8月31日 2本目のX染色体がアルツハイマー病を抑える(8月26日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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8月31日 2本目のX染色体がアルツハイマー病を抑える(8月26日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月31日
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哺乳動物の性染色体は女性XX男性XYだが、性とは関係ない機能を担う遺伝子も存在するX染色体からの遺伝子発現量を男女で合わせるために、女性のそれぞれの細胞でどちらかのX染色体を不活化して、男女とも一本のX染色体だけから遺伝子が発現するよう巧妙に調節されている。とは言え例外も存在し、X染色体上にあっても不活化を受けない遺伝子も存在する。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はX染色体に存在するのに不活化を受けない遺伝子KDM6Aがアルツハイマー病の進行を遅らせることを示した論文で8月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A second X chromosome contributes to resilience in a mouse model of Alzheimer’s disease (2番目のX染色体がマウスのアルツハイマー病モデルの抵抗力に寄与している)」だ。

一般的に女性のほうがアルツハイマー病(AD)の患者さんが多いことが知られている。しかし、一旦ADにかかると男性の方が早く死亡するし、進行も早い。この研究の目的はこの理由を明らかにすることだ。

まずADにかかると男性の方が本当に早死にするのか調べる目的で、多くの論文検索を行い、男性の方の死亡リスクが1. 63倍に増加していることを確認している。そして、アミロイドタンパク質を過剰発現させたマウスモデルでもオスの方が早期に死ぬこと、そして症状の進行が早いことを確認し、以後マウスでこの原因を確かめようと研究を進めている。

この差が性ホルモンでないことを去勢したマウスで確認し、また遺伝子操作で染色体と形質が一致しないマウスを比べた実験からY染色体がこの差の原因でないことを確かめた後、X染色体の数が原因ではないかと着想し、XXYやXOなどの個体を調べ、X染色体が2本ある場合は全てADの進行が遅れることを発見している。

こうなると当然X染色体不活化を受けない遺伝子がAD進行抑制に関わると考えられるが、この研究では遺伝子抑制を抑えるメチル化ヒストンを脱メチル化酵素Kdm6aが最も可能性が高いと狙いを絞って、研究を進めている。

期待通り、Kdm6aはメスでADの主座といえる海馬で発現が高く、またオスの海馬にKdm6a遺伝子を直接導入して過剰発現させると、空間記憶能力の低下を抑制することが明らかになった。

これと同じことが人間で起こっているかどうか確かめるのは難しいが、Kdm6aの遺伝子発現が高いSNPを持つ個体について調べると、認知症の進行が抑えられる傾向にあることがわかり、ヒトでもKdm6aの脳内での発現量がAD進行に重要であることを明らかにしている。

以上、性差というと単純にホルモンのせいにできない場合もあること、また新しい治療のためのヒントが見つかったように思う。

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8月30日 自由行動の研究を可能にする光遺伝学(8月19日発行 Neuron 掲載論文)

2020年8月30日
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光遺伝学により、特定の場所の神経集団の記録や刺激が可能になって、動物を生かしたまま様々な行動の神経回路を調べることが可能になった。それでも、通常の光遺伝学ではマウスは光ファイバーで繋がれており、どうしても自由が制限される。この点を改善しようと様々な方法が開発されており、以前鉄と結合するフェリチンと、トルクを感じて開くTRPV4を結合させ、磁石で鉄が引っ張られると興奮するというエレガントなシステムを用いて、ドーパミンによる褒賞回路の刺激を磁石によりOn/Offする系を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/4961)。 ただ、すでに4年以上経つがそれほどポピュラーになっていないのは、この系を必要とする研究が少ないことと、トルクを発生させるのに強い磁場が必要で、ケージの中で自由に行動している場合、スウィッチコントロールが難しいからだろう。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は神経刺激にはこれまで通り光を使うが、ファイバーにつながった光源と磁気に反応するリードスイッチを用いて、自由に行動しているマウスでの脳内に、必要な時に光を点滅させる方法を使って、オキシトシン分泌神経を刺激した研究で8月19日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Wireless Optogenetic Stimulation of Oxytocin Neurons in a Semi-natural Setup Dynamically Elevates Both Pro-social and Agonistic Behaviors(半自然的実験環境で行動するマウスのオキシトシン神経をワイヤレス光遺伝学刺激使って刺激することで社会的と同時に敵対行動も高める)」だ。

この研究が面白いのは、磁石でコントロールできる光遺伝学システムを全て手作りで構築している点だ。言われてみれば、光ファイバーからLEDライト、リードスイッチなどは例えば秋葉原に行けば皆揃うだろう。これを見ると、光遺伝学も随分成熟し大衆化した技術になったと感慨が深い。

この研究で光遺伝学的に刺激対象にしたのが視床下部の室傍核にあるオキシトシン分泌神経で、比較的自由に動ける環境でオキシトシンの分泌を誘導することで、内因性のオキシトシンの行動への影響を見ている。

また行動時にオキシトシン神経に入力される自然の刺激への反応を見るために、光遺伝学で神経興奮を完全にコントロールするのではなく、自然の反応への閾値を下げるためのStep-Function Opsinを用いて行動実験を行なっている。

オキシトシンは他の個体に対する社会性を高めるということで自閉症の治療にも使われているという点で、行動操作研究の格好の対象といえ、この選択はよく理解できる。ただ、最近の研究でオキシトシンは必ずしも社会性を高めるだけでなく、状況によっては反社会的な行動も高めることが知られるようになった。

そこで新しい技術を使って、自由に行動するマウスのオキシトシン閾値が下がったらどうなるかを調べている。

詳細は省略して結果をまとめると、

  • 大きなケージ内で縄張り意識を獲得させた後、他のマウスと出会った時の攻撃性を調べる実験を行うと、オキシトシン神経の興奮を高めると攻撃性は強く減少し、この変化はオキシトシン受容体の阻害で元に戻る。
  • 一方、餌場や水場を他のマウスと共有する半自然的環境で同じ実験を行うと、向かい合ってコンタクトをとる社会的行動も、逆にお尻を追いかける反社会的行動もオキシトシンにより増強することが明らかになった。

以上の結果は、オキシトシンを社会性ホルモンと決めつけるのは問題で、おそらく様々な社会行動を際立たせる効果を持つと考えた方が良いことを示唆している。もちろん、尻を追いかけ回すことも、ある意味では社会性が高まると言えなくはないので、自閉症をオキシトシンで治療するアイデアは今も間違っていないと思うし、今回示された友好的、敵対的を問わず社会との関係が高まるなら、より期待が持てるように思うが、将来は深部脳刺激と同じように、オキシトシンの閾値を下げる治療もあるかもしれないと思う。

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8月29日 メタボ改善のための新しい秘策(8月26日号 Science Translational Medicine 掲載論文

2020年8月29日
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これまでの研究で褐色脂肪組織の熱生成を高めることで、代謝を改善し、肥満を防げることがわかっている。この熱生成を調節する核になっているのがアンカプラー分子と呼ばれるミトコンドリアのプロトン勾配を、ATP合成に使わずに、熱として発散するのを可能にする分子で、熱生成に最も関わるUCP1は褐色脂肪細胞にしか発現しない。ただ、長期間寒さにさらされるような状況では白色脂肪組織にもUCP1が発現した褐色脂肪細胞の性質が現れ、ベージュ脂肪組織と呼ばれている。

今日紹介するジョスリン糖尿病センターからの論文は、白色脂肪細胞でUCP1を強く誘導しベージュ化した後、それを移植することで全身の代謝を改善できないか調べた研究で、8月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「CRISPR-engineered human brown-like adipocytes prevent diet-induced obesity and ameliorate metabolic syndrome in mice (CRISPRによる遺伝子操作を行なった褐色様脂肪細胞は、マウスの食事による肥満を抑えメタボリックシンドロームを改善させる)」だ。

この研究ではヒト白色脂肪組織から樹立した細胞株のUCP1遺伝子をプロモーターにCas9で導かれた転写活性化分子で誘導できるよう遺伝子操作を行い、正常と比べてタンパク質レベルで20倍のUCP1が発現する細胞株を樹立している。この細胞をHUMBLEと名付けているが、HUMBLEは正常の褐色脂肪組織と同じような性質を持ち、しかも外部からの刺激なしにUCP1分子を強く発現している。また、ATPの代わりに熱が作られる状況に反応して、ミトコンドリアの増殖や機能が高まっている細胞にリプログラムされている。

この細胞をヌードマウス胸骨付近に移植すると、脂肪組織を形成し長期間維持できることがわかった。そしてなによりも移植されたマウス個体ではインシュリン分泌は変化がないものの、糖代謝が改善され、血中脂肪が低下、熱の生成が高まることが明らかになった。また、高脂肪食による肥満も強く抑えることができる。

個体での全ての効果を移植した細胞だけで説明できないので、ホスト側の脂肪がリプログラムされた可能性を調べ、移植した細胞から分泌される代謝物が体内の褐色脂肪組織を活性化させ、代謝改善に寄与することを示している。

最後にこの分泌因子について追求し、アルギニン代謝経路から合成されるNOが、赤血球により全身に運ばれ、局所褐色脂肪酸を活性化して代謝改善の方向に動員されることを示している。

もちろん同じ効果は厳しいトレーニングと食事制限により可能だと思うが、操作された自分の脂肪細胞を移植するだけでこれほどの効果が得られるなら、実際の臨床に用いられる日も近いような気がする。

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8月28日 好塩基球は神経系と免疫系をつないで寄生虫に対する反応を制御している(Nature Immunology オンライン掲載論文)

2020年8月28日
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好塩基球は人間の末梢血中で最も少ない白血球だが、以前はマウスには組織に常在するマスト細胞以外存在しないと言われていた。その後の研究で、マスト細胞をそのままに、好塩基球を除去する方法が東京医科歯科大の烏山さんたちにより示され、2型炎症と呼ばれるアレルギー反応を調節して、寄生虫への反応調節に重要な働きをしていることが示唆された。

今日紹介するニュージャージー州立大学からの論文は好塩基球が2型炎症に関与する際の分子メカニズムを追求した研究でNature Immunology にオンライン掲載された。タイトルは「Basophils prime group 2 innate lymphoid cells for neuropeptide-mediated inhibition (好塩基球は神経ペプチドを介するグループ2自然リンパ球に対する阻害効果を誘導する)」だ。

この研究で使われたモデルはマウスで最もよく利用される寄生虫鉤虫感染モデルで、皮下に注射した500匹の鉤虫が体内で広がる時、肺組織で見られる2型アレルギー反応を指標にしている。

遺伝子操作で好塩基球が欠損したマウスを作成すると、鉤虫の数はあまり変化しないが、肺に鉤虫が移動して誘導される2型炎症の指標、IL4,IL5,IL13の発現が肺で増強し、組織学的にも強い炎症が誘導されることがわかった。すなわち、好塩基球自体は鉤虫による炎症を誘導する側ではなく、特に全身の炎症を抑える働きがあることになる。

実際、鉤虫による2型炎症には自然リンパ球として知られる、抗原特異性のないリンパ球の一つILC2が関わることが知られており、Ragが欠損したマウスでも同じように炎症が誘導される。これらの結果から、著者らは好塩基球は鉤虫により誘導されるILC2の活性化を抑えているのではと考え、好塩基球を除去した肺での遺伝子発現を調べ、コリン作動性神経から分泌される神経ペプチドに対する受容体の発現が減少することを発見した。

すなわち、鉤虫に反応してILC2は2型炎症を起こして抵抗するが、神経から分泌される神経ペプチドはILC2を刺激して2型炎症を抑える調節役を演じている。このとき、好塩基球は ILC2上の神経ペプチド受容体の発現を高めてブレーキをかけ、炎症が行き過ぎないよう調節していることがわかった。このため、好塩基球を除去してしまうと、抑えが効かなくなり炎症がオーバーシュートしてしまう。

あとはこのシナリオが正しいかどうか確かめる実験を行い、

  • 神経ペプチドはILC2に働いてIL5やIL13の分泌を抑え、2型炎症を抑える。
  • このときプロスタグランジンも協調してILC2の活性を抑える。

を確認し、このシナリオが妥当であることを示している。

鉤虫感染後に好塩基球が増加することは知られていたようだが、その意義はこれまでよくわかっていなかった。この論文は、好塩基球が寄生虫をアタックするのではなく、寄生虫に対する組織反応をコントロールして組織の恒常性を維持するのに関わることを示しており、しかも神経と炎症細胞との相互作用を調節しているという、予想外の結果で、同じことが人間でも起こっているのか、ぜひ知りたいものだ。

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8月27日 ゲノムから見るダニの生態 (9月3日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月27日
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10年前まで、動物や植物の全ゲノム解析はトップジャーナルに掲載されるのが普通だった。しかし、それ以降はゲノムを解析したというだけでは専門誌に回され、トップジャーナルに掲載されるためには、ゲノムから読み取れる面白いストーリーを示す構想力が必要になっている。

今日紹介する中国のダニゲノムコンソーシアムからの論文は、住環境が近代化した今でも私たちを悩ませているダニのゲノムを比較し、地域の環境とそこに生きる人間や家畜に合わせて進んできたダニの進化について、面白いストーリーに仕上げた研究で、めでたく9月3日号のCellに掲載される。タイトルは「Large-Scale Comparative Analyses of Tick Genomes Elucidate Their Genetic Diversity and Vector Capacities (ダニゲノムの比較解析により遺伝的多様性と病原体媒介能力の関係が明らかになる)」だ。

この研究だが、ストーリーという点では、まず今も私たちの身近に存在し、医学的にも重要なダニを対象にした点、そして中国という広い国土のダニ分布マップを作成し、そのゲノムから細菌、動物、家畜、人間などのダニと関係する様々な生物を考え直した点、そして吸われる側から是非共知りたい吸血能力について詳しく解析している点がハイライトだろう。

日本で問題になる家ダニは、ツメダニとチリダニのことだが、この研究で対象にしたのは動物の血を吸う6種類のダニ(シュルツェマダニ、フトチゲマダニ、カクマダニ、Hyalomma asiaticum, クリイロコイタマダニ、オウシマダニ)で、長い遺伝子長を解読できるPacBioと普通の次世代シークエンサーを組み合わせて、まず全ゲノムのレファレンスを作成し、それに基づき、中国全土から採取した600個体を越すダニの全ゲノム解析を行い、そこから何が読み解けるのかストーリーを提示している。

今後の研究には、それぞれの種のゲノム構造も重要だが、それぞれの種の系統関係以外は、専門外には退屈だと思うので、面白いストーリーだけをピックアップして紹介する。

  • まず吸血性だが、血を吸って生きるように遺伝子が変化していることがわかる。すなわち、様々な動物の血液を栄養源とすることから、ヘムを細胞内に輸送するシステム、凝血を防ぐペプチド分解酵素システム、解毒のためのシステムに関わる遺伝子が拡大している。さらに面白いのは、ヘモグロビンをふんだんに摂取することから、ヘムタンパク質の代謝に関わる独自の遺伝子群をほとんど失っていることだ。また、様々な動物に取り付いて生きるため、他の節足動物とは異なる独自の自然免疫システムを発展させている。
  • さらに、吸血時にこのようなシステムに関わる遺伝子を動員する転写システムが存在し、例えば血を吸い始めるとTMPRSS6セリンプロテアーゼの転写は3倍から、種によっては100倍近く高まる。
  • このような動物の血液を栄養に変える遺伝子数が多いほど、様々な動物に取り付いて生きることができ、結果広い範囲に分布している。一方、寄生する動物が限られているダニでは、ペプチダーゼや解毒システムに関わる遺伝子数は低下するが、吸ってもいい血液を区別するセンサーを発達させている。

以上、読めば読むほど吸血のためによくできているなと思うが、この論文では遺伝子操作で確かめることは全く行われていない。

チリ的分布で面白いのは、様々な環境に対応できる種が広く分布していることで、中国で広く分布しているフタトチゲマダニは、何とニュージーランドから鳥に乗ってやってきたようで、最初から適応力が高い。

一方ほとんど同じ動物に寄生するオウシマダニも中国南部では広く分布するが、ホストが限られることから、それに適応した結果、各地のオウシマダニを比べると遺伝的な多様性が見られる。

そして医学的に最も重要な、ダニが持っている細菌叢を調べると、それぞれの種が持っている細菌叢は多様だが、最近の多様性と病原媒介能力とは必ずしも相関するものではなく、リケッチアなど個々の病原菌との関係が最も重要であることも示している。

読んでみると、近代化された生活でもしぶとく人間の生活に取り付くダニのしぶとさがよくわかる論文だが、残念ながら面白い話というだけで、深みはあまり感じられなかった。

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8月26日 制御性T細胞(Treg)機能を持ったCAR-T (8月19日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月26日
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制御性T細胞はいうまでもなく、現阪大の坂口さんの発見で、わが国免疫学の貢献の中でも大きな発見だと思う。チェックポイント治療は免疫を増強する方向の操作だが、Tregの場合、自己免疫病や移植拒絶など免疫を抑える切り札としてri利用できるのではという大きな期待がある。しかし、私たちの体に存在するTregを自由に操作して治療を行う技術の開発は遅れている感が強い。

今日紹介するカナダBritish Colombia大学からの論文は生体内のTregを操作する代わりに、現在ガン治療で利用が進むchimera antigen receptor T細胞(CAR-T)技術をTregにも応用して、免疫抑制能を持つCAR-Tregを作って治療に使おうという発想の研究で、Tregの利用に道を開く可能性がある面白い研究だとお思った。タイトルは「Functional effects of chimeric antigen receptor co-receptor signaling domains in human regulatory T cells(キメラ抗原受容体と共受容体シグナルドメインのヒト制御性T細胞での機能)」で、8月19日号のScience Translational Medicineに掲載された。

この研究の目的は、動物モデルでCAR-Tregを作成するために導入するキメラ抗原受容体の条件を決めることで、抗原認識のためにはHLA-A2、導入した細胞の識別のためにMyc-Tag、T細胞シグナルとしてCD3ζ、そしてTreg機能に関わると考えられる様々な共シグナル分子を持ったキメラ抗原遺伝子を作成し、これをヒトT細胞に導入している。

こうして作成したCAR-Tregを、マウスにヒト末梢白血球を移植しておこるGvH反応を抑制できるかどうか調べている。様々な共シグナル分子を調べているが、結局最もオーソドックスな野生型CD28分子をCD3ζの前に結合させたキメラ抗原受容体が最も高いGvH効果を示した。また、CD28-CAR-Tregは移植後7日までマウス体内で維持されることも確認している。

あとは、試験管内の刺激実験系を用いて本当にこうして作成したCAR-Tregが、これまで知られているTregの特徴を備えているかどうか詳しく検証している。様々な実験が行われているが、

  • CD28共シグナルはTreg分化と機能に関わるHeliosの維持に関わっており、他の共シグナルにはこの機能が存在しないこと。
  • CD28共シグナルにより、細胞周期と細胞代謝に関わる遺伝子セットが誘導されること。
  • 試験管内で樹状細胞の活性化を抑えることで、免疫抑制に関わること、

など、これまで知られているTregの作用メカニズムと合致しており、確かにCAR-Tregが作成可能であることを示す説得力のある結果だと思う。

この研究ではマウス体内でおこるヒトT細胞によるGvHという特殊な系で、HLA抗体が認識するのはヒトT細胞だけになるが、全身の細胞がHLAを発現している人間では、異なる抗原を探す必要がある。しかし、CAR-Tregが利用できると、臨床的に利用できるというだけでなく、Treg自体の理解にも大きく寄与するのではと期待できる。新しいTreg研究がCAR-Tから生まれる予感がする。

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8月25日 胎盤の細菌感染を除去するNK細胞(9月3日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月25日
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この1週間、変わり種の論文を紹介してきた気がする。

「スマフォによる糖尿病診断」、「ミトコンドリアによる神経運命決定」、「セラミドによる線維化の抑制」、「高齢者の血液によるガンの悪性化」、そしてTcRレパートリーからのガン診断」などだが、意表をつく論文に目が行きやすいこともあるが、この週は特にこの類の論文が目立った気がする。実際には、まだ紹介しきれていない論文が二編残っている。

今日紹介するハーバード大学からの論文はそのうちの一編で、本当かな、論文のための論文と違うかな、などと感じるところもあったが、学ぶところも多かった。タイトルは「Decidual NK Cells Transfer Granulysin to Selectively Kill Bacteria in Trophoblasts (脱落膜に存在するNK細胞はグラニュロリジンを受け渡すことで栄養膜細胞内のバクテリアを殺す)」だ。

意外とマウスと人は進化的に近く、胎盤の構造も似ており、母親側の子宮に形成される脱落膜の中に、胎児側の絨毛から絨毛外栄養幕細胞が突き刺さった構造ができている。子宮は一種体外組織と言ってよく、当然細菌感染に晒される確率は高い。

この研究では、細菌を殺す活性を持つグラニュロリジンの発現が、脱落膜に存在するNK 細胞で高いこと、そしてパーフォリンヤグランザイムが存在する細胞障害性の顆粒だけでなく、細胞質にも存在するという発見から始まっている。

この結果から、おそらく脱落膜ではNK細胞がグラニュロリジンを介して細菌感染を防御しているのではと考え、栄養膜細胞株にリステリア菌を感染させる実験で、NK細胞がリステリアを殺せるか試験管内で調べている。結果は期待通りで、細胞外のリステリアも、細胞内のリステリアもNK細胞により殺されることがわかった。重要なことは、リステリアへの障害性には、NK細胞のキラーメカニズムである脱顆粒は必要ないこと、また細胞内のリステリアは殺されても、栄養膜細胞自体は障害を受けないことを確認している。これが、この研究のハイライトで、このメカニズムを追求した結果、

  • 脱落膜に存在するNK細胞(dNK)は末梢のNK(pNK)より高いグラニュロリジンを発現しており、リステリア殺傷効果が高い。
  • dNK細胞は栄養膜細胞と接触すると、おそらくNK細胞受容体を用いて細胞質同士が繋がるブリッジを形成するが、それ自体は栄養膜細胞障害性はない。
  • このブリッジを通して、小さな分子はNK細胞から栄養膜細胞へと受け渡されるが、グラニュロリジンもこのメカニズムを介して栄養膜細胞へと移行し、細胞内のリステリアを殺傷する。
  • このブリッジ形成にはアクチンが関わる。
  • マウス妊娠子宮にリステリアを感染させる実験で、グラニュロリジンを過剰発現したマウスは流産率が低下する。NK細胞を除去すると、この効果はなくなる。

以上、NK細胞が妊娠中の感染を防ぐ重要な役割をしているという結果だ。一般的に実験動物は清潔に維持されているので、このような差はなかなか気づかれないのだが、おそらく野生では重要ではないかと納得している。

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8月24日 T細胞受容体レパートリーの変化からガンを診断する(8月19日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月24日
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機械学習は任意に選んだ指標と予想したい状態の間に何らかの相関があれば、私たちの感覚では気づかない変化を学習して、かなり正確な予想を可能にしてくれる。このことから、ガンの診断分野では、我が国を始め多くの研究プロジェクトが進んでいると思う。

今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文はガン早期診断のための機械学習についての研究と片付ければそれまでだが、ガンに対する免疫反応を指標に機械学習を行なっている点、すなわちガンそのものではなくガンを映し出す鏡に映った像を利用している点で、これまで読んだ中では最も面白いと思った。タイトルは「De novo prediction of cancer-associated T cell receptors for noninvasive cancer detection (ガンの非侵襲的診断に向けたガンに関わるT細胞受容体の予想)」だ。

多くのガン患者さんにチェックポイント治療が有効であることは、ガンに対するT細胞免疫が成立していることの証拠だが、このことはガン特異的な何らかの抗原を認識するT細胞受容体(TcR)が誘導されていることを意味する。とすると、ガンの発生には通常長い時間がかかるので、かなり早い段階からガン特異的TcRが誘導されている可能性があり、どのTcRがガン抗原特異的であるかがわかると、ガンの代わりに反応するTcRを見つけて診断することは原理的に可能だ。

しかし、個別のガンに反応しているTcRを特定することなど、実際の臨床では簡単でない。そこで機械学習を登場させて、TcRの可変部アミノ酸配列から、ガンに特異的と考えられるアミノ酸配列を導き出そうと著者らは考えた。はっきり言って、この発想が研究のすべてで、言われてみればかなり説得力があることがわかる。

この研究ではまずガン組織のゲノム解析データベースからTcRβ鎖の最も変化が激しいCDR3領域の配列を取り出し、ガンのサンプルとして機械学習させるとともに、正常コントロールとして末梢血の遺伝子データを用いて学習させ、あとはこのAIの性能を様々なデータベースを用いて検証している。

最初にガンのネオ抗原や、ガンウイルス、インフルエンザウイルスと反応することがわかっているTcRレパートリーを用いて、機械学習の能力を検証し、

  • TcRによるガンの診断は組織適合抗原に依存しないこと。
  • 学習に用いたデータに存在しなかったTcRでも、その性質からガン特異的であることを診断できること。
  • 学習にはガン組織に浸潤しているT細胞のデータが用いられているが、末梢血で診断が可能なこと。

をまず確認している。

その上で、この学習結果から導き出せるガンらしさの指標Cancer Scoreを考案し、調べたほとんどのガンでCancer Scoreを用いてガンと、正常人や感染症の人を区別できることを示している。驚くことに、診断の難しいすい臓ガンでも、末梢血を用いてAUC0.99という高い診断能力を示している。

さらに初期ガンから診断が可能かも調べており、すい臓ガンでもステージIIの段階からAUC0.93という確率で予測が可能であることを示している。

最後に、ゲノム解析ではなく、末梢血での発現遺伝子データベースからもTcRを抽出して診断に持ちられるか、腎臓ガンとグリオーマで調べると、AUC0.85前後の予測能力があることを示している。

実際の臨床に応用できるかはさらに研究が必要だろうが、個人的には大変興味を持っている。まず、機械学習研究の中では発想が新しい。しかも、TcRβ鎖のCDR3だけでここまでの性能を叩き出しおり、TcRαもうまく使えればさらに精度が上がる可能性がある。そして何よりも、独立した指標としてCancer Scoreを提案できているので、このスコアを他の診断指標と組み合わせることも容易だと思う。期待したい。

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8月23日 高齢者の血液はガンを悪性化させる:新しい体液病理学(8月19日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年8月23日
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かってドイツで、病気の成立に関して、体液の組成変化が重要だとするロキタンスキーの体液説と、細胞の変化が重要だと考えるウイルヒョウの細胞説が激しく対立して議論が続いた。基本的には、ウイルヒョウの細胞病理学がその後の主流となって行ったと言っていいと思うが、それでも一種の体液説の名残は今も顔を見せる。パラビオーシスと呼ばれる2個体間で循環を共有させて起こる変化を調べる実験はその典型と言っていいだろう。特に老化個体と、若い個体との間でパラビオーシスを行う研究は今も盛んに行われている。

今日紹介するコーネル大学からの論文はパラビオーシスは全く使ってはいないが、高齢者の血液にガンの悪性化を誘導する要素が存在するはずだと信じてそれを追求した研究で、8月19日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Age-induced accumulation of methylmalonic acid promotes tumour progression(老化により蓄積するメチルマロン酸はガンの進行を促進する)」だ。

この研究は、最初から高齢者の血液はガンの進行を高めると決めてその原因を求めた仮説に導かれた研究と言っていいだろう。実際には高齢者の血清をプールして、がん細胞株と培養した後ホストに移植すると、老化血清と培養した後のがん細胞は増殖力が高く、しかも細胞接着分子の発現が低下するなど、いわゆる上皮間葉転換という現象が起きていることを発見する。

現代の体液説と言える発見だが、もちろん今ではその分子的基礎を調べる必要がある。メタボローム解析を行い、最終的に突き止めた分子が、確かに高齢者で上昇することが知られているプロピオン酸からの代謝物、メチルマロン酸だった。すなわち、高齢者の血清の代わりにメチルマロン酸とがん細胞株を培養すると、ガンの増殖が高まり、上皮間葉転換が起こることがわかった。さらに、高齢者の血中にある脂質により、メチルマロン酸が細胞内に入りやすくなっていることも明らかにし、高齢者の血清は二重にガンの悪性化に手を貸していることを明らかにしている。

なぜ高齢者でメチルマロン酸が上昇するのかよくわかっていないと思うが、もともとメチルマロン酸上昇の原因としているビタミンB12の低下でないなど、是非調べて欲しいところだ。いずれにせよ、私のような高齢者にとっては恐ろしい話だ。

最後に、悪性化のメカニズムをさらに追求し、メチルマロン酸によりガンや周りの組織のTGFβが誘導され(このメカニズムはわからない)、その結果Sox4転写因子が誘導されることで、ガンの転写プログラムが変化し、悪性化することを示している。実際、Sox4 をノックダウンすると、メチルマロン酸の効果は消失する。

以上が結果で、個人的な信念からよくここまでまとめたという点に感心する研究だ。しかし、もし本当ならメチルマロン酸が蓄積する原因を確かめて、それを元から遮断する方法を開発して欲しい。

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8月22日 セラミドが線維化を抑制する(8月19日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月22日
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一般的にセラミドというと、肌を乾燥から守るスキンケアに使われる脂質として知られていると思うが、医学的にはセラミドがもつシグナル伝達因子としての側面が最も重要で、研究が進んでいる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、セラミドが肝臓の線維化を抑える作用メカニズムを明らかにした研究で8月19日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Targeting acid ceramidase inhibits YAP/TAZ signaling to reduce fibrosis in mice (アシッドセラミダーゼはYap/Tazシグナルを阻害しマウスで線維化を抑制する)」だ。

線維化には様々なシグナルが関わっているが、最近注目を集めているのがYap/Tazシグナルで、様々な臓器でこのシグナルをブロックすると線維化が抑えられることが知られている。

このグループはすでに、肝臓の星状細胞の活性を抑え線維化を抑制する化合物をスクリーニングして、セラミドが星状細胞の活性化を抑えることを見つけていた。この研究の最初の目的は、この現象の分子メカニズムを明らかにすることで、セラミドと培養した星状細胞の遺伝子発現から、セラミドによりYapの下流シグナルの発現が抑制されることを発見する。

Yapの不活性化は、LATS1/2と呼ばれる酵素によるリン酸化に続くプロテアソームでの分解によることが知られており、セラミド処理でYapの分解が促進することも確認している。この経路のトリガーについてはデータは示していないが、セラミドの蓄積が機械刺激となってHippo(MST1/2)を介してYapに伝わると考えているようだが、セラミドが分解された脂質がG共役受容体を介してシグナルとなる可能性もあると思う。

結局シグナルの解析はここで終わりで、あとはセラミドを分解するacid ceramidase阻害剤が肝臓での線維化を抑えるかどうかに絞って研究を進めている。

セラミダーゼ欠損=セラミドが蓄積するマウスでは、期待通り四塩化炭素や非アルコール性脂肪肝による肝硬変を抑えることができる。さらに、セラミダーゼの強豪阻害剤を用いると、同じように肝臓の線維化を抑えることができる。

そして最後に、人間の肝臓をスライスした培養システムを用いて、セラミダーゼを阻害することで線維化に関わるコラーゲンの誘導を止められること、さらにC型肝炎患者さんではセラミダーゼの発言多強くしていることを示している。

以上の結果は、セラミダーゼは将来脂肪肝などによる肝硬変の治療に使える可能性を示唆しており、NASHに限らず様々な肝硬変の治療として発展することを期待した。また、肝臓に限らず、Yap経路は一般的に線維芽細胞を活性化させ線維化を誘導するので、同じ治療法は他の線維化にも使えるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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