3月14日 B細胞を標的とする抑制性T細胞の分子メカニズム(4月1日号 Cell 掲載論文)
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3月14日 B細胞を標的とする抑制性T細胞の分子メカニズム(4月1日号 Cell 掲載論文)

2021年3月14日
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免疫反応はただ強ければいいと言うものではなく、必要な時に一定期間反応が起こればいい。このため、免疫が高まりすぎると、それを抑える仕組みが働く。本庶先生が発見したPD−1もそのメカニズムの一つだが、T細胞免疫に関して言うと、現在大阪大学の坂口先生が発見した抑制性T細胞(Treg)が主役になる。

現役の頃はTregも一種類で、全ての反応をT細胞のバランスとして捉えれば済んでいたのだが、研究が進むと、B細胞を標的にする免疫反応が起こる濾胞に存在するTreg言い換えればTfrが発見され、自己免疫などを抑えることがわかってきた。

今日紹介するオーストラリア・ジョンカーティン医科大学からの論文は、Tfrがneuritinという分子を介してB細胞免疫を調節することを発見した論文で、4月1日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Follicular regulatory T cells produce neuritin to regulate B cells(濾胞抑制性T細胞はB細胞を調節するためにneuritinを分泌する)」だ。

この研究ではTfr分化に必須のBcl6分子をTregで欠損させてTfrが欠損したマウスを作成し、このマウスではこれまで示されてきたように、自己抗体が高まり、IgEやIgAへのクラススイッチが高まる。またB細胞分化でみると、プラズマ細胞への分化が亢進していることがわかった。

すなわち、Tfrがこれらを抑制していることが明らかになったので、次にその分子メカニズムを探るため、Tfr細胞をT細胞を標的とするTfh細胞で発現遺伝子を比べ、Tfrに強く発現している分子の中で、リンパ節のT細胞とB細胞領域の境界に存在するTfrに特に強く発現しているNeuritinに着目する。

試験管内でヒトT/B相互作用システムにNeuritinを加えると期待通りNeuritinはB細胞内に取り込まれ、特にプラズマ細胞への分化が抑制される、またIgE産生を抑制することを明らかにする。残念ながらneuritinの受容体についてはまだ明らかになっていないが、B細胞に結合するとすぐに細胞質へと移行し、mTORをはじめ様々なシグナル分子をリン酸化して、B細胞の活動調節をしていることを示している。

最後にNeuritinをFox3陽性Tregからノックアウトする実験を行い、ほぼTfr欠損マウスと同じように、IgEのレベルが高まり、胚中心でのプラズマ細胞への分化が高まり、自己抗体の産生が上がること、またこれらの異常をneuritinを投与することで抑制できることも示している。

以上が主な結果で、これまで抑制性T細胞というとIL10やCTLA4をエフェクター分子として使っていると考えてきたが、

  • TfrはB細胞を標的にする制御性T細胞で、IL10やCTLA4ではなくneuritinを分泌することで抑制機能を発揮する。
  • Neuritinは胚中心でのプラズマ細胞への分化を抑制することで、自己抗体の産生をおさえ、必要な抗原にだけ反応するまでのB細胞の成熟を支える。
  • IgEへのクラススイッチを抑えてアナフィラキシーを防ぐ。

を明らかにした。

今まで発見されなかったのが不思議なぐらい、面白い分子で、しかも細胞内でその機能を発揮して様々な分子のリン酸化を調節しているとしたら、全く新しい分野につながる重要な発見だと思う。おそらく、新型コロナ感染を考える上でも重要な気がする。

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3月13日 新型コロナウイルスのアミノ酸欠損型変異 (3月12日 Science 掲載論文)

2021年3月13日
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新型コロナウイルス(Cov2)は、ウイルスとしては巨大なゲノムを持っており、しかも30以上の機能的分子が必要なため、変異が起こるとウイルスの活性がすぐ失われるので、RNAポリメラーゼ複合体には、nsp14のようなミスマッチを検出して切り出し、校正するプルーフリーディング機構を持っている。実際、この分子が変異したウイルスでは、変異の数は20倍増えることが知られている。

一方最近世界が警戒を強めているイギリス型変異や、南アフリカ型変異では、スパイクだけでも10種類近くの変異が起こっている。なぜプルーフリーディング機構を持つコロナウイルスでこんなに変異が蓄積するのか不思議な気がする。ただ、イギリス型にしても、南アフリカ型にしても、長期間感染した人の中で複製を繰り返した後現れたと考えられており、しかもプルーフリーディングでは修復しようがない欠損を有している。

考えてみると、ゲノムと発現タンパク質が一致している我々の細胞と違い、ウイルス粒子のゲノムと発現している分子は必ずしも一致しない。すなわち、複製と翻訳が別々に行われて、その後パッケージされて出てくる。従って必ずしも欠損が感染力を落としたとしても、変異株は感染できるし、一つの細胞の中で組み換わったり様々な変異が蓄積できる。

この可能性を示す論文がピッツバーグ大学から3月10日号のScienceに掲載された。タイトルは、「Recurrent deletions in the SARS-CoV-2 spike glycoprotein drive antibody escape(SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質の繰り返す欠損が抗体作用を回避する)」だ。

この研究では、免疫抑制があるガン患者さんが長期間にわたってCov2を排出し続けた症例(同じような症例は昨年紹介したことがある:https://aasj.jp/news/watch/14412)について、診断後72日目のウイルスを調べたところ、スパイクタンパク質N末端ドメインに2種類の欠損変異があることの発見から始まっている。さらに同じような患者さんのデータをデータベースから調べると、感染が長い場合には多くの例でやはり欠損が見られているのが明らかになった。

あとは、世界中のデータから、スパイクタンパク質遺伝子で繰り返して見られる欠損(RDR)を分類し、繰り返し欠損が起こっている領域を4種類特定、

  • 全ての変異は一回きりではなく、現在進んでいるパンデミックの全ての時点で繰り返し起こっている。
  • それぞれの領域は変異の多様性で異なり、RDR2、RDR4では変異が多様だが、RDR1、RDR3では制限があり、RDR3のほとんどは3アミノ酸欠損。
  • RDR2、RDR4は世界に広がる様々な変異系統で認められる。一方、RDR1、RDR3が起こる系統には強い偏りがあり、これに対応して地理的にも偏りがある。
  • このような中から感染性の高い系統が急速に広がる。
  • RDR1、RDR3での欠損は一つのモノクローナル抗体(4A8)に対する反応に大きな影響はない。一方、RDR2、RDR4あるいはRDR1+RDR2欠損では、同じ抗体の結合性が低下する。

以上が結果で、プルーフリーディングの効かない欠損変異、及び1人の患者さんの中で様々な変異が共存することで、抗体が効きにくい新しい系統が生まれる可能性を示した重要な研究だと思う。

この研究は現在問題になっている英国株などの欠損変異が特定される以前に始められた研究である点が重要で、欠損変異がACE2結合性を維持しながら抗体を回避し、進化する過程を研究することで、今後の変異を予想することも可能になるかもしれない。

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3月12日 遺伝子操作で痛みをとる(3月10日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年3月12日
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様々な原因で長く続く痛みは、肉体的にも精神的にも私たちを疲弊させてしまう。このため、痛みをとるという技術は、医療にとって最も重要な技術で、これまで様々な方法が開発されてきた。しかし、今もなお慢性的な痛みのスタンダードが麻薬であることをみると、この分野の薬剤開発の進展が遅いことを示している。

しかし、局所原因に起因する慢性痛の伝播については研究が進んでおり、voltage dependent Na チャンネル、特にNav1.7が重要な働きをしていることがわかっている。実際、局所麻酔に使うリドカインはこの分子を標的にしているが、効果は短い。また、これまで開発された薬剤は、Nav1.7以外のvoltage gated Naチャンネルにも結合することから、副作用の問題を抱えていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校から発表されたNav1.7遺伝子発現を抑制して痛みを抑えるという論文を読んで、なるほどこの手があったかと感心した。タイトルは「Long-lasting analgesia via targeted in situ repression of NaV 1.7in mice (局所的なNaV1.7発現抑制による長期の鎮痛作用)」だ。

確かに、持続的な痛みの原因が局在している場合は、局所を支配する感覚神経のNav1.7発現を抑えてしまうのが最も効果的治療なのは十分納得できる。この分子の変異で無痛症になる人もいるが、生命機能には影響しないこともわかっている。事実、これまでmiRNAを用いたり、shRNAを用いて治療する試みは進められていたようだ。

今日紹介する研究は、ストレートにNav1.7 mRNAを抑えるのではなく、Nav1.7遺伝子領域に結合して遺伝子発現を抑制する一種エピジェネティックな方法をとっている。具体的には、切断活性のないCas9に遺伝子抑制活性のあるKRAB遺伝子を結合させたキメラ分子と、Nav1.7遺伝子を標的にするためのガイド遺伝子を導入する方法、及びNav1.7遺伝子に直接結合できるよう設計したZinc FingerにKRABを結合させたキメラ分子を作成し、それぞれの遺伝子を神経指向性があるAAC9ベクターに組み込んで、脊髄に髄膜内投与し、様々な痛みを抑制できるか調べている。

マウスに脊髄髄膜注射を行っているのには驚くが、結論は明確で、どちらの方法でも様々なタイプの痛みを抑制することができる。また今流行のCas9と比べたとき、標的遺伝子との結合が上手く設計されて居れば、zinc fingerも十分な効果を発揮するし、AAV9ベクターにもパッケージしやすい。さらに驚くのは、鎮痛効果が持続することで、AAV9ベクターはゲノムに組み込まれないものの、zinc fingerの場合なんと300日も効果を発揮している。

今後は、RNAを直接標的とする方法との比較になるが、遺伝子発現のレベルでNav1.7を抑制する方法は、特に局在する慢性の痛みを断つ方法として、将来最も普及することを予感させる結果だ。期待したい。

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3月11日 哺乳動物精子間の競争を高めるメカニズム(3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月11日
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精子が卵子に我先に向かう写真は、生存競争が精子レベルから始まっているとの印象を与え、またなるほどと納得してしまうのだが、哺乳動物の精子の場合、独立した細胞になった後は、新しい転写はほとんどないし、翻訳もミトコンドリアのシステムを使って細々とできる程度だ。したがって、精子間の競争、すなわち発現分子の優劣を発揮するためには、競争に関わる分子が早い段階で精子に分配されている必要がある。

今日紹介する米国ボストンにあるOhana Biosciencesという組織からの論文は、減数分裂をした精子同士が細胞質で繋がっている段階に、減数分裂後のそれぞれの核から転写されたmRNAの一部を他の精子へと移行させないことで、精子間の競争を促す仕組みを明らかにした研究で、3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Widespread haploid-biased gene expression enables sperm-level natural selection (広範囲に広がるハプロイドにバイアスがかけられた遺伝子発現により精子レベルの自然選択が可能になる)」だ。

減数分裂後の精子はまだ細胞質が繋がっているが、この時期の精細胞と細胞質の結合が消失した精子を、それぞれの染色体がSNPで区別できるF1マウスから採取、それぞれの段階でどちらの遺伝子が発現しているかをsingle cell RNA seqで調べている。

すると、なんと41%もの遺伝子が、転写された核を持つ側の精子に分布していることがわかった。次に、なぜ細胞質が繋がっているのにこんなことが可能かを調べると、核内に残るmRNAは別として、転写された側の細胞に残る遺伝子の多くは、細胞質の結合部をシャトルしてmRNAを輸送するRNA結合タンパク質との結合部位が欠損していることを見出している。また、このメカニズムは、マウスだけでなく、サルや人間でも保存されているが、面白いことにその数は人間では少ない。

すなわち、かなり多くの遺伝子が転写された側の精子に残り、原理的に精子間の競争に関わることができる。もしこの精子間の競争が、進化上重要な役割を演じているなら、その遺伝子は当然強い選択にさらされることになる。そこで、各遺伝子の選択圧を配列から計算すると、確かに転写された核側に残る遺伝子は、より強い選択圧にさらされている。

面白いことに、このような遺伝子ほど遺伝子機能欠損変異は生命に関わる。また、マウスではこのような遺伝子は精子特異的に発現しているものが多いが、人間ではその傾向は見られない。

このようにmRNAの他の精子への移行を抑制する機構があることは分かったが、自然選択に関わるためには、タンパク質の方も同じ精子にとどまる必要がある。タンパク質は細胞質を素通りすることから、これが可能になるためには、細胞質の結合が切れる直前に翻訳が起こる必要がある。実際調べてみると、予想通り、精子間の選択に関わる遺伝子では、翻訳が遅れて起こることで、タンパク質が不均一に分布できるようになっていることがわかる。

結果は以上で、ではそれぞれの遺伝子がどう精子間競争に関わり、さらにこのような精子間競争の仕組みを使う遺伝子が、生死だけでなく多くの細胞に広く発現しているのか、まだまだ調べる必要がある。しかし、わざわざ細胞質間のシャトルに乗らない仕組みが保存されていることは、面白い話がまだまだ隠れていることを匂わせる。

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3月10日 泣き声から言葉を拾う(Scientific Reports 掲載論文:https://doi.org/10.1038/s41598-021-83564-8)

2021年3月10日
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赤ちゃんの泣き声は、母親とのコミュニケーション手段ということについては誰も異論がないが、コミュニケーションの内容については、泣き声の分析と、行動解析を相関させることが必要になる。実際、台湾では20万件の赤ちゃんの泣き声を集めて、その声の意味を推定するスマフォアプリが開発されており、生後すぐには正解率が高いが、徐々に泣き声が複雑になり理解が難しいことが示されている。

今日紹介するドイツヴュルツブルグ大学からの論文は、同じような赤ちゃんの泣き声の意味をさぐる試みだが、行動との相関は求めず、言語的要素がどのように発展するかに絞って調べた研究だ。タイトルは「Melody complexity of infants’ cry and non‑cry vocalisations increases across the first six months(幼児の泣き声とそれ以外の声のメロディーの複雑性は最初の6ヶ月で高まる)」だ。

このような研究は世界中で行われていると思うが、この研究では277人の子供を選んで、主に家庭で泣いている時と、楽しく遊んでいる時の声を6ヶ月までの様々な時期に録音、分析している。

分析はメロディーの複雑さのみに絞り、一回のフレーズでの、メロディーの上がり下がりの回数、半音階のの数などで計算し、自動で分析を行うアプリを開発している。おそらく開発されたアプリは、今後様々ところで使えると思う。

結果は、

  • 泣き声のメロディー性は生後急速に複雑化し、2週間目にはすでに50%近くの泣き声が複雑なメロディーを持っている。この複雑性は年齢とともに徐々に増加する。
  • 泣き声以外の声のメロディー性は、個人差が大きいものの、やはり急速に複雑化する。ただ、120目をピークに複雑化の程度は低下する。

の2つにまとめることができる。行動との相関がないので、その意味はわからないが、私たちが周りの音を聞き始めることにより、急速にコミュニケーション手段を複雑化させていることがよくわかる。一方、泣き声以外の声では、複雑化した後、それが低下するのは、メロディーだけでなく、子音と母音を組み合わせた複雑性が混じってくるからだろうと結論している。

以上が結果で、先の台湾のアプリで、相関率が生後すぐには9割を越すのに、徐々に正解率が低下するのは、このメロディーの複雑さを反映できないためではないかと想像できる(勝手に思っているだけ)。

いずれにせよ、統一したアプリを世界中で使って、泣き声から言語発達要素を拾うとき、メロディーというユニバーサルな指標に絞って調べ、国際比較をすることは言語発達を理解する大きな助けになると期待したい。

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3月9日 線虫が色を区別する (3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月9日
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線虫には目もなく、また動物が一般的に光の感覚に使うオプシン遺伝子も存在しないことがわかっている。それでも、光に反応するのは、光により誘導された周りの化学的変化を感知する受容体をうまく使っているからだ。とすると、周りに存在する光を吸収して化学変化を起こす分子の存在は、当然線虫の行動に影響を及ぼすと考えられる。

今日紹介するエール大学からの論文は、線虫が餌とするバクテリアの持つ色素を介して餌を選択している可能性を調べた研究で3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「C. elegans discriminates colors to guide foraging(線虫は色を区別して餌探しのガイドにする)」だ。

この研究ではまず、線虫にとっては毒になる緑膿菌を避けるときに、白色光が役立つかどうか調べ、緑膿菌が分泌する光吸収タンパク質pyocyanin存在するときだけ、緑膿菌を避けること、この光により誘導される忌避行動は、Lite-1と呼ばれる化学受容体に依存していること、この反応はpyocyaninがあれば必要十分であることを確認している。すなわち、細菌を問わず、pyocyaninのようにが光により活性酸素が発生する場合これをLite-1で感知することで、光を感知している。

だとすると、このpyocyaninでなくとも、光に反応して活性酸素がでる場合は、線虫が感知できることになる。これを確かめるため、それ自体では光を吸収するだけの青い色素と、活性酸素を発生するパラコートを混ぜた分子に光を当てる実験を行い、両方が存在して光により活性酸素が発生するときだけ、線虫が忌避行動を起こすことを示している。

問題は、このような光に対する反応が、実験室外でも線虫の行動に関わっているかだが、今度は忌避行動を誘導する匂い物質Octanolに青と黄色の波長を様々な割合で混ぜた光を当てるという、少し凝った実験を行い、様々な環境で生育している野生の線虫が反応する光の組み合わせに大きな多様性が見られることを示し、野生の生育環境に合わせた光に対する反応性を獲得していることを明らかにしている。

最後に、この光受容にストレス反応に関わるJNKやレプチンが関わることを示し、一種のストレス反応の進化系の一つであることを示している。

以上、直接光を感じるシステムがなくとも、周りに光を吸収し化学反応を起こす分子が存在すれば、光を使ってそれを感知できるという話だ。

最後に個人的感想だが、光を使ってストレスを感じる仕組みは、昼にしか使えない。緑膿菌を避けるなら、光に依存しない化学受容体や臭い受容体を発達させた方が安心ではないかと疑問を感じる。線虫にも概日リズムがあるそうなので、光を用いた忌避行動と概日リズムを調べてみるのも面白いかもしれない。

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3月8日 マウス造血をヒト化する(3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月8日
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マウス体内でヒト幹細胞の造血を再現しようと試みが始まったのは、私が熊本大学で研究を始めたころで、Fox Chase研究所のMel Bosma が免疫系が欠損したscidマウスを確立したことがきっかけだった。その後、造血や血液細胞の動態に関わる分子が明らかになり、遺伝子改変技術が利用できるようになり、ヒトの造血分子でマウスを置き換えた文字通りのヒト化マウス作成が進められ、現在に至っている。

その中心になるのがFlavelの研究室だが、今日紹介する論文は、これまで難しかったヒト赤血球を持続的に作ることができるマウスの開発で、3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Combined liver–cytokine humanization comes to the rescue of circulating human red blood cells(肝臓細胞のヒト化とサイトカインのヒト化を組み合わせることで末梢血のヒト赤血球が維持される)」だ。

マウス造血をヒト化するための最大の課題は、末梢血の赤血球を置き換えることの困難で、Flavel達が開発したM-CSF,IL-3,thrombopoietin, eat-me signalのリガンドをヒト分子に置き換え、これを免疫系が完全に欠損したRag2(-) IL2Rγ(-)マウスに導入したMISTRGヒト化マウスでも、骨髄造血は半分ぐらいまでヒト化できるが、末梢血には赤血球はほとんど存在しない。さらに、Wvマウスと掛け合わせると赤血球が現れるとする赤司さん達の研究もあるが、ヒト赤血球が肝臓ですぐ壊される以上、造血組織のヒト化だけでは難しかった。

この問題に対しFlavel 達は、赤血球が破壊される肝臓をヒト型にしてしまおうと考え、GrumpeやVerma達により開発された、fumarylacetoacetate hydrolase (Fah)欠損マウスの肝細胞を、脾臓に移植したヒト肝細胞で置き換える方法を、彼らが作成していたMISTRGマウスと組み合わせてみた(これも懐かしい方法だ)。

結果は上々で、赤血球を破壊するためのシグナルとなるC3結合が低下し、さらにヒト肝細胞に置き換わった肝臓の8割以上のクッパー細胞がヒト化されることで、マウスに注射したヒト赤血球も、短いながらも末梢血にとどまることが明らかになった。

次にこのマウスに、ヒト胎児肝細胞由来の造血幹細胞を移植して造血を追跡すると、末梢血のヒト赤血球の割合は徐々に増加し、12週では10%近くに達し、さらにほとんどが成熟赤血球であることを示した。さらに、成熟赤血球が維持できることで、骨髄での赤血球造血も促進され、場合によっては8割以上の骨髄赤血球造血がヒト型に変わっていることも観察している。

以上の結果は、ヒト成熟赤血球が抹消で機能を発揮することで、赤血球系列も含む、バランスの取れたヒト造血幹細胞分化がマウス骨髄内で実現することが明らかになった。

そこで最後の仕上げとして、鎌形赤血球症をマウス体内で再現できるか、遺伝子変異を持つ患者さんの骨髄細胞を移植したマウスで調べている。結果は予想通りで、ヒト型造血を骨髄で再現できるが、同時に5−7%程度の赤血球が鎌状になっていること、脾臓造血の促進、肝臓や腎臓での血管の閉塞などが再現できることを示している。

もちろん、全てがヒト型造血細胞で置き換わったマウスというゴールから考えると、まだ完全ではない。実際、それが可能かどうかすらわからない。しかし、step by stepに30年以上の時間をかけて、ヒト化マウスがここまで完成してきたことを見ると、感動する。

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3月7日 進む抗体ブリッジを用いたガンのキラー治療(3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月7日
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片方に腫瘍特異的抗体、片方をT細胞刺激抗体をキメラにした抗体を用いて、ガンに対するキラー活性を動員する新しい方法の開発が急速に進んでいる。自己のT細胞に遺伝子を導入してキラー細胞に転換するCAR-T療法と比べ、細胞の遺伝子操作が必要なく、標的抗原を発現している全てのガン患者さんに同じキメラ抗体を使うことができ、また次から次へと新しいT細胞をリクルートできるのでチェックポイント阻害の問題がなく、さらに抗体投与を止めれば、キラー活性も消失するため、安全性も高いことから、将来CAR-Tに変わると期待されている。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、ガン抗原としてp53変異ペプチドとHLA抗原の複合分子が使えないか調べた研究で、3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Targeting a neoantigen derived from a common TP53 mutation(頻度の高いTP53変異由来のネオ抗原を標的にする)」だ。

これまでガンのドライバー変異をネオ抗原として使う治療法は紹介してきた覚えがあるが、ガン抑制遺伝子、それも多くのガンで見られるp53を使う試みは初めて紹介する。ガン抑制遺伝子を使うメリットは、免疫を逃れるための次の変異が起こりにくい点だが、もちろん0ではない。

この研究ではp53変異のうちのR175H変異がHLA-A02:01組織適合抗原と結合してできるネオエピトープのみに着目し、この構造を認識するモノクローナル抗体をファージライブラリースクリーニング法を用いて特定し、これをT細胞受容体を刺激できる抗CD3抗体とキメラにした抗体を作り、まずp53R175H変異ペプチドに対するキラーT細胞反応を誘導できるか調べている。

こうしてコンセプトの妥当性を確認した後で、抗CD3抗体の中から活性の高い抗体を選び出し、最終的にH2-scFvと呼ぶ治療キメラ抗体を確立し、最後にペプチドではなく、同じ変異を持つガンに対する細胞障害性を確認している。すなわち、自然の状況でガン細胞が変異ペプチドを合成しさえすれば、キメラ抗体が少ない数ではあってもガン細胞と結合し、周りのT細胞を刺激して細胞障害を誘導することを明らかにしている。

あとは、抗体とp53変異ペプチド/HLAの分子構造を徹底的に調べて、それに基づき、他のペプチドに対する交叉反応の可能性がほとんどないことを確認している。

最後は、変異p53を発現するガン細胞をマウスに移植して、キメラ抗体を投与する実験から、p53特異的にガン細胞を除去することを確認している。

以上が結果で、人に応用するには、キメラ抗体自体への免疫反応や、固形ガンへの応用範囲など、まだまだ調べることが多いが、CAR-Tに置き換わるチャンスは十分ありうることを期待させる。

もともとジョンズホプキンス大学はCAR-T研究を牽引してきた大学だが、その大学が次世代型の治療法でもリードしているのは、選択と集中を感じさせる。さらに個人的には、このキメラ抗体で、ガンだけでなく体の中からp53変異を持つ細胞もついでに殺してもらえれば、ガンの発生を抑えられるのではと期待している。

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3月6日 新型コロナウイルスがACE2発現の低い細胞に感染できる理由:ドグマを問い直すことから新しい発見が得られる(3月2日 Cell オンライン掲載論文)

2021年3月6日
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3月3日に続いて、今日も香港大学からの論文だ。

新型コロナウイルス(Cov2)が、感染の入り口としてSARSと同じACE2を使っていることを示す論文を紹介したのがちょうど一年前だ(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12537)。ただ、これだけでは全身性の感染は理解できないため、その後neuropilinをはじめ(https://aasj.jp/news/watch/13302)、糖鎖結合タンパク質など、その可能性は広がってきた。ただ、今日紹介する香港大学からの論文は少しレベルが違い、Cov2感染細胞のレパートリーをバソプレシン受容体やアンジオテンシン受容体を持つ全ての細胞へと大きく拡大した研究で、3月2日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Soluble ACE2-mediated cell entry of SARS-CoV-2 via interaction with proteins related to the renin-angiotensin system(可溶性のACE2によりSARS-CoV-2ウイルスはレニンアンジオテンシン系を利用して細胞内へ侵入する)」だ。

この研究は、これまでCoV2感染に使われている例えばVERO細胞などが、極めてウイルスの感染実験に合わせた人為的なシステムで、本当の感染現象を追及できないのではという素朴な疑問からスタートしている。そして、様々な系列のヒト細胞株を集め、Cov2感染実験を行い、VERO細胞と同じ程度の感染が見られる細胞の一つとして腎臓の尿細管由来細胞株HK2を特定する。

あとは、siRNAを用いた遺伝子ノックダウンを網羅的に行い、感染をすり抜けて生き残る細胞でノックダウンされている遺伝子を調べ、ウイルス感染に必要な小胞体輸送システムなどとともに、バソプレッシンシグナルに関わる分子がウイルス感染に関わるとする予想外の結果を得ている。

この結果を確かめるため、生化学的、遺伝学的な実験を組み合わせて、ついに細胞膜から切り出されたACE2とCov2スパイクタンパク質の複合体に、なんとバソプレッシンが結合することで、バソプレシン受容体がCov2の受容体として働くことを明らかにする。また、この過程でACE2がADAM17により切断され、可溶性のACE2として細胞外へ遊離することが必須であることも明らかにしている。

これによりCovid-19感染による腎臓障害の一部は十分理解できるようになったが、このグループはさらに進んで、可溶性のACE2がアンジオテンシン受容体AT1を介して細胞内に取り込まれるという以前の研究に着目し、この経路でCov2感染が起こる可能性も検討し、なんと可溶性ACE2がAT1陽性の細胞へのCov2感染を媒介することを明らかにしている。

他にも細胞学的な詳しい研究を行なっているが詳細はいいだろう。要するに、血圧維持システムとして、細胞膜からACE2を切り離して細胞外に遊離するメカニズムが、そのままCov2の感染を、AT1陽性細胞へと拡大していることが明らかになった。

AT1は免疫系を含む様々な細胞に発現していることから、条件が整うとCovid-19が全身病になる原因がまた明らかになった。今後in vivoの実験系での研究が必要だが、ドグマを疑うところから始めて、新しい可能性を切り開いた優れた研究だと思う。

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3月5日 MECP2重複症の前臨床研究が完成に近づいてきた(3月3日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年3月5日
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MECP2は性染色体上に存在する遺伝子で、機能低下が起こるとRett症候群、逆に遺伝子重複により機能が高まるとMECP2重複症(MDS)が起こる。いずれも遺伝子治療の研究が進んでいるが、Rett症候群の場合X染色体不活化という現象で、正常遺伝子と、機能不全遺伝子を持つ細胞がモザイク になっているので、変異遺伝子を狙い撃ちにする編集に近い方法の開発が必要かもしれない。

これに対して MDSの場合は、変異染色体だけなので、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を用いて遺伝子発現量を低下させる治療が考えられる。この方法は現在他の病気に使われ成功しているし、すでにマウスモデルでこの方法が有効であることが確かめられている。

今日紹介するテキサスベイラー医大からの論文は、ヒト型の変異遺伝子を導入したMDSモデルを用いて、臨床に使うときの問題をより詳しく解析した前臨床研究で、ASO治療がグッと近くなったことを感じさてくれる。タイトルは「Antisense oligonucleotide therapy in a humanized mouse model of MECP2 duplication syndrome(ヒト化MECP2重複症モデルマウスでのアンチセンスオリゴヌクレオチド治療)」で、3月3日のScience Translational Medicineに掲載された。

いうまでもなくこの研究はRettやMDSの患者家族の会でも有名なZoghbiさんたちの研究で、MDSのASO治療に関しては2015年にマウスモデルを用いた研究を発表し、成長後の症状も改善することができることを示し期待を持たせた。しかし、それからすでに7年経過しており、どうなっているのか気を揉んでいた。

とはいえ、MECP2の機能は、クロマチン制御という極めて複雑な過程で、ASOで量を減らせばすぐに元に戻るという単純なものではない。おそらく慎重には慎重を期すという意味で、今回の研究ではまずヒトMECP2重複遺伝子をマウスの遺伝子と完全に置き換えたヒト化マウスを作成し、これを用いて治療実験を行なっている。あまり難しい話はすっ飛ばして、今回明らかになったことを箇条書きにまとめてみた。

  • ヒトのMDS変異で置き換えたマウスモデルは、MDSで見られる様々な症状を再現できており、MECP2の過剰発現と、症状とを繋ぐ動物モデルとして利用できる。
  • このマウスを用いると、実際の治療用に開発したASOを定量的に調べることが可能になる。この研究では、ASOの取り込みを上昇させ、分解されにくくした人工核酸を用いて20merのアンチセンス核酸を合成し、これを脳室に投与している。しかも、より臨床的な条件に合わせて、一回投与の効果に限って調べている。
  • マウスではあるが、ASO一回投与で、投与量に応じてMECP2発減量は、ほぼ全ての脳領域で低下する。従って、MECP2の発現量を正常化させることができる。
  • 一回投与では、mRNAの量は1週間目から正常化するが、5週目ぐらいから元に戻り始め、16週では完全に元に戻る。これに対しタンパク質量は遅れ、2週で正常化、これは5週間まで続く。
  • 上の結果は、MECP2発現量の上昇によるクロマチン変化の正常化は、2週間ぐらいから始まると考えられるが、その影響を受ける遺伝子の発現量の正常化も同じように遅れて正常化し、しかも16週間まで維持される遺伝子が多い。
  • 症状の改善についてはさらに遅れ、記憶や学習能力の改善についてみると、5週間ではほとんど変化がないが、9週目には正常化している。また運動機能も正常化する。しかし、不安行動の改善は認められない。
  • 血中のγインターフェロンmRNAが治療により正常化する。これは効果を調べるためのマーカーになるかもしれない。

結果は以上で、MDSの遺伝子治療が、ASO投与ですぐに変化が見られるという単純なものではなく、クロマチンの変化を通した複雑な過程であることを示している。従って慎重には慎重を期すべく、ヒト化マウスまで作成して研究を続けているようだ。そして、困難は必ず克服できるという希望も、結果を見るとよくわかる。

昨年紹介したように、MECP2の機能理解については大きな飛躍があったと個人的に感じている(https://aasj.jp/news/watch/13574)。その目で見れば、今回の治療実験結果も納得できる点が多く、実際の臨床へさらに近づいたと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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