今日紹介するポルトガル・ポルト大学、米国ワシントン大学から共同で発表された論文は、Psittacofulvins からどのように黄色から赤までの様々な色が作り出せるのかを明らかにした研究で、11月1日号 Science に掲載された。タイトルは「A molecular mechanism for bright color variation in parrots(オウムの鮮やかな色の多様性の分子メカニズム)」だ。
この研究では、幹細胞が増殖休止を繰り返すとき DNA メチル化に関わるエピジェネティックな変化が起こり、このとき内因性のレトロウイルスを再活性化する危険があるため、これを抑制するメカニズムを幹細胞システムが持っているはずだと仮説を立てた。そして、これまで内因性レトロウイルスの抑制因子として知られるヒストンメチル化酵素 SETDB1 を毛根特異的にノックアウトしてみると、期待通り増殖期幹細胞が死にやすくなり、結果ヘアサイクルの期間が短くなり、最終的に毛が失われることを発見する。実際毛母の増殖細胞では、カスパーゼの発現が上昇して、細胞死が亢進していることが観察される。
この増殖幹細胞死の原因を探ると、期待通りマウスゲノムに最近組み込まれたばかりの内因性のレトロウイルスが再活性化し、ウイルス粒子まで合成されていることがわかる。言い換えると、ほぼウイルス感染と同じ状態が起こっている。そこで HIV などに用いられる抗ウイルス剤を投与してウイルス活性を抑制すると、ヘアサイクルを正常化させることができる。また、ウイルスに対する防御センサー AIM2 分子をノックアウトしても、毛根幹細胞の減少を抑えることができるため、細胞内で抗ウイルス反応が誘導され、炎症的細胞死が誘導される可能性が高い。
では直接ウイルスが細胞を傷害しているのか調べるとそうではなく、細胞死の原因はウイルスの複製と転写が活発に起こるため、転写と複製の競合しておこる DNA 損傷が、特に増殖幹細胞で高まり、これが細胞死の原因であることを突き止める。以上の結果は、SETDB1 が存在しないと、幹細胞増殖期に内因性レトロウイルスが活性化するのを抑えきれず、ウイルスの転写と複製が活発化し、その結果起こる DNA 損傷が細胞死を誘導していることを示している。
とすると、最後に残った問題は、内因性レトロウイルスのエピジェネティックな抑制が増殖期の幹細胞で特異的に外れるメカニズムになる。内因性レトロウイルスは通常 DNA メチル化により抑制されている。増殖幹細胞では、メチル基をハイドロオキシメチル基に転換する酵素TETが上昇しており、これを欠損させると、SETB1 が存在しない動物でも毛根は正常化することから、TET による脱メチル化反応がウイルス活性化に関わっている。そして、TET によりハイドロオキシメチル化されようとしている領域のヒストンを SETB1 が抑制的に変化させて、染色体を閉じて、ウイルスの活性化を抑制していることを明らかにしている。
以上の結果は、私たちのゲノムは常に新しいレトロウイルスに晒され、これに対してゲノムに組み込まれるとすぐにエピジェネティックに抑制仕組みを我々は備えているが、増殖、休止を繰り返す幹細胞では、通常の DNA メチル化だけでは新しく組み込まれたウイルスの抑制が外れやすい。そのため、ヒストン修飾を介する別ルートの抑制システムが用意されたことを示している。
レーザーを照射して返ってくる光をキャッチするまでの時間から距離を計算するリモートセンシング技術は Light Detection and Ranging (LiDAR) 、例えばゴルフでグリーンまでの距離を測る機器として一般にも出回っているが、地図の作成には欠かせない技術になっている。さらに、森林に覆われた対象物のように、森林の表面からの反射と、その奥からの反射を計算して隠れた構造物をcm単位で明らかにできる技術へと発展しており、軍事だけではなく様々な用途に広がりを見せており、このリモートセンサーを積んだヘリコプターでスキャンすることで、アマゾンの森林の中に隠されていた伝説の都市機構が発見された考古学的発見については以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/19737)。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、ヘリコプターの代わりに、今や戦争の主役に躍り出た無人機に LiDAR を搭載して、探索がしにくい高地に存在した都市機構を、ウズベキスタンで発見し、解析した研究で、10月23日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Large-scale medieval urbanism traced by UAV–lidar in highland Central Asia(中央アジアの高地で中世の大規模都市機構を無人機―LiDARを用いて追跡した)」だ。
実際に発掘して確かめた結果ではないので、測定結果を処理して画像に仕上げるまでの過程が最も重要な問題になる。ただこの評価は専門外の私には難しい。ただ輪郭線から計算され再構成された立体画像は驚く精度で、ここでも AI が活躍する。そして、明らかになったのは、12ヘクタールの要塞型都市構造だ。この構造の中には、要塞の壁、都市の道路、広場、様々な構造の建物などが含まれている立派な都市だ。時代測定から中世に存在したことが確認されており、一部の100ヘクタールを超す要塞都市を除外すると、当時では都市のサイズとしても大きな方に属する。
米国、フレッドハッチソン癌研究所からの論文は、一般的なアロ骨髄移植を受けた後6.6年から45.7年まで、平均観察期間33.8年経過したレシピエント内の血液細胞をに見られる体細胞突然変異や、クローン性増殖を、同じ時期に採取したドナーの血液と比べた研究で、10月23日 Science Tranlational Medicine に掲載された。タイトルは「Characterization of clonal dynamics using duplex sequencing in donor-recipient pairs decades after hematopoietic cell transplantation(duplex sequencingを用いて、骨髄移植後何十年もたったあとのドナーとレシピエントのペアの血液クローンの動態を調べる)」だ。
レトロウイルスなどの細胞標識を用いないと移植した細胞を追跡できなかったのは昔のことで、現在では deep sequencing と呼ばれる同じ箇所を何度も読むことで低い変異を検出する方法を用いると、細胞ごとにランダムに起こる体細胞突然変異の組み合わせから、変異クローンを特定することができる。さらに、タイトルにある Duplex sequencing と呼ばれる、ペアリングしている DNA の配列を両方の鎖で読んで比べることで、配列解読に伴うエラー率を一千万分の一にする技術を使って変異を探すと、これまでよりかなり高い率で体細胞突然変異を特定することができる。
造血システムの研究は、幹細胞の分化と自己再生を追跡する方法の開発に大きく依存している。私が研究を始めた1980年代、フランスの Claude Basset やカナダの Robert Phillips がレトロウイルスを造血幹細胞に感染させ、ゲノムへの挿入部位を利用して幹細胞の再生と分化を追跡する技術を報告した論文を読んで、是非使ってみたいとワクワクしたことが思い出される。現代ではもっと洗練されたバーコード法などが使える様になり、しかも single cell レベルでクローンを追跡できるようになっているが、これらの技術ももとをたどれば Phillips や Basset の方法に起原がある。
昨日に続いてユニークな生物についての研究を紹介する。今日紹介する北京プロテオーム研究センターからの論文は、クマムシがなぜ放射線照射に強いかを、ゲノムをはじめとする様々なオミックスを組み合わせて調べた研究で、クマムシの驚くべき強さを知るという意味では、かなり面白い研究だと思う。タイトルは「Multi-omics landscape and molecular basis of radiation tolerance in a tardigrade(クマムシの放射線耐性のマルチオミックスから見た分子基盤)」で、10月25日 Science に掲載された。
クマムシはなんとなく一種類という先入観があるが、実際には何種類も存在し、この研究では long read も加えて新しく解読したゲノムをこれまでのデータと比べ、系統樹を描いている。これにより、遺伝子発現を調べるための基盤が作成できるとともに、各遺伝子の保存状況が明らかになり、重要な機能をゲノムから推察することができる。
研究では2801個の中から、おそらくバクテリアなどから水平遺伝子伝搬してきて放射線で強く誘導される遺伝子の中から 4,5-DOPA dioxygenase1 (DODA1) に着目してその機能を調べている。この酵素は betalain と呼ばれる植物の赤い色素を合成する酵素で、この合成系を導入するとヒト細胞でも betalain を合成するようになり、その結果放射線耐性が獲得され、放射線による DNA 分断が大きく減少する。この効果の一つは直接 DNA 損傷を抑えることだが、もう一つは活性酸素の誘導も強く抑えることができ、結果として DNA 損傷が抑えられる。このように、重要な酵素を水平伝搬により獲得し、クマムシの放射線耐性が実現している。この研究のゲノム解析から、クマムシでは459種類の遺伝子が水平遺伝子伝搬により獲得されたと考えられ、他からの遺伝子を積極的に使うことが放射線耐性に大きく寄与している。
このようにクマムシ特有のメカニズムだけでなく、放射線照射で誘導される遺伝子の中には、ミトコンドリア呼吸チェイン分子群の発現上昇が目立つことに注目し、ヒト培養細胞にこの遺伝子の一部を導入することで、放射線耐性が生まれることを示している。この酵素群では NAD が合成され、DNA 損傷箇所に PARP1 をリクルートして修復を高める役割を持つことを明らかにしている。
以上が結果で、ここで示された3種類の経路は、それぞれ放射線抵抗性獲得に大きな寄与があることが示されることが証明された。実際には検討されなかったもっと多くの遺伝子が、放射線照射で誘導されることを考えると、おそらく他のメカニズムも動員され寄与している可能性は高い。このように、多くのメカニズムを放射線に反応して誘導し、集中的に DNA 損傷を抑えているクマムシの像がよくわかった。
今日紹介するスウェーデン・ルンド大学からの論文は、ホストのガン免疫増強に、ガン自体を樹状細胞へプログラムしなおしてガン抗原を提示できるようにして、ホストの味方につけようとするダイナミックな計画で、10月18日 Science に掲載された。タイトルは「In vivo dendritic cell reprogramming for cancer immunotherapy(生体内で樹状細胞へのリプログラミングをガン免疫のために誘導する)」だ。