ビクトリアの滝を案内してくれたザンビア人のガイドさんが、20種類の言語を話せると自慢していた。と言っても、英語以外はザンビアやジンバブエ周辺に住む人たちが使っている言葉のことで、それぞれはかなり似通っているおかげで何種類も話せるのだと思う。ろうあの子供から自然発生したニカラグアの手話は集団が200人ぐらいに達したときに誕生したと言われているが、ホモサピエンスは一定の集団になるとそれぞれの言葉を自然発生させるのだろう。とすると、膨大な数の言語が生まれ消えていったことになる。
今日紹介するハーバード大学とイエール大学からの論文は、完新世、即ち人類がユーラシアに分布した後2万年が経過した後から現在までの比較的温暖な気候で人類が急発展した時代の言語の多様性を理論的に探った研究で、7月25日 Science に掲載された。タイトルは「The rise and fall of language diversity through the Holocene(完新世での言語多様性の盛衰)」だ。
人間が生み出した道具と比べると、言語は音以外の物理性がない点で際立っている。この物理的制限がないおかげで、未来や目的など存在しないものを表現できる唯一の道具として、宗教から科学まで人間のあらゆる文化の基盤となってきた。ところが、この物理性の欠如は、文字が生まれる前の言語の研究を困難にしてきた。
この研究も含めて完新世の言語多様性の研究はほとんど理論的な研究になる。これまで3種類の仮説があり簡単に紹介しておくと、
- Megadiverse paleolithic hypothesis : 農耕により集団が大きくなる前に、人間の集団数だけ言語が生まれ、その数は何万にも達したが、農耕が始まってからはコンスタントに減ってきた。
- Demographic Boost Hypothesis : 逆に農耕は人口動態を安定化させ、これに呼応して言語数も増加、農耕前に数千に達していた言語が人口とともに1万程度に自然増加した。
- Premodern equilibrium hypothesis : 言語の数は、植民地主義以前はずっとコンスタントに1万近くで維持されていた。即ち、農耕などはほとんど言語多様性に影響がなかった。
それぞれの仮説の基盤となるエビデンスがあるのか全く知らないが、大議論が続いていると言った話ではないように思える。これに対し、この研究では民俗学や人口動態研究に基づいて仮説を立て、言語多様性の変化を調べたのが、この研究の重要性だと主張している。
この研究では、言語は集団で生活する狩猟採取民から発生し、従って狩猟採取民の数が言語の数とほぼ同じであること、農耕による定着前の完新世での狩猟採取民のグループサイズは一定化していたこと、しかし、農耕などにより急速に人口が増加し、言語数の増加を遙かに上回るようになった。以上のことを基盤に、モデルを作成、言語数を推定している。
これによると、農耕前に5000近くに達していた言語多様性は、農耕による人口増加とともに、さらに拡大を続け、これまで言語数を低下させると考えられていた エジプト、メソポタミア、黄河 などの文明の誕生後もさらに多様性が加速し、2000年前にピークに達したと結論している。即ち、これらの文明は他の地域を一つの言語圏へ集約させるモーメントはなかったと考えている。しかし、2000年になると、これまでの仮説が全く及ばない要因が発生する。例えば世界宗教、ローマなどの植民地主義等などだ。そして、ヨーロッパ列強による植民地主義が広がる500年前ぐらいから、言語数は急速に低下し、現在は農耕前の7000程度の言語数に低下した。
以上が結果で、ある程度納得は出来るおもしろい研究だとは思うが、まだまだ本当かという疑問の心は残る。また、この研究の基本は完新世の初期段階が中心で、文字のインパクトはあまり考慮されていない。しかし、物理性のない言語に物理性を付与する文字は、文字のない言語が消失する大きな要因になったのではと想像する。
こうして考えると、そのオリジンはわからないが、最終的に1億人が日本語で統一され、しかも漢字を日本語用に使い回して日本語に同化させ、ワープロの登場で漢字を使うことが楽になった日本語の歴史は奇跡に感じられる。
