6月1日:難治性てんかんに対するカンナビジオール治験(5月25日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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6月1日:難治性てんかんに対するカンナビジオール治験(5月25日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年6月1日
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    大麻がガンや多発性硬化症の痛みや、難治性てんかんの発作を抑える効果があることは医学的に確認され、現在医療用の大麻使用を認める国は多い。しかし、私が元医者だったからかもしれないが、難治性てんかん患者さんの多くを占める子供のことを考えると、大麻そのものより、大麻から抽出した有効成分のほうがずっと使いやすいと思う。事実何十種類も存在する大麻のカンナビノイドの中で比較的構成比率の高いカンナビジオールをキーワードにアメリカ政府治験登録サイトを調べてみるとなんと123種類のトライアルが進んでいることがわかり、大麻を医療現場に使いやすくするための試みが進んでるのがよくわかる。
   今日紹介するニューヨーク大学を中心とする研究グループの論文はこのカンナビジオールをてんかんの中でも最も難治性で有名なDravet症候群の発作抑制に使えるかどうか調べた治験研究で5月25日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Trial of Cannabidiol for drug-resistant seizures in the Dravet synderome(Dravet症候群の薬剤耐性てんかん発作に対するカンナビジオール治験)」だ。
Dravet症候群とはナトリウムチャンネル分子SCN1Aの変異が原因で、痙攣を繰り返すとともに、精神運動発達障害が進行する病気で、てんかん発作は現在利用できる薬剤を組み合わせても治療が難しい。この治験では214人のDravet症候群患者さんをリクルートし、まず4週間の観察を行う。その後、無作為化して半分はカンナビジオール、残りは偽薬を投与するが、その間これまで行ってきたてんかん発作に対する治療は続ける。1日2回の経口投与を2週間続け、その後徐々に投与量を減らして10日目に投与を止め他後、長期の観察を行っている。
   結果の評価だが、4週間の観察期間と比べ、カンナビジオール投与で発作が減ったかどうか、および介護をしている人の印象を数値化した指標で行っている。
   全体で12人が治験を終了することができなかったが、投与群でも85%が終了できている。結果は期待通りで、観察期間の発作数が1月平均12.4回だったのが、なんと5.9回と半分以下に減少し、全く発作がなくなった患者さんも3人いた。偽薬群では発作が14.9から14.1回に減っただけで、もちろん発作が消えた患者さんはいない。また、介護をしている人の62%が症状がよくなったという印象を持っている。
   最後に副作用だが、93%の患者さんで何らかの副作用が見られている。症状は、嘔吐、倦怠感、発熱、上気道感染、食欲減退など様々だが、その結果8人が治験を途中でやめている。深刻な症状の中でも多いのが、睡眠傾向だが、投与量を減らすことで対応できる。
   結果は以上で、発作を減らすという点で期待どおりカンナビジオールが有効であることが確認されたが、副作用も覚悟する必要があり、今後他の薬剤との組み合わせを含め、長期かつ安全に効果を得るための投与法開発が必要という結論だ。様々な遺伝性神経疾患のうちてんかん発作が一番家族を困らせる症状であることを考えると、早期にプロトコルを完成させてほしい。
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5月31日:翻訳マシナリーの構造解析(Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月31日
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    医学・生物学の学生なら必ず習うのが、リボゾーム上に結合したmRNAのコドンに対応したアミノアシルtRNAがエロンゲーションファクターTu(EF-Tu)によってリクルートされ、一段階前の同じ過程に参加したtRNA上のペプチドに新しいアミノ酸を加えていく、精巧な翻訳の初期過程だ。30S,50S,tRNA,mRNAが関わるRNAワールドの究極とも言える過程だが、それぞれのコンポーネントがどのような相互作用をし、最終的に間違いのないtRNAのみ選んでペプチドをつないでいるのか、その過程が完全にわかっているわけではない。というのも、高い解像度で行う分子構造解析は反応過程を追跡するのがどうしても苦手だ。
   今日紹介するマサチューセッツ医科大学からの論文は、この構造解析が持つ問題をクライオ電子顕微鏡が見事に解決することを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Ensemble cryo-EM elucidates the mechanism of translation fidelity(アンサンブルクライオ電子顕微鏡は翻訳の正確性を保証するメカニズムを明らかにした)」だ。
   クライオ電子顕微鏡(CryoEM)では最初から多数の単分子を記録して、あとはコンピュータ上の計算で向きなどを揃えて最終的な立体構造を得る方法だ。従って、もし最も安定な構造に至る前の中間段階が存在する反応過程をこの方法で解析すると、それぞれの段階に分けて構造を再構成できる可能性がある。
   この研究ではEF-TuのGTPが加水分解できないように細工した分子を加えることで、アミノアシルtRNAがリボゾームに結合するまでの過程だけが起こるようにした反応液から取り出した分子をCryoEMで観察し、最終的に5種類の分子構造が3オングストロームの解像度で得られたという結果だ。
   具体的な結果は、立体構造の図を見ながらでしか説明できないと思うので詳細は省くが、最初EF-Tuと一緒に30Sリボゾームに寄ってきたtRNAがmRNAのコドンと一致した時だけ、鍵が閉まるようにすべての分子がコンパクトにまとまり、また50SリボゾームとEF-Tuが強く結合できるようになるまでの過程が詳細に示されている。専門外の人間にとっても、RNA同士がこれほど複雑な相互作用を通して、コードが一致するtRNAだけがリボゾーム上にリクルートできるのかと感心するが、おそらくこの分野のプロには私たちが思いつかない様々な重要なヒントが得られたのだろう。
   私自身は、翻訳マシナリーの詳細より、CryoEMのポテンシャルの高さに本当に驚いた。計算のスピードなど克服する問題はあるだろろうが、ソフト次第で様々な反応過程の中間段階がこのように明らかになることは間違いない。脱帽。
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5月30日:KRAS肺がんのプレシジョンメディシン(5月30日号Nature掲載論文)

2017年5月30日
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   薬剤開発が難しいKRAS遺伝子変異は、ドライバー遺伝子としてがん細胞の増殖を促進するよう様々な分子を組織化する憎き分子だが、様々な分子を動員する結果、逆に細胞の弱点を晒すことがわかってきた。この弱み、特にRAS変異による様々な代謝活性の上昇を狙った治療法の開発が進んでいる。
   一方、ガンでは変異がランダムに起こり、その中から細胞増殖をさらに助ける変異が選択されるため、このようなガンではRASに加えてさらに大きな代謝変化が起こっている可能性が高い。
   今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医療センターからの論文は非小細胞性肺がん,特に腺癌の悪性度を高めるLKB1遺伝子の欠損が加わることによるガンの弱点を探索した研究で5月30日号Natureに掲載された。タイトルは「CP1 maintains pyrimidine pools and DNA synthesis in KRAS/LKB1 mutant lung cancer cell (KRAS/LKB1変異を伴う肺ガンではCPS1がピリミジン合成とDNA合成を維持している)」だ。
   これまでのゲノム解析で、KRAS変異にLKB1遺伝子はガン抑制分子として働き、LKB1遺伝子の欠損した腺ガンは悪性度が強いことが知られている。ところが、LKB1がガン増殖を抑えるメカニズムについてはまだよくわかっていなかった。この研究ではLKB1欠損のあるガンと、ないガンの代謝物を網羅的に探索し、窒素代謝による代謝物が大きく変化することを見出す。そこで尿素サイクルに関わる分子の発現を比べ、LKB1が欠損したガンではアンモニアを尿素サイクルに導入するCPS1遺伝子の発現が著明に上昇していることを明らかにする。
   これは、CPS1がAMPKを介してLKB1の支配を受けているからで、多くの肺腺ガンで調べると、LKB1の発現とCPS1の発現が逆相関していることが確認される。
   これらの結果を単純に考えると、LKB1が欠損すると、CPS1の発現が高まりアンモニアの代謝が促進され、細胞内のアンモニアを減らすことで細胞を保護していると考えられる。ところが、LKB1欠損の有無で細胞を比べても、アンモニアの蓄積が見られるわけではない。そこで、このCPS1の他の作用を探索し、CPS1の発現が上昇すると、がん細胞のピリミジン合成が上昇することを見つける。
  この結果は、CPS1が高まるとアンモニアがcarbamoyl phosphateに転換される経路からピリミジン合成が行われるようになる一方、KRASはもう一つのピリミジン合成経路に必要なグルタミン分解を高める結果、KRAS,LKB1変異が重なったガンでは、ピリミジン合成がCPS1経路依存性になることで、RAS 活性化による代謝の脆弱性を補っていることが明らかになった。これに基づいて、CSP1のレベルを急に落とすと、がん細胞が増殖できなくなることを示し、この経路がガンの治療標的になることを示している。
   このように、今後ガンのゲノム解析を通して、遺伝子の変異に応じたがん細胞の弱みを突き止め、治療に使えるプレシジョンメディシンが可能になることを期待させる。
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5月29日:新しい抗インフルエンザ薬の開発(5月23日号Cell Reports掲載論文)

2017年5月29日
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   抗インフルエンザ薬というと、タミフルやリレンザを思い浮かべるが、その効果はベッドに寝込む日数が1日減るぐらいで、タミフルが世界一処方されている我が国の人々が信じているような大きな効果は期待できない。すなわち、新しいメカニズムの抗インフルエンザ薬の開発は今も期待されている。
   今日紹介するテネシー大学からの論文はインフルエンザ感染による細胞の代謝促進を抑えてインフルエンザを増えなくする薬剤の開発で5月23日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Targeting metabolic reprogramming by influenza infection for therapeutic intervention(インフルエンザ感染による代謝リプログラミングを標的にした治療)」だ。
   この研究ではまず、インフルエンザ感染を併発した抗がん剤治療中の小児が受けたPET検査を再検討し、インフルエンザ感染により気管のグルコース取り込みが上昇していることを発見し、この詳しいメカニズムを培養上皮を用いて調べている。
   これまでどこまで研究が進んでいたのか私にはわからないが、上皮細胞にウイルスが感染すると、糖代謝、脂肪代謝、核酸代謝など多様な経路に関わる分子が上昇し、その結果乳酸合成、酸素消費、プロトン合成などエネルギー代謝が上昇していることを明らかにしている。これまでこのような変化は、自然免疫がウイルスにより活性化される結果と考えられていたが、この研究ではウイルス自体の細胞内での様々な活動が多様な代謝経路に依存しており、この要求に応える反応だと結論している。そして、ウイルスによりMycが活性化されることが、多様な代謝経路が活性化される一因になっていることを明らかにしている。
   この結果は、これまでのようにウイルス感染ではなく、細胞内のウイルス増殖に必要な代謝経路も抗ウイルス薬の候補になると考え、ウイルス感染した上皮の細胞死を防ぎ、ウイルス量を低下させる化合物を探索し、PI3K/mTOR経路の阻害剤として開発されていたBEZ235が強い活性を示すことを発見する。
次にBEZ235のメカニズムを探索し、ウイルス感染後におこる代謝の上昇を維持するためのPI3K依存性のブドウ糖やグルタミン供給が制限されることによりウイルス増殖が抑制されると結論している。
   最後に致死量のインフルエンザウイルスを感染させたマウスの生存と、肺のウイルス量を調べ、この薬剤により生存率の上昇、ウイルス量の低下が認められることを明らかにしている。
   ではこの薬剤が、抗ウイルス薬として広まるかどうかだが、すでに抗がん剤として治験が進んでおり、安全性などのデータがあるという点では期待できるだろう。従って、当面は抗がん剤治療の最中にインフルエンザに感染した患者さんや、かなり重症のインフルエンザ患者さんで治験が行われると思う。
   さらに、ウイルスが細胞寄生体であることを考えると、今後はインフルエンザだけでなく、様々なウイルス疾患をホストの細胞代謝を標的にして制御する試みが進められるだろう。
   本当に効果の有る抗ウイルス薬は現在最も必要とされる薬剤の一つだ。
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5月28日:自閉症の新しい治療可能性(Annals of clinical translation neurologyオンライン版掲載論文)

2017年5月28日
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    自閉症は多くの遺伝子が関わるひとつの症候群で、私たちの性格が複雑なのと根は同じだ。現在の研究の焦点は当然神経結合や、神経細胞の増殖に向けられており、例えば自閉症の神経幹細胞が高い増殖能を持つという最近の論文などは、重要な進展だと思う。一方、原因は複雑でも共通の症状がある限り、全体に共通する異常も存在するはずだと考える研究も進んでいる。例えば腸内細菌叢が自閉症の症状に関わるという研究はその典型だが、細胞のストレスに対する防御反応がその背景にあるのではと考えて研究を続けてきたのがカリフォルニア州立大学サンディエゴ校のグループで、マウスモデルを用いて彼らの仮説の妥当性を示す結果を示し、新しい自閉症の治療につながるのではと期待されていた。
   今日紹介するのはこのグループがAnnals of clinical translation neurology オンライン版に発表した論文で、いよいよマウスを用いた前臨床研究成果を臨床治験に進めることができたことを宣言する論文だ。タイトルは「Low dose suramin in autism spectrum disorder: a small phase I/II, randomized clinical trial (自閉症に対するスラミンの低容量投与:小規模I/II相無作為化臨床治験)」だ。
   このグループは細胞がストレスにさらされると、ひとつの防御反応として細胞外へのプリン体の分泌が高まり、ストレス反応を持続させることに注目して研究を行っている。これまでの研究で、1)これと同じ代謝異常が自閉症で見られること、2)ATPを始めとするプリン体による神経刺激を抑えるとマウス自閉症モデルの症状が改善すること、を示し、自閉症の症状にはこのプリン体分泌上昇に伴う、神経興奮状態の変化が存在することを提唱してきた。
   細胞外に分泌されたプリンに対する神経反応を抑える薬剤スラミンを自閉症児に投与し、安全性と効果について調べたのが今回の研究だ。治験の規模は最小限で、DMS-5と呼ばれるマニュアルに従って診断された十人の自閉症児(4-17歳と多様)を無作為に五人ずつのグループに分け、片方にはスラミンの静脈注射、もう片方は生理食塩水のみを投与して、副作用、及び様々な神経機能のテストを行い、薬の効果を調べている。
   この研究の最も重要な目的はスラミンの安全性を確認することだ。スラミンはアフリカの眠り病の薬として使われているが、多くの副作用がある。ただ、今回の治験で使われる量はずっと少ないが、やはり副作用については細心の注意を払った検査が行われている。
   一回投与後に副作用としては、自覚症状はなく、自然に消失するものの、全例で発疹が観察されている。これ以外は対照群と比べて大きな変化はなく、治療に十分耐えられることが分かった。
   薬剤の血中濃度や代謝についても調べているが、詳細はいいだろう。細心の注意を払って最初の治験研究に望んでいる。
   肝心の結果だが、親から見ても言語能力や社会性が回復するのが実感されるらしい。自閉症の程度を測る最も信頼されるADOS検査で見ても、はっきりと改善が見られている。一方、生理食塩水投与では変化はない。
   以上のことから、スラミンは治療薬の重要な候補になったと思う。ただ、著者も強調しているが、自然に治るとはいえ、皮膚の発疹についてのより長期の観察が必要で、また本当の効果についても何年もかかる本試験を基に判断すべきで、この結果はほんの入り口にすぎないことだ。
しかし、著者らの意気込みから見て国際治験が始まると思うので、ぜひ我が国も参加して、この可能性の妥当性を確かめてほしいと期待する。
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5月27日:ヤギも木に登る(5月2日号Frontiers in Ecology and the environment掲載論文)

2017年5月27日
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  まずここをクリックして、今日紹介するセビリアのスペイン高等科学研究院を中心とする研究グループが5月2日号のFrontiers in Ecology and Environment に発表した「Tree-climing goats disperse seeds during rumination(木に登るヤギは反芻中に種を吐き出す)」という論文を見てほしい(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/fee.1488/full)。
    オープンアクセスなので誰でも見ることができる。論文を開いて少しスクロールすると、皆さんは驚くべき光景を目にする。なんと7匹のヤギが高い木の枝の上に立っているではないか。この写真を見れば「何事が起こっているのか?」読み進むはずだ。
   少なくとも私はヤギが木に登るなど考えたこともなかったし、また見たこともなかった。しかし、緑の少ないモロッコの平原では、なんとほとんどのヤギが木に登って葉や木の実を食べるのが当たり前のようで、食事の74%は木の上で葉を漁っているようだ。ニホンカモシカが岩場をスイスイと歩くのを見れば、確かに木に登れてもおかしくない。また、メキシコやスペインでも低い木にヤギが登っているのは目撃されるようだ。しかし、8−10mもある高い木に登るのはアフリカだけのことらしい。
  この写真で一つ物知りにはなったが、この論文で「木登りヤギ」は読者の気を引くためだけに使われ、結局「ヤギが登っているアルガンノキの実がもっている大きな硬い種はヤギによってどう処理されるのか?」がこの研究の主題になる。
   観察から、硬い種は便と一緒に排出されるのではなく、反芻中に口から吐き出されるという可能性を着想する。そこで、スペインで家畜として買われているヤギに様々な大きさの種を持つ果実を食べさせ、アルガンノキのような大きな種は30−45%が口から吐き出されること、また吐き出された種の7割がまだ生きていることを示している。
   これらの結果から、放牧型のヤギをもっと積極的に活用すれば、アルガンノキのような有用植物の繁殖に活用できることを示している。
   結局木に登るヤギで目を引きつけた後は、一転他のヤギで話を進めており、結論を読んでそれに気づくという、羊頭狗肉(この羊はヤギと読んでほしい)の典型論文だが、ヤギが高い木に登ることと、反芻中に種だけ吐き出すことを知って、ちょっと物知りにはなった。
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5月26日:更年期肥満の新しい治療戦略 (Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月26日
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    卵胞刺激ホルモン(FSH)は脳下垂体で合成され、卵巣内で卵子を成熟させる役割があり、生殖にとって重要なホルモンだ。もちろん女性だけではない。男性の精子形成にも重要な機能を担っている。一方FSH分泌は成熟卵胞から分泌されるインヒビンで抑制されているので、閉経による卵胞成熟サイクルがなくなると上昇する。従って、更年期障害に寄与する可能性はあるが、更年期障害にはエストロジェン補充療法もっぱら用いられ、FSH上昇が見られたとしても、卵胞自体の活性が落ちているため更年期障害にはほとんど寄与しないと考えられてきた。
   今日紹介する米国・マウントサイナイ病院からの論文は、FSHが更年期に起こる肥満に関わっていないかは調べてみないとわからないと問い直した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Blocking FSH induces thermogenic adipose tissue and reduces body fat (FSH阻害は脂肪組織の熱発生を誘導し体脂肪を低下させる)」だ。
   要するにこの研究では、卵胞以外にもFSHの標的が存在し、閉経前後にFSHが上昇し始めると、この経路が悪さをするのではと考えた。事実この考えは、すでに骨粗鬆症で確認されている。この研究ではもう一つの問題、更年期による肥満に焦点を絞ってアプローチしている。この目的のためFSH機能を阻害する抗体を作成しマウスに投与すると、期待どおりオスメスともに体脂肪を抑えることができる。この効果が抗体がFSHを抑制する結果であることを確認するため、FSH受容体遺伝子が片方の染色体で欠損したマウスを調べると、同じように体脂肪が低下しており、FSHが確かに脂肪組織の維持に関わっていることがわかった。
   閉経期の女性に対する効果を調べるため、次に卵巣摘出したマウスの肥満を抗体で抑えられるか調べ、骨髄中の脂肪を除くほとんどの脂肪組織の量が低下することを明らかにした。
   さてこのメカニズムだが、FSHは卵胞刺激に関わるシグナルとは異なり、Giタンパク質を介して脂肪組織を刺激し、uncouplerと呼ばれる脂肪代謝の鍵になる分子を抑制しており、FSHの作用を阻害すると、その結果Uncoupler1分子が強く発現し、脂肪が燃える方向にシフトし、白色脂肪組織が褐色化して、最終的に脂肪組織が減ることを明らかにしている。
   まとめると、FSHは卵胞だけでなく、もともと脂肪代謝に関わるホルモンとしての役割があり、閉経により血中濃度が上昇することで、脂肪細胞など繊維芽細胞系に作用して、脂肪を蓄える方向に作用する。従って、この経路を断ち切ると、運動しなくとも脂肪が燃え、体脂肪は低下するという理想的な話だ。
   では脂肪を燃やすために、高い金を払って抗体治療を受けるかどうかで、個人的感触では少なくとも保健医療としての使用は強く制限されるように思う。しかし、シグナル自体はよくわかっていることから、今後化合物の研究が進んで FSH機能阻害薬が生まれれば、大ヒットになるかもしれない。いずれにせよ、抗体を用いた長期間の研究、特に副作用についての研究が必要だ。論文を読むと、すでに人型モノクローナル抗体ができているようで、著者らはやる気満々と見受けた。
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5月25日:PD-L1は鎮痛剤?(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年5月25日
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    PD-1とそのリガンドPD-L1は、一般の方にも最も知られた分子と言っていいのではないだろうか。免疫システムの暴走を止めるために備わった免疫抑制メカニズムをあえて阻害して、免疫を暴走させることでガンを治してしまおうという治療だが、一部の患者さんでこれが大きな効果が見られることが証明された。その結果抗PD-1に対する抗体オプジーボは発売前からメディアを賑わせてきた。
   今日紹介するノースカロライナ大学と中国・南通大学からの論文は、この免疫の暴走を抑えるシステムが、痛みを抑える作用もあることを示す論文でNature Neuroscienceのオンライン版に掲載された。タイトルは「PD-L1 inhibits acute and chronic pain by suppressing nociceptive neuron activity via PD-1(PD-L1はPD−1を介して痛覚ニューロンを抑制し急性・慢性の痛みを抑える)」だ。
   免疫調節のためのシステムがそのまま神経系に発現し、痛みを和らげているというタイトルを見て誰もが我が目を疑うはずだ。どうしてこんな可能性を追求しようとしたのか理解できない。ひょっとしてオプジーボの副作用に痛みが増強されるという話があるのかと調べてみたが、副作用のほぼ全てが免疫の暴走に起因しており、痛みについての特別な記述はない。要するに理屈も何もなくふっと思いついてやってみたといった様子だ。
   動機は不明でも結果オーライならそれでいい。著者らはフォルマリンを皮下に注射して起こる痛みをPD-L1注射が抑えるかという実験を行い、刺激後1時間ぐらいに現れる痛みを強く抑えることを発見した。次に、外から注射したPD-L1だけでなく、体内で発現しているPD-L1も鎮痛作用があるかどうか確かめるため、PD1ノックアウトマウスを用いて痛みへの感受性を調べる実験を行い、確かに感受性が高まっていることも確認している。
  もともとPD-L1は様々ながん細胞で発現しており、免疫システムに限ることはないが、それが鎮痛作用を持つなら、その受容体PD1は神経細胞に発現する必要がある。驚くことに、後根神経節の感覚神経がPD1を発現しているだけでなく、多くの神経組織ではPD-L1も中程度に発現している。また、人間の後根神経節にも同じ様にPD1が発現している。すなわち、鎮痛機能もPD-L1/PD1の生理的な機能だということになる。
   生理学的に後根神経節細胞のPD1を刺激すると、リンパ球と同じでSHP1と呼ばれる脱リン酸化酵素が活性化され、これによりカリウムチャンネルの機能が低下することで、神経興奮が収まり、鎮痛作用が出ることを示している。
   にわかに信じがたい論文だが、鎮痛作用についての実験自体は単純な方法で、すぐ追試できるので、本当かどうかはすぐわかるだろう。いずれにせよ、なんでもやってみないとわからないという典型の論文だ。
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5月24日:ヒノキチオールによる鉄輸送(5月12日号Science掲載論文)

2017年5月24日
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   遺伝子の機能が失われる突然変異による病気は、遺伝子治療しか方法がない様に思ってしまうが、分子の機能と生理学について理解できると、意外な解決策が見える場合がある。今日紹介するイリノイ大学からの論文はその典型で、鉄を生体膜を通して輸送するとき働いているトランスポータータンパク質が完全に欠損しても鉄輸送が可能であることを示した研究で、5月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Restored iron transport by a small molecule promotes absorption and hemoglobinization in animal(低分子化合物による鉄輸送の回復により動物の鉄吸収とヘモグロビン合成を促進できる)」だ。
   鉄は細胞外から細胞内、細胞内から細胞外、あるいはミトコンドリア膜の外から内へ、と様々動きを見せる重要な金属イオンで、この輸送には様々な分子が関わっているが、これら分子に変異が起こると、鉄欠乏症で様々な異常が起こる。一番よく知られた異常は鉄欠乏性の貧血だ。
   この研究では、輸送が滞ると、トランスポーターの前後で鉄イオンの濃度差が大きくなるはずで、鉄と結合し細胞膜を自由に通過する化合物が見つかれば、トランスポーターがなくとも勾配を利用して鉄を細胞内外に輸送できるはずだと考えた。
   この可能性を確かめるため、細胞外の鉄を吸収するときに使う分子コンプレックスが欠損した酵母を用いて、鉄の吸収を可能にする低分子化合物を探索している。この結果、なんと戦前に台湾の大学で研究していた野副博士によって発見されたヒノキチオールが鉄の吸収を完全に回復させることを突き止めた。
  構造解析の結果、鉄にヒノキチオール3分子が結合し、そのまま細胞膜を通過することが明らかになった。そこで、哺乳動物の鉄吸収に関わるDMT1分子が欠損した上皮細胞での鉄吸収をヒノキチオールが回復させることを確認している。また、DMT1欠損赤芽球細胞株を用いて、鉄吸収が回復するとヘモグロビン合成も正常化することを示している。
   驚くのは、ヒノキチオールの作用が細胞外から細胞内への吸収だけでなく、例えば細胞内から細胞外への鉄輸送に関わるFPN1分子や、ミトコンドリア内への鉄輸送に関わるMfrn1分子の欠損も、ヒノキチオールで代償できることがわかっている。すなわち、トランスポーターが壊れ、鉄イオンの渋滞が存在するところでは、ヒノキチオールが交通整理をしてくれるというわけだ。
   最後に、DMT1欠損ラット、あるいはFPN1欠損マウスを用い、鉄の輸送を調べると、ヒノキチオールで鉄吸収がほぼ正常化することを確認している。また遺伝子発現を低下させる実験が容易なゼブラフィッシュの発生過程を用いて様々な鉄輸送分子のノックダウンを行い、その結果起こるヘモグロビン合成異常をヒノキチオールが正常化できることを示している。ヒノキチオールはほとんど毒性がなく、またこの作用は鉄分子の渋滞があるときだけ見られるので、臨床にも使いやすいだろう。
   鉄だけでなく、様々な分子の輸送が異常になる病気は多い。ストーレージ病と呼ばれる病気も、同じ様な発想で治療が可能になると素晴らしいのではと期待する。
   最後にヒノキチオールのことを調べていて、これを発見した野副博士の名前が鉄男であることが分かった。わたしも科学者だが、それでも不思議な因縁を感じる。
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5月23日:クロマチン構造維持に関わるCTCFの役割(5月18日号Cell掲載論文)

2017年5月23日
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21世紀に入って急速に進展した分野が染色体構造の構造解読研究だろう。2mにも及ぶDNAが小さな核の中に折りたたまれ、折りたたむ方向と核内の位置が決められ、さらにそのパターンが細胞分裂のたびに再現されることは驚き以外の何物でもない。このゲノム構造化の鍵を担うのが、CTCFとコヒーシンだが、あまりに当然すぎて、この分子が急に欠損したらどうなるなどあまり考えたことがなかった。
   今日紹介する米国サンフランシスコ・グラッドストーン研究所からの論文はCTCFが消えたらクロマチンはどうなるのかという極めて素朴な疑問にチャレンジした研究で5月18日号Cellに掲載された。タイトルは「Targeted degradation of CTCF decouples local insulation of chromosome domains from genomic compartmentalization(CTCFの分解は染色体ドメインのインシュレーションをゲノムのコンパートメント化から切り離す)」だ。
   もちろんこれまでもCTCFの翻訳を様々な方法でoffにする試みは行われてきた。しかし、いったん翻訳されたCTCFは残存し、たんぱく質の除去の程度は限界があった。これに対し、この研究では植物ホルモン・オーキシンによってAID領域を持つタンパク質を分解するシステムを用いて、細胞に存在するCTCFを完全に分解してしまう方法を使っている。方法自体は私が現役の時に我が国で開発された方法で、動物細胞にはシステムそのものがないので、ES細胞のCTCFをAIDで標識したCTCFに置き換え、加えてオーキシンに反応するTir1分子を加えることで特定のタンパクを細胞内で任意の時点に分解することができる。
   CTCFが分解したら細胞はすぐ死ぬのではと思って読み始めたが、オーキシン添加により増殖速度は低下するものの、2日間ぐらいはほとんどの細胞が生き残り、増殖する。これにより、CTCFの機能をかなり正確に調べることが可能になっている。
   結果だが、CTCFがなくても生き残るのは、on/offを決める大きな染色体構造自体はCTCFが除去されても維持されることが明らかになっている。また、ヒストンのメチル化による染色体の広い範囲にわたるクロマチン凝縮もCTCFなしに維持できる。最初、いったん構造ができると、かすがいが外れても、構造は維持されるのかと思ったが、オーキシン添加後2日だと、細胞はすでに細胞周期を終えており、クロマチンの再構成自体が可能であることを示している。一方、TADとよばれるゲノム領域内に転写活性を止めておくインシュレーター機能は完全に破壊されている。
   他にも様々な検討を行っているが、これらの結果からコヒーシンを中心とする複合体がゲノムに結合してゲノムのルーピングを進めるが、その時CTCFはこの複合体をそれ以上進めないで止める働きがあることが明らかになった。
   この結果、では転写では何が起こるかも調べており、半分の遺伝子の転写が抑制され、半分が上昇する。この検討から、CTCFが確かにエンハンサーの作用範囲を制限していることがわかるが、TAD境界が失われた状態での変化は極めてランダムで、説明自体は難しいと思う。
   今後、コヒーシンをロードするたんぱく質など同じ様な方法で分解する実験を組み合わせることで、CTCFとコヒーシンの役割がさらに明らかになるだろう。
   これまでなんとなく頭の中でわかったつもりになっていても、最も確実な方法で実験を行うことが重要だと納得した。
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