9月29日:迷走神経刺激で植物状態から意識を取り戻す(9月25日号Current Biology掲載論文)
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9月29日:迷走神経刺激で植物状態から意識を取り戻す(9月25日号Current Biology掲載論文)

2017年9月29日
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事故で意識を失ったまま何年も経ったある日、肉親の呼びかけに答えて意識が戻るドラマは数多く描かれている。よく脳死と混同されるが、脳死は生命維持に関わる脳幹の活動も全くなくなり、脳波も見られない場合を指す。ただ脳の活動があると言っても、ドラマとは異なり、植物状態も1年以上続くと回復の確率は低くなる。このため、積極的に意識を回復させる方法の開発が続けられていた。

今日紹介するフランス・CNRSのMarc Jennerod認知科学研究センターからの論文は,自動車事故で脳圧上昇を伴う脳出血により脳の広範な障害で植物状態に陥り、そのまま15年経過した男性の意識を、迷走神経刺激により改善したという結果で、9月25日号Current Biologyに掲載された。タイトルは「Rstoring consciousness with vagus nerve stimulation(迷走神経刺激で意識を回復させる)」だ。

意識には視床と皮質をつなぐ回路が深く関わるので、視床を電極で刺激する治療はこれまでも行われ、効果が示されていた。ただ、視床に電極を長期に埋め込むことには限界があり、これに代わる方法の開発が望まれていた。この研究は、難治性のてんかん治療に使われている迷走神経刺激療法が脳幹部の活動に効果を及ぼすことに注目し、視床直接刺激の代わりに植物状態の治療にも使えないか調べている。徐々に強い刺激にしながら6ヶ月パルス療法を行い、結果を専門家による意識レベルの診断、及び脳波、PET、MRIなどにより調べている。

結果だが、論文によると意識レベルは植物状態から、最小限に意識が認められる状態へ移行することができている。例えば、人を目で追いかけたり、声に反応するなどができるようになっている。ただデータをみると、もともとこのスコアはばらつくので、評価には注意が必要だろう。

一方、脳波などの検査による回復は明確で、意識に関わる脳領域に覚醒の指標であるθ波が見られるようになる。また、脳の間の結合を調べる指標でも、様々な領域間での結合がはっきりと回復していることがわかった。さらに、ブドウ糖の取り込みで調べる脳活動のPET検査でも、大きな改善が得られたことから、確かに迷走神経刺激が脳の活動を回復させることは明らかになった。

話はこれだけで、植物状態から意識を回復する方法が開発されたと結論するにはまだ早い。1例報告で、ドラマのように完全な意識が回復したわけではない。しかし、脳波やPET検査による結果からは、期待が持てるし、なによりも迷走神経刺激療法は比較的簡単に行える。とすれば、長期に植物状態を続けている人だけでなく、1年未満の患者さんと2群に分けて、治験研究を行い、この結果を早く確かめてほしいと思う。1例報告とはいえ、私は期待している。
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9月28日:T細胞分化スイッチをノンコーディングRNAが入れる(9月21日号Cell掲載論文)

2017年9月28日
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リンパ球の分化に関しては、私が現役の頃から試験管内での再現方法が確立し、未分化幹細胞から様々な系列への分化を誘導できるようになっている。またこの系を利用すると比較的均一な分化度の異なる中間段階が精製できるため、分化に必要な転写因子のゲノム上の結合や、染色体構造との関わりをくわしく調べる事ができる。このような研究の中から明らかになった事の一つが、転写に関わるゲノム上のエンハンサーが、核膜近くの抑制的領域から、核の内部に移行するという発見で、重要な遺伝子の転写のスイッチが、エンハンサーの場所の変化で入る事を示している。B細胞系列については、例えば現在京大再生研の宮崎さんたちの研究がよく知られている。

今日紹介する論文はT細胞の分化系を用いて、エンハンサーの核内局在の変化に関わるメカニズムをかなりのレベルまで明らかにした論文で9月21日号のCellに掲載された。タイトルは「Non-coding transcription instructs chromatin folding and compartmentalization to dictate enhance-promoter communication and T cell fate(ノンコーディングRNAがクロマチンの折りたたみを指示することでエンハンサーの(核マトリックスへの)区画化を変化させ、エンハンサーとプロモーターの相互作用を誘導、その結果としてT細胞の運命が決定する)」だ。

この研究ではT細胞分化のDN2と呼ばれるステージについて領域間の接合状態を調べ、Bcl11bと呼ばれるT細胞運命決定に関わる遺伝子のエンハンサーが核膜マトリックスから核内に移行することを確認し、研究をスタートさせている。

最初からノンコーディングRNAの役割が頭にあったと思うが、2箇所のエンハンサー近くでノンコーディングRNAが転写されることを突き止め、そのうちThymoDと呼ばれるRNAの転写が途切れる細工をすると、T細胞分化がDN2で停止し、最終的に白血病が発生することを示している。この結果、エンハンサー近くでRNAが転写されることで、エンハンサーが核膜近くの抑制性の区分から解放され、運命決定因子の転写が始まり、分化が進行するというシナリオが確認された。

詳細は省くが、この研究のハイライトはエンハンサーが解放されるメカニズムをかなりの程度明らかにしたことだ。この結果、1)ThymoDの転写により、メカニズムは明らかではないがDNAのメチル化を外すTetタンパク質が、ゲノムの折りたたみに関わるCTCFやcohesin結合部位にリクルートされる、2)この結果CTCF結合部位のDNAメチル化が外れ、3)結果CTCFとcophesinの結合が高まり、DNAのルーピングが促進する、4)この構造変化によりそれまで核膜マトリックス内にトラップされていたエンハンサー部分がマトリックスから解放され、5)Bcl11b遺伝子の転写がオンになり、6)T細胞分化が進むことを示している。また、この機能に必要なノンコーディングRNAはセンスでもアンチセンスでもよいことを示し、突然変異でノンコーディングRNAがオンになったりオフになったりすることが、発がんにも重要な働きを演じていることを示唆している。 予想していたが、他の系列と比べると、リンパ系分化はゲノムの構築や染色体構造を調べるのに優れた系になってきた。この分野では我が国は遅れを取ってきたが、この論文の筆頭著者も磯田さんという日本の研究者なので、この領域を熟知した若手が今後は増えてくるのではと期待している。
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9月27日:アッシャー症候群の遺伝子治療による聴力と平衡感覚の回復(9月5日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年9月27日
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内耳の有毛細胞は、体内の細胞の中でも群を抜いて美しい細胞の一つだろう。様々なピッチの音に対応して、長さの違う有毛細胞が秩序よく並び、異なるピッチの音を聞き分けている。しかしこれほど美しい構造を形成するには、様々な分子が働く必要がある。そして、そのうちの一つでも正常な機能が失われると、聴力や平衡感覚が失われる。そんな遺伝病がアッシャー症候群で、症状の強い順にType I,Type II, Type IIIの3タイプが存在し、それぞれのタイプの原因になる突然変異遺伝子もすでに特定されている。アッシャー症候群では、内耳の形成障害に加えて、早くから網膜色素変性症が発症し、視覚障害も進行する。これを治すためには、正常遺伝子を内耳と網膜で回復させるか、あるいは細胞移植のいずれか、あるいは両方を使えるようにすることが重要になる。

今日紹介するパスツール研究所からの論文は、Sansと名付けられたマトリックスタンパク質が欠損したマウスの内耳に、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いて正常遺伝子位を導入し聴力や平衡感覚の回復を見た研究で9月5日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Local gene therapy durably restores vestivular function in a mouse model of Usher syndrome type 1G(局所的遺伝子治療によりアッシャー症候群Type1 Gマウスモデルの前庭機能が長期的に回復する)」だ。

内耳は音を感じる蝸牛と平衡感覚のための前庭に分かれている。この研究では幾つかのAAVの中から感染効率の高いものを選んだ後で、細胞への遺伝子導入効率を調べ、蝸牛では場所に応じて内有毛細胞の87%—45%、外有毛細胞では33−25%、そして前庭では91%の細胞に遺伝子を送れることを示している。

これらの確認実験のあと、実際に欠損している遺伝子を内耳に1回だけ注入している。内耳は体液で満たされており、AAVによる遺伝子導入には適した組織のようだ。結果だが、まず前庭機能はほぼ完全に回復し、50週以上続く。この結果平衡感覚が戻ることは、重要だ。ただ、今回用いた量では聴力の回復は、前庭機能ほど完全ではない。音を感じる閾値は5−15kHzで大きく低下、よく聞こえるようになっているが、高い音の回復は限界があるようだった。ただ、正常と比べると、やはり難聴は広い範囲で続いていると言わざるをえない。組織的には、完全な正常構造が回復したわけではなく、完全回復には発生時からの治療が必要かもしれない。

これはすべてマウスでの話で、今後注射時期を含め、実際の臨床応用のための実験が必要だろう。しかし局所に対する遺伝子治療で平衡感覚を戻せる可能性は高く、人工内耳と組み合わせることで平衡感覚も聴覚も取り戻せる期待を抱かせる。今後は、発症前に網膜色素変性症に対する遺伝子治療が可能かもできるだけ早く調べて欲しいと思う。パーキンソンといい、局所の遺伝子治療はこれからも注目だ。
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9月26日:mRNAの細胞内非対称分布は上皮にも見られる(9月22日Science掲載論文)

2017年9月26日
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転写されたmRNAの細胞内の局在が不均等なケースはこれまでも数多く知られている。一番有名なのはショウジョウバエの卵で見られる、生殖細胞系列を決めるmRNAの局在で、この不均一性を支えるための分子メカニズムが詳しく解析されている。哺乳動物でも、神経細胞のような大きな細胞ではmRNAの不均等分布は普通に見られ、必要なタンパク質を必要な場所で素早く合成するためのメカニズムと考えられている。おそらく上皮など、他の細胞でも同じ現象が見られるのではと考えられてきたが、それを小さな細胞内で特定することは難しい。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はレーザーで細胞内の異なる場所を切り出してmRNAの量を調べる方法を用いてかなり多くのmRNAが腸上皮で不均等分布していることを示し、この機能的意味を調べた研究で9月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「Global mRNA polarization regulates translation efficiency in the intestinal epithelium(多くのmRNAの局在が腸上皮での翻訳の効率を調節している)」だ。

神経や卵と比べると、腸上皮は極性があるとはいえ極めて小さく、分布に極性を持つmRNAを特定することは簡単でない。この研究では、腸上皮の断片からレーザーで先端部と基底部に分けて細胞質を取り出し、そこに含まれるmRNAの頻度を調べ、分布に極性が見られるmRNAを特定、特に極性がはっきりしたmRNAについてin situ hybridization法で実際の局在を確かめている。この実験から、レーザーでの切り出しで特定した遺伝子の分布と、in situ hybridizationで検出できる局在がほぼ一致することを明らかにした。予想通り、上皮でもmRNAの不均等分布は存在している。面白いのは、mRNAの局在と、翻訳されたタンパク質の局在は必ずしも一致しない点で、上皮構造に必須のE-カドヘリンはmRNAは先端部に、タンパク質は基底部に分布している。

タンパク質の局在とmRNA局在が一致しないとすると、では局在の意味は何か? 

mRNAの不均等分布の意味を調べるために、先端部に分布するmRNAの分布を調べると、翻訳に関わるリボゾームのmRNAの多くが先端に、ミトコンドリアタンパクは基底部に分布していることを突き止め、この不均等分布が腸上皮の機能変化に伴う翻訳の効率を調節している可能性を追求している。

腸上皮の機能は栄養の吸収なので絶食時と食後の上皮を分離、それぞれの状況で分布が変化するmRNAを調べると、翻訳に関わるタンパク質が食後により強く先端部に局在すると同時に、全般的な翻訳の効率が上昇することを明らかにした。

あと、微小管重合を阻害してこの不均等分布が微小管によりオーガナイズされていること(何の不思議もない)も示しているが、話はこれだけで、レーザーキャプチャーを使って細胞の上下を分離した努力を除くと、特に驚くべき結果ではない。もし微小管によりこの分布が調節されているなら、これに関わる特別な分子の存在を明らかにする必要があるだろう。いずれにせよ、生物が平衡状態を避けるために努力しているこはよくわかる。
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9月25日:生殖細胞に蓄積する突然変異(Natureオンライン版掲載論文)

2017年9月25日
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人間の集団に蓄積される突然変異は、生殖細胞系列に起こる突然変異で、体細胞に起こった突然変異は個人の病気の原因になる可能性はあっても、個体の一生が終わると消滅する。したがって、生殖細胞系列、すなわち精子や卵子が形成される間に、どこに、どのように突然変異が蓄積されるのかを正確に明らかにすることは、病気の遺伝背景の理解だけでなく、人間集団の進化研究に取っても重要な課題だ。幸い全ゲノム解析が可能になり、両親と子供の間の遺伝子を大規模に比べる研究が行われるようになり、情報が蓄積している。

今日紹介するアイスランドにあるアムジェン社の研究所(以前はデコード社)からの論文は、このような研究の一種の集大成版で、国民のゲノム解読が進むアイスランドならではの研究だ。タイトルは「Parental influencee on human gremline de novo mutations in 1548 trios from Iceland (人間の生殖細胞系列に新たに生じる突然変異に及ぼす親の要因、アイスランドの1548組の親子での研究)だ。

生殖細胞形成過程で生じる突然変異は、両親と子供のゲノムの塩基配列を比べることで特定できる。子供で染色体の由来を父方、母方と特定できることから、これにより精子形成で生じた突然変異と、卵子形成及びその維持過程で生じた突然変異を区別して特定することができる。

まず突然変異全体の頻度を精子形成、卵子形成別々に算定すると、予想どおり成長後も分裂を繰り返すことで形成される精子由来(父親由来)の突然変異の頻度が母方由来の染色体より4倍以上高い。これは、私たちの細胞に起こる突然変異の大部分がDNA複製時の修復の失敗によることを考えると当然の話だ。重要なことは、父親の年齢とともに突然変異の頻度も上昇する。実際、20年経つと全突然変異の数は倍になる。一方、一旦作られたあと増殖しない卵子由来の染色体では、突然変異の上昇は緩やかだ。

次にどのタイプの突然変異が起こっているのかを調べている。これにより、突然変異の原因をおおよそ特定できる。例えば分裂期の修復ミスによる突然変異は女性では年齢とともに低下する。ところが、C>G型の変異が女性だけで年齢とともに上昇し、この変異は染色体の特定の部分で濃縮していることが明らかになった。 特定の部位に濃縮するC>G型の突然変異については、おそらく形成された卵子が長期間卵巣で維持される間に染色体に長期のストレスがかかりDNAが切断される結果ではないかと結論している。面白いのは、特定の染色体部分に濃縮するこのタイプの突然変異は、オラウンタンには存在せず、ゴリラから人間までに見れることで、ストレスを受けやすい染色体構造は最近の進化の結果であることがわかった。

専門的には重要な研究で、特にゲノムの変異から年代測定をする場合にはこの結果を無視して行うわけにはいかないだろう。しかし、一般の人にとっては、男性も女性も子供はできるだけ早いうちに造ったほうがいいということが重要な結論になるだろう。
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9月24日:体節形成時の振動のメカニズム(10月19日号発行予定Cell掲載論文)

2017年9月24日
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細胞の遺伝子発現が一定の周期で振動する現象は、その規則性から数理を生命現象に適用したいと考える多くの研究者を引きつけてきた。最も研究人口が多いのが概日周期の研究だが、おそらくそれに続いて研究が進んでいるのが、胎児発生時に体節のような規則的分節構造を作る際に見られる、転写調節の周期性だろう。

今日紹介するストラスブール大学からの論文は、マウスのpresomitic mesoderm(PSM:体節形成前の中胚葉)が体節を形成する際振動する転写活性の調節機構についての研究で来月号のCellに掲載予定の論文だ。タイトルは「Excitable dynamics and Yap-dependent mechanical cues drive the segmentation clock(興奮性とYap依存性の機械的刺激が体節形成の時間を駆動している)」だ。

実はニワトリ胎児発生の体節形成時にhairlyと呼ばれる遺伝子がPSMから移動する中胚葉の中で振動をすることで体節が形成されることを初めて示したのはこの研究室のOlivier Pourquierだった。彼が米国に移った時はフランスの頭脳流出とフランスの発生学者が嘆いていたのをよく覚えている。 その後この現象は試験管内で再現されるようになり、今は亡き笹井さんとともにHesを発見した影山さんたちが加わって、かなり面白い分野に発展している。

この研究は、まずPSMでの振動を可視化できる組織培養法を確立し、次に細胞を単一細胞に分離すると、この振動は消えるが、もう一度一定数の細胞塊を形成させると、振動が始まることを明らかにし、振動には一定の細胞数が集まることで始まる細胞同士のコミュニケーションが必須であることを示している。この結果については発生学者なら「さもありなん、Notchシグナルのせいだ」と思い当たる話で、実際にNotchシグナルをブロックすると細胞間コミュニケーション依存性の振動が止まる。

ではNotchで全て説明できるのかと、今度はバラバラになった細胞がNotch刺激で振動するか調べ、Notchだけでは振動を説明できないことを示している。

ではNotch以外に振動に関わる分子は何かと探索し(この辺りの実験の進め方はさすがと思う)、最終的にファイブロネクチンなどのマトリックスのシグナルを感知したYapシグナルが振動を止めており、このシグナルをlatrunculinで抑えると振動が再開すること、また活性化型Yapを導入すると、細胞塊を作らせても振動が起こらないことを明らかにしている。

あとは飛ばして結論を急ぐと、NotchシグナルがPSMの振動スウィッチを入れ、これにより振動の準備ができるが、これと同時に振動する転写因子の発現を抑えるYapのシグナルが外部の細胞濃度などを感知して振動することで、振動が維持されるというシナリオだ。これを説明するために、クオラムセンシングや、細胞の刺激への不応期の概念をうまく導入するのはさすがにOlivierだと思うが、やはり最も重要な発見はYapによる振動の閾値の調節だろう。

このように試験管内、しかも単一細胞レベルに振動が収束したことで、今後、ではなぜ体節が分化するのかの肝心な疑問に答えられるようになるだろう。その意味でも、影山さんたちの人為的振動調節法は大きな可能性があるように思える。

Hesというと笹井さんを思い出すが、現役最後の年CDBの2代めの所長になってもらえないかOlivierに直談判したことがある。少しその気になったようだったが、やはり言葉の壁などで実現しなかった。そんなことを多く思い出させる論文だった。
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9月23日:うつ病の自殺念慮と脳の炎症(Biological Psychiatryオンライン版掲載論文)

2017年9月23日
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従来神経ネットワークの機能的障害と考えられていた精神疾患を、神経細胞の増殖不全や炎症などの器質的な原因から見直す研究が進んでいる。例えばうつ病の場合従来の治療はもっぱら神経伝達物質の量を調節する生理学的な薬剤が中心だったが、うつ病で海馬や扁桃体の細胞の減少が見られることが明らかになり、細胞増殖を活性化させる、これまでとは全く異なるメカニズムの治療が可能になるのではと期待されている。

うつ病については神経細胞の減少とともに、様々な炎症が重要な修飾因子になっている可能性が示唆されている。例えば、脳に炎症が起こるとうつ症状が出るし、抗うつ剤の効かない患者さんの血液検査では炎症マーカーが上昇していることが知られている。

今日紹介する英国マンチェスター大学からの論文は最も典型的な「大うつ病」と診断されるうつ病の脳に炎症が起こっているかどうかPET検査で調べた研究でBiological Psychiatryオンライン版に先行発表された。タイトルは「Elevated translocator protein in anterior cingulated in major depression and a role for inflammation in suicidal thinking: a positoron emission tomography study(前帯状皮質のtranslocatorタンパク質は大うつ病で上昇し、自殺念慮に関わる:PETを用いた研究)」だ。

この研究では炎症に対してミクログリアが活性化することを利用してうつ病に炎症が関わるか調べている。というのも、最近ミクログリアが活性化されると合成が上昇するミトコンドリア分子translocator proteinと結合するリガンドPK11195が開発され、脳内の炎症をPETで調べることが可能になってきたからだ。研究では17人の大うつ病の患者さん14名、正常人13名に放射線標識したPK11195を注入、前帯状皮質、前頭前皮質、および島皮質のtranslocatorタンパク質の脳内各部位での量を調べている。いくつか対照に選んだ脳領域では正常人と大うつ病では差がないが、先に挙げた3領域、特に前帯状皮質でtranslocator proteinの合成が約50%上昇していることを突き止める。

次に自殺念慮のある患者さんと、自殺は考えていないが大うつ病の症状のある患者さんを分けて同じ検査を行うと、驚くなかれ自殺念慮を持つ患者さんではtranslocatorタンパク質の量が平均で2倍に上がっており、ほとんどの患者さんが正常対照より高い値を示して、診断的価値があることがわかった。

話はこれだけで、ではなぜミクログリアが前帯状皮質で上昇すると自殺念慮を考えるのかは全くわからないし、診断的価値なら診察時によく話を聞けばいいことのように思える。しかしうつ状態でも自殺に至るにはモチベーションを高める動機が必要になる。局所での炎症とミクログリアの活性がその後押しになるなら、面白い研究分野に発展するように思える。ほとんどの病気が炎症に収束してしまうのは少し心配になるが、期待したい。
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9月22日:運動中に起こった心停止に対する最も普及したしかし間違った処置(Heart Rhythmオンライン版掲載論文)

2017年9月22日
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限界で競技するスポーツは、常に事故や病気と隣り合わせだ。なかでも、心室細動による突然死は恐ろしく、できるだけ早く除細動で正常な心拍を回復させる必要がある。心臓の場合、3分放置するだけで死亡率は50%を超す。しかし、多くの場合適切な処置を受けることことができず、スポーツ中の心停止の死亡率は高い。

今日紹介するイスラエル・テルアビブ大学からの論文は、テレビ中継や個人用に撮影されたスポーツ中の心停止発作の映像を集め、発作直後に適切な処置が行われているか調べた研究でHeart Rhythmオンライン版に掲載された。タイトルは「Attempts to prevent “tongue swallowing” may well be the main obstacle for successful bystander resuscitation of athletes with cardiac arrest (心停止を起こしたスポーツ選手に対する周りの救命措置の失敗につながる最も重要な要因は「舌の沈下」を防ごうとする試みの可能性が高い)」だ。

この論文は1990年、多くの人が観戦していた大学バスケットボールの試合で倒れ、結局亡くなった選手が、最初の2分間、何の心臓に対する治療も受けていなかったという映像の反省から始めている。

実情を調べるために、試合中の発作に関する映像をできるだけ集め、その中で、1)発作を起こした選手の個人データが得られる、2)事故の場所と時間がわかる、3)発作後の処置について映像が存在する、の3条件を満たす映像を集め、1)発作時に周りにいた選手の行動、2)処置班の到着時間、3)最初の処置、4)心臓マッサージの開始、5)除細動器の使用の有無と使用時期、について分析している。

最終的に試合中に意識を失って倒れた28(女性は一人だけ、24人がサッカー選手)選手の分析を行っている。最終的に、15人(53%)は生存できたが、このうち後で心停止であることが判明した22人については8人(36%)の生存で、周りに多くの人がいても、死亡率が極めて高いことがわかる。

次に、周りの選手が取る行動だが、3秒以内に発作だと認識し、蘇生の試みが始まっているが、脈を調べて心停止を確認し、心臓マッサージを最初から行ったケースは全くなく、8例だけが1分程度経った後でようやく心臓マッサージを受けている。驚くことに、除細動器が使われたのはたった2例で、それも10分経過した後だった。

ではその間何が行われていたのか?映像を調べると、すべてのケースでいわゆる「気道確保」のため、口を開けさせ舌を引っ張り出すという操作にかかりきりで、脈さえ調べられていないことがわかった。実況放送中のアナウンサーも「チームメートと医療スタッフが集まって、舌沈下を防ごうとしているように見えます」(BBCスポーツ)と実況している。

実際には世界サッカー協会やアメリカ心臓学会が、スポーツ中の発作に対して心臓マッサージの重要性を説き、しかも選手の訓練すら行っているのに、ほぼ全例で舌の沈下を防ぐ処置に集中して貴重な時間を空費してしまっている現状から、発作に対してはまず気道確保のための舌沈下防止という神話を打ち壊すことが最も重要だと結論している。

気になって「運動中の心停止」で検索すると、我が国の場合まずAEDの有効性を訴えた記事がトップにくる。その後、東京消防庁の記事が来るが、ここでは心臓マッサージが呼吸確保より重要であることが明確に述べられている。一方次に来る福島県の広域行政組合のサイトでは、1)意識確認、2)救急とAED以来、2)気道確保、3)人工呼吸と心臓マッサージという順番が詳しく書かれており、この論文と同じ問題を抱える心配がある。

ビデオを集めることでこれだけの調査が可能であることがよくわかったが、スポーツの秋、できるだけ早く、脈で心停止を認識して心マッサージを始めることを中心にしたマニュアルを周知させる必要があるだろう。
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9月21日:脊髄損傷により誘発される免疫不全(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年9月21日
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私たちのNPOは特定の疾患だけに絞った活動をしているわけではないが、それでも何となくお付き合いの深い疾患ができてくる。そのうちの一つが脊髄損傷で、付き合いは私の現役時代にさかのぼる。現役を辞めた後も、すでに2回AASJチャンネルでの発信も行っており、当然放送のために多くの総説を読んだ。しかし、完全に抜け落ちていたというか、脊髄損傷によって体の免疫機能が低下し、感染症の危険に晒される率が高くなっているという点については、全く考えたこともなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は脊髄損傷により免疫不全がおこり、肺炎に至るメカニズムを明らかにした研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Spinal cord injury-induced immuneodeficiency is mediated by a sympathyetic neuroendocrine adrenal flex(脊髄損傷により誘導される免疫不全は交感神経—副腎内分泌反射により媒介されている)だ。

私が知らなかっただけで、脊髄損傷、特に上部の損傷では免疫不全が起こり、肺炎に罹患する確率が上昇することが知られていた。この研究ではマウスの脊髄を様々なレベルで損傷し、免疫反応と内分泌系の変化を調べ、まず脊髄損傷により、白血球減少症と肺炎が起こること、およびノルエピネフリン (NE)がほとんど0にまで低下するが、グルココルチコイド(GC)レベルは逆に上昇することを見つけている。 NEもGCも副腎から分泌されることから、脊髄損傷により副腎の交換神経支配がなくなることで、副腎のホルモン分泌異常が起こり、その結果免疫不全と肺炎が起こったことが推察できる。これを確かめるため、まず副腎を外科的に除去すると(この場合NEとGC両方の分泌が低下する)、なんとリンパ組織のサイズが元に戻り、血中の白血球も元に戻ることがわかった。従って免疫不全はの犯人はNEではなく、CGが異常に高まることが白血球減少症を誘導していることがわかる。ただ、副腎除去では肺炎の発症を防げなかった。

そこで基礎的なホルモン分泌を続ける神経支配のない副腎を移植してGCのレベルを維持すると肺炎の発症は維持できた。

主な実験としては以上で、1)脊損により副腎の交感神経支配が消失、2)結果NEの低下と、GCの上昇、3)内分泌ネットワークが乱れ、下垂体ACTH経路の抑制による異常が固定化し、この結果、白血球減少および循環器の異常が加わって、感染症が増加する、を考えられるシナリオとして提案しているが、まだ詳細はつめきれていない印象だ。また、白血球減少についても細胞死、ホーミングの異常などデータは示しているが、明瞭な結果とは言いにくい。ただ、一つのラインが切れるだけで、複雑な内分泌系の乱れが生じ、免疫系なども複雑な変化に晒されることは間違いなさそうだ。

この研究ではマウスだけでなく、人間の脊損でも同じ内分泌系の乱れが起こることを示しており、まず脊損後のGCレベルを正常へ低下させることの重要性を示唆している。おそらく、この急性変化は長い時間をかけて元に戻るのだと思うが、急性期にはぜひ、血中濃度を測定しながら、正確なホルモン補充療法を行うプロトコルを早期に開発してほしい。
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9月20日:リンパ管新生はガンに対する免疫反応に必要?(9月13日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年9月20日
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ガンのステージは、通常原発ガン自体の大きさ(T)、リンパ節転移(L)、そして他臓器への転移(M)の3つの指標を調べることで決められる。この意味で、リンパ節転移はガンの悪性度を示す重要な指標として使われてきた。ガンの周りのリンパ節転移が起こるためには、がん細胞はリンパ管を通ってリンパ節に到達する必要がある。このため、一般的にリンパ管新生の強いガンでは予後が悪いと考えられてきた。またそれを示唆する論文も多く発表されている。

今日紹介するシカゴ大学とスイスローザンヌ工科大学からの論文は、ガンの周りのリンパ管新生はリンパ球を集める作用があり、ガンの免疫反応を高める作用があるのではと考え、マウスモデルとヒトのガンデータベースを解析した論文で9月13日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Tumor lymphangiogenesis promotes T cell infiltration and potentiate immuneotherapy in melanoma(ガンのリンパ管新生はT細胞の浸潤を促しメラノーマに対する免疫治療効果を高める)」だ。

研究ではまず遺伝子操作で外来抗原を発現するマウスメラノーマを移植したマウスのリンパ管新生因子VEGF-Cを阻害して腫瘍内のリンパ管新生を抑えても、ガン抑制効果があまりないが、VEGF-Cを発現しているガンではリンパ球や炎症細胞の浸潤が起こり、さらに免疫原性の強いガンでは抑制性のT細胞(Treg)の浸潤も起こっていることを確認している。すなわち、免疫成立という点で見れば、リンパ管新生が望ましいことになる。

そこで、キラー細胞をガンと共に移植してガンの増殖を見るシステムで、リンパ管新生がキラー細胞をガンの周りに浸潤させる効果があること、このリンパ球浸潤にCCL21ケモカインが関わっていること、またワクチンなど他の免疫療法でもVEGF-Cを分泌するガンほど強い反応が起こることも示している。

このように様々なマウスモデルを用いて、リンパ管新生がガンの免疫を高めることを確認した後、今度は臨床経過と、ガンのゲノム、発現遺伝子などが揃っているデータベースを用いて、メラノーマのVEGF-Cや、腫瘍組織でのケモカインの発現と、免疫チェックポイント治療の効果の相関を調べている。
      結果だが、VEGF—Cが高いガンでは、組織のケモカインも上昇しており、T細胞の浸潤が更新していると考えられること、そしてVEGF-Cが高いと、PD-1やCTLA-4を用いたチェックポイント治療で高い効果が臨めることを明らかにしている。VEGF-AやVEGF-Dなどの血管新生因子の発現ではこのような差は全く見られない。

私が現役の頃、VEGF-Cを阻害すると、ガンの転移が抑えられることが示され、VEGF-Cはガンの進展を助けると考えられてきた。しかし今回の研究により、すでに転移があり免疫療法による治療を行う場合は、VEGF-Cは免疫反応を高める作用があることを念頭におく必要があることがわかった。

結局、個々のガンの性質を見極めて治療することの重要性がまた強調される結果だったと言えるが、PD-1治療の効果予測のみならず、アデノウイルスベクターなどでガン局所にVEGF-Cを発現させて、ガンの免疫を高めるための新しい治療法の開発などに直結していくように思える。
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