ガンのゲノム解析の重要性は言うまでもないが、RNAの発現や免疫染色も重要だ。例えば私のガンの場合、発現が高い遺伝子としてアンドロゲン受容体とその下流分子が見つかるし、乳ガンで最も研究が進んでいる Her2 とそのファミリー分子も発現している。とすると、状況によっては変異はなくてもこれら分子を標的として使うことができる。
Her2 を標的に使う治療として最近大成功を収めているのが Her2 抗体にトポイソメラーゼ阻害剤や、微小関係性阻害剤を結合させた ADC 治療だ。もちろん抗体が結合する必要があるので、Her2 の発現が高い必要があるが、第一三共のエンハーツは Her2 発現が低い場合も一定の効果があることを証明し、この薬剤の宣伝文句になっている希望を生み出している。しかし、エンハーツでも Her2 の発現が高い方が効果は高い。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、エンハーツや同じ Her2 抗体に微小管阻害剤を結合させたカドサイラを、高い確率で Her2 と同時に発現している EGFR を利用することでリソゾームへの取り込みを高めて、Her2 の低い場合でも効果を高める方法の開発で、7月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは、「Modular in vivo antibody–ADC click to reverse drug resistance in tumours(抗体とADCを生体内で組み合わせるクリックを用いて腫瘍の薬剤耐性を抑える)」だ。
私の場合もそうだが、Her2 発現のガンは EGFR も発現していることが多い。エンハーツもカドサイラも Her2 に結合して細胞内に取り込まれて薬剤が外れるので、Her2 の発現が多い方が良いし、また細胞内に取り込まれることも重要になる。この時、EGFR が Her2 と結合すると、Her2 の細胞内への取り込みを抑えることがある。
そこでこの邪魔な EGFR を薬剤を取り込みヘルパーにしようと考えたのがこの研究だ。方法だが、EGFR に対する抗体と、ADC (エンハーツやカドサイラ) に、生体内でそれぞれの抗体を結合させることが出来るクリックと呼ばれている小分子を結合させる。まず、EGFR に対する抗体を投与した後、クリック結合可能な ADC を投与すると、EGFR と Her2 を発現するガン細胞上で複合体が形成され、Her2 だけでなく EGFR によっても細胞内へ取り込まれることが期待できる。
試験管内でこの可能性を確かめた後、クリックADC をアイソトープラベルしてマウスに投与すると、クリックで結合可能な EGFR を前もって投与していた群のみ、腫瘍内へのアイソトープの取り込みが高まる。これを Her2 の発現が高いガンで確認した後、今度はHer2の発現が極めて低いエンハーツだけでは効果が低いガンで調べると、ADC がガンに効率よく取り込まれ、単独治療よりはるかに強いガン抑制効果を得ることができる。
さらに、EGFR の発現が高まった結果 ADC が効かなくなったガンに対するクリックADC の効果を調べ、クリック・エンハーツがほぼ完全に腫瘍を抑制できることを示している。
最後により安定なクリック化合物の抗体への結合方法として、抗体や ADC の糖鎖にクリック化合物を投与する方法を開発し、これにより極めて均質にクリック化合物が結合した EGFR 抗体と、ADC の組み合わせを作れること、これを用いてエンハーツだけでは効果がなくなった膵臓ガンや乳ガン細胞の増殖を抑制できることを示している。
以上が結果で、Her2 が ultralow でも EGFR が発現しておればガンを強く抑制できると言う結果は、私たちの希望になることは間違いないが、しかし正常細胞にも Her2-lowEGFRhig は存在するので、ヒトでの治験が待たれる。さらに、この結果はこのようなクリックの利用による2種類の抗体を結合させることで、これまで難しかった多くのガンをたたける可能性を秘めている。期待したい。
