。この顔に対する反応に関わる部分の一つが扁桃体で、主にサルを使って扁桃体の神経細胞の反応を調べる研究が盛んで、理解の進んでいる領域だ。この研究では、被験者に写真を見せて恐ろしい顔か、幸せな顔かを判断させレバーを押すという課題を行いながら、扁桃体の神経の興奮を調べている。顔全体への反応を見たい時には、写真全体をそのまま見せる。同じように、口、あるいは目だけを見せる。更には、バラバラにサンプリングして部分を見せて判断してもらう。そして、何を見た時に扁桃体の細胞が反応するのかを電気生理学的に調べる。大変な研究で、患者や家族の理解がないと出来ないだろうが、結果は驚くべきものだ。まず、顔全体に対する反応を見ると、自閉症か否かの差はない。また、既に明らかになっているように、自閉症のないてんかんだけの患者さんの扁桃体には目を見た時に興奮する細胞が多い。一方自閉症では、目を見た時に反応する扁桃体の細胞は極端に低下する。代わりに、普通なら扁桃体細胞の反応がない口を見たときの反応が、大きく上昇していると言う結果だ。この扁桃体細胞での結果は、自閉症児が目を見ないと言うこれまでの結果とも合っている。ただ、視線を固定すると言う長期の反応と、扁桃体の細胞の興奮と言う短期の反応を相関させるのは簡単ではなく、これからの課題になる。ただ、今回の研究で複雑な反応と単一神経細胞の反応を相関させる可能性が生まれたことは大きい。顔認識の際、扁桃体は前頭葉側頭部から入力がある事が知られている。しかしこの研究は、自閉症が扁桃体自身の情報処理ネットワークの発生異常である事を強く示唆している。では目の代わりに口に反応するという特徴的変化の背景には何があるのか。今回の研究ではこの問いに対する答えはない。ただ、自閉症の様な複雑な精神疾患を少しでも理解したいと言う強い気持ちを感じる仕事だ。そして、分子や細胞レベルの仕事も目覚ましい発展を遂げているようだ。次回は、11月22日号のCell誌に掲載された、また違った方向からの自閉症の研究を紹介しよう。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月21日 アジソン病と特定機密保護法案(オリジナル)

2013年11月21日
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今週の新聞紙面はケネディー大使と特定機密保護法案が2本柱だ。
  勿論キャロライン ケネディー大使とは無関係だが、ケネディー大統領が難病指定されているアジソン病であった事はよく知られている。しかしこの事は、1976年彼の伝記でClay Blairが明らかにするまでは、大統領任期中も完全に隠されていた。彼の暗殺後40年を経て、2002年に大統領就任中の医療記録は服用していた薬剤も含め全て開示された。この開示されたデータとその後集めた様々な証言に基づき、2009年、Annals Internal Medicine (vol151, 350-354)に、空母ブッシュの軍医であるMandel医師がケネディー大統領は自己免疫性多腺性内分泌不全症(ASP typeIIが最終診断名)に罹患していた事について詳しい論文を発表している。特定機密保護法案の記事を見ていて、この話を思い出した。軍の頂点にある大統領の健康状態は新しい法案なら特定機密になるのだろうか?多分そうだろう。また、特定機密としておく期限が一つの焦点のようだが、病気などのプライバシーが(本人は亡くなっても家族にも影響があるはずだ)、機密として扱い続ける理由にならないだろうかと考えた。Mandelさんの論文を読むと、合衆国では大統領任期中の全ての医療記録が開示されただけでなく、家族や関係者からの証言も開示され、少年の頃からの様々な症状が明らかになっている。このある意味で残酷とも言えるプライバシー無視は、大統領の決断について、後世様々な角度から検証する事の重要性がしっかり理解されているからだと思う。我が国の現首相も持病がある事は公開されているが、治療も含めた詳しい記録が日本で本当に公開されることはあるのだろうか?日本が本当に世界に影響を持つ一流国家であるなら、首相の全ての記録は後世の評価のために必要なはずだ。是非特定機密保護法で首脳の病気がどう扱われるのか知りたいものだ。いずれにせよ、ドイツ首相の電話すら盗聴される時代に私たちは生きている。

カテゴリ:論文ウォッチ