9月26日 帝王切開による出産の腸内細菌への影響(9月18日 Nature オンライン掲載論文)
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9月26日 帝王切開による出産の腸内細菌への影響(9月18日 Nature オンライン掲載論文)

2019年9月26日
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小児のアトピー対策がこの数年で大きく変化した。皮膚からの抗原侵入を防ぎ、腸からの抗原により免疫抑制システムを育てるという考え方に変化した。この原因は、アトピー予防にとっての幼児期の皮膚のバリアーの影響がよくわかったことと、腸内での細菌叢の免疫や炎症制御への重要性がわかってきたことが大きい。そして、新生児期の腸内細菌叢の発達について多くの研究が行われ、このブログでも紹介してきた。

今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は経膣分娩と、帝王切開による分娩で生まれた子供の腸内細菌叢の発達を調べた論文で、その臨床的重要性で9月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Stunted microbiota and opportunistic pathogen colonization in caesarean-section birth (帝王切開分娩児に見られる機能不全の腸内細菌叢と日和見病原菌の定着)」だ。

もちろんこれまでも帝王切開分娩児の腸内細菌叢を調べた研究はかず多く存在した。そして、経膣分娩児と比べると、腸内細菌叢の多様性の欠如や、一部の細菌種の欠損は報告されていた。

ただこの研究は314例の経膣分娩児と282例の帝王切開分娩児の腸内細菌叢を長期間にわたって観察することにより、十分統計的解析が可能なデータを集めた点が最も重要だ。そして何よりも、これまでの研究と比べても、帝王切開分娩の驚くべき影響を浮き彫りにした。

もちろんこれまでと同じで、調べる数を増やしても出産後から急速に腸内細菌叢が成長し、お母さんの細菌叢へと成長する。またそれぞれの子供で発達過程はまちまちで、人間の成長過程の違いをまさに腸内細菌叢が反映していることがわかる。しかし、この違いを決める要因を統計的に探していくと、母乳などの要因をはるかに超える高い影響が分娩の方法にあることがわかる。

実際の細菌叢の内容を詳しく調べているが、詳細を省いて簡単にまとめてしまうと次のようになる。

経膣分娩児では例えばビフィズス菌やBacterioidesのような、いわゆる腸内細菌と呼ばれる細菌が中心に細菌叢を形成しする。ところが、帝王切開児では最初の一週間はこのような典型的腸内細菌はほとんど存在せず、代わりに病院の環境に存在する常在菌が多く定着する。一方、これまで変化が大きいと指摘があった乳酸菌などはほとんど変わりがない。そして、母親の細菌叢と比べることで、結局この原因が母親の細菌叢が伝わらないことによっていることを示している。

中でも問題は、常在菌の中に日和見感染の原因菌が多く含まれることで、当然免疫が低下している新生児で、母乳からの抗体など抵抗力が得られない場合は問題になるだろう。

幸い、1ヶ月ごろから細菌叢は正常型へと急速に変わっていくので、今後はこの新生児期の大きな違いが将来にどのような影響を持つのか、気の長い研究が必要になると思う。実際帝王切開の長期効果として肥満、喘息、アトピーなどが指摘されているがこれらは全て腸内細菌叢の発達と関わりがある。このコホートから将来さらに重要な発見があることを期待する。

いずれにせよ、母親からの細菌叢を移す重要性は最近ますます強く認識されている。例えば虫歯菌や歯周病菌が感染するとして子供とのキスを避けるように指導しているのを見かけるが、特定の菌を避けて清潔を求めるあまり、子供を危険に晒してきたことは、最近の多くの研究が示していることだ。もっと自然な親子のコンタクトを再評価する時が来たように思う。

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9月25日 長脂肪酸代謝の長期代謝を測定する(Nature Medicine オンライン版掲載論文)

2019年9月25日
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私たちが小学生の頃は、核保有国の核実験により、放射能を含んだ雨が実際に降っていた。もちろんその時に放出された様々なアイソトープ核種は大気中を漂って、人体に取り込まれた。ただ、1963年地上核実験禁止条約が締結されてからは、核実験による核種が大気中に含まれる量は指数関数的に低下した。この結果、核実験ででた放射線量と、自然のアイソトープの量を測ることで(核実験種のみが低下する)、そのアイソトープが体に取り込まれた年齢を測定することができる。この核実験によるアイソトープを細胞の長期ターンオーバー測定に利用したスマートな研究者がJonas Frissenで、その後このテクニックをSpaldingらは脂肪細胞代謝に利用し、太ると脂肪細胞が増えることを示して注目された。

今日紹介する同じSpalding研究室からの論文は同じテクニックを細胞ではなく脂肪酸の代謝に使った研究で、Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Adipose lipid turnover and long-term changes in body weight (脂肪組織の脂肪代謝と体重の長期変化)」だ。

アイソトープを用いて短期の脂肪代謝を調べることはできるが、5年単位という長期単位で調べることは簡単でない。代わりに、この研究では核実験で排出されたC14が脂肪酸に取り込まれた年代を測定して、脂肪年齢を算出する方法を開発した。すなわち、C14/C12比を使って脂肪酸ができた年代を測定し、脂肪組織にどれだけ多くの古い脂肪酸が残っているのか算出する方法を開発している。すなわちこの指標は、脂肪酸が分解され消滅させられる速度を反映している。

あとは、この脂肪年齢を用いて、様々な指標と比較している。まず、脂肪年齢はほとんどの人で年齢とともに増えていく。これは脂肪のターンオーバーが年齢とともに悪くなることを示し、食べたり、運動が減ったりと太る様々な原因はあるが、古い脂肪を取り除く活性が低下することが年をとるとともに太りやすくなる原因であることがわかる。

基本的には、核実験のC14を利用することで、細胞だけでなく、長期レベルで脂肪自体のターンオーバーを調べられるようになったというのがこの研究のハイライトと言えるだろう。

面白いことに、ダイエットをして痩せる可能性があるかどうかを調べると、実際には脂肪年齢が大きい人、すなわち古い脂肪除去活性が低い人の方がダイエットに成功する。この理由だが、このような人は古い脂肪の除去活性を上昇させる余地がある結果、食事制限によるダイエットを成功させやすいことがわかる。

このような意外な結果も見つかるので、脂肪の摂取だけでなく、脂肪年齢を測定してダイエットや老化を調べることが重要だという結論だ。しかし一旦成功すると10年以上同じテクノロジーを守っている研究室があるのに感心した。

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9月24日 脳転移乳ガンは神経細胞とのシナプスを通して増殖が促進する(9月18日 Nature オンライン版掲載論文)

2019年9月24日
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昨日グリオーマ細胞が発現したグルタミン酸作動性シナプスを介して脳内の神経ネットワークに組み込まれて、興奮することで増殖や浸潤が促進されることを示したスタンフォード大学からの論文を紹介した。確かに意外な結果だったが、グリオーマ自体神経細胞へとリプログラムされる能力を持っており、十分納得できる話だ。

しかし、2日目の今日は同じ神経シナプスを介するガンの増殖促進が、グリオーマにとどまらず、脳転移した乳ガンにも当てはまることを示した論文が、同じ9月18日Natureオンライン版にスイス・ローザンヌEPFLから発表された。タイトルは「Synaptic proximity enables NMDAR signalling to promote brain metastasis (シナプスへの近接によりNMDARシグナルが脳転移を促進できるようになる)」だ。

この研究はガンのトランスジェニックモデルのパイオニアHanahanの研究室からだが、スイスに移っていたとは知らなかった。Hanahanらはこれまで発表されたいくつかの論文から、グルタミン酸受容体が一般のガンの脳転移に関わっている可能性を最初から予想し、ガンゲノムデータベースに登録されたガンを調べた結果、特に乳ガンでグルタミン酸受容体とそのシグナル伝達に関わる遺伝子の発現が高く、特に予後の悪いトリプルネガティブのBasal Typeと呼ばれる乳ガンに発現が高まっていることを発見する。

さらに乳ガン全体、あるいはtriple negative乳ガンを抜き出しても、グルタミン酸受容体を発現しているガンは極めて予後が悪い。さらに原発ガンと脳転移を比べると、脳転移ガンでグルタミン酸受容体の発現が高い。細胞株をマウスに移植して肺転移と脳転移を比べる実験でも、脳転移特異的に強くグルタミン酸受容体がリン酸化し、シグナルが高まっていることを確認している。

以上の結果は、乳ガンで脳転移が起こると、グルタミン酸受容体が強く活性化されていることを示しており、このシグナルを用いてガン細胞増殖が亢進していることを示すが、では刺激物質グルタミン酸はどこから供給されるのかが問題になる。

最初自分でグルタミン酸を分泌して増殖するオートクライン機構を追求するが、これでは増殖を高めるには十分でないという結論になり、それなら神経細胞とシナプスを形成してそこからグルタミン酸の刺激を受けるのではと考え、電子顕微鏡で乳ガンと神経シナプスが密接に関わる様子を捉えている。また、乳ガン細胞と神経細胞を一緒に培養する実験系を確立し、この系の増殖促進にグルタミン酸受容体が必要であることを示している。

最後に乳ガンのグルタミン酸受容体の発現をコントロールできるようにし、乳ガンが組織から血中に移行する過程ではなく、脳に定着して増殖する時に、神経細胞により刺激を受けることを示している。

昨日紹介した論文と比べると、シナプスに近接することによるシグナルというのが詰めきれていない印象は拭えないが、脳転移にグルタミン酸受容体が必要であることは確認できており、今後他のガンの脳転移に同じメカニズムが働いていることが明らかになると、重要な貢献になると思う。

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9月23日 グリオーマはニューロンの活性を利用して増殖する(9月18日 Nature オンライン出版)

2019年9月23日
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腫瘍の増殖は周りの細胞の環境が文化や増殖に大きな影響を及ぼすことがわかっており、ガンの周囲組織の研究は、ガンそのものの研究と同様に重要だ。では、脳に腫瘍ができたとき、脳神経の活動はガン細胞に何らかの影響があるのだろうか。この問題について、Natureに相次いで論文が発表されたので、今日、明日と続けて紹介することにする。

最初紹介するスタンフォード大学からの論文は、もっとも予後の悪い腫瘍の一つグリオーマと神経細胞の相互作用の重要性を示した研究で、タイトルは「Electrical and synaptic integration of glioma into neural circuits (グリオーマは電気的およびシナプス結合により神経回路に統合されている)」だ。

グリア細胞の元の細胞が脱分化して神経にも分化できる幹細胞になることを示したのは英国のMartin Raffだが、当然グリオーマ細胞も場合によっては神経細胞に似た性質を示す能力を示せると思うのは当然だ。このラインに沿って著者らは研究しており、すでに神経細胞が興奮して分泌するNeuroligin-3がグリオーマに作用すると、様々なシナプス分子を発現することを見出していた。

この研究では手術を繰り返す必要のある小児のグリオーマ組織でシナプス分子の発現を調べ、グルタミン酸受容体とそれを伝達する分子が広く発現していることを確認する。

次にグリオーマが神経細胞とシナプスを形成できるか、患者さんのグリオーマをマウス脳に移植する実験で調べ、おおよそ10%のグリーマが電顕的に神経細胞とシナプスを形成していることを確認している。また、こうしてできたグルタミン酸受容体シナプスは機能しており、グリオーマ自体も神経のように興奮し、これをグルタミン酸受容体阻害剤で抑えられることを示している。

また、グリオーマがシナプス分子を発現するにはneuroligin-3が必要なので、この分子がノックアウトされた神経と培養してシナプス形成を調べると、確かにシナプス形成ができないことも確認し、神経がグリオーマに働きかけシナプス分子を発現させ、シナプス結合を形成することを明らかにした。

しかし、10%のグリオーマが神経シナプスで興奮しても、全体は特に変化がないはずだ。この問題には生理学的、アプローチを行い、グリオーマの興奮は細胞外のカリウム濃度を高め、これによりグリオーマはアストロサイトのように長く続く興奮を示すこと、さらにグリオーマ同士が形成するギャップ結合により、興奮が全体に伝播することを示している。

次に光遺伝学を用いてグリオーマの興奮(膜の脱分極)を誘導すると、グリオーマ細胞の増殖性は高まることも示し、実際グルタミン酸受容体を抑制する抗てんかん薬を用いると、移植したグリオーマ細胞の増殖が抑えられることを示している。

最後に、グリオーマ自体が神経回路に組み込まれることで、神経自身も興奮しやすくなっていることを、実際の患者さんの手術中にクラスター電極を用いて記録している。

以上の結果から、神経ネットワークにシナプス結合を通して組み入れられることで、また新たな環境を生み出し、ともに変化することで転移や浸潤を繰り返す厄介なグリオーマの姿がよくわかった。

また、neuroglin-3に対する抗体や、グルタミン酸受容体抑制など新たな標的が見つかったことは極めて重要で、グリオーマの制圧につながってほしいと思う。

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9月22日 デニソーワ人の骨格を推察する(9月19日号 Cell 掲載論文)

2019年9月22日
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これまでなんども紹介しているように、デニソーワ人ゲノムは解析されているが、残っている骨格はほとんどなく、どんな姿だったのかがわからない。例えばゲノムレベルでデニソーワ人とネアンデルタール人は我々より近縁と言えるが、9月4日Science Advanceに(eaaw3950)パリ大学のグループは指の骨の形は私たちに近いことを発表している。ただ、中国内陸部から出土したこれまで由来がよくわからないとされてきた骨がひょっとしたらデニソーワ人かもしれないという可能性が生まれたため、急速に骨格がわかるのではという期待がある。

そんな時今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学から、解読されたゲノムからデニソーワ人の骨格の形態を推察しようというチャレンジングな論文が発表された。手法自体はbelieve or notで、その正当性を評価はできないが、志はわかるといった論文だ。タイトルは「Reconstructing Denisovan Anatomy Using DNA Methylation Maps (デニソーワ人の形態をDNAメチル化マップから再構成する)」だ。

私たちの形態は遺伝子のオン・オフで決まっていくが、これを決めるのがエピジェネティックだ。ホモ・サピエンスと他の古代人のゲノムは概ね同じと言えるが、このオンとオフの違いをなんとか決めれば、形を想像できるのではないかというのが著者らの期待だ。

このon/offの機構はエピジェネティックと呼ばれ、多様なメカニズムが使われているが、そのうちのシトシンのメチル化は、メチル化によるDNAの経年変化の違いから計算でき、古代人のDNAのメチル化マップを作ることができるというのがこれまでの著者らの研究だ。本当ならこの論文を見落とすはずはないと思って引用を調べると、確かにあまり読まれない雑誌に発表されており、広く認められていないようだ。そこで一発起死回生を求め、今回の研究になったと思う。

研究ではDenisova3と呼ばれる体のゲノムと、2体のネアンデルタールゲノム、そして45000-7000前のホモ・サピエンスゲノムのメチル化DNAマップを作成し、現代の人間やチンパンジーのマップと比較している。

ただ、一般的なメチル化マップだけで形態を予想するほど私たちの知識は進んでいない。またメチル化自体all or noneではない。そこで、遺伝子のプロモーター部分で、強くメチル化されている部分のみを選んで比較し、他の人類と比べて遺伝子発現に差がありそうな遺伝子をリストしている。

そしてこの変化があると思われる遺伝子が、私たちの骨格にどのような影響があるのかを、形質とゲノムの関係をリストしたHPOデータベースから拾い出し、メチル化により変化した遺伝子発現をリストし、それを元に現代人の骨格に変化をつけて、最終的に形態を推察するという方法を取っている。

はっきりいって本当にこれでわかるのかが問題だが、骨格がわかっているネアンデルタール人についてこの方法を用い、例えば顔が長い、顎が広い、等々14以上の顔の形態変化を予測できるとしている。

結論の詳細を省いて、結果をNatureも紹介しているポートレート(https://www.nature.com/articles/d41586-019-02820-0)で代えるが、まだまだbelieve or notのレベルだと思う。

とはいえ、論文自体は、はっきりと未来の方向性を見据えたいい挑戦だと気に入った。

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9月21日 K-rasを標的にするガン治療が騒がしい (9月18日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年9月21日
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米国ガン治療学会や世界肺癌学会で報告されたアムジェン社のK-ras G12C変異を標的とするAMG510の成績が話題を呼んで、アムジェンの株を押し上げているという報告が相次いでいる。非小細胞性肺癌10例のうち5例でガンが縮小し、残りのうち4例でガンの進行を止めることができたという結果だ。その後のさらに数を増やした結果では、例えば大腸ガンなどは肺癌ほど効かないかもしれないことがわかったが、それでもFDAは迅速審査を行うことを表明している。

なぜこれほどの騒ぎになるかというと、これまで開発がことごとく失敗してきたrasに対する分子標的薬に、臨床的光が見えたからだ。もちろん、長期効果を含めさらなる結果が出ないと、最終判断は難しい。しかし、俄然この分野が賑やかになったきたことは確かだ。今日紹介する英国クリック研究所からの論文も、動物実験だがK-ras G12C変異に対する分子標的薬をコンゴどのように使っていけるか示した研究で、9月18日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Development of combination therapies to maximize the impact of KRAS-G12C inhibitors in lung cancer(K-ras G12C阻害剤の効果を最大にする併用療法の開発)」だ。

この研究の標的細胞はK-ras G12C変異をもつガン細胞だが、最初はK-ras阻害剤の代わりに、下流のMEK阻害剤と、IGF1R阻害剤の組み合わせを用いてガン増殖を抑制する際、この組み合わせの効果をさらに高める標的分子をshRNA法を用いてスクリーニングするところから始めている。

この結果、mTOR経路の阻害によって、IGF1R経路阻害によるPI3K/AKT 活性抑制をさらに強く抑制することが可能になることがわかった。これは、K-ras変異によりガン細胞がIGFを分泌することで、IGF1Rに依存性を高め、さらにこの経路の活性がmTOR阻害により促進されるため、IGF1R経路の阻害効果が高まるためであることを明らかにしている。

以上、MEK, IGF1R, mTORに対する阻害剤を組み合わせることで、強いガン抑制効果があることがわかったが、この効果はK-ras変異のあるガンに特異的であることもわかった。

このように、下流のシグナル阻害実験から、標的の全てはK-ras変異と関わっていることがわかるが、これを知った上でK-rasG12C阻害剤をどう使えばいいのか?

実際、K-ras阻害剤だけでこれらのガンを抑制しようとすると、ほとんど効果がないか、あるいは3週間ほどで効果が効かなくなる。K-ras変異を代償するN-rasをノックアウトした細胞株をわざわざ用意して検討した結果、結局MEK 阻害剤だけK-ras阻害剤と代える組み合わせが最も効果があることが明らかになった。

以上が結果で、これだけならわざわざK-ras阻害剤を使うこともないように思えるが、臨床の現場ではMEK阻害剤はガン以外にも様々な影響が考えられるので、K-rasG12Cに特異的な阻害剤は、はるかに使いやすい可能性が高い。

この結論がどれほど受けいられれているのかわからないが、最近相次いで開発されているK-rasG12C阻害剤も、単剤での臨床試験ではなく、最初から現在のras下流治療に変える形での治験の方が高い効果が得られる可能性がある。実際、アムジェンの治験でも、効果がある場合もPartial Responseとされているので、是非根治を目剤したカクテルを考えて、治験を進めてほしいと思う。

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9月20日 ガンに対する分子標的薬も的を外す(9月11日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年9月20日
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ガンの根治の話になると、今は免疫療法が真っ先に挙がってくるが、ガンの増殖に必要な分子標的薬の開発も活発に続けられている。最近騒がしくなったrasに対する分子標的薬については、明日紹介したいと思うが、今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、は分子標的薬として開発された多くの薬剤が、実際にはその標的ではなく、他の標的に対する薬剤である恐ろしい可能性を示した研究で、9月11日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Off-target toxicity is a common mechanism of action of cancer drugs undergoing clinical trials (標的外の毒性は現在治験中の薬剤にしばしば見られる作用機序)」だ。

この研究では現在治験が行われている薬剤の標的として報告されている分子を6種類(CASP3,HDAC6,MAPK14, Pak4, PBK, PIM1)取り上げ、本当にその薬剤がこれらの分子を標的にしているのか、そしてそもそもガンの増殖がこれら標的を必要としているのかを、クリスパーを用いて遺伝子を完全にノックアウトする手法を用いて調べている。

方法の詳細は省くが、薬剤スクリーニングに用いられたガン細胞株から各遺伝子を完全にノックアウトした細胞を作ってみると、驚くことにこの6種類の分子はガン細胞の増殖に必要ないことがわかった。なぜこんなことになるのか、例えばよく似た分子の発現が高まったりした可能性など、いくつかの可能性を調べたが、結局これらの分子は調べたガン細胞の増殖には必要ないことを確認している。

ではなぜ薬剤開発で標的分子を間違ってしまったのか?通常標的分子の必要性の確認はRNAiなどノックダウン法を用いて行われているので、ここに間違いがあるのではと考え、ノックダウンの標的分子をノックアウトされた細胞でRNAiテストを行うと、標的分子がないにも関わらず、ノックダウンの効果が見られることがわかった。すなわち、RNAiは特異性とは異なる毒性を持つことがわかった。

そこで治験中の薬剤の効果を同じように分子標的をノックアウトした細胞でテストしてみると、分子標的がノックアウトされていても薬剤はコントロールのガン細胞と同じように効果を示すことがわかった。すなわち、分子標的薬として治験中のこれらの薬剤は、ガンに対する効果があるが、他の標的を介して効果を発揮していることがわかった。

そこで最後にPBKに対する分子標的薬という名目でオンコセラピー社が現在開発中のOTS964の標的を、OTS964抵抗性の細胞株を樹立して調べると、なんとCDK11で、キナーゼではあってもPBKとはあまり類似性のない分子であることを示している。

驚くべき論文だ。もちろんここで取り上げられた多くの薬剤は、ガンに対する効果を示すため、効果があればそれでいいとも言える。しかし、それぞれの薬剤が標榜する分子標的とは全く関係ない場合は、やはり使用中に様々な不都合が出てくることは明らかで、注意が必要だ。

この研究では、どのプロセスで標的を間違うのかについてもいろいろヒントを題している。最もテストに使われるRNAiが実は人食い的効果があることを知って驚いた。結局、最初のスクリーニングで分子標的が頭にあると、それを中心に全てが進んでしまってこんなことになるのはよく理解できる。少なくとも治験中の薬剤については、完全ノックアウト細胞株でのテストを義務付けることから始めてみればいいように思う。

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9月19日 細菌叢研究の新しい展開(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年9月19日
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16SリボゾームRNAの配列を指標にして、その場所に存在する細菌の種類と割合を解析する細菌叢のメタゲノム解析のおかげで、私たちの体の中にある細菌叢が果たしている様々な役割について理解が深まった。ただ、この手法の問題は、サンプルとして用いた便や唾液など、データ再現のために保存しておけるが、しかし研究のほとんどは相関を調べることで終わってしまい、その細菌叢の機能的側面をもう一度調べ直すことはできなかった。

これに対し今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は解析した細菌叢を培養して、そこに含まれる細菌の機能を何度でも調べることが可能な培養ライブラリーを作成するための研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「A library of human gut bacterial isolates paired with longitudinal multiomics data enables mechanistic microbiome research(人の腸内細菌の培養細菌ライブラリーと継時的な多元オミックスデータを組み合わすことで細菌叢のメカニスティックな研究が可能になる)」だ。

このグループは、人間の大便中の細菌叢を、あとで何度でも機能実験に使えるよう、含まれる細菌叢をできるだけそのまま培養ライブラリーとして残そうと考えた。ただ、細菌叢に含まれるあらゆる細菌をそのまま培養することはほぼ不可能といえる。そこで、12種類の異なる培地を用いて細菌叢を培養し、それぞれの培地で増殖してきた細菌ライブラリーを11人から形成している。

この研究では、主に一般培地と著者らが呼ぶ選択性をできるだけ排除した培地で増殖してくる細菌について主に述べている。この培地はかなり多くの細菌の増殖を支えることができ、11人から7758種類の細菌を培養で分離することができた。こうして分離された細菌はこれまで細菌叢のデータベースに登録されている何種類かの属のほとんどを含んでおり、細菌叢の一つの代表としてバイオバンクとして維持することができることを示している。

もちろん培養することで失われる属も多く存在するが、逆に16S解析では発見できなかった細菌属が培養では見つかることもある。実際、両方の方法で共通に見つかる細菌でも、その割合はほとんど相関していなことから、培養はフレッシュな便の16S解析を反映しているとは言えず、別物と考えたほうがいい。さらに培養により増殖してくるそれぞれの細菌種は、個人・個人で大きく異なっており、選択培地を用いて培養して増殖する細菌種を絞っても多様性は残る。このように、従来の16Sメタゲノムと異なる点も多いが、様々な利点が存在する。

まず培養されたライブラリーを用いるとかなり精度の高い、全ゲノム解析が可能で、ほとんどの細菌のゲノムをほぼ完全に解読することが可能になる。その結果、遺伝子変異に基づいて解析する系統樹に加えて、同じ遺伝子の存在を比べることで解析するgene content 解析が可能になる。この結果、同じ細菌でも集団内で遺伝子が欠損したり、獲得されたり急速に進化することがわかる。

さらに、細菌叢自体毎日変化する。このため、一点だけの結果では実態を反映できないことが多いが、異なる時点を何点かとってそれを平均すると、各個人に特徴的なプロファイルを特定することが可能になる。細菌叢が培養されたライブラリーでは、異なる5日間ぐらいのサンプルをプールすることで、個人個人の平均化したライブラリーを作ることができる。

さらに、増殖しているライブラリーの中に存在する薬剤や、殺菌剤に対する抵抗性の細菌を培養で特定することもできる。

他にも継時的な細菌種の進化の様子や、メタボロームのバリエーションなど様々な実験をしているが、割愛していいだろう。今回細菌叢を培養ライブラリーとして残すことで、これまで現象論で終始していた細菌叢解析に、何度も繰り返し実験可能な材料(宝の山)が提供されるようになった。

個人的にはメタゲノムに終始している細菌叢研究については食傷気味だったが、これで新しい展開が見られるのではと期待している。

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9月18日 試験管内で形成した脳オルガノイドは自発的に活動する(10月3日号 Cell Stem Cell 掲載論文)

2019年9月18日
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亡くなった笹井さんがES細胞などの多能性幹細胞から神経細胞の誘導に取り組んだのは、京都大学の再生研究所が出来た時、暫定人事委員会で最初に選んだ三人のうちの一人(最年少)として教授になってからで、この開発を担ったのが現在金沢大の河崎さんだ。その後、京大の職を完全に辞してCDBに来てからは、あれよあれよというまに、各神経細胞系統だけでなく、脳の構築まで試験管で作れることを示して、大きな話題を呼んだ。実際、当時彼の研究室で開発された技術の上に、日本最初のiPS臨床応用としての網膜色素細胞移植や、ドーパミン神経移植が結実しており、文字通り日本の再生医学を導いたと言える。当時の彼のプロダクティビティーは恐ろしい勢いで、おそらく彼も自信を持ちすぎ、その結果さまざまな妬みを買ったのが、彼の死の原因になったように思う。

ただ、臨床応用は同級生の両高橋先生に任せ、彼自身はオルガノイドに結構執心だった。私自身は、ES細胞を神任せで培養する方法は、科学とは言えないなどと批判側に回っていた。しかし、脳のオルガノイドは私の想像を超えて発展しつつあるように思う。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はうまくオルガノイドを形成させると、胎児の脳に見られる自発的神経活動が観察できることを示した研究で10月3日号のCell Stem Cellに掲載された。タイトルは「Complex Oscillatory Waves Emerging from Cortical Organoids Model Early Human Brain Network Development (脳皮質のオルガノイドを用いた初期脳神経ネットワーク発生系で発生する複雑な神経振動波)」だ。

改めて読んでみるとヒトの脳皮質のオルガノイド形成実験は時間のかかる研究で、このグループは人間の妊娠期間と同じ10ヶ月を要してようやく成熟型で安定したオルガノイドが形成されることを様々な方法で示している。中でも、単一細胞遺伝子発現を調べる方法を用いた解析から、GABA 作動性の抑制神経ができるのは6ヶ月を越してからであることを示している。

こうして一見実際の皮質に近い細胞種と構築を持ったオルガノイドができるが、この研究ではこのオルガノイドが神経活動という機能性でも、正常の皮質に匹敵するか調べるため、クラスター電極を用いて活動を継時的に拾っている。

すると、オルガノイドが成熟するにつて、4ヶ月頃から1-4Hzの脳の振動波が観察されるようになり、6ヶ月目では完成する。そしてGABA作動神経系が分化してくると、今度は100Hz近い早い脳波が形成される。そして、この振動波がグルタメートと、GABA作動性のシナプス活動の反映として得られることを示している。

そして、こうして生まれるオルガノイドの神経活動が、35週目の脳波と極めてよく似ていること、そして脳波のパターンを学習させたAIを用いて、オルガノイドの活動の胎生時期を予測させると、実際の培養期間とAIによる推定年齢がほぼ一致することを示し、このモデルがかなり正常の皮質形成プロセスを反映していることを示している。

おそらくここまで精密なオルガノイドを安定して形成するには、かなりノウハウが必要だと思うが、これが可能になると自閉症などグルタミン酸作動性とGABA作動性のバランスが変化する多くの状態の再現も可能になると期待できる。面白くなってきた。

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9月17日 E-cadherinと乳がん転移(Nature オンライン版掲載論文)

2019年9月17日
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カドヘリンは言わずと知れた、CDBの設立と発展のため京大を離れて共に苦労していただいた竹市先生が発見された分子で、中でもE-cadherinはクラシカルカドヘリンと呼ばれる一丁目一番地だ。当時、医学系の私に、E-カドヘリンが消化器ガンの転移の際に低下することを話してもらった覚えがあるが、転移はまず元のガンから離れる必要があり、当然のことかなと思った。

しかしガンによっては様々で、原発から離れる場合も、一時的にカドヘリンの発現が抑制される上皮間葉転換が起これば、必ずしもずっとEカドヘリンの発現が抑えられる必要はない。今日紹介するジョンス・ホプキンス大学からの論文は乳がんの転移にはE カドヘリンが必要であることを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルはズバリ「E-cadherin is required for metastasis in multiple models of breast cancer (E カドヘリンは様々な乳がんモデルの転移に必要)」だ。

このグループは転移乳がんでは、転移先の組織で管腔形成が起こり、Eカドヘリンも発現していることから、本当にEカドヘリンが必要か、必要に応じてEカドヘリン遺伝子をノックアウトできるようにした乳ガン細胞株を用意し、ガン転移に関わる様々な活性を調べた。

まず原発巣から外れて組織へ浸潤する試験管のモデルで調べると、確かにEカドヘリン遺伝子を欠損させると、浸潤性が高まり、試験官内で形成されるオルガノイドから播種が起こりやすい。またガンを移植し周囲を調べると、周りに浸潤しているガン細胞はEカドヘリンを発現しておらず、Eカドヘリンがない方が確かに転移には有利になるように思えた。

しかし次にガンを移植して転移を調べるとEカドヘリン欠損ガン細胞はほとんど転移が見られない。また静脈に直接ガン細胞を注射する転移アッセイでも、Eカドヘリン欠損乳ガンは全く転移が見られない。すなわち、浸潤にはEカドヘリンを抑える方がいいが、転移は全く逆でEカドヘリンが必要になる。

そこでこのメカニズムを調べるために様々な実験を行なっている。ひとつ面白い現象は、乳ガンの特徴である末梢血にガン細胞が流れ出る循環腫瘍細胞についてEカドヘリン有り無しで比べると、Eカドヘリン欠損株を移植したマウスでは循環腫瘍細胞の数が強く抑えられている。すなわち、細胞は浸潤しても循環には流れにくいことがわかる。

最後にEカドヘリン有無での遺伝子発現の比較から、Eカドヘリンが欠損すると、Eカドヘリンが欠損すると活性酸素が高まりアポプトーシスが亢進すること、そしてこれがTGFβシグナル依存性に起こることを示している。すなわちTGFβシグナルを抑制する、あるいは活性酸素を抑えると、Eカドヘリン欠損株でもオルガノイドを形成できる。

以上の結果から、Eカドヘリンが転移には必要だと結論している。ただ、このシナリオが他のガンにも当てはまるのかはまだまだよくわからない。最後はちょっと強引な気がしたが、今後臨床で検証できれば、転移を抑える治療標的を考える意味では面白いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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